All Chapters of Will you marry me ?エリート建築士は策士な旦那様でした: Chapter 11 - Chapter 20

20 Chapters

Story11

「俺、パスタぐらいしかできないけど、いい?」「え? 謙太郎さんが作るんですか?」家政婦が必要で結婚をするのなら、もちろん私が作るべきだと思い、聞き返す。「ん? 俺たちが食べるんだし、じゃあ一緒に作ってくれるなら味の保証があるかもな」「一緒に?」生まれてから何かを命じられることはあっても、何かを一緒にやろうと言われたことは数少ない。「俺は、忙しくなると食べることを忘れることも多くて、終わった後にひとりで作れるのがこれだけだから」そう言いながら、卵とパルメザンチーズでソースを作っていく。「カルボナーラですか?」「正解!」嬉しそうに答えた彼に、つい私も笑ってしまう。「菜々は生ハム切って。ベーコンはないから」「はい」そう答えたものの、謙太郎さんが出してきたのは生ハムの原木で、「これですか?」と驚いてそれを見つめた。「もらったんだけど、減らないんだよな……」ぼやくように言う彼を見つつ、私は気を取り直して、それを薄く切っていく。とても良いもののようで、香りがとてもいい。「菜々」「はい?」薄く切ったハムを手にした私に、パスタを茹でていた謙太郎さんが口を開く。「味見」まさか、そこに入れろということだろうか。右往左往する私を、面白そうに見ながら彼は近づいてくる。「ほら、早く」近づきすぎる距離に、私は慌ててハムを彼の口に入れる。「うん、うまい。塩気はこれぐらいか」そう言いながらソースの味を見ている彼に、私は呆然としつつも、こんなやり取りが新鮮で、つい笑顔になってしまう。「菜々、うまいよ。ほら」謙太郎さんは、切り終わった生ハムを一枚取ると、私の口に放り込む。「おいしい」「な」そんなことをしながら料理を作り、初めて会ったとは思えないほど、心地よい時間を過ごしている自分に気づく。出来上がったパスタを前に、テーブルを挟んで向かい合って私たちは座った。「いただきます」一緒に作ったパスタはとても美味しくて、流れるジャズがゆったりとした雰囲気を作っている。「それで」少し食べ進めた後、フォークとスプーンを置いて、謙太郎さんが私をまっすぐに見た。今日、初めて見る真剣な瞳に、私もごくりと唾を飲み込んで言葉を待つ。「結婚、してくれるか?」単刀直入な言葉に、瞬きも忘れて彼の視線を外せない。「妹ではなく、私でいいんですか?」「ああ
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story12

「じゃあ、とりあえず準備させるから」食器ぐらい洗わせてほしいとキッチンで片付けをしていた私に、謙太郎さんはパソコンを操作しながら視線を向けた。「準備ですか?」「ああ。菜々、もう帰ってくるなとか言われたんじゃないか?」その的確な発言に、父の出かける前の言葉を思い出し、ギクッとしてしまう。「それは……。でも、何も持ってきていませんし、結婚前にいきなり一緒に住むなんて……」荷物などそれほど多くはないが、それでも着替えなどは必要だし、ましてやいきなり一緒に住むなんて、ハードルが高すぎる。「ああ、俺」無言で皿を食器棚にしまっていた私の耳に、彼の声が聞こえてきた。明らかに私に話しているわけではないとわかり、振り向いた。「そう、この間の縁談の斎藤菜々子さんと結婚することにしたから」な! 声をあげそうになってしまうが、電話の相手は彼のご両親だろう。「また連れて行くけど、とりあえず籍だけ先にいれるからその報告、ああ。わかってるよ。ありがとう」にこやかな笑みで話す彼をみて、ご両親は反対していないことがなんとなくわかった。「じゃあ、また」そう最後の挨拶をしつつ、謙太郎さんは私の方へと歩いてくる。「これで菜々の心配のひとつは消えた?」スマホを耳から下ろすと、開いてる方の手で私の頬を撫でる。「つッ」いきなり触れられて、一気に頬に熱があつまるのがわかった。「今の相手は母だよ。父は仕事だろうけどもちろん俺の結婚を喜んでいる。兄妹たちもね」「それならいいのですが……」猫でも撫でる様にずっと私の頬に触れている彼の指に意識が集中してしまい、まともに考えがまとまらない。「大丈夫、俺が菜々の心配事はすべて無くすから」本当に大切にしてくれているような錯覚を覚えそうな彼に、私は心の中はパニック寸前だ。「どうしてそこまでしてくれるんですか?」「ん? それはまた追々? 菜々は俺のことを信じろよ」はぐらかされたような気がするが、彼の表情からはふざけているようにも見えない。しかしそれは、父たちの前や、ネットに映っていた写真のような冷たい表情でもない。まっすぐで吸い込まれそうな瞳に映る私は、自分でも初めて見るような顔をしていた。「迷惑をかけてはいないですか?」「俺のことを心配するなんて、菜々は優しいな。父上やあの妹に、もっと怒ってもいいんだぞ。それに、こんな
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story13

