All Chapters of 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました: Chapter 91 - Chapter 100

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第九十一話 検査(side:彩寧)

母・篠原 真紗代が言った通り、検査はすぐに終わった。 綿棒で頬の内側を擦り、サンプルを採取するだけの検査だった。「私は先生とお話があるから、彩寧は外で待っていなさい」 母にそう言われ、検査室を出された私は、周囲をキョロキョロとする。 つい種助───種村 崚佑がいないか気になったのだ。 所在なさげに彷徨った私は、先日まで充希が働いていた事務カウンターまでやって来る。「そう言えば、ここで充希と種助が談笑していたことがあったわね……。その姿を写真に撮って、宗司先輩にまるで浮気現場を押さえたように報告して見せたっけ……」 宗司先輩は、充希の浮気は信じなかったけど、充希が自分の知らないところで別の男と談笑している姿には少し思う所があったように思えた。 そういう意味で、あの時の私の行為は一定の効果があったが、今にして思えば幼稚な嫌がらせだった。 私はエントランスの吹き抜けから、宗司先輩が入院していた病室の方を見上げる。 もうそこに宗司先輩はいないけど、毎日のように宗司先輩のお見舞いに来ていた頃は、充実した日々であったと懐かしく思えた。 ───そう、感傷にふけっていた、その時。 私は廊下の先から種村 崚佑がやってくる姿を見つけた。 思わず心臓がドキリと跳ね上がる。 種村 崚佑は三人の看護師に囲まれ、引き連れるように歩いてきた。「種村先生、今日も出産手術お疲れ様でした」 「今日は帝王切開が続いて大変でしたね」 「でも、種村先生はどんな難産も難なくこなすのですごいです」 周囲の看護師は盛んに崚佑を持て囃したが、当の崚佑は涼しい顔だった。 私は取り巻きの看護師たちに腹を立てた。 見え透いたおべっかで崚佑に取り入ろうとする浅慮さが不快だったのだ。「そんなつまらないことを言う為に、崚佑の周りに集まるんじゃないわよ」 私は腹を立てていた。「種村先生、術後報告なら私たちが事務に出します」 「そうですよ。わざわざ種村先生が事務までくる必要なんてありませんよ」 「電子カルテでの報告も送信されていますし、私たちにやらせてください」 取り巻きの看護師たちは尚も崚佑に纏わりついていたが、崚佑は「この報告は
last updateLast Updated : 2025-11-27
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第九十二話 神出鬼没(side:彩寧)

崚佑は少し驚いてはいるようだったが、それは意外だと感じている程度といった様子だった。「サルーキさんは以前、ほぼ毎日病院に来ていた。それは忽那 碧さんの娘さんの杵島 充希さんの夫である杵島 宗司氏のお見舞いの為。でももう宗司氏は退院した。それなのになんで病院にいるの?」 私はドキドキと早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと両手で胸を覆ったが、なかなか落ち着きを取り戻せず、口を開いたが声が出なかった。「どこか身体に不調を感じている? それで診察の為に病院に来た? 症状によっては僕が診る。どこが辛いのか言ってみて」 そう言って種助こと種村 崚佑は私の目を覗き込む。 さらに私の顔色、首筋をジロジロと観察し、私の様子をうかがった。 私は自分の素肌を見られているかのように恥ずかしくなったが、抗うことができず、わずかに身じろぐだけだった。「か、身体はどこも悪くないわよ。き、今日は母の検査に付き合って病院に来ただけよ」 私は必死に声を絞り出し、なんとかそう答えたが、崚佑は「ふーん、そう」と興味のない風に聞き流すだけだった。 ───自分からどうして病院にいるのか訊いておいて興味がなさそうにするなんてどういうこと!? 私はとても腹立たしく思えた。 さらに崚佑は私にお構いなしに私の手を取ると、手首の脈を調べ、腕時計の秒針を見ながら脈拍数を確認した。 私は崚佑に手を握られ、身を固くする。 どうしてこの男はこんなにズケズケと相手のパーソナルゾーンに入ってくるのか。 とても失礼な行為なのに。 とても腹立たしく思っているのに。 それなのに、どうして同時に嬉しいと思う気持ちを私は抱いているの?「ちょっと脈が早いようだし落ち着いて」 崚佑が私の手を解放したので、大急ぎで私は自分の手を胸の前に引き寄せる。「脈が早いのはあなたが私を驚かせるからでしょ。こっそり人の後ろに立たないで。あと急に声をかけないで。びっくりするじゃない」「そうなの? 僕の姿に気付いていると思った。廊下の先にいたのに目があったよね? サルーキさんはすぐに僕を見つけてくれた。だから大急ぎで来た。嬉しかったから」 嬉しかったからという言葉に私はドキリとする。 ───わ、私に見つけてもらえ
last updateLast Updated : 2025-11-28
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第九十三話 例の計画(side:彩寧)

