依夜は扉を出ると、岳の手に握った鮮やかなバラを見つめて静かに言った。「実は、あんなに怒らせる必要はなかったんですよね」岳は制服の一番上のボタンを外しながら答えた。「花を贈りたいのは俺の自由じゃないか?」「そうね」依夜は微笑んだ。「でも、私はもう自分の価値を認められます。もう誰かの愛で自分を証明する必要はありません」岳は一瞬戸惑いながらも、やがて笑みを浮かべた。「それはいいことだ」「もう自分で自分を救えますから」依夜の表情は穏やかで、長く続いた暗い影が一気に消えたかのようだった。岳は彼女を見つめ、一歩近づいたが、適度な距離を保った。「でも、時には美しいものを拒絶しなくてもいいんじゃないか?」彼は手を伸ばし、瑞々しいバラを指さした。「このバラみたいにね。受け取ったからといって、それが鎖になるわけじゃない。君は生まれながらに自由だ」依夜は一瞬驚き、やがて笑みが深まった。「確かにそうですわ」彼女は花を持ちながら肩をすくめて言った。「今日はやっぱりシチューにしましょう。煮込みが長いほうが好きですし、硬いのは苦手なんです」岳は笑いながら答えた。「了解!」……その後、依夜は正式に任命され、情報チームの一員となった。初めての任務以来、彼女と岳は言葉にならないほど息の合った連携を築いていた。その後も二人は共に何度もテロ事件対応に当たり、無傷という記録を作った。表彰式では毎回大きな拍手が湧き上がり、救助された人々は涙を流しながら彼女の手を握り、数々の感謝の手紙が贈られた。夕暮れの時、岳がまた花を持ってきた。今回はピンクのバラだった。依夜は眉を上げて言った。「今日は特別な日じゃないでしょう?」岳は笑いながら答えた。「通りかかった花屋の花があまりに綺麗だったんだ」依夜は断らずに花を受け取り、岳の目がわずかに輝いた。彼はさらに一歩踏み込んで言った。「じゃあ今夜、一緒に夕飯でもどう?」依夜は彼を見上げた。岳の表情は穏やかだったが、目の奥には緊張と不安がちらつき、まるで初恋の少年のようだった。彼女は微笑み、わざと間をおいてから答えた。「いいよ」岳はすぐにバラよりも鮮やかな笑顔を浮かべた。岳が車を運転し、警察署の門前を通りかかると、壁に掛けられてい
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