「それならば、幸恵部長に助けを求めるのはどうだ? 出産してからしばらくは、ほぼ毎日のように様子を見に来てくれたじゃないか───と、言いたいところだが……」 そこまで言って、宗司さんは眉間に皺を寄せると、こめかみに手をあてて深い溜息をついた。 私は宗司さんの溜息の理由を知っていた。 実は私の親友で私の担当産婦人科医でもある幸恵は、宗司さんの会社の秘書さんとお付き合いを始めたのだが、なんと少し前に幸恵の妊娠が発覚したのだ。「まさか俺の秘書が、よりによって幸恵部長と付き合い、そして二人の間に子どもまでできるなんて……」 宗司さんは文字通り頭を抱えた。 それ程の落胆だった。 幸恵と宗司さん、そして私の三人は同じ中高一貫校の同級生で、私は手芸部だったが、宗司さんと幸恵は剣道部で、幸恵は剣道部の部長、そして宗司さんは剣道部の副部長だった。 私たちの中高一貫校は剣道の強豪校だったが、その強豪校で部長を務める幸恵は本当に厳しく、「鬼部長」と恐れられていた。 そして宗司さんはそんな「鬼部長」の幸恵から目の敵にされていた。 というのは、幸恵は学業の成績が優秀で、テストではいつも成績が上位だったが、いつも一位の座を宗司さんに奪われ、毎回、二位の座に甘んじていたのだ。 結局、最後まで学業では宗司さんに勝てなかった幸恵は、剣道でだけは宗司さんに負けまいと、宗司さんと練習をする際は完膚なきまでに宗司さんを竹刀で叩き、こてんぱんにしていたのだ。 その為、宗司さんは幸恵との勝負を避け、部活中はできるだけ幸恵から距離を置いて逃げ回っていたが、そんな宗司さんを幸恵は執拗に追いかけ回したので、宗司さんの幸恵に対する苦手意識はますます深まったのだ。 宗司さんはそんな幸恵と、自分が会社で最も信頼している自分の秘書が交際を始め、そして幸恵が懐妊したことに複雑な思いを抱えてしまっていた。 子どもができたという、とてもおめでたい慶事を祝福したいという気持ちと、その相手が自分が最も苦手な幸恵であること、そしてその幸恵のお相手が自分の最も信頼している秘書であることなどなど、喜びと複雑な思いが同時に押し寄せ、どう処理したらよいのか戸惑っていたのだ。「本当に頭が痛くなる。余りの痛さにまた記憶を失いそうだ」 宗司さんは交通事故に遭い、一時、記憶を失ったが、そうしたことが
Terakhir Diperbarui : 2025-11-07 Baca selengkapnya