All Chapters of 過ぎ去った愛情はやんだ雨の如き: Chapter 11 - Chapter 20

車に乗り込むと、征一郎の悔しそうな声がまだ聞こえてきた。「亜希子、いつまで強がっていられるか見ものだな！」蓮司もその声を聞き、顔を曇らせて征一郎を一瞥した後、尋ねた。「さっき、あいつは何を言ってた？」「別に。もう結婚したことを信じてないだけ」私は急に気持ちが落ち込んで、無意識に指を絡めている。もし蓮司が私と征一郎の過去を知ったら、それでも結婚してくれるだろうか？蓮司は私の様子に気づき、静かに見つめた。「どうした？」「……黒崎さん、どうして私と結婚してくれたの？」車が急ブレーキをかけた。蓮司は真剣な表情で私を見た。「亜希子、俺たちは少し話す必要があると思う」私は急に緊張した。「何を話すの？」「俺たちはもう結婚したんだ。いつまでも俺のことを『黒崎さん』と呼び続けるつもりか？」「じゃあ、なんて呼べばいいの？」「名前でいいよ」彼は、どんどん下を向いていく私の頭を意味ありげに見つめながら言った。「あるいは、他の呼び方でもいい」他の呼び方？あなた……私の顔が少し赤くなった。「……まずは名前で呼ばせてもらうわ」蓮司は上機嫌に眉を上げた。「急がなくていい。これからたっぷり時間があるから、ゆっくり慣れていけばいい」指先にひんやりとした感触がした。目を下ろすと、右手の薬指に8カラットのピンクダイヤモンドの指輪がはめられていた。私は驚いて蓮司を見た。「これ、派手すぎない？」「何が派手なんだ。他の人が持っているものは、お前も持たなければ。俺の妻は、誰にも劣らない」蓮司の妻か……目頭が熱くなるのを感じた。蓮司が優しくすればするほど、胸の中の不安がますます大きくなっていく。もし彼が、私がかつてあんなに別の男を深く愛していたことを知ったら……私のことをどう思うだろう？征一郎よりもひどいことをするだろうか？深呼吸をして、彼に真実を伝えようと決心した。「蓮司、私が以前征一郎と――」「亜希子」蓮司は突然私の手を握り、私が続けるのを止めた。「誰でも若い頃には後悔するようなことをたくさんする。でも、それは間違いじゃない。それはお前の過去だ。俺が関わっていなかったが、俺に謝る必要もない。お前は誰に対しても悪いことはしていない」彼の瞳には言葉にできない

結婚式の準備に追われる中、ふと、まだ介添人が決まっていないことに気づいた。結婚式に関する事柄は偶数を避けるのが良いと聞いたことがある。「割り切れる」という語呂合わせから、「縁が切れる」と連想されるからだ。ちょうど、友達作りに最適な学生時代、春奈に孤立させられたせいで、私には親しい友達が一人もできなかった。数えてみても、私の介添人になってくれるのは佳苗一人だけだった。私が電話をかけた時、佳苗はダンスフロアで盛り上がっていた。向こうの音楽がうるさくて、佳苗は私が何を言っているのか聞き取れなかった。「なに？もう一回言って！」「だから、一週間後、私の介添人になってくれないかなって」「えっ！もちろんよ！やったじゃない、亜希子！絶対行くわ！あなたが幸せになるなんて、すごく嬉しい！あなたの介添人は私に決まってる！」あっちのテンションが高すぎてちょっと笑ってしまったけど、自然と私の口元にも笑みが浮かんだ。本当に良かった。蓮司と結婚してから、人生が少しずつまともに戻ってきた気がする。突然、電話の向こうから、聞き覚えのある、そして不快な声が聞こえてきた。「松井、今、誰の介添人になるって言った？」「あんたには関係ないでしょ！」征一郎は容赦なく、佳苗のスマホを奪おうとしていた。彼は今日、とてもイライラしていた。春奈と結婚してからしばらくは、夢のような甘い日々を送っていた。亜希子が悔しくて大騒ぎに来るだろうと思っていたが、彼女は一切何の連絡もしてこなかった。まるで、彼の生活から完全に消え去ってしまった。征一郎は急に物足りなさを感じ、時間が経つにつれて、そんな生活が退屈に思えてきた。そこで、友人たちを誘ってバーに飲みに行ったのだが、入ってすぐ、亜希子の親友が楽しそうに踊っているのを見つけた。ほとんど無意識のうちに、亜希子の姿を探した。彼女が来ていないとわかると、征一郎は少しがっかりした。次の瞬間、佳苗の口から亜希子の名前を聞いた。「亜希子、まだその茶番続けるつもりか？まさか、本当に役者を雇って結婚式ごっこでもする気か？そんなお子ちゃまな真似は、いい加減にしろ」プープープー……彼の声を聞いて、私はためらうことなく電話を切った。スマホを見つめながら、征一郎は呆然とする。これで何度目だ？亜希子がまた彼の電

