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Story17

Auteur: 笠井未久
last update Dernière mise à jour: 2025-09-17 10:02:15

「わかりました。暗くしてくださいね」

「了解」

彼の前で身体を洗うのはどうしても恥ずかしくて、シャワーだけ先に浴びた私は、薄暗くなったことを確認して、バスローブを脱いで外へと出る。

テラスに作られた屋根はあるが、庭を眺めることができる露天風呂。

四人はゆったり入れるほどの、大きくて立派な造りだ。

謙太郎さんはそこにゆったりと浸かり、空を見上げている。

リラックスした雰囲気で、ちらりと私を見た。

そして、タオルを巻いている私に気づき、苦笑する。

「何度も見てるだろ?」

「それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいんです。入るので、目を閉じてください」

結婚もして、何度も乱れた姿を見せているけれど、これはどうしても“同じ”だとは思えない。

くすくすと笑いながら目を閉じた彼を確認して、私はタオルを取り、ゆっくりと湯船に浸かる。

「もういい?」

そう聞こえたと同時に、私は手を引かれ彼の腕の中に囲われる。お互いの素肌が触れ合いドキドキする反面、彼の体温と温かい湯が心地いい。

後ろから抱きしめられるような恰好で、ふたりで手を重ねる。

「小さな手」

「そうですか? 普通だと思いますよ」

「かわいい」

サラリとこういうセリフを言う彼は、本当にずるい。濡れた私の指を一本一本なぞるように触れながら謙太郎さんはそう口にする。

完全に愛さていると錯覚するほど、甘やかされている気がする。

謙太郎さんも私のことを少しは好きになってきてくれたのだろうか。

そして私は……。

そんなことを自分に問いかける必要もないことに、気づいていた。

――彼のことが好き。

それはもう、紛れもない事実だ。

たぶん、彼に会ったその日から好意を持っていたし、そうでなければ私が身体を重ねるはずがない。

あの日、初めて――瑠菜に取られたくない。自分のものにしたい。

そう思った。そして今は、あの頃よりさらに彼のことが好きだし、

ずっと一緒にいたいという思いが、日に日に強くなっている。

「美術館の仕事も、もう少しでひと段落する。そうしたら、沙月亭の仕事も始めるな」

「え?」

私も、彼の手に触れながらそう聞き返す。

仕事を始めるということは、約束を守ってくれるということで、それ自体は喜ばしいことだ。

しかし――

もしかしたら、また瑠菜にも会い、結婚が終わりに近づくようなことが起きるのではないか。

そんな不安が胸をよぎる。

「菜々がひ
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