「どこをほっつき歩いていたのよ。探したじゃない。時間がないんだから余計な手間をかけさせないでちょうだい」 母・真紗代はお冠なご様子だったが、母の機嫌が良かったり、他人に対して優しくするなどという状態はないので、これが平常運転といったところだった。 私は返事もせず、ただ母の運転する車の助手席から、窓の外を眺め続けた。 頭の中では、考えるでもなく、思うでもなく、種助こと種村 崚佑のことを想っていた。 不思議な感覚だった。 宗司先輩とはまた違った想いだった。 宗司先輩を想うとフワッと暖かくなるような安心感に包まれる。 崚佑を想うと胸がくすぐったいような、でも痛痒いような、そんな感覚に苛まれる。「……いったい何なの、あの男は……」 私は悪態をつきながらも動画配信アプリを確認し、種村 崚佑が種助という名で配信している動画チャンネルの次回配信予定を確認した。「……まだ四日も先なのね……」 とても待ち遠しく思っている自分を否定することはできなかった。 私はアーカイブ化された過去の動画配信をタップし、じっと見つめた。「───ちゃんと話を聞いているの? 今から大切な人に会いに行くんだから、しゃきっとしなさい」「───え? 誰に会いに行くって?」「聞いていなかったのね! 同じことを何度も言わせないで! 今から杵島 巧三会長に会いに行くのよ!」 ───え? ───杵島 巧三会長に会いに行く? ───なぜ? ───どうして? 私は疑問に思う。 それは巧三会長に会うこともそうだが、母・真紗代が、こうやって頻繁に巧三会長とコンタクトを取っていることに対してもそうだった。 ───どうして母は巧三会長とこんなに親しいのだろう? ───いったいいつから母と巧三会長は関係を持っていたのだろう? 母に訊きたい気持ちでいっぱいになったが、母は人に質問されたり、説明を求められることが本当に嫌いで───というか面倒がっていて、何かを尋ねると「余計なことをアレコレ訊いてこないで!」と不機嫌になるので───私は黙っていることにした。 でも、母と巧三会長が懇意にしている姿には、言い知
last updateLast Updated : 2025-11-29
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第九十四話 ひとさらい(side:彩寧)

