All Chapters of そして、五年が消えた: Chapter 11 - Chapter 20

そう言うと、桜は赤い宝石箱を私の手に押し込んできた。その光景を見て、これまで強気な態度だった浩輔の目に、涙が浮かんだ。彼は期待のこもった視線で私を見た。まるで、私がこのピアスを受け取らなければ、極悪非道な人間になってしまうかのようだった。私は無表情でそのピアスを受け取った。育ちから高級な宝飾品によく触れてきた私は、一目で、このいわゆる厳選された宝飾品はただの安物だと見抜いた。たいていこういう安物は原価が60円を超えることがないのだから。「これは、あなたが宝石店で私のために選んでくれたものなの？」私は宝石箱からピアスを取り出し、浩輔の前で耳元に当ててみた。しかし、誰も気づかなかったのは、私の口元に冷たい笑みが浮かんでいたことだ。「そうよ、そうよ！これは特別にあなたのために選んだのよ。このピアス、私も大好きで、自分で使うにはもったいないくらいなの。それにこのデザイン、あなたにぴったりだわ。早くつけて浩輔に見せてあげて！」私がピアスを耳元に当ててみると、桜の顔は喜びに満ち溢れ、興奮した様子で私を見つめた。まるで、私がこのピアスをつければ、浩輔と世紀の大和解を果たし、その後は三人で幸せに暮らせるかのように。「いらないよ。このピアスは高価すぎるし、あなたがそんなに気に入っているなら、もらうわけにはいかないわ」私はピアスをもう一度宝石箱に戻し、桜に渡して言った。「桜、あなたはずっとこの指輪をつけているわね。きっとそんなに高価なものではないでしょ。だから、私はこれをいただくわ」そう言いながら、私は桜の指から巨大なダイヤの指輪を外した。「し……詩織、この指輪は安物なの。こんなに安いものをプレゼントするわけには……後日、改めて選びに行くわ！」私が不意を突いて指輪を外したのを見て、桜は顔面蒼白になり、慌てて指輪を取り返そうとした。この指輪は、浩輔が彼女の妊娠を祝って、わざわざF国から取り寄せた最高級のダイヤモンドで、10万ドル以上もしたのだ。この指輪を渡すくらいなら、お腹の子を諦める方がましだ。「詩織、桜はここまで譲歩しているんだ。あまりにもひどいじゃないか。彼女は妊婦なんだぞ。一体どうしたら納得するんだ？」この光景を見た浩輔は、せっかく抑えていた怒りが再びこみ上げてきて、私の前に駆け寄り、腕を高く振り上げ

「詩織、お前、何をしようとしてるんだ？」家に押し入ってきた屈強な男二人を見て、浩輔は完全に慌てふためき、耳をつんざくような声で私に向かって叫んだ。「浩輔、こんなのはまだ序の口、ほんの始まりに過ぎないさ」私は少し乱れた服を軽く整え、冷淡な視線で彼を見ながら笑った。「5分後に後悔させてやるって言ったじゃない？どうやって後悔させてくれるのか、教えてくれる？」「詩織、浩輔は口が悪いだけで本当は優しい子なの。あなたを傷つけようなんて思ってないわ。どうか落ち着いて」突然現れた警備員たちに、浩輔の母親も慌てふためき、息子の身を案じる眼差しで、急いで私の前に出てきた。「お母さん、もし私が今日、事前に準備していなくて、この警備員たちを手配していなかったら、カード止めたっていうだけでもあなたと浩輔は私を許さなかったでしょ？」私は振り返って偽善的な姑を見ながら、冷たく笑った。「詩織、わ……私たちはそんなこと……」彼女は痛いところを突かれ、すっかり勢いを失い、何も言えなくなってしまった。さっきまで浩輔の腕にしがみついて甘えていた桜は、警備員の姿を見るやいなや、リビングの隅に隠れて、少しでも危険が及ぶのを恐れているようだった。私はゆっくりと桜のそばまで歩み寄り、二人の警備員に抱えられている浩輔を指差して尋ねた。「桜、浩輔が好きなんじゃないの？どうした、好きな人が困っているというのに、あなたはここに隠れているつもり？」「わ……わ……私はわざと隠れているわけじゃない。彼のことは心配してる。でも、お腹に赤ちゃんがいるから、巻き込まれるわけにはいかないのよ」桜は、どもりながら、私と浩輔を恐るおそる見ていた。「詩織、怒ってるなら俺にかかってこい。桜に当たるな！」浩輔は身動きが取れなくても、顔には一切の妥協の色はなく、私の方を見て怒鳴った。「詩織、俺はもう頭を下げて謝ったんだぞ。一体どうすれば、お前は満足するんだ！」私の挑発に、浩輔は再び爆発した。彼はどうしたら私に起こったことを受け入れてもらえるのか分からず、ついに我慢ができなくなって、声を張り上げた。「言っただろ？桜は今、妊娠初期で、怒らせてはいけないし、ましてや驚かせてはいけないんだ！この時期は特別なんだから、少しは我慢できないのか？何かあるなら、子供が生まれてから

