All Chapters of 冬川にただよう月の影: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

遥香は蓮司が他の誰かを好きになるなんて信じてなかったが、それでも少し不安そうに眉を寄せた。「蓮司、もしかしてちょっと疲れてるの?安心して、さっきちゃんと打ち合わせしてきたし、今回は一発で済むって」目の前にいる遥香は、ずっと思い続けてきた相手のはずなのに――蓮司はようやく我に返った。さっきは何をしていたんだ?どうして遥香のことを紗良だなんて、錯覚してしまったんだ?しかも、この映像を撮り終えたら全て終わるのに。やっと親に紹介できるのに。なのに、なぜ今になって気持ちが揺らぐ?そう考えれば考えるほど、胸の奥のモヤモヤが膨らんでいく。紗良を騙すためだけに作られたこの一連のセットすら、もう見ているだけで気持ち悪かった。結局、蓮司は自分の気持ちに抗えず、短く言い残した。「今日は調子が悪い。二日後にしよう」そう言い捨てて車に乗り込み港を後にした。どこへ向かうかもわからず、ただ無心でハンドルを握っていた蓮司の車は、気づけば紗良の家の前に止まっていた。気持ちを整えた彼は、直接話し合う決心を固めた。彼女がどんな補償を求めても構わない。何でも与えるつもりだった。しかしエレベーターを降りて彼が目にしたのは、開きっぱなしのドアと、荷物を運び出す中年の男の姿だった。蓮司は驚き男の手首を掴んで怒鳴った。「お前誰だ?真っ昼間から盗みか?今すぐ警察呼ぶぞ!」その男は最初こそ驚いたが、すぐに状況を理解し声を荒げて言い返した。「なんだお前、頭おかしいのか?この部屋は最初から俺の持ち物だぞ?元の住人が置いていったガラクタ片付けてるだけだ!」「警察呼びたいなら勝手にしろ。どっちが犯罪者かすぐわかるからな」蓮司の意識は、男の言葉のある一点に釘付けになった。「……お前、今なんて言った?紗良が……引っ越したってことか?」「それ以外に何に見える?あんた目ぇ悪いの?」大家の男は呆れたように白目を剥くと、そのまま部屋に戻って片付けを続けた。紗良が本当に出て行った――その事実に気づいた瞬間、蓮司はその場に立ち尽くし、手がわずかに震え始めた。彼は急に、以前のあれこれを思い出した。会社の前で荷物を抱えて出てきた紗良の姿。仕事を辞めたと言ったあの日。さらにその前、家の中の「ふたりの思い出の品」を片付けていたこと、頻繁に
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第12話

蓮司は黙ったまままた一杯、酒を一気に飲み干した。自分でもなぜこんな気持ちになるのか分からなかった。どうして最近紗良のことばかりが頭に浮かんでくるんだ。彼女はただ代役だ。遥香の代わりにあの厳しい家訓をクリアするためのただの道具だったはずだ。最初に彼女に近づいたときから終わればすぐ手放すつもりだった。なのに、いざ本当に紗良がいなくなって、どうしてこんなに心が苦しいんだ?この街を離れ、自分のもとを去ったというだけで胸の奥に言いようのない痛みが広がっていく。それに……妙な虚しさまで感じる。すべてが計画通りに進んでいるはずなのに。終わりはすぐそこにあるはずなのに。なのに、心のどこかで何かが完全に崩れていくような感覚が消えない。ずっと思い描いてきた遥香が目の前にいても、自分が見てほしいと願っているのは、なぜか紗良だった。そのことに気づいた瞬間、蓮司はまたグラスに残った酒をぐいっと飲み干した。みんなはどうしても蓮司を止めることができず、かといって彼がこのまま自暴自棄になるのを見ていることもできなかった。そこで、今はこっそりと遥香に電話をかけるしかできなかった——酒に呑まれて意識を失ったのがいつだったのか、蓮司自身でもまるで覚えていなかった。どのタイミングで階上の個室に運ばれたのかも曖昧なままだ。二日酔いで重たい頭を押さえながら、ぼんやりと目を開けると、そこには背中を向けて荷物を整理するひとつの影があった。その背中は紗良とそっくりだった。心臓が跳ねる。