「初めて会った日、もっと冷たい人だと思っていました」「もしかして、そっちの俺がいい? あれは仕事用なんだけどな。菜々が望むなら、そっちでもいいけど」その瞬間、一気に雰囲気が変わって、妖艶ささえ感じる大人の男性になる。髪をかき上げ、私を見つめる。そんな彼にドキドキしてしまい、ふるふると首を振って見せる。「親しみやすい謙太郎さんがいいです」声が大きくなってしまい、慌てて口元を押さえる私に、ふわっと彼の表情が緩んだ。「買い物に行こうか。菜々に必要なものを」「仕事は大丈夫ですか?」「ああ」柔らかな笑みで彼は微笑むと、私をまじまじと見る。「俺が抱きしめてたから、着物が着崩れたな……」そのなんとも言えない言葉選びに、私は慌てて襟を正す。「寝てしまったからです。すぐに直せるので」なぜかそんな私を見て、楽しそうに笑う彼。その日、謙太郎さんは自分で運転する車で、いろいろなところへ連れて行ってくれた。お茶を飲んだり、ショッピングをしたりと、まるでデートのようで、ドキドキしてしまうのは仕方がないと思う。そして、洋服や日用品をいろいろ買ってくれた上に、実家にまで寄ってくれた。 ちょうど忙しい時間帯だったこともあり、誰にも会うことなく、必要なものをまとめて、実家の沙月亭を正面から見据えた。父は、本当に帰ってこないと思っていたのだろうか。 そんなことを考えていると、彼が車の助手席を開けてくれる。「父上には、紘一が連絡を入れているから大丈夫だ」「ありがとうございます」何を言えばいいかわからず、私はそれだけを答えた。 隣にいた彼が少し間を置いた後、私を見下ろす。「菜々には、俺がいるから」どうしてこう、私が不安なときがわかってしまうのだろう。 感情を出しても仕方がないと思って生きてきたからか、誰にも「悲しい」「寂しい」など気づかれたことがないのに。謙太郎さんのタイミングのいい言葉は、気持ちを殺そうとしてきた私を揺さぶる。何も言えず彼の目を見ると、まっすぐに見つめ返してくれて、照れるよりも泣きたくなった。その後、私たちは役所に行き、婚姻届を提出した。紘一さんが、謙太郎さんのご両親がサインをしたものを、役所まで持ってきてくれた。「菜々、印鑑持ってこれた?」「はい」実家に戻ったとき、印鑑も持ってくるように言われていたが、いざ婚姻届に押すとな
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story14