私は自分の足元に突然ぽっかりと大きな穴が空き、転落するような浮遊感を覚える。 ───充希の赤ちゃんをさらう? ───充希の赤ちゃんを宗司先輩から引き離す? ───充希の赤ちゃんを巧三会長が自ら育てる? 一瞬、私は訳がわからなくなったが、これが「犯罪」であることだけは即座に理解した。 ───嫌だ。 ───犯罪なんて犯したくない。 ───何があろうとこんな計画にだけは加担したくない! 私は強くそう思ったが、そんな私の決意を母・真紗代の高笑いが吹き飛ばした。「ほほほほほっ! 巧三会長ったら「赤ちゃんをさらう」なんて! 人聞きが悪いですよ。それじゃあ犯罪じゃありませんか。ほら、見てください。彩寧もびっくりして顔を蒼くしていますよ。 彩寧も馬鹿ね。巧三会長が本当に赤ちゃんをさらうわけないでしょ。方便よ、方便。巧三会長は赤ちゃんたちのお爺様にあたるんだから、ちょっとくらい孫と一緒に過ごしたっていいでしょ? 神経質になる必要なんてないのよ」「わっはっはっは。彩寧さん、驚かせてすまんね。まあ、そういうことだ。宗司には子どもが生まれた時から「赤子たちはワシの手元に置いて育てさせろ」と言っているんだが、強情な奴で首を縦に振らん。まあ、近頃はワシが言うこと全てを否定して、反対し、突っかかってくるがな。まったく鬱陶しいわ。 それはさておき、だから強引にでも一度、子どもたちをワシの手元に置いて育てる所を見せてやろうと思ってね。宗司も充希さんも、ワシの「子育て方針」を見れば、それが自分の子どもたちにとっても最善の選択で、最良の子育て環境で、そして最高の教育であることがわかるじゃろう。なにせワシは宗司を一人前の社長に育て上げた実績があるからな! わっはっはっはっはっは」「そうですよ。子育てなら巧三会長が一番ですよ、ほほほほほほほっ!」 馬鹿笑いをする二人の姿に私は辟易や呆れの感情はなかった。 ───恐怖。 ───そこにあるのは純然たる恐怖だった。 ただただ、狂っているとしか思えないこの二人の狂乱に私は戦慄した。 この二人の近くにいては絶対に駄目だ。 今すぐにでもこの場所から逃げ出さなくては。 私はそうした思いに強く駆られた。 私はこの二人が暗い穴の底から私の足を掴み、
last updateLast Updated : 2025-11-29
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第九十五話 顔面蒼白

「ど、どうしたの、彩寧? 会社で何かあったの……?」 私は恐る恐る尋ねる。 彩寧が答えてくれるか危ぶまれたが、彩寧は「大丈夫よ。なんでもないわ」と漏らすように返事をしてくれた。「で、でも本当に顔が真っ青よ? 会社で何かあったのじゃなくても体調が悪いんじゃない?」 彩寧は大丈夫というが、まったくそうは思えず、私は尚も彩寧に尋ねた。 しかし、この気遣いが余計なお世話だったようだ。 彩寧は我慢していた堰が切られ、怒りという感情をあらわにした。「いいから放っておいて! 私のことはいいの! それに充希は私なんかのことを心配している場合じゃないの!」 彩寧の大きな声に、私はショックを受けたが、それよりも二人の赤ちゃんが私以上に驚いたようだった。 彩寧が帰ってきたことでご機嫌になっていたが、ビクッと身体を震わせて目と口を大きく開くと、みるみる顔を歪めて大泣きし始めた。 私は慌てて子どもたちをあやした。「彩寧、ごめんね。私が彩寧に「宗司さんのどこが好きになったの」なんて訊いてしまったから……。無神経な発言だったと反省してるの。謝って許されることじゃないけど本当に申し訳なく思っているわ。本当にごめんなさい。もう二度とあんなことを訊かないから、どうか許して」 私は心の底から彩寧に対して酷いことをしてしまったと反省し、謝罪した。 今の彩寧の状態───顔色を白い程までに蒼くし、情緒が不安定で怒りをあらわにしている───では、到底、受け入れてもらえないとはわかっていたが、それでも謝罪せずにはいられなかった。 それ程までに私は自責の念に駆られ、また、彩寧との関係を失いたくないと思っていたのだ。「彩寧からしてみたら、この家に来て、私のベビーシッターを命じられるなんて、どれだけ辛い仕打ちかわかっているはずだったのに……。ごめんなさい。彩寧が一緒にいてくれることに慣れて、気が緩んでしまったみたい。私の不注意だったわ。本当にごめんなさい」 私は彩寧をなだめるように謝罪した。 彩寧も大泣きをする二人の赤ちゃんの姿を見て、自らの姿を省みてくれたようだ。 怒りを押さえ、努めて静かな声で答えてくれた。「……違う。そうじゃない。そうじゃないの」 彩寧は拳を握り、震えていた。 ───え? 違う? ───違うとは何が? ─
last updateLast Updated : 2025-11-30
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第九十六話 振出しに戻る

