All Chapters of 昨夜の風雨が思い出を濡らす: Chapter 21 - Chapter 29

29 Chapters

第21話

記者会見当日、来場者は純子の父親が想像していたよりもはるかに多かった。彼は声を潜めて怜里に尋ねた。「どういうことだ?なぜみんな来ているんだ?」「私にわかるわけないでしょ!」純子の父親と怜里は仕方なく招き入れた。確かに純子の父親は純子の要望で記者会見を開くことに同意したが、規模について純子は一言も指定していなかった。最初は少人数を想定していた純子の父親も、次第に増える来客に慌て始めた。やがて竹内家の助手のはっきりとした声が響いた。「竹内家の長男が到着しました!」東都市の直弘と海城市の竜介はすごい人物だった。平野家の長男が脚に障害を負ってからは、竜介が多くの少女たちの唯一の理想的な結婚相手となっていた。みんなの視線は一斉に彼に集中し、竹内家の長男の顔を一目見ようと必死になった。噂をする声も聞こえてきた。「もう諦めろよ。先日竹内家の長男が小山家にたくさんの高級品を贈ったみたいよ、縁談が進んでいるんじゃないか?」「こんな会見にまで竹内家の長男が小山家の応援にかけつけるなんて、海城市で彼を呼べるのはまだ誰もいないんだぞ!」周囲の声に、純子の父親は心の中で大満足していた。竜介は仕立ての良いスーツに身を包み、まるで別人のようだ。そして彼は怜里のもとにまっすぐ歩いて行った。彼の全身からは良家の気品がにじみ出ていた。「竹内家の長男……もしかしてあなたが竹内家の長男なの?」怜里は思いもしなかった。帰国して以来、ずっとそばにいたこの男がまさか竹内家の長男だったとは。この数日の出来事を思い返した。病室で照れ隠しをするあの姿、雪崩や車の事故から自らの身を挺して守ってくれたこと、そしてあの胸のタトゥー……すべてがつながった。純子の父親は目をこすり、何度も確認してから言った。「まさか!竹内家の長男が三年も小山家で働いていたなんて!信じられない!」竜介は純子の父親の差し出す手を無視してそのまま席に腰を下ろすと冷たく言い放った。「小山社長、発表すべきことがあれば早くしてください。終わったら俺からも重要な話がある」純子の父親は何度もうなずき、婚外子や昔の秘密などは全然重要ではない。重要なのは海城市一の名家の娘婿となること。彼は軽く咳払いし、身なりを整えながら話を切り出した。純子の母親の位牌を小山家に戻すこと、そ
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第22話

東都で最大のホテルの宴会場の中、純子は身にまとったマーメイドドレスを見つめ、少し戸惑っていた。これほど高価なドレスを着るのは初めてで、まだ慣れていなかった。誰もが想像できなかっただろう、目の前で真面目に冗談を言っている彼が、恐れられる平野家の長男、直弘その人だとは。あの日、雪崩から直弘に救われて以来、彼はずっと彼女のそばにいる。純子は本当はたくさん彼に聞きたいことがあった。なぜオークションで落札してくれたのか、なぜ雪崩の時に自分を助けたのか。しかし、彼の瞳を前にすると、言葉が出なくなった。直弘と共に平野家に戻ると、噂とは違い、その家は生活感にあふれていた。使用人たちの顔にも笑顔が溢れ、「あなたは直弘さんが連れてきた初めての女性です」と優しく声をかけられた。純子は彼女たちの親しみやすさに戸惑いながらも緊張が和らいだ。「いつも来る女性にそんなこと言うんですか?」と尋ねると、使用人たちは首をかしげた。「いつも来る女性って、誰のことですか?」しばらくして、彼女たちはひらめいたかのように言った。「私たちのことかもしれませんね!」笑い声の中で、純子は真実を垣間見た。直弘が平野家の権力を握ってから、誰もが彼に女性を紹介しようとした。その日も佐藤家の令嬢が彼に接近した。翌日には森家の令嬢がやってきたが、彼にとって名家が婚約に応じる、この利益を前にしても、彼の心は動かなかった。車の事故で脚を骨折し療養が必要になった際、噂は加熱し、直弘は巧みに「片足が不自由で人間味のない人物」というイメージを作り上げた。彼の周囲の名家出身でない女性たちの偽装死を手伝い、平野家で新しい身分を与えた。直弘はカジュアルな服装で現れ、その優しい目は誰が見ても彼が怖い人だとは思えなかった。彼は微笑み、怒ったふりをして言った。「俺は何を言えばいいんだ?」皆が笑いながら去り、純子と直弘だけの空間と時間が残された。純子が二人の関係をどう考えるべきか迷い始めたとき、直弘が先に口を開いた。「結婚したくなければ、ここにずっといていい。君がここにいたいなら、そのままでいいんだ」純子は驚きながら直弘の話に耳を傾けた。「東都でも海城市でも、君が行きたい場所へ行けばいい。やりたいことをすればいい」その柔らかな表情と言葉は、一つ一つが純子の心に深く染み入
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第23話