「ご結婚おめでとうございます」「ありがとうございます」完璧な微笑みで挨拶する彼に見惚れそうになりつつ、私も頭を下げる。「こちらは先生に思い入れのある場所ですしね」そう言いながら、慣れた手つきで男性がシャンパンを開け、私たちの前のグラスに注いでくれる。細かい泡が美しい、ゴールドの液体。思い入れとは、どんなことなのだろうか?それが顔に出ていたようで、謙太郎さんが窓の外に目を向けたあと、こちらを見た。「俺がまだ駆け出しの時、無名の俺に仕事を依頼してくれたんだ」「そうなんですね」私も、昔の彼を想像しながら周りを見渡す。そして、改めてグラスを合わせてから一口飲むと、キリッとした辛さの中にフルーツの香りを感じることができる。「美味しい」今までアルコールは、提供するために味を見ることはあっても、ほとんど飲んでこなかった。まじまじとその銘柄は何かと見る私に、謙太郎さんがくすりと笑う。「聞いてもいいか?」「はい?」運ばれてきた前菜の豆腐とウニの和え物を口にしていた私は、口元に手を当てつつ答えた。「どうして菜々は、あんな扱いを?」両親とのことか。私は箸を置くと、うつむいたまま口を開く。「父は、私の母と政略結婚で、あまり関係がよくなかったんです。なので母の他界後、妹・瑠璃の母と再婚してから……義母の手前もあったとは思いたいですが」端的にそう伝えると、謙太郎さんは「そうだったのか」と静かに口にした。「でも、菜々はずっと、あそこで頑張ってきたんだな」その優しいセリフに、ふっと、ずっと強くいようと思っていた自分の弱い部分が顔を出す。「そんなこと……」そんなことない。そう言おうと思ったが、最後は言葉にならなかった。「あのとき、菜々が点ててくれたお茶は見事だったよ」純粋に――あの日、瑠菜ではなく“私”を見ていてくれたのだと知る。「ありがとうございます」「後は、家では何をしていたんだ?」「そうですね。父の経営の手伝いや、館内の花を中心とした全体を見ていました」そう伝えると、謙太郎さんは驚いたような表情を浮かべた。「それはもう、女将の仕事だろ?」「いえ、私の代わりなんてたくさんいますよ」そう。別に誰かを雇ってくれればそれでいい。義母だって、できないわけではない。「そうか……」少し何かを思案するような表情を謙太郎さんはしているが
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Sroty15

あの日から一カ月、思った以上に私は彼との生活になじんでいた。何部屋かあるコンセプトの違うゲストルームから、私は落ち着いた和洋室を選ばせてもらった。テラスからは外の庭が見えるようになっていて、十五畳ほどの和室にキングサイズのローベッド。テレビやデスク、洗面台もトイレもあり、この部屋だけで十分生活ができる。ここ全体がレジデンスのようになっていて、洗練されたデザインと空間は、たしかに父が望んだ新しい旅館の形にぴったりだと思う。仕事には抜かりがない父。そこだけは確かだったのかもしれない。そんな中、仕事をする彼にドキドキし、家にいるときのリラックスした彼に、穏やかな時間をもらっている。彼が家で仕事をする日は、食事の用意をしたり、かかってくる電話や事務処理を手伝ったりもしている。厳しい父に旅館の事務仕事をさせられてきたことが役に立っているのは皮肉だが、厳しくなんでもこなしてきてよかったと思えるようになった。「謙太郎さん、食事の時間ですけど、どうしますか?」今日は一日デザインに没頭していた彼に、そっと声をかける。「ああ、もうこんな時間か。悪い。菜々、先に食べてもよかったのに」時計は二十一時をまわっている。もう少し早く声をかけようと思っていた。――いや、正確にはかけたのだが、集中しすぎて聞こえていなかったことは内緒だ。一階のキッチンで作った料理を運び終え、電話やメールを処理して、少し彼が息を吐いて天井を仰ぎ見た瞬間に声をかけたのだ。「いえ、それほどお腹すいていなかったんです。準備しますね。ここでいいですよね?」まだ、きっと仕事があるだろう。素早く食べてもらわないと――そう思いながら、シチューとサラダ、野菜たっぷりのスペイン風オムレツを、少しずつ彩りを考えてダイニングテーブルに並べていると、謙太郎さんが歩いてくる。「菜々、何時から声をかけた?」そう言いながら、後ろからギュッと私を抱きしめる。「さっきですよ?」「本当は?」見透かされていることを悟り、苦笑しつつ答える。「19時ぐらいです」このやり取りも、毎日になっていて。隠しても仕方がないと、正直に答えた。「二時間か。本当に悪かったな」「別に、気にしなくて大丈夫だっていつも言ってますよ」本当に申し訳なさそうに、私の肩に頭を埋める謙太郎さん。「でも、菜々を待たせたことに変わりは
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story16