 幸い、彩寧は翌日には、いつもの時間に家に来てくれた。  ベビーシッターの仕事も変わらずこなしてくれて、私を助けてくれた。  しかし、言葉数は少なく、ベビーシッターを始めた当初に戻ってしまったような様子だった。  私は積み上げた石の塔が崩れてしまった思いだった。  しかし、めげてばかりもいられない。  幸い、彩寧は家には来てくれている。ベビーシッターの仕事はしてくれている。琴と勇に愛情を注いでくれている。  また一から彩寧との信頼関係を再構築するチャンスがそこにはあった。  私は今度こそ慎重に、油断せず、また彩寧との関係を築いて行こうと心に誓った。 ───そう心に誓った矢先だった。「充希、大丈夫か?」 宗司さんが私の顔を覗き込む。  私は体温計を取り出し、表示された数字を確認した。  かなりの高熱を示す数字が、そこには表示されていた。「……風邪かしら……。でも身体が熱くてすごくだるいけど、頭痛や吐き気、眩暈とかはないわ。ただただ熱ぼったいだけ」 幸い私の主だった症状は高熱だけだったが、倦怠感は否めなかった。「とにかく病院に行こう。インフルエンザや流行りのウイルスによる感染症だと大変だ」 そう言って宗司さんは私のカーディガンやコートをクローゼットから取り出し、病院に行く身支度を整える。「宗司さん、病院には一人で行くわ。宗司さんはお仕事があるのに迷惑はかけられない」 私は宗司さんに迷惑をかけることを申し訳なく思ったが、宗司さんはきっぱりと私の申し出を断った。「だめだ。こんな状態の充希を一人で病院になんか行かせない」 毅然とした態度に「愛おしい」と思う感情が沸き上がる。  平たく言うと「キュン」という思いだった。 宗司さんは自分の意見をしっかりと主張し、揺るぎがない。その軸の固さが安心感になり、宗司さんの発言は他者に浸透する。  リーダーたる人のカリスマ性を私は宗司さんに垣間見た。  しかし、それでも気がかりがあった。  それは彩寧がもうすぐやってくることだった。「でも、宗司さん、もうすぐ彩寧が来る時間だわ。鉢合わせになるのは……」 私は言いかけて言葉を濁す。  宗司さんと彩寧が鉢合わせたからといってなんだというのだろう。  そんなことを心配する自分が、急
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第九十七話 通院

私がやって来たのは宗司さんが交通事故で記憶を失った際に、入院をした隣町の総合病院だった。 ここは私が宗司さんに離婚届を突きつけられて家を飛び出した際に、一時期ではあるが、私が医療事務員として勤務していた病院でもある。 さらに私の産みの母・忽那 碧が救命救急士として勤務する病院でもあった。私が発熱をしたので病院に行くと連絡をしていたので、母は受付で私のことを待ってくれていた。「充希、大丈夫?」 母・碧は私のことをとても心配してくれていた。「碧さん、お久しぶりです。その節は本当にお世話になりました」 宗司さんは礼儀正しく母・碧に挨拶をする。 その節とは、宗司さんが記憶を失って入院した際のことで、宗司さんはお世話になったと挨拶をした次第だった。「宗司くんは、もうすっかり大丈夫みたいね。車の事故で記憶を失った時は、どうなるかと心配したけど、今では元通り───いえ、事故の前より元気そうだわ。子どもも生まれて「父親」としての威厳が出たのかもしれないわね」 母にそう言われた宗司さんは「いえ、そんなことは。自分はまだまだです」と謙遜した。「それにしても充希は、かなり熱が高そうね。身体はどこか痛くない? 吐き気や眩暈はどう?」 母の訊き方は、どこか救命救急士として患者に症状を尋ねるようにも思えた。 私は身体にそういった症状はなく、ただ熱が高くて身体が怠いだけだと伝えた。 それを聞いて母は一定の安心をしてくれたようだったが、私が診察の申し込みをし、待合室で待っている間も母は私たちに付き添ってくれた。「ところで子どもたちはどうしたの? てっきり一緒に連れてくるものだと思っていたんだけど……」 母は私と宗司さんの子ども───琴と勇の姿が見当たらないことが気がかりだったようだ。 琴と勇は母・碧にとって孫にあたるので、孫に会いたかったという思いもあるようだった。「琴と勇も連れてこようか悩んだんだけど、二人はベビーシッターに任せて家にいてもらうことにしたの」 私がそう説明すると、母は少し真顔になった。 私は母の表情がそうなった理由がわかっていた。 母はベビーシッターが彩寧だと知っている。 そのため、彩寧に子どもたち
last updateLast Updated : 2025-12-02
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第九十八話 診察を終えて