「浩輔、しっかりしてよ。詩織は嘘をついてるんだ。あなたの心を揺さぶろうとしてるだけなの。どうして気がつかないの！」その時、隣の桜がついに爆発した。お腹に赤ちゃんがいるのも構わず、まるで気が狂ったように浩輔のそばに駆け寄り、浩輔の手を掴んで自分のお腹に当てながら言った。「こんな診断書、1分間に12枚は偽造できるわ。こんなものに何の意味があるの？たとえこれが本当だとしても、この世に奇跡が存在しないわけでもないでしょ？末期癌の患者だって治ることもある。あなたのような立派な男が、私を妊娠させられないなんてことがあるはずないんじゃない？いつもあんなに激しいのに、まさか子供を作れないなんてことないでしょ？信じて。お腹の赤ちゃんを感じて。これがあなたの奇跡よ！」桜のこの言葉は、今の浩輔にとって、大きな衝撃だった。すでに未来への希望を失っていた浩輔の目に、再び希望の光が灯った。「そうだ！そうだ！この世にはこんなにたくさんの奇跡があるんだ。俺にも奇跡が起こってもいいはずだ。これが俺の奇跡なんだ！」浩輔は再び立ち上がり、嬉しそうに桜を見つめながら言った。「桜、嘘じゃないよな？」「ええ、あなたは私の最愛の人。嘘なんてつけるわけないわ」桜は白い首を高く掲げ、まるで白鳥のようだった。「よし！その言葉を信じる。もう何があっても後悔しない！」浩輔は私を睨みつけ、冷たく言った。「詩織、お前はなんて残酷な女なんだ。もう少しでお前の罠にハマって、最愛の桜を疑うところだった！」「最愛の桜？つまり、私とはキッパリ決別するってことね？」私は再び生気を取り戻した浩輔を見て、冷ややかに笑って尋ねた。「ああ、そうだ。今ここでハッキリ言っておく。必ずお前を後悔させてやる！」そう言うと、浩輔は再び恨みじみた狂暴な表情でスマホを握りしめながら、私を見て冷たく笑った。「詩織、まだ知らないだろう？今、九条グループ全体は俺の手中にあるんだ。電話一本で、お前の自慢の九条グループを崩壊させ、九条家のお嬢様という地位も全て奪ってやれるんだぞ。どうだ、驚いたか？」「確かに、驚いた！」大口を叩く浩輔に対し、私はためらうことなく静かに頷いた。「え？」私がこんなに落ち着いて頷き、きっぱりと答えるとは思っていなかったのだろう。浩輔は予想外