「他人を自分みたいに気持ち悪いと思わないで。浮気が好きなのはあなたの方でしょ？」まさか私が言い返すなんて思ってもみなかったようで、春奈は一瞬、言葉を失い、いつものように征一郎に泣きついた。「征一郎、聞いた？亜希子、こんなこと言うなんて！」今回、征一郎は珍しく、是非を問わずに春奈の味方をすることはなかった。彼は低く叱りつけた。三浦家の結婚式で新婦が入れ替わったことは、街中の噂となり、征一郎は汐見市の名家の前で大恥をかいた。祖父にも何度も叱られ、「亜希子ちゃんを捨てて、あの女を選ぶなんて、目が腐ってる」とまで言われた。さらに、征一郎が春奈との婚姻届を提出すること、そして入籍することも、祖父は厳しく禁じた。そのことを考えると、彼はイライラして仕方ないのに、春奈は耳元でやかましく喋り続ける。「亜希子の肩を持つわけ？どっちがあなたの妻か忘れたの？」私の前でこんな恥をかかされたのは初めてだった。春奈はそれを受け入れられず、征一郎と揉め始めた。しかし、征一郎は以前のように優しく彼女をなだめることなく、うんざりした顔で彼女を見ているだけだった。夫婦喧嘩を見る趣味はないので、私は庭に散歩に行こうと思った。「待ちなさい！」春奈が私の腕を掴んだ。「全部あなたのせいよ！亜希子、どうしていつも私の人生をめちゃくちゃにするの？浜上市に一生いればいいじゃない！今朝、征一郎があなたが帰ってくると聞いて、慌てて屋敷に駆けつけたのよ！あなたが彼を誘惑したんじゃないって言えるの？」「そんなこと、する価値もないわ」私は冷静に春奈のヒステリックな姿を見下ろした。やっぱり、征一郎と一緒にいると、誰でも狂わされる。口論の最中、三浦おじいさまと蓮司が階下に降りてきた。春奈が私の腕を掴んでいるのを見て、蓮司の顔色が一瞬で曇った。「私の妻から手を離しなさい！」「黒崎さんだよね？亜希子をそんなに大事にして……知ってる？昔、亜希子が本当に好きだったのはあなたじゃないわ！彼女が――」パチン！我慢の限界だった。私は春奈の顔に平手打ちを食らわせた。「春奈、もう一度デタラメを言ってみなさい！」春奈は叩かれて呆然とし、征一郎も驚いて、無意識に彼女を支えようと手を伸ばした。かつての私は、彼らの前ではおとなしく従うだけの存在だっ

