都内の撮影スタジオには、陽が傾きかけた夕暮れの光が、ぬるくしみ込んでいた。遠くで照明機材を運ぶ音がして、スタッフの足音と何人かの笑い声が、コンクリートの地面に吸い込まれていく。車の往来も遠く、あたりは奇妙な静けさをまとっていた。まるで時間そのものが、少しだけ呼吸を止めているようだった。澪はその空間の端に立っていた。金属製の門を越えた先に広がる中庭と、スタジオの低い建物を見つめたまま、数分間まったく動かなかった。胸の奥に詰まったものが、歩みを止めていた。何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか、自分でも分からないまま、それでもここに来てしまったことだけは確かだった。澪は、かつて誰かのためにこうして足を運んだことなどなかった。誰かの気配をたどるように歩いたことも、声を届けたいと思ったことも、心の底から揺れ動いたことも。けれど今は、足が勝手にこの場所を選び、手が無意識に携帯の地図を開き、言い訳の余地もないほどまっすぐにここへ来ていた。建物の中へ入ると、廊下の先にいくつかの控室のドアが並んでいた。スタッフに尋ねることもせず、澪は迷わずそのうちの一つの前で立ち止まった。扉の向こうに陽真がいる。そう確信できたのは、まるで心臓が彼のいる場所を記憶していたかのようだったから。ノックはしなかった。澪は、そっとドアノブに手をかけて、ためらいなく回した。静かに開いた扉の向こう、控室の片隅で陽真がひとり座っていた。手には台本が握られ、机の上には降板届と思われる書類が、無造作に広がっていた。ノートパソコンがスリープ状態で光を失い、部屋全体が沈黙に支配されていた。陽真が顔を上げた。その目が、瞬間的に驚きと混乱の色を浮かべた。そして言葉が出ないまま、ゆっくりと立ち上がった。澪は何も言わなかった。ただ、その場に立っていた。ドアの枠を背にして、少しだけ肩を丸めて、けれど視線は陽真から外さなかった。空気が硬く、緊張で軋むようだった。それは、ずっと言葉にされなかった沈黙たちが、ふたりの間に層を成して積もっていたからだ。陽真は、ようやく口を開いた。「どうして…」その言葉の続きを、陽真は最後まで言わなかった。澪の目が、すべてを
Last Updated : 2025-08-20 Read more