「誰だ……誰なんだ……こんな酷いことを……殺すなら一思いにやってくれればいいのに、まるでチャンスを与えてくれないじゃないか……」電話から聞こえてきた、もはや確定事項のような知らせに、浩輔は床を何度も強く叩きつけ、まるで周りの人間全員が敵であるかのように血走った目で辺りを見回した。この時、私は心の中で既に悟っていた。考えるまでもなく、これは悠が一晩かけてやったことだと。さっき彼が帰る時、連絡を待てと言ったのは、きっとこの事だろう。「詩織、これはお前がやったのか？」この瞬間、浩輔はようやく傍にいた私の存在を思い出し、ゆっくりと顔を向け、悪魔のような目で私を見た。「そうだったら、どうだっていうの？」この事は私自身が行ったわけではないけれど、だが私は、浩輔の問いに対して否定することもなく、冷ややかに微笑みながら彼を見つめた。「女を怒らせると恐ろしい目に遭うっていうのは本当だな！詩織、よくもそこまでやったな。俺たちが夫婦として連れ添ってきたことを少しも考えなかったのか？」「ハハハ！浩輔、聞き間違いじゃないわよね？この期に及んで私と夫婦の情について語ってるの？」私は浩輔を冷たく見て、こう言った。「浩輔、あなたが愛人とホテルで会っていた時は、私たち、夫婦の情について考えたことはあった？」「俺は……たとえ浮気をしたとしても、この家の、九条家に子供を残すためだったんだ！」浩輔は私を睨みつけ、世間の常識を覆すような一言を怒鳴った。「九条家に子供を残す？わざわざご苦労様だね。そんなの必要ないから、そのお気持ちは他の人に使ったらどうなの」私はゆっくりと桜の前に歩み寄り、まだ状況を把握できていないのか、震えている桜のお腹に軽く触れて、冷たく言った。「父親が誰かも分からない子なんて、誰か物好きな人がもらえばいいのよ！」「詩織、彼女に触るな！」私が桜のお腹に触れると、浩輔は激怒して大声を上げた。「そうだ、このアバズレ、うちの孫から離れろ！」そして、浩輔の両親も慌てて私の前に来て、私と桜を無理やり引き離した。この時、彼らも、もはや私を藤沢家の金づるにできなくなったということに気が付き、私に対する態度も一変した。浩輔の両親に初めて会った時、彼らは私にとても熱心だった。これでもかっていうくらいのおもてなしの料理を私

その言葉は、とても教養のある会社経営者の口から出たとは思えないくらい、三流チンピラよりもタチが悪かった。悠は二人を落ち着かせるまで拘束しようと考えていた。しかし浩輔の暴言は、悠はもちろん、私でさえも聞き流せるものではなかった。「一発お見舞いしてやろうか？」私は悠の腕に寄りかかり、彼の引き締まった顎を見上げて尋ねた。「この人、分からせてやらなきゃ、口から出まかせは災いのもとだってことを」悠は軽く頷き、浩輔を押さえつけている警備員に命じた。「一発2000円だ！」「承知しました！」警備員は俄然やる気を出したようで、ごっつい掌を、すでに赤く腫れ上がった浩輔の顔面に容赦なく叩きつけた。バチン。その一発は、私と悠が二人で叩くよりもはるかに強い力だった。ペッ。浩輔は殴られた後、しばらく呆然としていたが、すぐに血の混じった唾を吐き出した。そして、誰も予想だにしなかったことだが、その唾と一緒に、砕けた奥歯も出てきた。「もう一発……やりますか？」浩輔が歯を吐き出すのを見て、警備員は驚き、私と悠の方を振り返った。「クソッタレ！俺を殴るなんて？絶対に許さないから！」悠が口を開くよりも早く、浩輔は再びわめき始めた。「やれ。こいつ、ちゃんと喋るれるようになるまでやれ」悠は深くため息をつき、浩輔を見るに耐えかねて、私のいる方へ顔を背けた。バチン、バチン、バチン……部屋には小気味良い平手打ちの音が響き渡った。浩輔の両親はこの光景に息をするのも忘れ、傲慢な態度も消え失せていた。まるで、自分達も殴られてしまうのではと恐れているようだった。桜は部屋の隅に隠れて、私たちに見つからないようにしていた。こうして５、６分間殴り続け、浩輔の目が虚ろになってきたところで、実直な警備員はようやく手を止めた。「九条社長、もういいでしょう。これ以上殴ったら、一生喋れなくなります」警備員は手を止め、名残惜しそうに私を一瞥した。まるで、まだ殴り足りないと言っているようだった。「浩輔、まだ罵るの？」私は悠に寄りかかりながら、浩輔を冷たく見つめ、尋ねた。「うぐぅ、わぁ！」口の中が血だらけの浩輔は、誰にも理解できない言葉を口にした。何を言っているのか分からなかったが、その口調から４つの文字を感じ取った。