婚約式の最中、三浦征一郎(みうら せいいちろう)は幼馴染・安田春奈(やすだ はるな)が鬱で自殺を図ったと聞き、私を一人置き去りにして飛び出していった。去り際に、彼は氷のような目で言い放った。「これはお前が春奈にした借りだ。お前が安田家に来なければ、春奈は孤立することも、鬱病になることもなかったんだ」でも、征一郎は知らない。鬱なのは春奈ではなく、私、雨宮亜希子(あめみや あきこ)だということを。彼が去った後、春奈から勝ち誇ったような動画が送られてきた。征一郎と彼の友人たちが、バーで酒を飲んでいる映像だった。春奈は彼の胸に寄りかかりながら言う。「征一郎さん、こんな風に騙して、婚約式に一人ぼっちにさせて、亜希子は怒らないかな?」「まさか。亜希子がどれだけ征一郎にベタ惚れか、知らない奴はいないだろ。征一郎が指を鳴らせば、すぐにおとなしく戻ってくるって」「でも、征一郎。婚約式から逃げたんなら、いっそこのまま本当のことにして、春奈ちゃんを嫁にもらっちゃえよ!」征一郎は眉をひそめた。「馬鹿を言うな。亜希子は家族がいないんだ。行くあてもない。少しおとなしくなれば、約束通り結婚してやるさ」「……」涙で視界が滲み、胸が張り裂けそうで息もできない。長年征一郎を愛してきたけれど、そろそろ目を覚ますべきだ。私はあの秘密の電話番号にダイヤルした。「黒崎さん、結婚の件、お受けします。代わりに、汐見市から連れ出してください」電話の向こうで少しの掠れた男性の声が沈黙の後、低く響いた。「わかった。一ヶ月後に帰国する。籍を入れよう」他の人と結婚すると決めたからには、誤解を生まないように、征一郎の家に置いてある私物は早く回収した方がいい。自分のものをすべて荷造りし、スーツケースを引いて階下へ降りる。すると、まさか征一郎たちがもう帰ってきた。入院しているはずの春奈が、彼の胸に寄りかかっていた。「春奈が酔っている。酔い覚ましのお茶を淹れてやれ」私は彼らを見ないように、必死に自分を抑えた。どうせ、これから誰と付き合おうと、私にはもう関係ない。私が無反応なのを見て、征一郎の視線は次第に冷たくなり、ふと、私が引いているスーツケースに気づいた。「また何をごねてるんだ?婚約式を欠席しただけだろ。結婚しないとは言っていない
Read more