蓮司は思わずベッドから飛び起き、そのまま後ろから彼女を抱きしめた。彼女の体がぴたりと固まり、それからおとなしく彼の腕の中に収まり、華奢な指先が優しく彼の腕をなでた。蓮司はその首筋に顔をうずめながら、掠れた声でつぶやく。「やっと……戻ってきてくれたんだな……ずっと探してた。話がしたかっただけなのに、どうして何も言わずにいなくなったんだ……」すると、聞き覚えのある別の声が返ってきた。「……蓮司? 何言ってるの? 私はずっとここにいたじゃない」その瞬間、蓮司の意識は現実へと引き戻された。抱きしめていた腕を衝動的に離す。「……君か」「は? 何わけのわかんないこと言ってるのよ。私以外に誰がいるっていうの?」遥香は半ば呆れたよう
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第13話

蓮司はそのまま車を飛ばして会社に戻った。そしてすぐに秘書に連絡を入れ、すべての仕事を中断させた上で今すぐにでも紗良の行方を突き止めるよう指示を出した。彼女に関する情報をあらゆる手段を使って調べるようにと。調査結果を待つ間、蓮司は前に紗良が退職したとき、自分の車に置き忘れていったダンボール箱を思い出した。車庫の奥からそれを取り出して、ふたを開ける。箱の中には、紗良の私物がきちんと整理されて収められていた。その整った並びを見ただけで、蓮司の胸の奥がじんわりと痛んだ。人の持ち物を勝手に漁るのはよくないとわかっていながら、彼は抑えきれずに、ひとつひとつを手に取りながら丁寧に目を通していった。まるでその品々を通して、彼女と会話できるかのように。箱の底には、一冊のノートが静かに置かれていた。開くと、そこには見慣れた綺麗な字が並んでいる。——紗良の、日記だった。かなり前のものらしく、彼らがまだ学生だった頃のことが綴られていた。【今日、道を歩いていたら車にひかれそうになって、蓮司くんが飛び出してきて私を引っ張ってくれた。彼は一つ下の後輩で、学校では超有名人。顔を見た瞬間にすぐ彼だってわかったけど、こんなに近くで見るのは初めてで……写真よりずっとかっこよかった。でもすごく無口で冷たくて、怖くて何も話せなかった。逃げるように立ち去っちゃった。】【どうしてか、この数日、蓮司くんとよく遭遇する。今日はコンビニで、同じおにぎりに手を伸ばして、ちょっとだけ手が触れた。そしたら、彼が少し笑って、おにぎりを譲ってくれた。それだけで一日中、心がふわふわしてる。明日もまた会えたらいいな。】【蓮司くんの話を友達にしたら、「それは恋だよ」ってからかわれた。家柄も見た目も悪くないんだから、アプローチすればすぐ落ちるって。でも私にはそんな自信ない。蓮司くんは誰もが憧れる人で、私はただの平凡な一人にすぎない。】【今日は体育館で蓮司くんを見かけて、それだけでも幸運だと思ってたのに、まさかの夜、彼が生徒会に入ってきた。そして、なんと私の所属部署に配属された。これからは……友達ってことでいいのかな?】【蓮司くん、私の気持ちに気づいたみたい。私たち、キスした。そして、付き合うことになった。夢みたい、嘘みたいで、まだ信じられない……】少女らしい繊細な想い
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第14話

そのとき、秘書が資料の束を抱えてオフィスに入ってきた。「蓮司さん、紗良さんに関する情報をできる限り集めました。ただ、彼女の足取りだけはまだ掴めていません。誰かが出発当日の記録を意図的に消していて、もう少し時間がかかりそうです」蓮司は軽くうなずき、資料を机の上に置くように指示した。「引き続き調べてくれ。一刻も早く頼む」秘書が部屋を出たあと、蓮司は深く息を吐き、目の前の資料に手を伸ばした。一番上にあったのは紗良の写真だった。それを見た瞬間、心臓の鼓動がまた早くなる。ページをめくっていくうちに、蓮司はあることに気づき始めた。これまで、自分は紗良のことを本当の意味では何も知らなかった。彼女が南原の出身であることも、その穏やかな口調や柔らかな雰囲気の理由も、すべて初めて知ることだった。