All Chapters of 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました: Chapter 1 - Chapter 10

12 Chapters

第一話 私の妊娠が発覚する

「杵島 充希(きじま みつき)さん。どうぞお入りください」 レディースクリニックの係の方に、そう呼ばれた私は診察室に入る。 診察室では産婦人科医で、私の親友でもある藤堂 幸恵(とうどう さちえ)が険しい顔でパソコンのモニターを睨んでいた。 幸恵が見ているのは私の妊娠についての検査結果だ。 私は幸恵の表情の厳しさに緊張し、彼女を刺激しないよう静かに椅子に腰を下ろすと、検査結果が告げられるのをじっと待った。 やがて幸恵は険しい表情のまま、ゆっくりと私に向き直る。「間違いないわね。充希、あなた妊娠しているわよ」 幸恵にそう告げられた私は、喜びの表情がパッと花開いたが、次の瞬間、その笑顔は急速にしぼんでいった。 何故なら、私には妊娠を素直に喜べない事情があったからだ。 * * * 私こと杵島 充希は、結婚前の旧姓は大和田 充希で、国内を代表する大手企業・大和田グループの社長の長女だった。 そして私は大和田グループとシェアを二分するライバル企業である杵島グループの社長・杵島 宗司(きじま そうじ)と結婚をしていた。 しかし、この結婚は偽装結婚で、三年間という期間限定で離婚する「白い結婚」だった。 そもそもこの結婚自体が両社の絆を深める為の政略結婚だったのだが、夫の宗司が、そうした本人が望まない結婚はすべきではないという考えで、私に偽装結婚───それも三年という期間限定で離婚する「白い結婚」を提案してきたのだ。 そして期限である三年は、すでに二年が経過していた。 つまり私は来年、離婚をする。 そんな私が妊娠をしたことは、由々しき事態だった。 担当医の幸恵は私の結婚が偽装結婚だということを知っていた。 なぜなら私が、親友でもある彼女にそのことを相談していたからだ。 その為、幸恵は引き続き険しい顔で私を問い詰めてきた。「充希、あなたの結婚って偽装結婚で、三年で離婚する期間限定の「白い結婚」だったわよね?」 幸恵の圧力は大きかった。 私は親に叱られる子供のように「はい。そうです」としか答えられなかった。「じゃあ、なんで妊娠してるの? 「白い結婚」の誓いはどうしたのよ?」 そう問い詰められた私は「それは……」と口ごもる。 すると幸恵はある考えに行き着いたようで「ま、まさかっ……!?」と目を見開いた。 私は幸恵が何を思ったのかをすぐに
last updateLast Updated : 2025-07-04
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第二話 まさかの離婚届

 私は夕食の支度をしながら、宗司にどう妊娠を知らせようかとワクワクした。  宗司が帰宅したら、まずは食卓に座ってもらおう。  そして「話があるの」と切り出し、レディースクリニックでもらった「妊娠届出書」をテーブルの上に取り出し、彼に見せよう。 私はそう考え、プラン実行に向け、夕食の支度に勤しんだ。 きっと宗司は驚くだろう。  まさか私が妊娠するなんて。  そう思うに違いない。  でも、彼はきっと喜んでくれる。  私はそう信じて疑わなかった。  なぜなら最近の私たちは、なんだかとても「良い雰囲気」だったから───。  * * * 三年という期間限定で始まった偽装結婚だったが、文字通り一つ屋根の下で寝食を共にすると、次第にお互いの距離が近づいた。  夫の宗司は、最初はとても冷たかった。  しかし、今はとても親しくしてくれて、会社に行く時は「行ってくる」と声を掛けてくれるし、帰ってきたら「ただいま」と言ってくれる。 夫婦なら当たり前のこうした言葉のやり取りも、結婚した当初の私たちにはなかったのだ。 それが今では私が夕食を作ると「美味しい」と言って食べてくれる。  洗濯や家の掃除をすると、最初は「そんなことはしなくていい。俺たちは本当の夫婦じゃないんだ」と冷たかったが、今では「ありがとう」とお礼を言ってくれる。  下着を私に洗濯されるのは今でも少し恥ずかしいようだけど、それでも徐々にこうしたことも任せてもらえるようになった。  まるで本当の夫婦の様に───。 だから大丈夫。  私は自分に言い聞かせる。  宗司はきっと喜んでくれるはず。  * * * 夕食の支度を整えた私は宗司の帰りを待った。 しかし、二十一時を過ぎても宗司は帰宅しなかった。 でも、これはよくある事。  宗司は父親の跡を継ぎ、大手企業の杵島グループの社長に就任したばかり。  日々多忙で、帰りが日付を跨ぐこともあれば、会社に泊まり込むことも珍しくない。 私は辛抱強く彼の帰りを待った。 しかし、その後、二十二時を過ぎても宗司は帰らず、二十三時も過ぎてしまった。 私は眠気に襲われ、ついウトウトとし始めたが、その頃になってようやく車の音が聞こえてきた。 宗司の車の音だ。帰ってきた。  私は慌てて玄関に向かう。 私が
last updateLast Updated : 2025-07-04
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第三話 決定的現場を目撃