そして、純子は直弘に愚痴をこぼした。「どうしてこんなドレスを選んだの?!」まだ知り合って一週間ほどしか経っていないのに、彼女自身も気づかぬうちにうち溶けていた。直弘は彼女の前にしゃがみ込み、視線を落としてスカートの裾を整えた。「君が結婚を拒否しないか心配なんだ」親しげな口調に、純子の耳はたちまち赤く染まった。心の中で呟いた。「演技を頼んだだけなのに、本心みたいに聞こえるわ」純子が彼を見ると、ちょうど直弘も顔を上げて目が合った。まるで、あのオークション会場での初対面の時のようだった。あの時は彼が見下ろす側だったけど。目が合った瞬間、直弘は笑みを浮かべながら言った。「どうして顔が赤いんだ?」純子は大きな瞳で彼を睨んだが、とっさに反論する言葉が見つからなかった。平野家でのこの数日直弘と口喧嘩をすることに慣れてしまった。頼りになるお兄さんだと思っていたのに。落ち込む純子を横に、使用人たちはすでに大喜びだった。「奥さんの前では、まるで初めて恋をした若者みたいですよ。きっと前から計画してたんですよ!」正式な披露宴でなくても、直弘は決して手を抜くことはなかった。目にするすべてが豪華でロマンティックだ。純子は直弘の手を握り、少し夢見心地だった。自分の人生でこんな場所に足を踏み入れることも、ましてや知り合って一週間の男性と結婚することなど、想像もしていなかった。最悪のシナリオは、結婚初夜に血まみれで平野家から運び出されることだと思っていた。純子は思わず吹き出してしまった。直弘は握った手に力を込め、からかうように言った。「そんなに楽しそうに、何を考えてるんだ?」「昔は本当に、怖い男と結婚して平野家を二度と出られないと思ってたのよ」婚約指輪の交換が終わると、招待客から二人のキスをせがむ声があがった。純子は少し恥ずかしそうにしていると、直弘は突然身をかがめて耳元で囁いた。「あの夜から、俺も少し君を平野家から出したくなくなったみたいだ」熱い息が彼女の首筋にかかり、体がビクッとした。そして直弘は距離をとり、手の甲で彼女の額にやさしくキスをした。「妻が恥ずかしがる姿は、みんなに見せたくないからな」招待客は盛り上がり、一緒に頬を赤らめた。直弘は純子の体のことを気遣い、婚約式は簡単に済ませた。退場
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第24話

助手が言った。「たった今気象庁が警報を出しました。東都行きの全便が運休で、最短でも来週まで飛びません」竜介はその言葉に足を止めた。助手は竜介がこの計画を諦めると思っていたが、彼は向きを変えると車の鍵を手に取り、振り返らずにその場を去った。車で東都まで行くつもりなのか?2000キロ以上、まともな休憩をとらなくても丸一日かかる距離だ。竜介の頭の中はただ一つの事だけを考えていた。それは純子に会うことだ。彼女と直弘はまだ婚約したばかりだ、もしかしたらその婚約も平野家に強制されたものかもしれない。彼は東都へ行き、彼女を連れ戻すつもりだった。真っ赤で派手なスポーツカーが道に線を描き、誰もその姿をはっきりと見ることはできなかった。二日後、純子が早朝に目を覚ますと、花火の音に眠気が吹き飛んだ。「奥さま、お誕生日おめでとう!」純子は早朝から平野家の使用人に「直弘とはただの友達だ」と伝えるが、彼女たちは親しげに「奥さま」と呼び続け、純子は彼女らが去るのを待つしかなかった。彼女は少し戸惑いながらも言った。「私の誕生日?」カレンダーを見て、こんなに時間が早く過ぎたことに驚いた。「でも、どうやって知ってたの?」「もちろん直弘さんが教えてくれたのよ!直弘さんは表向きは控えめだけど、実は奥さまのことをとても気にかけていますよ」「あと、プレゼントは全て下にございます!」純子はほとんど引きずられるようにベッドから起こされ、その後の洗顔、歯磨き、髪のセット、メイクに至るまで、自分で何もする事なく支度が終わった。彼女たちの巧みな技術によって、短い時間でまるで人形のように仕上げられた。階段を下りると、目の前の光景に圧倒された。数えきれないほどの贈り物が、平野家の広いリビングルームを埋め尽くしていたのだ。直弘は純子を見ると目をまん丸にした。自分で鼓動が激しくなるのを感じた。純子は夢を見ているようだった。プレゼントはこれまでの二十年間に受け取った数を遥かに超えていた。彼女は仲良し兄弟に憧れていた。同年代の子供たちが学校に行っている間、彼女は一人で空っぽの池を眺めていたからだ。そして、小山家に入ってからは怜里に敵視されてきた。この二十年間、誕生日は誰からも気にかけられたことはなく、これほど多くの人に祝ってもらったことは一度も
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第25話

