近江隆之介は間口の狭い古民家風居酒屋の引き戸を開けた。「ヘィ、らっしゃ〜ぁい!」 ジャラジャラした暖簾を潜ると、威勢の良い掛け声。そうだ、この店だ。遅刻して汗だくでこの黒い木の階段を上った。靴下の裏が気持ち悪かった。 今夜の宴席に遅れてはならない。近江隆之介は久我議員の制止を振り切って走った。(クッソ!) 何故なら昼休憩の職員食堂で男性職員たちが高梨小鳥について囁き合っているのを聞いてしまったからだ。「高梨って可愛いよな」「俺、狙っちゃおうかな」「マジで?」「隣の席に座れねぇかなぁ」「飲ませちゃう?」「お持ち帰りってか、それ犯罪だろ」「そんな事するかよ」「直球で告っちゃおうかな」「マジで?」 議会事務局のジジィの次は、秘書かよ。何でこう、あいつの周りにはウジャウジャ訳の分からない奴が集まるんだよ!(今更、他の男に掻っ攫われてたまるかよ!) ところが、だ。「あ、近江くん、こっちこっち。この箱から一枚引いて」(席順がくじ引きとか、小学校の学級委員会か!) 事もあろうか高梨小鳥の席は1番、近江隆之介の席は19番と対角線上、長テーブルの端と端だった。 恨めしい、いや、羨ましいのは狐の秘書、大宮。ついつい視線が高梨小鳥に着いて回り、どうやら小鳥がその視線に気が付いてしまったようだ。気不味くてつい後ろを向いてしまったが、いよいよ挙動不審だ。でも、気になる。「ほら、近江くんも飲んで、飲んで」「は、はい」「近江くんが参加するなんて珍しいなぁ、飲も、飲も♡」「お、おう」 普段から宴席に参加しない近江隆之介の周りには議会事務局長をはじめ、彼狙いの女性秘書がビール瓶や日本酒の徳利を手に、人垣が出来始めた。(・・・・み、見えねぇ) これでは高梨小鳥の現在の状況が把握出来ない。「まぁ、飲んで、飲んで」「頂きます」「ぐいっと。良いねぇ、近江くんイケる口だね」「はぁ」 上戸の議会事務局長が次々と近江隆之介の持つお猪口に熱燗の日本酒を注ぐ。周囲に勧められるままにグイグイと酒を飲んでいた近江隆之介の二の腕に、如何にもボディラインに自慢があります的な秘書が形の良い胸を押し付けて来る。そんな事はどうでも良かった。高梨小鳥の動向が知りたい。(あ、あいつ等) そう、昼休憩の職員食堂で下世話な会話に花を咲かせ
Last Updated : 2025-07-03 Read more