 翌日、私はレディースクリニックを訪れ、診察を受けていた。 離婚と彩寧の登場という二つの衝撃的な出来事で一睡もできず、心なしかお腹に痛みがあるように思えたからだ。 私は親友で、担当医でもある幸恵に連絡をした。  幸恵は、今日はクリニックの勤務が休みだったが、すぐに駆けつけてくれた。  そして私のお腹にエコーを当てて、子供たちの様子を確認してくれた。「大丈夫よ。二人ともなんともないわ。でもね、妊娠初期の妊婦にストレスと不眠は大敵よ。充希はもともと妊娠が難しい体質だから、もし流産なんてしたら大変よ。もう二度と子供ができなくなる可能性だってあるんだから、くれぐれも注意してね」 検査を終えた私と幸恵はクリニックの近くにあるカフェテリアに入った。「それで、その後、宗司とは何も話をしてないのね?」 幸恵の追及に私はコクンと頷く。「それっきり宗司さんは部屋に籠ってしまって……。今朝も早くから会社に行ってしまったわ。……私とは一言も喋らず……」 私がギュッとドリンクのカップを握って悲しむと、幸恵は「おのれ、宗司め~っ!」と怒りを露わにした。 そして「充希を悲しませるなんて絶対に許せない! 今すぐその性根を叩き直してやる!」と息巻いた。 幸恵は、宗司に対して態度が厳しいが、それには理由があった。 実は私と幸恵、そして宗司の三人は同じ中高一貫校の同級生だったのだ。 しかも幸恵と宗司は同じ剣道部で、幸恵が部長、そして宗司が副部長で、二人は旧知の間柄だったのだ。 私は今にも飛び出しそうな幸恵の手をとって、まずは落ち着いてもらおうとなだめた。 幸恵は私に手を握られると、深いため息をつきつつ、私の手を握り返してくれた。「そうね。私の方が興奮しちゃ駄目ね。一旦、落ち着くわ」 私は幸恵が落ち着いてくれて安心した。「それで? どうするの?」 落ち着いた幸恵は私を心配して尋ねてくれた。 私は色々悩んだが、やはり宗司と話をしないことにはどうにもならないと考え、その旨を幸恵に伝えた。  その考えに、幸恵は賛同してくれた。「そうね。一人で悩んでいたってしょうがないものね。  わかったわ。幸いお腹の子供たちは大丈夫だから、途中で転んだりしないよう気を付けるなら、宗司の会社に行くことを許可してあげるわ」 幸恵は私の担当医っぽく、意図的に偉そうな言い方で冗
last updateLast Updated : 2025-07-04
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第四話 社長の葛藤(side:宗司)