 私はインフルエンザの検査と、流行りのウイルスによる感染症の検査を行ったが、幸い、いずれも陰性だった。  もし私がそうした病であった場合、宗司さんや赤ちゃんたちに隔離が必要となるため、迷惑がかからなくて良かったと私は胸を撫で下ろした。  季節の変わり目による風邪だろうと診断された私は、一般的な風邪薬と解熱剤を処方されて病院を後にした。 宗司さんの運転する車の助手席で、私は風邪の症状に苦しんだ。  病院にいる間は気が張っていて大丈夫だったが、病院で医療事務時代の同僚や母、それに産婦人科医の種村 崚佑と談笑したことで体力を使ったせいか、熱の上昇と倦怠感の増加を覚えていたのだ。「帰ったらすぐに薬を飲んで横になるんだ」 宗司さんにそう諭された私は、素直に「そうします」と応じた。  そして続けて「ご迷惑をおかけしてごめんなさい」と謝罪したが、宗司さんは車が信号待ちをしている間、「迷惑なんてかけていない。そんなことを心配したり負い目に思ったりしなくていい」と私の頭を、髪をとかすように撫でてくれた。  私は宗司さんの手の冷たさが心地よかった。  もちろん、宗司さんの手は冷たくなく、むしろふだんはとても温かなのだが、今は私の体温が熱で高まっていたので、相対的に宗司さんの手が冷たく感じたのだ。 私は宗司さんの好意に甘えて、宗司さんの手を額に当てたり、頬ずりしたり、首筋を冷やしたりするのに使ったが、宗司さんは信号が青に変わったのを合図に手を引っ込めると「こら。人の手を保冷剤代わりに使うんじゃない」と冗談めかして怒ってみせた。  私は期待通りの宗司さんの反応に満足しつつ、悪戯を成功させて幾分でも気分が良くなった。  それは風邪の症状が少し紛れた程度だったが、おかげでなんとか自宅まで帰ってくることができた。「ただいま。彩寧、留守番をありがとう。琴と勇は大丈夫だった?」 帰るなり真っ先にリビングに向かった私は、そこにいるであろう彩寧と二人の子どもたちに問いかける。  しかし、期待した返事はなかった。  リビングはもぬけの殻だった。「ん? 彩寧はどこに行ったんだ?」 彩寧と赤ちゃんがいないことに、宗司さんも怪訝に思ったようだ。  しかし、私はダイニングテーブルに置かれたメモがすぐ目にとまり、それが彩
last updateLast Updated : 2025-12-03
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第九十九話 目覚めと忍び寄る不安