外は激しい雨が降っていて、純子はもう外出するつもりはなかった。変わった形のケーキが運ばれてくると、彼女は不思議そうに眉をひそめた。「このケーキ」直弘は軽く咳払いをした。まるで褒められるのを期待している幼稚園児のようだった。「どうだ、俺が作ったんだ」「すごく不細工だよ」すると大爆笑が起こり、皆涙を流して笑っていた。直弘がこんなに参っている様子を見たのは初めてだった。「でも、俺は気に入ってるよ」甘いクリームが直弘の顔に塗られた。純子は得意げに子猫のように走り去った。直弘はその場で、純子たちがじゃれ合う様子を見て、口元がほころんだ。これこそが彼の記憶にある、イキイキとして笑顔を絶やさない純子だった。夜が更けると、皆は疲れて早めに部屋へ戻って休んだ。そよ風が吹く平野家のバルコニーで花が満開を迎えていた。純子は一人でバルコニーに立ち、良い花の香りを感じていた。風に吹かれながら伸びをし、部屋へ戻ろうとした時、下の方から視線を感じた。次の瞬間、電話が鳴り見知らぬ番号から聞き慣れた声が響いた。「一目だけ会わせてくれたら、すぐに帰るから。いいだろう?」純子は下を見て、目を大きく見開いた。そこに立っていたのは竜介だった。悩んだが、純子は結局下へ降りることにした。「もう私の様子を見たでしょう。私は元気にやってるわ。だからもう帰って」純子の口調は、とても冷たかった。彼女が呆れた顔で見上げると、そこには別人のような竜介がいた。雨に濡れて髪が顔に張り付き、スーツは乱れ、目の下のクマが酷い。しかも、目全体が恐ろしいほど赤く腫れていた。「嘘をついたな」この言葉を口にした竜介自身も信じられなかった。目の前の彼女は柔らかく心地よいパジャマを着て、髪はきれいに整えられ、輝くように美しかった。いつも臆病で弱々しく、従順で控えめで、元気がない。そんな小山家で見た彼女とはまるで違った。純子は冷たい口調で続けた。「竜介、騙しているのはあなたよ」「どう?もう怜里のこと嫌いになった?」竜介はまるで何かに取り憑かれたように、突然彼女の手首を強く掴んだ。「違う、俺が愛しているのは彼女じゃない」純子は遮った。「彼女じゃない?」「私の飼っていた馬を殺したのも、彼女のために私の写真をオークションに出したのも、私を崖
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第26話