 俺の父・杵島 巧三が興した我が杵島グループは、今では国内を代表する大手企業だ。  その父の後を継ぎ、社長に就任した俺の責務はとても重い。 我が社は、世界的にも高いシェアを誇る有名企業だが、国内にはシェアを二分するライバル企業の大和田グループが存在する。  これまではお互いにシェアを競い、激しく争っていたが今や時代はグローバル社会。  目を向けるべきは世界であって、国内で争っている場合じゃない。  事実、我々がそうした争いをしている間に海外企業の台頭を許してしまった。  そういった事態に陥った時、大和田グループの社長令嬢と俺の政略結婚の話が持ち上がった。  お互いの絆を深め、協力して海外企業の脅威に対抗しようという目論見だ。 今時、政略結婚など時代錯誤も甚だしいが、理屈で考えれば正しい判断だ。  我が社と大和田グループの利益は国益にもつながる。両企業はそれ程までに影響力のある企業グループだ。  ここで俺が子供じみた駄々をこね、結婚を拒否すべきではないだろう。  * * * 大和田家には二人の令嬢がいた。 姉の充希と、妹の彩寧だ。 政略結婚となれば長女である充希が選ばれるかと思ったが、意外にも妹の彩寧が選ばれた。 大和田グループ社長・大和田 毅の正妻は大和田 真沙代だが、どうやら充希は真沙代の実の娘ではないという事情があるようだ。 まあ、そういった事情など、どうでもいい。  俺は彩寧との交際をスタートさせた。 俺と彩寧は、初対面ではない。  彩寧は同じ中高一貫校の二年後輩で、同じ剣道部に所属していた旧知だった。 学生の頃から彩寧は俺に好意を示し、よく話しかけてきていた。  その為、今回、政略結婚で俺との交際が決まると、喜びをあらわにしていた。  俺はそこまで乗り気ではなかったが、最低限の付き合いには応じるつもりだった。 しかし、その矢先───。 大和田家に騒動があり、大和田 毅と大和田 真紗代が離婚した。  理由は多くは語られなかったが、真紗代の浮気が原因ともっぱらの噂だった。  真紗代は大和田家を去り、その際、彩寧も母に連れられて大和田家を去った。  そして、俺と彩寧の交際もご破算となった。 これで時代錯誤の政略結婚は白紙撤回となるかと思われたが、妹が駄目なら姉と結婚しろと、今度
last updateLast Updated : 2025-07-04
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第五話 双子の危機

「充希ッ!」 そう呼ばれた私は顔を上げる。 ……あれ? ここはどこだっけ? 私は瞬間的に、今、自分がどこにいるのかがわからなくなっていた。 私は───家に帰って……。  そして離婚届にサインをして家を飛び出して───。 どこに向かっているんだっけ?  どこに行けばいいんだっけ?  私はどこになら行くことができるんだっけ? ダメだ……。  考えられない……。「充希ッ!」 私は再びそう呼ばれる。  相手を見ると、それは幸恵だった。 ああ……。幸恵だ。  中学からの友達。  すぐに仲良くなって私たちは親友と呼び合った。  高校でもずっと一緒だった。  幸恵がいると安心する。    幸恵は私の肩をしっかり掴み、真正面から私の顔を覗いた。 私も震える手で幸恵の両手に手をかけた。  その瞬間、幸恵が歪み、ゆらゆらと揺らめき始めた。  正確には私の目に涙が溢れ、視界が歪んだのだ。「幸恵……」 親友の名前を呟くと、その後、私は声にならない嗚咽で喉を詰まらせ、何も喋れなくなった。「どうしたの、充希ッ! やっぱり心配で様子を見に来たのだけど、あなた、顔が真っ青よッ!? 宗司と一体、何を話し合ったのッ!?」 幸恵は私の肩を揺する。  力なく私の頭はガクガクと揺れた。 宗司……。今、幸恵はその人の名前を口にしただろうか……? その名前……。 その人の名前……。 今はその人の名前を聞くと、胸が張り裂けそうに痛くなる。 痛い……。 本当に痛い……。 おかしい……。 体がおかしい……。痛い。本当に痛い……。 私はその場に蹲り、お腹を抱えた。「痛い……。幸恵……。お腹が痛い……。お腹が……子供たちが……。助けて」 顔は見えなかったが、幸恵が息をのみ、目を丸くしたことが如実に伝わった。「すみませんッ! 救急車をお願いしますッ! 妊婦が───私の親友がお腹の痛みを訴えているんですッ!」 幸恵がスマホで救急車を呼んでいる。 程なく救急車が到着し、私は病院に運ばれるだろう。  救急隊員の方や、病院に勤める医療関係者の方にお手数をおかけして申し訳ない。  そんな罪悪感があったが、私は安堵感も覚えていた。  病院なら安心。  病院に行けば医師や看護師の皆さんに診てもらえる。 そう考
last updateLast Updated : 2025-07-05
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第六話 見知らぬ天井

