時乃と出会ってからというもの、彼女はずっと自分を追いかけてきた。彼女が手段を問わず自分の気を引こうとしているのは、海栖市では有名な話だった。桐谷家のお嬢様が、パイロットという夢を捨ててまで自分を追いかけるとは。時乃が自分を愛していたのは、疑う余地もなかった。だが、彼女がこれからも自分を愛し続けるかどうかなんて、正直どうでもよかった。自分にとっての時乃は、ただ紗良への想いを隠すための存在にすぎない。自分が本当に気にしているのは、紗良ただひとりだ。「まあ......時乃さんも、もう耐えきれずに去ってしまうかもしれませんね」「あり得ない!」運転手の言葉に、隼人は思わず声を荒らげた。周りの空気が一瞬にして凍りつく。「隼、隼人様......?」隼人は自分でも驚いた。彼女が自分のもとを去る――その言葉を耳にした瞬間、胸が締め付けられるような痛みを感じた。息苦しい。想像しただけで、胸の奥がざわつく。時乃がいなくなる?手料理を大切そうに差し出してくる姿。自分の帰りを心から待ちわびる、あのまっすぐな眼差し。話しかけてくるあの明るい声。そんなすべてが、彼女がいなくなれば、まるで何もなかったかのように跡形もなく消えてしまうのだ。では、自分はどうなる?彼女を愛していたわけじゃない。なのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろうか。ひとつの答えが、胸の奥からこみ上げてきた――「おじさん!」気がつくと、自分は時乃と紗良の病室の真ん中に立っていた。すると、紗良が病室から顔を出し、嬉しそうに走り寄ってきた。「来てたのになんで入ってこないの?ねえ、私の大好きなあれ、持ってきてくれたんでしょう?ん?もうひとつあるけど?」彼女は嬉しそうに包みを開いたが、もう一つの袋の存在に気づいた。すると、紗良は何かを思い出したように、表情をこわばらせた。「......これは、誰の分?」「それは......」隼人が答えようとしたそのとき、紗良は今にも泣き出しそうになっていた。隼人はその姿に言葉を飲み込み、とっさに言った。「店がおまけでくれたんだ」――嘘だ。あの店がそんなことをするはずがない。しかも、自分はいつも寄せ鍋しか頼まない。なのに、もう一つの袋には、薬膳鍋が入って
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