てんとう虫のロゴが可愛いパティスリー オフク。マカロンをランチのデザートとして選ぶ職員も多い。 その日、その場所に似合わない黒いスーツの男が腕を組んで順番を待っていた。間口の狭いガラス張りの店内は外から丸見えだ。「あれ、近江隆之介よね」「議員さんのお菓子でも買いに来たのかな」(何とでも噂してくれ) 近江隆之介はあいつの携帯電話を返却する為の小賢しいアイテムを選択中だ。万が一、日にちが開いても傷まないスイーツといえば焼き菓子だろう。「この花の付いた、桜とブルーベリーと、塩、あ、それも」 ついでにと言いつつも、色合いやフレーバー等かなり吟味して選んでいる。「袋、お付けしますか?」「あ、紙袋、手提げ袋でお願いします」 オフクのマカロンはせめてもの好感度アップを狙っている。万が一、金曜日の夜の男が自分なのだと身元が明らかになった時は、平謝りをして全容を一から順に説明して行こう。全裸でも添い寝しただけ。しかも脱ぎ出したのはおまえから。と。(それは説明になってねぇだろ。言い訳どころかあいつに責任転嫁してるだけじゃねぇか)「ありがとうございます。3,080円になります」「あ、はい」 二十円のお釣りが来た。近江隆之介の好感度アップ作戦は3,080円だったキッ その晩も久我議員の送迎で遅くなった近江隆之介は自転車を走らせ、寺町のマンションへと帰った。ふと見上げる3階角の自分の部屋の隣、302号室のベージュのカーテンからは灯りが漏れ、高梨小鳥が在宅である事が見て取れた。(あぁ、あの夜が無ければなぁ) 金曜日の晩、欲を出して自分の部屋に彼女を入れていなければ今頃は相思相愛の甘い日々を送っていたかもしれない。そう思うと自分が情けなく、自転車を担いで郵便ポストからダイレクトメールを取り出すと力無くエレベーターのボタンを押した。ポーン 近江隆之介は音を立てない様に忍足で外廊下を歩いた。力の入れ具合で黒い革靴がコツンと響いたので慌てふためき、また、自転車を床に下ろす時は警察の爆弾処理班の様に静かに行った。そして302号室の玄関ドアが開いた時に素早く隠れるように301号室の鍵をそっと開け、肩に担いでいた黒のビジネスリュックとダイレクトメールは玄関の中に置いた。 耳を傾ける。そこに高梨小鳥の気配は無い。(くっ。) 腕を最大限
Last Updated : 2025-07-03 Read more