 私が目を覚ますと、視線の先には見知らぬ天井があった。「あれ? ここは……?」 私がそう思うと同時に「やっと目が覚めた?」と声をかけられた。 声の方に顔を向けると、そこには腕を組んで仁王立ちした幸恵が私を睨んでいた。  眉間に皺を寄せ、口はへの時に曲がり、かなり怒っている様子だった。「ここは隣町の総合病院よ。充希はお腹の痛みを訴えて意識を失ったの。自分が救急車でここに運ばれたのを覚えてる?」 やや詰問気味にそう問われた私は「なんとなく……」と返事をした。「もう! 本当に心配したんだから! 充希の身体はもうあなた一人の身体じゃないのよ! もっとその事をちゃんと自覚してちょうだい!」 幸恵は本当に怒っていた。  かなりの剣幕でまくしたてられたが、私は萎縮はしなかった。  何故ならそれは───幸恵がこんなにも本気で怒っているのは、私のことを本当に心配してくれているからだとわかっていたからだ。 その為、私は幸恵がそうやって怒ってくれる事を嬉しく思った。 そして「うん。本当にごめんね」と謝ると、それと同時に涙が溢れ、私は子供のように泣きじゃくった。  ※ ※ ※「しかし、本当によく寝ていたわね」 幸恵は呆れ気味だった。「私はどれくらい寝ていたの?」 私はさんざん大泣きしたが、ようやく落ち着きを取り戻していた。「倒れて救急車で運ばれたのが十四時頃。そして今はもうすぐ十六時よ。  言っとくけど二時間しか経ってないんじゃないからね。丸一日が経過した十六時だからね」 そう言われて私は、自分が二十四時間以上も眠り続けていたことに驚いた。「それよりお腹はどう? まだ痛む?」 幸恵は心配そうに尋ねてくれた。  そして私はそのことを思い出し、自分のお腹を確かめた。「───大丈夫。もう痛くない」 私がそう答えると、幸恵は我が事のように安心してくれた。「念の為、後で検査をしてもらいましょうね。  それより、充希。何があったの? どうしてあんな状態でふらふらと彷徨っていたの? 宗司の会社に行って、本人に会えたの? 話をしたの?」 矢継ぎ早に幸恵に捲し立てられたが、私はあることに気付いた。「幸恵、ごめん。私───喉が渇いたかも。それと───それと私、すごくお腹が減ってるかもしれない。何か食べたいわ」 それを聞いた幸恵は目を丸く
last updateLast Updated : 2025-07-06
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第七話 産みの母

「お、お母さんっ!? どうしてここにっ!?」 私は本当に驚き、思わず立ち上がる。「どうしてここに───じゃないわよ。ここは私が勤めている病院よ。そういう充希こそ、どうしてここにいるの? なんで救急車で運ばれて入院しているの?」 そう言われた私はハッとした。  そうか。隣町の総合病院───。  それは救急救命士である私の産みの母・忽那 碧(くつな みどり)が勤務している病院だった。「この病院を指定したわけじゃないのよ。救急隊員の方が周囲の病院に充希の受け入れを要請した際、たまたまこの病院が受け入れを了承してくれたのよ」 幸恵はちょっとドヤ顔だった。  まんまと私を驚かせることに成功して、してやったりといった様子だった。  * * * 私は自分の産みの母・忽那 碧とは定期的に会っていた。  私の父・大和田 毅と、母の忽那 碧は結婚は許されなかったが、たまに会うことは許されていた。  だが、世間体もあり、頻繁に会うことはできず、私が母に最後に会ったのは、私が政略結婚で入籍し、新居に引っ越しをした時に会ったきりだった。 私は、今一番会いたい人は誰だったかを思い出した。  それは母・忽那 碧に他ならなかった。 どうして失念してしまっていたんだろう。  その事に私は驚いたが、母の姿を見て安堵感に包まれた私は、またもやジワリと涙が溢れてきた。 そして私は母の前でシクシクと涙を流した。  ここ数日、私は泣いてばかりだ。 そんな私を母は優しく抱きしめてくれた。  母に包まれる喜びと安心感で、私の涙は激しさを増してしまった。  私は母に自分の苦しみを全て吐き出す様に、声を上げて涙を流し続けた。  * * *「そう……。それは辛かったわね、充希」 そう言って母はまた私を抱きしめてくれた。  そうされると私はまた涙が溢れ始める。 涙は悲しみの雫。  涙を流せば悲しみも流れるというが、私の涙は枯れることを知らないようだ。 そんな私に母はハンカチを差し出してくれた。  私はそのハンカチで涙を拭ったが、そうしていると、あることに気が付いた。 母が私に渡してくれたハンカチには刺繍が施されていたのだが、私はその刺繍に見覚えがあった。  他でもない、私が施した刺繍だった。「このハンカチ───。それにこの刺繍
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第八話 刺繍入りのハンカチ