彼女が名家の一人娘で、大切に育てられた存在だったことも。さらに、子どもの頃から数々の芸術を学び、ピアノ、書道、舞踊など、どれも本格的に習い、全国レベルの賞まで獲得していたことも。自分はそんな彼女の努力や背景に一度も目を向けたことがなかった。蓮司の前で、紗良は少しのわがままさえ見せたことがなかった。むしろ、何度も自分を犠牲にしてまで、彼のために尽くしてきた。けれど実際の彼女は、大勢の中に埋もれるただのひと粒の存在なんかじゃなかった。紗良はもともと、まばゆいほどの輝きを持つ存在で、それでも彼のために、その光を自ら抑えてきたのだ。蓮司は資料をめくりながら、指先がかすかに震えていることに気づいた。あんなにも素晴らしい紗良、本来なら輝かしい未来を手にしていたはずの紗良を、自分は三年もの間、足止めしてしまった。これほどまでに誰かに会いたいと強く思ったのは、生まれて初めてだった。もうこれ以上、待つわけにはいかない。紗良には何一つ欠けているものはなかったし、蓮司の権力を必要とするような女性でもなかった。彼女がこれまで自分に尽くしてくれたのは、ただ心から愛してくれていたから。それこそが、今の蓮司にとって紗良を取り戻せる唯一の切り札だった。南原で家族に大切に育てられ、すべてを手に入れられる環境にいた紗良は、そんな暮らしを捨てて自分のために北都に残った。そのため、彼女がいなくなったということは——向かう先はひとつしかない。きっと、紗良は家に帰った
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第15話

飛行機から降りて南原特有の懐かしい風景が目に飛び込んできた瞬間、紗良の目には思わず涙がこみ上げてきた。奏真手配してくれた二人のボディーガードが、荷物を持って彼女の左右に付き添いながら出口へと向かう。そのとき、遠くから誰かが彼女の名前を呼んでいる声が聞こえてきた。「紗良、紗良ー!」目を凝らして見てみると、そこに立っていたのは父と母だった。二人は家で飼っているサモエド犬の「白」のリードをしっかり握っていた。白は紗良の姿を見るなり、尻尾をぶんぶん振って駆け寄ってくる。紗良はすぐに白を抱き上げ、そのずっしりとした重みに笑いながら言った。「白、また太ったでしょ!」そして父と母に向き直って笑顔を見せた。「お父さん、お母さん、なんで私が今日帰るって分かったの?」本当は、驚かせようと思ってこっそり帰ってきたはずだったのに。紗良の母はやっと帰ってきた娘を嬉しそうに見つめながら、そっと紗良の顔まわりに垂れた髪を耳にかけた。「瀬川君が北都でまだ片付けなきゃいけないことがあるらしくてね。あんたがひとりで帰るのは寂しいだろうって、事前に到着時間を教えてくれたのよ。それで、迎えに来たの。」「紗良、瀬川君はあんたがどうして帰ってくることになったのか詳しくは言ってなかったけど……護衛までつけて、しかもそんなに急いで。もしかして北都で何かあったんじゃないの?」紗良は一瞬だけ眉をひそめた。もちろん、蓮司にされたことなんてとても言えるはずがなかった。心配をかけるだけでなく、両親がどれほど怒るか想像もつかない。少し考えたあと、紗良はふいに両親をぎゅっと抱きしめ、甘えるように声を出した。「お父さん、お母さん、ただ会いたくなっただけだよ。それに、飛行機のチケットがなかなか取れなかったから、瀬川さんに相談したら、まさか護衛まで用意されるとは思わなくて……。でも安心して、北都では特に何もなかったし、もうあっちに戻るつもりもないよ。」大事な娘がそう言ってくれて、両親もそれ以上は詮索せず、彼女の手を引いて車へと向かった。「よし、じゃあ帰ろう。山口さんがもう夕飯の準備をしてくれてるの。ぜーんぶ、あんたの好きなものよ。」「やったあ、山口さんのごはん、恋しかったんだ〜!」和やかに話しながら一家は帰宅し食卓を囲んでいると、ふと紗良が思い出した
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第16話