愛という言葉に竜介の胸は激しく跳ねた。思い出したかのように、彼は純子を引き戻した。「違うんだ……そういうことじゃない!」「あいつらに強制されたんだろう?君がここにいたくなければ、いつでも連れて行ける。誰も知らない、あの頃の元奧村へ行こう。二人だけの生活を送らないか?」彼は必死になって泣きつき、この何日もの想いを伝えた。彼自身認めざるを得なかった。純子がいなければ自分は狂ってしまうと。純子は驚きを隠せなかったが、感情をおさえ、冷ややかな目で見つめた。「思い出したの?それが何だっていうの?全部忘れて、怜里を命の恩人と勘違いして、ずっと彼女に惹かれてたって言いたいの?本当は恩人を傷つけていたのに?」純子が話を続けようとしたとき、直弘が扉の向こうから現れ、早足に歩み寄り、竜介が掴んだ純子の手を強く払いのけた。純子の手首に赤い痕が浮かんでいた。直弘は冷たい表情で「竜介、夜中に俺の妻に手を出すなんてどういうことだ?」と言った。竜介の顔は青ざめた。手強いと噂の二人が向かい合った。一方は冷たく、もう一方は怒りに燃えていた。「お前の妻だと?」竜介は冷たい顔で問い返した。直弘はすっと結婚証明書を取り出し、純子を腕に抱きながら、証明書を高く掲げた。「証拠がある」真剣な顔で竜介を見つめた。「お前が立ち去らないなら、明日、東都で竹内家との全ての取引において利益が二割減ることになるぞ」二割は彼らのような一流の名家にとって、数分で数十億の損失に匹敵する。純子はただ直弘を見つめた。私のために、ここまでしてくれるなんて。竜介は言った。「俺は信じられない。純子は明らかに小山家が無理やり押し付けたんだ。平野家が小さな小山家との婚姻を認めるわけがない。それに……」「それに何だ?」直弘は鼻で笑い、勝ち誇った顔で答えた。「昔、純子はお前一人だけを助けたんじゃない」その言葉を聞いた全員の顔色が変わり、純子も驚いていた。竜介はふらつき、そのまま倒れこんだ。おそらく、一日中豪雨の中に立ち続けたせいだろう。直弘はすかさず指示を出した。「連れて行け。うちで死なれたら縁起が悪い」直弘は純子を部屋まで送った。二人は言葉もなく見つめ合った。直弘が扉を閉めると、純子が口を開いた。「あの……私、いつあなたを助けたの?」
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第27話

それから毎日、純子はどこかで必ず竜介の姿を目にした。朝バルコニーで朝食をとっていると、竜介は別荘の下で一時間もじっと彼女を見つめていた。街に出かければ、竜介は後ろをつけ、彼女が商品を見ているとすぐに買ってくれた。こんなことがしばらく続いた。彼女はあの時に話は終わったと思っていたが、竜介は思っていた以上に執着していた。彼女は外に出なくなり、家の中で本を読むだけの毎日を送っていた。そんなある日、直弘から「近々ディナーパーティーがあるから、純子にも出席してほしい」と言われ、外出する気になった。「無理はしないでね。もし気がのらなかったら言ってね」純子は「今はあなたの婚約者だし、助けてもらった恩もあるから出席するわ」と答えた。そのディナーパーティーで、平野家の長男が初めて婚約者を公の場に連れて現れたことは、東都で大きな話題になった。かつての足を引きずる当主は、妻を大切にする男に変わり、あらゆる噂を覆した。純子は直弘のそばに寄り添い、彼が社交の場で活躍する様子を見つめていた。家で毎日彼と口喧嘩をするだけの生活とは全く違った。彼女はまだ彼に心を開ききっていないので、長丁場に少し疲れてしまった。直弘に一言伝え、座って休もうとしていた。そこにまたしても望まぬ来訪者が現れた。「小山ちゃん……」純子が目を開けると、そこにいたのは竜介だった。彼女はさっと顔を背け、皮肉って言った。「間違えてるでしょ?私の姉、小山怜里は海城市にいるの。ここにはいないわよ」この言葉を聞いて竜介はどうしていいかわからなかった。これまではずっと冷たい顔で彼女の名前を呼び、あるいは嘲るように「小山さん」と呼んでいた。小山ちゃんなど、関係をもつ時も呼んだことはなかった。竜介は純子の嫌味に気づかぬふりをして、自分勝手に話し始めた。純子は会場を見渡し、感情を乱すことはなかった。竜介は一輪の花を取り出した。「昔、俺にジャスミンの花をくれたよね。『離れないで』って言ってくれた。今度は俺が純子に花を贈る番だ。純子も離れないでいてくれるかな?」彼女は笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。彼女は身を乗り出し、竜介の手から花を奪い取った。竜介の眼は輝いていた。純子は赤い唇を少し開いた。「もう遅い」そう言い終えると、花を再び竜介
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第28話