 どれくらい寝ていたのかわからないが、私はぐっすりと寝た後の心地良い目覚めを覚えた。  薬も効いたみたいで、熱も下がり、身体の辛さも随分と楽になっていた。  といっても、これは薬の効果による一時的な緩和で、しばらくして薬の効果が切れたら、また身体が辛くなるだろうと予想できたが、それでも私は高熱による身体の辛さから一時でも解放されて、久々と思えるような清々しさを覚えた。「こんなにぐっすり寝たのは本当に久しぶり。やっぱり疲れていたのね」 私は高熱の症状で体力を使ったことと、彩寧がベビーシッターとして手伝ってくれているとはいえ、子育ての重責で心身が疲れていたことを実感した。「それにしても本当によく寝たわね……」 私は自分が本当によく眠っていたことを、大きく伸びをした際の身体のほぐれ具合で、ますます実感した。  そして伸びを終えると、不意に疑問が沸き起こる。「どうしてこんなによく眠れたのかしら? 高熱で身体が辛い状態が続いていたのが、薬のおかげで緩和したからかしら?」 そう思った私だったが、ふと、あることに気が付く。 ───それは家の静けさだった。「……すごく静かに感じる。なんだか少し寂しいくらい……」 私はいつも傍らにいる二人の赤ちゃんのことを思い出す。  そして私がこんなにもぐっすりと眠れたのは、子どもたちが傍らにいないからだということに気が付いた。  琴と勇は、そこまで手のかかる子どもたちではなかったが、やはり子育ては大変だということと、私の場合は双子ということもあって気が休まる瞬間が少なかった。  その為、こんなにも気を緩めてぐっすり眠るということが殆どできなかったのだが、今回、それができたのは、その二人の子どもたちがいなかったからなのかもしれない。  私は、そういえば赤ちゃんたちはどうしたのだろうと不安な気持ちになった。  そして急速に二人の温もりが恋しくなり、ベッドから降りると、リビングに向かった。「彩寧が散歩に連れて行ってくれているけど、もう帰っているはず……。いつもはそんなに長く、外にいっていなかったから……」 私はそう思い、リビングに行けば赤ちゃんたちがいて、彩寧はダイニングテーブルで秘書検定の資格試験の勉強をしているだろうと期待した。 しかし、リビングに到着した私は期待が裏切られ
last updateLast Updated : 2025-12-04
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第百話 大きくなる不安

自宅に戻った私は彩寧と子どもたちが帰ってきていることを期待した。 ちょっとしたすれ違いだっただけで、家に帰ってくれているのではないかと期待したのだ。 しかし、残念ながらその願いは叶わなかった。 家の中はシーンと静まり返り、それは子育てに追われる私が、一時でいいからそうした静けさが欲しいと思っていた静けさだったが、いざ、その静けさが身を包むと、私は子どもたちがいない不安感に押しつぶされそうになった。 薬の効果で、一時、症状が和らいでいたが、私は再び高熱による身体の不調が強まることを感じた。 動悸も激しく、息も乱れ、汗も出始め、私は不快感を覚える。 その場に座り込んで、しばし休憩したい気持ちでいっぱいになったが、そうした気持ちより、子どもたちがいないという不安感が勝り、私は再び彩寧に電話をかけ、そして彩寧が電話に出てくれないと、とにかく無事を知らせて欲しいとメッセージを送った。 もちろんそれで私の不安感と焦燥感が払拭されるわけもなく、私は他に何かできることはないかと思考を巡らせた。「宗司さんに連絡しよう」 私はその考えにすぐに至ったが、同時に、「それはだめよ」と考えを否定した。「宗司さんには家のこと、子どものこと、私のことを心配しないでと言って会社に送り出した。それなのに連絡をして心配をかけるなんて、そんなことはできない……」 私はそう思ったが、宗司さんのことを想うと、とても恋しい気持ちが高まり、今すぐ抱きしめて「大丈夫だよ」と声をかけて私を安心させて欲しいと思ってしまった。 しかし、それはできない……。そう思った私は別の方法を考える。「警察に電話を……」 切羽詰まった私はそう考えた。 しかし、警察に電話をしたとして、どうしたのか尋ねられた際、「子どもたちが数時間いないんです」と訴えた場合の相手の反応を想像して、すぐに警察に電話をするのは時期尚早だと思い留まった。「落ち着かないと……。冷静に対処しないと……。充希、しっかりして」 私は自分で自分に言い聞かせる。 そして母・忽那 碧や、親友で私の担当産婦人科医の藤堂 幸恵に助けを求めようかと思ったが、それは頼る相手が宗司さんから別の誰かに移っただけで、根本的な解決には至っていないことに私は気が付いた。「私
last updateLast Updated : 2025-12-05
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