仕事をしていると思っていた私だったが、彼はひとりソファで、グラスを傾けていた。「何を飲んでるんですか?」ドアから半分だけ身を出して、私は彼に問いかける。「菜々!?」そう叫ぶと、彼はバッと後ろを振り返った。「起きたのか? 体調は?」心配そうにグラスを置いて、私の元へと歩いてくる。ふわっと香ったウイスキーの香りに、クラクラしてしまう。「今日は、結婚初夜です」いきなり言うセリフがこれかと、自分でも唖然としつつも、私は勇気を出してそう伝える。既成事実を作ろうなんて、卑怯だと思うし、最低かもしれない。でも――私が初めて自分で望んだのだ。お願い、拒まないで。そんな思いで、俯いて唇をギュッとかみしめた。「逃がしてやろうと思ったのに」「え?」上から聞こえた、一オクターブは低いのではないかと思うその声に、私は顔を上げた。その刹那、激しく口づけられたことに気づく。後頭部に手を回され、身動きの取れないまま、息ができないほどのキス。そのまま抱き上げられ、先ほどの寝室に連れていかれた。真っ直ぐに私を見る、欲を孕んだ彼の瞳を見て――私でも、欲情してくれるのだという安堵の気持ちと、初めての行為を前に緊張が高まる。そんな私を、彼は優しく、甘く導いてくれる。その日、私は本当に彼の妻になったのだと、薄れゆく意識の中でそう思った。……そんな回想をしていたことなど、きっと謙太郎さんは想像もしていないだろう。真剣に心配してくれる彼に申し訳なくなりつつ、私は声をかける。「今日は、まだお仕事残ってるんですか?」このあと夜食がいるかと思って尋ねた後、私も一口、白米を口に運ぶ。「今日は、菜々の期待に応えて、もうやめる」「え?」言われた意味がわからなくて、茶碗と箸を持ったまま目の前の彼を見つめた。「さっき、やらしいこと考えてただろう」さらりと言われたそのセリフに、私は思わず動揺して咳き込んでしまう。まさか、心の中を読まれていたなんて――思ってもみなかった。「大丈夫か」立ち上がって私の背中をさすりに来た彼に、私は振り向き、涙目で軽く睨みつける。「本当に意地悪」「菜々限定。仕事の俺は紳士だよ」そんなことは、もう知っている。クライアントと話す姿も、一心不乱に図面と向き合う姿も、これからその建物を使う人のことを考え抜いて設計する彼は、本当に真っすぐ
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story17

「わかりました。暗くしてくださいね」「了解」彼の前で身体を洗うのはどうしても恥ずかしくて、シャワーだけ先に浴びた私は、薄暗くなったことを確認して、バスローブを脱いで外へと出る。テラスに作られた屋根はあるが、庭を眺めることができる露天風呂。四人はゆったり入れるほどの、大きくて立派な造りだ。謙太郎さんはそこにゆったりと浸かり、空を見上げている。リラックスした雰囲気で、ちらりと私を見た。そして、タオルを巻いている私に気づき、苦笑する。「何度も見てるだろ?」「それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいんです。入るので、目を閉じてください」結婚もして、何度も乱れた姿を見せているけれど、これはどうしても“同じ”だとは思えない。くすくすと笑いながら目を閉じた彼を確認して、私はタオルを取り、ゆっくりと湯船に浸かる。「もういい?」そう聞こえたと同時に、私は手を引かれ彼の腕の中に囲われる。お互いの素肌が触れ合いドキドキする反面、彼の体温と温かい湯が心地いい。後ろから抱きしめられるような恰好で、ふたりで手を重ねる。「小さな手」「そうですか? 普通だと思いますよ」「かわいい」サラリとこういうセリフを言う彼は、本当にずるい。濡れた私の指を一本一本なぞるように触れながら謙太郎さんはそう口にする。完全に愛さていると錯覚するほど、甘やかされている気がする。謙太郎さんも私のことを少しは好きになってきてくれたのだろうか。そして私は……。そんなことを自分に問いかける必要もないことに、気づいていた。――彼のことが好き。それはもう、紛れもない事実だ。たぶん、彼に会ったその日から好意を持っていたし、そうでなければ私が身体を重ねるはずがない。あの日、初めて――瑠菜に取られたくない。自分のものにしたい。そう思った。そして今は、あの頃よりさらに彼のことが好きだし、ずっと一緒にいたいという思いが、日に日に強くなっている。「美術館の仕事も、もう少しでひと段落する。そうしたら、沙月亭の仕事も始めるな」「え?」私も、彼の手に触れながらそう聞き返す。仕事を始めるということは、約束を守ってくれるということで、それ自体は喜ばしいことだ。しかし――もしかしたら、また瑠菜にも会い、結婚が終わりに近づくようなことが起きるのではないか。そんな不安が胸をよぎる。「菜々がひ
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story18

