「周藤(すとう)おばさん」と呼ばれたその女囚は詩央を庇護し、身に付けた全てのスキルを教えてくれた。ただ一つの条件は――出所した後、自分の息子を一生守ること。詩央はその選択を後悔していなかった。だが、背の高い男に強く抱きしめられた瞬間、彼女は声もなく泣き崩れた。「詩央、やっと出てきてくれた。ずっと会いたかった」佐伯竜志(さえき りゅうじ)は彼女を抱きしめ、五年分の想いを込めたように、何度も何度も唇を重ねた。詩央の頬を涙が伝い、彼女もまた、強く彼の唇を求めた。長い口づけの後、ようやく名残惜しげに離れる二人。竜志は彼女の涙をぬぐいながら、自分の顔にも涙が流れていることに気づかなかった。二人は深く見つめ合った。まるで相互の存在を魂に刻みつけるかのように。「行こう、家に帰ろう」竜志は詩央の唇の端にキスを落とし言った。「もう二度と離さない」その言葉で、詩央の涙はまたあふれ出した。だが、彼らに残された時間は、たった一か月だった。帰路の車中、詩央は彼の横顔を貪るように見つめた。五年の歳月が、彼から若さゆえの荒々しさを取り去り、代わりに成熟と落ち着きを与えていた。竜志は前を見据えたまま、彼女の手を取り唇に押し当てるようにキスし、微笑んだ。「そんなに見つめて……来月六日に結婚式を挙げたら、俺は全部君のものになる。好きなだけ見てくれていいから、な?」詩央の手が一瞬、火傷したかのように跳ねた。口を開きかけたが、胸の奥にある別れの気配が、彼女の声を奪った。たった一度でいい、わがままになりたい。この世界から「去る前」に、小さな頃からの夢を叶えたい。「うん……」実は、詩央は須永家の「取り違えられた」偽りの娘だった。六歳のときに真相が判明し、須永家は世間体を気にして彼女を捨てなかったが、それ以降は放置していた。彼女は家政婦たちに虐げられていた。飢え死にしかけたそのとき、二歳年上の竜志が彼女を家に連れて帰ってくれた。「なんでご飯食べさせてもらえないの?」「私、本当の子じゃないの。だから、もういらないって」「じゃあ、うちにおいでよ。これからは、俺のお嫁さんになって」六歳から十八歳まで、竜志は彼女を守り、慈しみ、何よりも大切にしてくれた。彼女の身分が何であれ、彼にとっての詩央は「お嫁さん」だった。
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