「その刺繍入りのハンカチだけど、充希は覚えてる? 子供の頃、あなたと宗司くんはその刺繍入りのハンカチのおかげで出会っていたのを」 母にそう言われ、私は即座に答える。「もちろん。子供の頃、お父さんに連れていかれた政財界のパーティーで、私は宗司さんに出会った。政財界のパーティーなんて大人ばかりが集まる場所だと思っていたから、同年代の子供が私以外にもいて、とても驚いたのを覚えてる。そして宗司さんは───宗司さんは私が持っていた自分で刺繍したハンカチをとても褒めてくれた。嬉しかった。本当に嬉しかった。そのことをちゃんと覚えてる」 まだ私が小学生だった頃、私は父に連れられ、ある大物政治家が主催する政財界のパーティーに行ったことがあった。  そしてそこで同じく父親に連れられて来ていた宗司と、すでに出会っていたのだ。  その事を私も、そして宗司も覚えている。  そんな私たちは同じ中高一貫校に通い、高校一年生の時には同じクラスになったこともあった。  大学こそ別々の進路に進学し、一時は疎遠になったが、そんな昔から関係のあった宗司と私は政略結婚をしていたのだ。  思えば私と宗司は幼馴染と言っても過言ではないかもしれない。  私たちの結婚はそんな間柄の二人の結婚でもあった。「充希はその時から宗司くんのことが好きだったでしょ? 中高一貫校に入学した時、宗司くんがいて本当に喜んでいたわよね。あの時にパーティーで出会った男の子が同じ学校にいるって」 中高一貫校入学時の話をされて、私はこそばゆく、少し恥ずかしかった。「へぇ~。そうだったんだ」 幸恵もこれ見よがしに、私が当時、そう言って歓喜していたことを面白がった。「高校一年生の時には宗司くんと同じクラスになって、表には出していなかったけど、本当に嬉しそうだったわね。───どうしてそれがわかるのかって? そんなこと、充希を見ていればすぐにわかるわよ。私は充希の母親ですもの。娘の考えや気持ちなんて、なんでもお見通しよ。それに恋する乙女の桃色に染まる姿は、隠したって隠しきれるものじゃないのよ」 私は全てを見透かされていたことが恥ずかしく、顔を赤らめてうつむいた。「でも、緊張で宗司くんと上手く喋れなかったこと。そのまま高校二年生のクラス替えで、また別々のクラスになったこと。とても悲しんでいたわね。そして彩寧
last updateLast Updated : 2025-07-14
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第九話 親友のために(side:幸恵)