「菜々、本当に無理をするなよ?」朝、起きてきていつも通り食事を作る私を、そっと抱きしめながら、謙太郎さんはそう呟く。「大丈夫です。つわりも今日はないんです」そう。あれから二か月が経ち、謙太郎さんの美術館の仕事が落ち着いたころ――体調があまりよくなかった私は、無理やり向井家と懇意にしている病院へ連れて行かれた。『おめでとうございます。もうすぐ三ヶ月ですね』先生のその言葉に、私は「どうしよう」と真っ青になったが、隣の謙太郎さんは私を抱きしめて、「嬉しい」と言ってくれた。――その言葉だけで。たとえ、愛されていなくても、私は彼と家族になれる。そう思って、私の中に新しく宿った命を、大切にしようと心に決めた。「それでもだ。あれから初めて実家に行くんだ。緊張やストレスは、やっぱりよくないんじゃないか?」やたら過保護で、私を甘やかしてくる彼に苦笑する。「謙太郎さんが言ってくれたんですよ。私も話に加わった方がいいって」「それはそうなんだが……。菜々のセンスは抜群だし、沙月亭を一番理解しているのも菜々だから……」自分自身に言い聞かせるように、謙太郎さんはそう言う。「わかった。絶対に、調子が悪くなったらすぐに言うこと」それを条件に、私は彼との同行を許可してもらった。もちろん――瑠菜と謙太郎さんが会うことに、不安がないと言ったら嘘になる。でも、もう私も逃げてばかりはいられない。「先生、ありがとうございます。菜々もよくやったな」“よくやった”――本当に私を何だと思っているのだろう。それに、こんなセリフは謙太郎さんに対しても失礼だ。相変わらずの父に、私は憮然としてしまうが、黙って無表情を貫いた。「それでは、まずコンセプトを確認させてください」会談などにも使われる広い会議室に、凛とした謙太郎さんの声が響く。家にいるときとは違う、仕事モードの彼は、どこか冷徹ささえ感じさせる。そんな空気をまといながら、父や他の役員の意見を手際よくまとめていく。広い敷地を開拓した一角――東京ドームが数個は入るその場所に、今よりも最上級のヴィラを建築するという計画。高い天井、ラウンジには三十人は座れる広さのテーブルとソファ。全面ガラス張りの高い窓は開閉式で、その前にはプールが広がる。今まで和が中心だった沙月亭だが、今回は完全にリゾートを意識した洋建築にした
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story19

