「システム、クエストを終了したいの」即座に、システムの無機質な声が返ってきた。「かしこまりました、静流様。脱退プログラムを起動します。半月後には脱退可能です」しかし次の瞬間、機械的だった声が一瞬止まる。数秒の沈黙ののち、どこか困惑したようなトーンで尋ねてきた。「静流様、ここにはあなたを深く愛してくれる夫と、どんな時でもそばにいてくれる息子さんがいます。ここがあなたの家ではないのですか?彼らはあなたの家族でしょう」「家族」という言葉を聞くと、藤堂静流(とうどう しずる)はゆっくりとテレビへ視線を向けた。画面に映っていたのは、ちょうど藤堂グループの社長・藤堂和也(とうどう かずや)と、その息子・藤堂慶哉(とうどう けいや)が飛行機から降りてくる場面だった。和也は息子を抱きかかえ、大股で滑走路を進む。記者が小走りで近づき、マイクを向けた。「藤堂さん、昨夜フラニア国での会議を終え、夜通しで帰国されたと伺いましたが……そんなに急がれて、一体何かご用でも?」ビジネスの世界では常に無口で通っていた和也。けれど、この時だけはカメラに向かって、とても穏やかな笑みを浮かべて言った。「今日は妻の誕生日ですから。息子と二人で、一緒に過ごさないといけませんので。私にとって、妻のことがいちばん大事なんです」その隣で、まだ小さな慶哉がバッグを両手で掲げた。「ママ、パパと一緒にプレゼント選んだよ!もうすぐ帰るからね!」記者がさらに質問を投げかけようとした瞬間、和也は「急いでいますので」とだけ告げ、背を向けた。カメラに映ったのは、立ち去るその背中だけ。記者は感嘆をもらすように言った。「藤堂さんの奥様への想いは十年前からまったく変わらないんですね。まさに理想の夫です」「息子さんも、パパにそっくり。あんな素敵なご主人と息子さんがいれば、奥様もさぞお幸せでしょうね」静流はリモコンを取り、静かにテレビを消した。そして、自嘲するように笑った。幸せ……か?一ヶ月前までは、間違いなくそう答えていた。でも今は、「幸せ」なんて言葉さえ口にできない。誰も知らない。彼女が、「この世界の人間」ではないことを。十年前、静流は「クエスト」を背負い、この世界に降り立った。――両親の死をその目で見て、心を閉ざした少年・和也を救うため
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