汐見市に戻った翌日、佳苗からの誘いを受けた。彼女のギャラリーが数日後にオープンするのだ。「亜希子、もしここにいないなら仕方ないけど、今回は汐見市にいるんだから、来なかったら本当に傷つくわよ」私は思わず笑ってしまった。「わかった、絶対行くわ」オープニング初日、多くの人が祝いに駆けつけた。アート好きの人たちだけでなく、松井家と取引のあるビジネスパートナーもたくさんいた。突然、佳苗の顔が急変した。「春奈とその取り巻き連中がどうして来たの？わざわざ招待しなかったのに」彼女の視線の先には、確かに春奈と哲也たちがいた。春奈もすぐにこちらに気づき、私が一人きりの姿を見て、得意げな表情を浮かべた。「亜希子、どうして一人なの？あのラブラブな旦那さんはどこに行ったの？」彼女は腕を組み、災いを喜ぶような顔つきをしていた。「もしかして、三浦家の本邸での出来事は全部演技だったんじゃない？」私が黙っていると、春奈は私が後ろめたいのだと思い込み、さらに得意げになった。「そうよね、黒崎さんって誰よ？浜上市の黒崎家の跡取りよ。そんな人が亜希子を好きになるわけないじゃない」佳苗は彼女を見るなり腹が立って仕方なかった。春奈の鼻を指差して罵った。「あんたには関係ないでしょ？黒崎さんがうちの亜希子が好きじゃない？まさかあんたを好きだとでも？夢にも見るんじゃないわよ。征一郎みたいな見る目も心も曇ってる馬鹿以外、あんたみたいな万年ぶりっ子、誰が相手にするって言うのよ」二人が取っ組み合いになりそうだったので、私は急いで佳苗を止めた。「今日はギャラリーのオープニングの日よ。彼女のせいで気分を害することないわ。追い出してもらえばいいのよ」「チケットを買ったのよ、どうして追い出すの？」春奈たちの横柄な態度を見て、私は思わず警告した。「春奈、私が証拠持ってるの忘れてる？もし警察に通報したら、あなたは捕まるのよ！」哲也が困惑して尋ねた。「春奈、何を言ってるんだ？捕まるって？」春奈は私の言葉に図星を突かれ、顔を真っ赤にして怒った。やがて、彼女は何かを思いついたように軽く笑い、口から出まかせを言った。「何よ、その自慢？黒崎家の力を笠に着て、威張り散らしてるだけじゃない。もし黒崎さんがあなたが鬱病だって知ったら、あなたなんてど

征一郎と春奈が離婚寸前だって聞いた。多くの出来事を経て、私と蓮司は早く浜上市に帰りたかった。しかし、その夜、叔父から電話があり、彼はすでに汐見市行きの飛行機のチケットを予約したので、一日待ってほしいと言われた。蓮司は退屈そうに私の指をいじっていた。「会いたい？」私はしばらく黙っていた。叔父がこのタイミングでわざわざ海外から帰ってくるのは、間違いなく春奈の件だろう。十中八九、彼女のために情けを請うのだろう。しかし、最終的に私は頷いた。叔父は母の親族であり、子供の頃は私にとても良くしてくれた。そういえば、子供の頃、両親に連れられて叔父の家にお邪魔した時、春奈もとても優しい子で、私にキャンディーを分けてくれたこともあった。いつから今のようになったのだろう。「もしかしたら、叔父さんと一緒に汐見市に来るべきじゃなかったのかもしれない」もし私が汐見市に来なければ、征一郎に出会うことも、春奈にいじめられることも、鬱病になることもなかった。そして何より、蓮司とこんなに長い間、すれ違うこともなかった。「お前のせいじゃない」蓮司は優しく私の髪を撫でた。「あの頃はまだ小さくて、両親を亡くしたばかり、ひとりぼっちだったお前は、途方に暮れた状態だったんだ」目が熱くなって、思わず彼の胸に顔を埋めた。くぐもった声で言った。「蓮司……もしあなたが見つけてくれなかったら、どうなってた？」「……探し続ける」「じゃあ、もし見つけてくれた時に、もう他の人と結婚していたら？」蓮司は答えなかった。しばらくして、彼は私を胸から引き離し、無理やり目を合わせた。彼は冷ややかに笑った。「奪い返すさ」「……」叔父と叔母は、来る途中で事の経緯をすでに知っていた。「お前たち、二人とも勝手すぎるぞ。結婚なんて大事なことを、相談もせずに、こんな風に嫁いでしまうなんて！それに、春奈までが亜希子の婚約者と結婚するなんて！」叔父は歯がゆそうに春奈の頭を指差し、罵った。「本当に母さんに甘やかされて、妹の婚約者を奪うなんて！恥を知れ！」すると、叔母は春奈をかばいながら、低い声で言った。「無理やり亜希子を連れ戻さなければ、征一郎と婚約したのは春奈だったのよ。春奈がこんなに辛い思いをすることもなかったのに」「亜希子は姉の子