会議室を出ると、前から見慣れたスタッフが走ってくる。「菜々子さん、館内のチェックお願いできますか?」「え? きちんとできているんじゃないの?」「なんとか私たちでやってきましたが、やはり菜々子さんのようにはできなくて、少しお叱りを頂いたりしたんです」その内容に、彼女が悪いわけではない。勝手に出て行った私に非があるのだ。「少し待っていて」まだ敷地などを見て回ると言っていた彼を追いかける。そして、旅館の仕事を見てくると伝えると、彼は不安そうな顔をしつつも、渋々了承してくれた。私の後任として仕事をしてくれている彼女に指導しながら館内を歩き、花を生け直したり、慌ただしく過ごしていた。「あと、庭の剪定なんですが、庭師がここをどうしたらいいかと」広い見事な日本庭園をチェックし終わり、チェックイン時間が迫り戻っていた彼女と別れ、ひとりで見て回っていた。指示を出すところをスマホで写真を撮り、散策コースなども見て回り一息ついた時だった。ガサッと音がした気がして、その方へと歩いていく。そこはこの旅館の敷地の端で、散策の休憩場所として建てられている。隠れ家的な場所で、何か考えたい時などひとりでこっそりと来ていた。そんなあまり人が来ない場所にお客様かな、そう思いつつ、こっそりと見た時だった。「ッ」その光景に私は声が漏れてしまった。そこには、薄手のピンクのワンピースが半分脱げて、下着が見えそうになっている瑠菜が、男性と抱き合っていたからだ。その相手は私に背を向けているが、見間違うはずがない。「謙太郎さん……」小さな私のつぶやきを拾ったのは瑠菜で、彼の肩越しに私と目が合う。そして、怖いぐらい美しく微笑んだ。「私の方がいいでしょ?」その言葉に、私は駆け出していた。その時、かなり大きな音を立ててしまったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。「菜々!」私に気づいたのだろう。謙太郎さんの声が背後から聞こえたが、それを無視して来た道を戻る。今のシーンは、ずっと想像していたし、昔からよく見てきた光景だ。そのたびに、特に何も思わなかったし、何も感じず、「またか」と思っただけだった。――でも、今回は違った。張り裂けそうなほど胸が痛くて、これほどまでに彼を好きになってしまっていたことを知る。「菜々!! 待て! 走るな!」あのシーンを見たあと、
last updateLast Updated : 2025-09-17
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Story20

この場を収めるだけかもしれないが、確かに今、「愛する」という言葉を言ってくれた。それだけで、私は十分だ。「瑠菜、彼は私の夫なの。諦めて」「お姉ちゃんのくせに、生意気よ!!」怒り狂う瑠菜を気にする様子もなく、謙太郎さんは不敵な笑みを浮かべた。「妻の実家ですので、仕事はきちんとさせていただきます。それでよろしいですね?」自らこの結婚を企て、向井家との縁を望んだ父だ。 謙太郎さんのその柔らかいが、圧倒的な威圧感に、父は「よろしくお願いします」とだけ答えた。瑠菜と継母は、その場に立ち尽くしている。「菜々、帰ろう」私の手を取り、謙太郎さんは振り返ることなく、その場を後にした。ふたりで車に乗り込み、何かを話さなければと思うが、それが見つからない。言葉を探しながら、運転する彼をそっと盗み見る。車は、どうやら家に帰る方向とは違うようで、私は不思議に思いながら窓の外を眺めていた。数十分ほど走って、都内の小さな教会の前に車が停まった。「降りて」促されるままに車を降り、目の前の木のぬくもりを感じるその建物を見つめる。その場所には見覚えがあり、懐かしさが込み上げてくる。「菜々、ここに来たことあるだろ?」「はい。大学のとき、よく……え?」大学からほど近いこの教会は、木々に囲まれていて目立たないが、静かで落ち着く空間だった。 私がとても好きで、ひとりでよく訪れていた場所だった。「これ、俺が一番最初にデザインした建物なんだ」――え?静かに歩いて近くまで行くと、謙太郎さんもその教会を見上げた。「あの頃、全然芽が出なくてさ。父の仕事を手伝うことに決めて……この仕事を諦めようと思って、この場所に来たんだ」その言葉を聞いた瞬間、ぼんやりとしていた記憶が急に鮮明によみがえる。「……あっ。あの時の?」一度だけ、泣きそうな表情でこの教会を見上げていた男性がいた。 その姿がとても切なくて、それでいてどこか美しく、私は思わず見惚れてしまった――そんな記憶。そんな私に、当時その男性が振り返ってかけた言葉。「この教会、好きですか?」大人びて自信にあふれる今の姿とは少し違っていたけれど、あのときの彼は――間違いなく、謙太郎さんだった。あの瞬間に出会っていたのだと、私はようやく気づいた。その時、私はこの教会について、かなり熱く語っていたことを思い出した。
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