財閥の御曹司と付き合って四年になるが、彼は今も彼女を抱こうとしなかった。桐谷時乃(きりたに ときの)は、母親に電話をかけた。「お母さん、前に言ってたパイロットの面接......お願いしてもいい?」電話の向こうで、母は驚きの声を上げた。「えっ、本当に?でもあなた、海栖市に残って宗方隼人(むなかた はやと)と結婚するって......あれだけ空を飛ぶのが好きだったのに、全部やめちゃったじゃない」彼女は四年前の自分の愚かさを思い出し、苦笑した。そう、男のために夢を捨てたのだ。しかし、それは叶わなかった。「......全部、私の勘違いだったんだ」彼の心を動かせると思ったのに。結局は届かない恋だった。母は軽く笑って言った。「バカな子ね、あなたが成功すれば、男なんていくらでも寄ってくるのよ。一人の男に執着しないで。隼人とは別れて、瑞樹市に戻りなさい」「わかった。まずは住民票を戻すね」そう言って電話を切った。隣室からは、まだ肌を打つような音が響いていた。時乃がそっとドアに近づくと、くぐもった男の声が漏れてきた。ドアの隙間から覗くと、薄暗い明かりの中で、書斎が散らかっているのが目に飛び込んできた。隼人の腰には白いワンピースがかかっており、彼の手は激しく動いていた。彼は低く呟いた。「紗良」白いワンピースには苺のブローチが付いている。時乃はすぐにそれが隼人の養女――宗方紗良(むなかた さら)のものだとわかった。拳を強く握り締めた。爪が食い込む痛みより、胸の痛みの方が遥かに強かった。このひと月の間に、もう十回以上、同じ光景を見てきた。最初はショックで崩れ落ちた。しかし今では、ただ吐き気がこみ上げるだけだった。あの禁欲的で高慢な宗方家の御曹司も、結局は欲に抗えなかった。だが、その欲は、彼の養女に向けられ――私には一度も、向けられたことがなかった。時乃は虚ろな表情のまま部屋に戻った。壁にかかった二人の写真を見つめた。思い出すのは四年前、隼人と出会った日のことだった。海栖市に来て間もない頃、彼女は操縦大会に出場していた。その大会に隼人はスポンサーとして参加していた。しかし大会中に事故が起き、時乃は機体の中に閉じ込められそうになった。そのとき助けてくれたのが、隼人だった。あの
Baca selengkapnya