紗良はおずおずと席に着くと、目の前で余裕の笑みを浮かべる奏真を見て、急に不安がこみ上げてきた。もしかして……奏真は最初から、自分が彼の婚約相手だと知っていたのだろうか?それなら、事故のあとにわざわざ病室まで来てくれて、「気にしないでいい」とまで言ってくれたのも納得がいく。でも紗良にはわかっていた。あの事故は、単なる偶然ではなかった。しかも彼は北都からの帰り道、いろいろ助けてくれた人でもある。だからこそ、あのことをきちんと話しておくべきかもしれない——「紗良」と、奏真がふと穏やかな声で話しかけた。「やっぱり紗良って呼んでもいい? さっきから難しい顔をしてたけど、何か気になることでもあるの? もしかして……僕に対して、どこか気に入らないところがあるなら、遠慮なく言ってくれて構わないよ」その優しさに触れ、紗良は慌てて首を横に振った。「ち、違います。そういうことじゃなくて……ちょっと、お話ししておいたほうがいいかなって思って……」そう前置きしてから、紗良は少し躊躇いながらも、あの事故の真相を正直に打ち明けた。それに加えて、蓮司に替え玉として利用され、九十九本の家規を果たすためだけに付き合わされたことも、簡潔に説明した。奏真は話を聞き終えると眉間にしわを寄せ、拳を握りしめた。全身から放たれる威圧感が彼の怒りのほどを物語っていた。紗良はすぐに慌てて言い添えた。「でも安心して。もう蓮司とは別れたし、北都に戻るつもりもない。もし、それでも気になるようだったら、今回の縁談を断っても私は全然構わないの。事前にちゃんと話さなかった私が悪いから……」声はだんだん小さくなり、紗良はうつむいて自責の色を浮かべた。その様子に奏真の表情は一気に和らぎ、そっとテーブルの上の紗良の手を包み込んだ。少しでも彼女に気持ちが伝わるようにと優しく力を込める。「違うんだ、紗良。僕が怒ってるのは、あんなクズみたいな奴が君にひどいことをしたことに対してで……僕は最初から、君との縁談を断るなんて思ってないよ。むしろ、君に断られるんじゃないかってずっと不安だったくらいだ」「実は今日会う前から、ちゃんと伝えようと決めてたんだ。すぐに結論を出さなくてもいい。しばらくの間、僕を仮の婚約者としてそばに置いてくれないかな。その間に、ちゃんと自分がふさわしい男かど
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第17話

紗良が驚いて振り返ると、そこには酒に酔った男たちが数人立っていた。彼らはいやらしい笑みを浮かべながら紗良をじろじろと見つめ、手つきもおかしく近づいてくる。「お嬢ちゃん、こんな時間にひとりで何してんの? こっち来て、俺たちとちょっと遊ぼうよ〜」紗良は恐怖に駆られ、後ずさりしながら地面に落ちていた木の枝を拾い上げ、震える声で叫んだ。「近づかないで! 誰か呼ぶわよ!」だがその言葉に男たちはますます面白がったように笑い、ひとりが彼女の持っていた枝を奪い取ると、目の前でポキンと折ってみせた。「おっと、怖い怖い。でも、そういう反応が一番燃えるんだよな〜」その男が手を伸ばし、まさに紗良に触れようとしたその瞬間だった。突然鋭く力強い手が現れ、その腕をつかんで強引に引き離した。ゴキッと骨がきしむような音すら聞こえてきそうなほどの力だった。紗良が驚いて目を見開くと、奏真が彼女の前に立ちはだかっていた。「……!」次の瞬間、彼は容赦なく一人ずつ蹴り飛ばしあっという間に全員を追い払った。男たちは呻き声をあげながら慌てて逃げていき夜の闇へと消えていった。その姿が完全に視界から消えるのを確認した奏真は、急いで紗良のもとに駆け寄りその体をぎゅっと抱きしめた。「遅くなってごめん……紗良、大丈夫だった?」彼があまりにも強く抱きしめるものだから、紗良は息が詰まりそうになった。彼女はそっと奏真の背を軽く叩き、ようやく彼はハッとしたように我に返りゆっくりと腕をほどいた。けれど、その表情にはまだ深い自責の色が残っていた。「紗良……さっき、ちゃんと守れなくてごめん。