彼女は男に強く抱きしめられた。竜介はただ静かに彼女を抱きしめ、失ったものを取り戻した喜びを噛みしめていた。この瞬間だけでも、彼女が本当に自分のものだと感じられる気がした。どれほど時間が過ぎただろうか、彼は純子の目かくしを外した。「傷つけたりしない」純子は顔をそむけて言った。「じゃあ今は何してるの?」今の彼の言葉など、微塵も信じられなかった。竜介は必死に証明しようと、錆びた鉄の門を強く開けた。、眩しい陽光が差し込み、外には青々とした草原が広がっていた。「もう一度、やり直さないか?」彼は純子の手を引いて外に出た。遠くからは馬の蹄の音が響いてきた。「もう一度馬を引き取ろう。1年育てて大きくなったら、一緒にこの草原を駆け回ろう。君の乗馬の腕は、俺のお茶の腕に負けないんだろ?」純子はこれ以上話を聞く気はなく、真顔で言った。「竜介、私帰りたい」竜介は聞く耳を持たず、自分の世界に浸っていた。彼は再び純子の手を取り、食肉処理場へ連れて行った。そこには冷たい刃物が並び、見るだけでぞっとした。竜介はその中からひとつ、ナイフを手に取った。そのあとの数日間、ほとんどの間純子の目は再び布で覆われた。「おとなしくして、見ないでくれ」次の瞬間、鈍いうめき声が響き、純子は血の匂いを感じた。彼女は叫んだ。「竜介!何をしてるの!」竜介は歯を食いしばって答えた。「俺が自分の手で君の馬を殺した。今、この刃で返すんだ……」男のうめきは続き、純子は恐ろしくて思考が止まった。指先は震えていた。「やめて!竜介、やめてって言ってるでしょ!」純子の目の布が解かれたが、彼女はまだ目を開ける勇気がなかった。竜介は弱々しくも彼女を慰め、優しい目をしていた。「大丈夫だ、もう包帯はしてある」純子が目を開けると、目に入ったのは血まみれの竜介の右手だった。血が包帯を染め上げていて、包帯をしていても見るだけで背筋が凍りそうだった。「竜介、あなた狂ってるわ!」竜介は青ざめた顔に笑みを浮かべた。「やっぱり君は俺のことを気にかけているんだな」そう言うと、意識を失ってしまった。夜が訪れ、竜介はようやく目を覚ました。純子に食べ物を口に運ばせると、彼女を連れて外へ向かった。今回は荒れ狂う海だった。彼は純子を崖の向こう側に拘束した状態で座らせ、
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第29話

純子はどれほど経ったのか分からなかった。ただ竜介と過ごす毎日が異様に長く感じられた。竜介は自分なりにロマンチックだと思う事を彼女にした。、かつて怜里に注いだ以上の愛情を純子に向けた。彼女は言葉を発することも少なくなり、表情も乏しくなった。生気を失ったようだった。ある日、彼らが出会った元奧村へ彼女を連れていった。「ほら、家に帰ってきたぞ」ここ数日で初めて純子の感情が揺さぶられた瞬間だった。久しぶりに口をひらき「あなた、怜里のために花火をあげるのが大好きだったでしょ?私も花火をあげて欲しいけど、町中の花火はいやだわ。ここだけで、私のために花火をあげてほしい」純子が初めて要求を口にしたので竜介は嬉しかった。彼は純子が自分を受け入れてくれた合図だと思い、すぐに準備を始めた。その夜、竜介は純子の手を引いて元奧村を散歩した。すべてが美しく見えた。「覚えてる?君が俺を川から救ってくれたとき、俺はフェアリーを見たと思ったんだ。君はヴェールをかぶり、目だけが見えていたけど、それでも世界で一番美しいと思った。記憶を失っても、小山家で君を見たその瞬間に、どこかで会った気がしたんだ」「多分、神様は俺が愚かすぎて、ヒントをくれたんだろう。でも俺はそのチャンスを掴み損ねた……」「最初から俺の動機は純粋じゃなかった。ほんの少しだけ、君と付き合うチャンスがあったのに」遠くで花火が上がり、元奧村の夜空を鮮やかに照らした。花火の中に自分の名前が映し出されるのを見ても、純子の心は揺れなかった。竜介は平然と言った。「これは君たちの合図だろう?」純子ははっと振り返り、恐怖が全身を包んだ。竜介がまた何かするのではと怖れた。だが竜介は何も言わず、彼女と共に昔の木造の家でただ黙って朝まで座っていた。夜明けが近づくと、直弘と警察が来た。「竜介さん、あなたを誘拐容疑で逮捕します。武器と人質を置いて出てきなさい」「発砲は三回まで。それ以上は即射殺します!」竜介は笑みを浮かべて立ち上がった。パン!彼は無視するように地面のナイフを拾った。パン!しばらくして、また笑みを浮かべ、ナイフを持って純子の後ろに立った。パン!三発の銃声が響き、もし竜介が動けば、銃口は空ではなく彼の胸を狙っている。純子は手のひもが緩んだのを感
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