 充希の為───と言えば聞こえはいいかもしれないけど、これは私個人の私怨でもあるわね。 宗司、それに彩寧に腹が立つ。  この腹立たしさは、本人たちに一言言ってやらないと治まらない。 だからごめんね、充希。  あなたに内緒で宗司の会社に来たことは、あとでちゃんと謝るからね。  でも心配しないで。  すごく怒っているけど、喧嘩をしに来たんじゃないの。  話をするだけよ。 私だって宗司の同級生で、剣道部では私が部長、宗司が副部長で、一緒に三年間を過ごした仲なんだから。  彩寧も───彩寧は剣道部の問題児で、部活には来るけど真面目に練習しないで、明らかに宗司が目当てで、何かにつけて宗司の後を追いかけ回していたけど、それでも一応、同じ中高一貫校の後輩で、剣道部の部員でもあったんだもの。  先輩として、剣道の先達として、私が彩寧に一言物申したって許されるわよね? そう思って宗司の会社に来てみたけど、実際にこの本社ビルを見たら、その大きさに圧倒されるわね……。  社員の数も多そう。  でも、それはそうでしょうね。  だって杵島グループと言えば、テレビでCMを見ない日はないくらい宣伝を盛んにしている企業ですもの。  宗司はそんな会社の社長をしているのね。 でも、私だって負けてないわよ。  私の父は総合病院の院長で、医師会の準理事にも名前を連ねる権力者なんだから。 私たちが通っていた中高一貫校は、何かしらの地位や権力のある家庭の子女が通う学校だったわ。  大物政治家の息子や、有名タレントの子供もいたりと、ある意味でとても賑やかな学校だったわね。  そんな中でも大和田グループの社長の娘だった充希は群を抜いて注目されていたけど、充希はそんな自分の立場をひけらかさず、控え目で、周囲に対する気遣いを欠かさなかったわよね。  私はすぐに充希が好きになって、友達になれて本当に嬉しかった。  そしてお互いに意気投合して、親友と呼び合える仲にまでなれて、とても幸せに思っているの。 だから、そんな充希を悲しませる宗司と彩寧が許せない。  絶対に一言言ってやるんだから。 ───とは言え、どうやって宗司に会おうかしら? 確か充希が受付で社長に会いたいと申し出たけど、約束がないと会えないと追い返されそうになったと言っていた
last updateLast Updated : 2025-07-17
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第十話 因縁の対決①(side:幸恵)

「わ、私を許さないって、どういうことですかっ? 意味がわかんないんですけどっ?  ほんとにもう、幸恵部長は相変わらずですね。久しぶりに会ったっていうのに昔の鬼部長のままじゃないですか」「私だって好きで鬼部長に戻ったんじゃないわよっ! あなたが充希を悲しませるからいけないんじゃないっ! 自業自得よっ!」「私が充希を悲しませる? はぁ? そんなことをした覚えはありませんけど? 幸恵部長、言いがかりは止めてください。いくら幸恵部長でも失礼ですよ」「失礼はどっちよ! 彩寧っ! なんであなたが宗司の会社に入社してるのよっ! あなたと宗司の交際は終わったでしょ! 未練がましく会社に入って宗司を追いかけ回さないでちょうだいっ!」「み、未練がましくなんてありませんよ。私は努力して、望むべきやりがいのある仕事を求めて就職したんです。それがたまたま宗司先輩の会社だったってだけで、やましいことなんて何もありませんから」「嘘おっしゃいっ! あなたみたいに不誠実な人間が心にもないこと言わないでっ!」「ふ、不誠実ってひどいですね。いい加減にしてください、幸恵部長。私たちはもう先輩後輩の立場じゃないんですよ。学校を卒業してしまえば一個人同士です。いつまでも私に偉そうにできると勘違いしないでください」 彩寧は腰が引けつつも、負けじと私を睨んできた。  私と彩寧の視線はぶつかり、私たちの間でバチバチと火花が散った。「彩寧が宗司の近くにいると充希が不安になるの。今すぐ会社を辞めなさい。そしてもう二度と私たちの前に姿を現わさないで」「なんでそんなこと幸恵部長に指図されないといけないんですか? 何様のつもりです? 私は辞めません。せっかく入社できたのに辞めるわけないじゃないですか」「宗司は充希と結婚しているの。二人はもう夫婦なのよ。あなたが入り込む余地なんてないんだから諦めなさいっ」 私はそう詰め寄ったが、彩寧は生意気にも「ふふん」と鼻を鳴らした。「あの二人が夫婦だなんて笑わせますね。充希に宗司先輩の妻が務まるわけないじゃないですか。充希なんてあんな面白味のない女。お父さんが大企業の社長でなかったら誰も充希になんて見向きもしませんよ」 充希のことを馬鹿にされて私は瞬間的に怒りが爆発しそうになった。  危うく彩寧をひっぱたいてやろうと手が出かかった程だった。「それに充希と宗
last updateLast Updated : 2025-07-21
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