もしあの時もう少し遅れてたらって考えると……怖くてたまらなかった。君にはもう、二度とあんな思いをしてほしくない」たったそれだけの言葉なのに、紗良の心には深く染み込んできて、目の奥にじんわりと涙が浮かんだ。前の恋では、どんなに尽くしても踏みにじられ、あらゆる危険の中に放り込まれていた。でも今になってやっと思い出した——本来、愛されるというのは、こんなにも温かくて、守られるものなのだと。紗良は震えていた奏真の手をぎゅっと握り、優しく、けれど確かな言葉で伝えた。「奏真、そんなふうに責めないで。あなたは……本当に最高の彼氏よ。あなたがそばにいてくれるだけで、もう私は何
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第18話

北都のもう一方では——蓮司はまだ空港へ向かう前、両親からの一本の電話で急ぎ旧邸へ呼び出された。まさか遥香が以前クルーズ船で撮った未使用の「誘拐ごっこ」の映像を密かに保存していたとは、蓮司は夢にも思わなかった。そしてその映像を編集して形に整え、過去に紗良が撮影した98本の映像と合わせて、ちょうど99本に仕上げたのだった。さらに、遥香はその99本すべてを朝倉家の両親に提出した。彼女は信頼を得るために、「自分は朝倉家の家訓など知らなかった」と涙ながらに説明し、「蓮司のために99回も犠牲を払った後でようやく、その家訓と彼がこっそり記録していたことを知った」ともっともらしく語った。その一連の切実な芝居は朝倉家の父母の心を動かし、さらに提出された99本の映像をすべて確認した二人は彼女の“献身”に感銘を受け、彼女を朝倉家の未来の嫁として正式に認めるに至った。蓮司が旧邸へ駆けつけこの事実を知らされたとき、彼は完全に言葉を失った。まさか遥香がこれほどまで策略をめぐらせ、彼に内緒で先手を打って両親の信頼まで勝ち取るとは——彼の想像をはるかに超えていた。さらに遥香はその映像をわずか二時間前にネットへ公開し、映像は瞬く間に大きな話題と議論を呼んでいた。この一連の流れにより、蓮司は紗良を追いかけることを強制的に断念させられ、彼女ではなく遥香を受け入れざるを得ない状況に追い込まれていた。その時遥香はちょうど朝倉家の母の膝元で泣き伏しながら、命懸けで何度も蓮司を守ってきたにもかかわらず、彼が心変わりしたことを責めていた。母も蓮司に対して優しく諭すように語りかけた。「蓮司……あの映像は、お父さんと一緒にちゃんと全部見たのよ。遥香ちゃんは本当に、そうそう巡り会えるような女の子じゃないわ。しかも、あの動画がネットで話題になって、同情の声も多いの。今こそ彼女と結婚する絶好のタイミングなのよ。グループ全体にもいい影響があると思うわ」父も、堪えきれず机を叩いて声を荒らげた。「蓮司、お前に少しでも良心が残ってるなら、遥香がこれだけ犠牲になった状況でほかの女の元へ行くとはあり得ん! 朝倉家にはな、そんな薄情で恩知らずな奴は必要ない!」父母からの叱責を前にしても、蓮司の表情は微動だにせず、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。蓮司は冷たい目で遥香を見下
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第19話

蓮司たちは南原に到着すると、すぐに紗良の実家の別荘の住所を突き止めた。しかし門前にいた警備員は蓮司が名乗った途端、表情を一変させ、警棒を手に彼らを遠くまで追い払った。「お前があの北都のクズ社長か!あの動画、俺たちも全部見たぞ。うちのお嬢様をあんな風に弄んで、白川家の警備を舐めるなよ!」「ご主人も奥様も動画を見てから何日も眠れないほど心を痛めたんだ。そんな中のこのことやって来やがって……お前ら、覚悟はできてるんだろうな?」蓮司たちは怒鳴られ、引きずられ、何発か殴られながらも、紗良に会おうと必死だった。これまで常に周囲に持ち上げられ何不自由なく生きてきた蓮司は、そんな彼が初めて深く頭を下げて懇願した。「お願いです、どうか一度だけでいい、紗良に会わせてください。心から謝りたいんです。彼女とちゃんと話がしたいんです。どんな罰でも、どんな代償でも払いますから……お願いします!」「やっぱり穏便には済まないか。」警備員は冷たく鼻を鳴らすと、すぐに携帯を取り出して電話をかけた。しかしその電話の相手は紗良ではなく奏真だった。十数分も経たないうちに、奏真が複数の黒服の護衛を連れて白川家の邸宅前に現れた。蓮司は彼の姿を認めた瞬間目を細めた。彼の側にいた仲間のひとりも、戸惑いをあらわにして言った。「瀬川奏真……?なんでお前がここに?まさかまだ前の事故のことを根に持ってんのか?あのあと、朝倉さんからプロジェクトは奪ったろ?それで十分だろうが。」「俺たちは今、大事な用事でここに来てるんだ。邪魔しないでくれよ。」しかし、奏真の表情からかつての穏やかさは消え、冷然とした視線で一同を見渡しており、その場の空気が一気に張り詰めた。彼は最近、仕事と婚約の話で多忙を極めていたため、ネットで炎上している話題に目を通すのが遅れたが、昨日ようやくその“99本の動画”を見たのだった。まさかそのうちの98本が紗良によるものだったとは。そしてその動画に映っていた行為が以前紗良から聞いていた以上に酷い仕打ちだったことも、彼の怒りに火をつけた。まだ本人に代わって正式に報復する前に、よくも白川家にノコノコ現れたものだと彼の目は明らかに怒気を帯びていた。奏真は一言も発さず、ただ片手を軽く上げただけだった。すると護衛たちが一斉に動き、蓮司とその
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第20話

この一言はまるで強烈な鉄槌のように、蓮司の全身をその場に凍りつかせた。彼は信じられないという表情で、紗良と奏真がしっかりと手を握っているのを見つめた。「じゃあ……瀬川奏真がさっき言ったこと、嘘じゃなかったのか?」「紗良、お前……もう瀬川奏真と婚約してるって……嘘だよな? 確かに俺はお前を騙した、そのせいで恨んでるのも分かってる、だけど、そんな嘘で俺を罰するようなことはやめてくれ……本当に耐えられない……」紗良は冷たい視線で彼を一瞥した。「朝倉さん、罰を与えるために嘘をつくほどの価値が、あなたにまだあると思ってるの?」「私と奏真は、両親にも挨拶を済ませた正式な婚約者同士よ。近いうちに結婚式も控えてるの。」その言葉で蓮司はもう限界だった。彼女の言葉を遮るように叫ぶ。「もうやめろ!」「そんなはずない……紗良、お前はあんなにも俺のことを愛してくれてたじゃないか。そんな簡単に他の男を好きになれるわけがない! 俺は認めない!」「お前、黙っていなくなったけど、その前に俺に何か聞いたか? 俺は別れるなんて一言も言ってない。お前は俺の彼女だ、勝手に出て行って、他の男と結婚なんて許せるわけがない!」たことに気づいたのか、蓮司のトーンは少し弱まり、どこか懇願するような響きに変わる。「紗良、頼むよ……もういい加減にしてくれ……俺が悪かった。お前を騙して、橘遥香の代わりに98回も犠牲を強いて、本当にすまなかった。お前がどれだけ苦しんだか、やっと分かったんだ。」「今さらだけど気づいたんだ。俺が愛してたのは、ずっとお前だけだった。お願いだ、もう一度だけチャンスをくれ。北都に戻ろう、一緒にやり直そう……」すると奏真が一歩前に出て冷ややかに口を開いた。「朝倉、お前さっきのじゃ足りなかったらしいな。僕の嫁に手を出すつもりか?」紗良はまたふたりが衝突することで奏真に不利が及ぶのを恐れ、慌てて彼の腕を引いてその場から下がらせた。彼女は小さくため息をつき、冷静な声で蓮司とその後ろにいる仲間たちに語りかけた。「ネットにあがってたあなたたちの謝罪、全部見たわ。朝倉さん、もし今回あなたたちが南原に来たのが、まだ良心の呵責を感じていて、どうしても直接謝りたいって理由なら……それはもう必要ないと思う。」「今のあなたが私にできる一番の謝罪は、私
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