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過ぎ去った愛情はやんだ雨の如き

過ぎ去った愛情はやんだ雨の如き

By:  ふねのりCompleted
Language: Japanese
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婚約式の最中、三浦征一郎は幼馴染・安田春奈が鬱で自殺を図ったと聞き、私を一人置き去りにして飛び出していった。 去り際に、彼は氷のような目で言い放った。 「これはお前が春奈にした借りだ。お前が安田家に来なければ、春奈は孤立することも、鬱病になることもなかったんだ」 でも、征一郎は知らない。鬱なのは春奈ではなく、私、雨宮亜希子だということを。 彼が去った後、春奈から勝ち誇ったような動画が送られてきた。征一郎と彼の友人たちが、バーで酒を飲んでいる映像だった。 春奈は彼の胸に寄りかかりながら言う。 「征一郎さん、こんな風に騙して、婚約式に一人ぼっちにさせて、亜希子は怒らないかな?」 「まさか。亜希子がどれだけ征一郎にベタ惚れか、知らない奴はいないだろ。征一郎が指を鳴らせば、すぐにおとなしく戻ってくるって」 「でも、征一郎。婚約式から逃げたんなら、いっそこのまま本当のことにして、春奈ちゃんを嫁にもらっちゃえよ!」

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Chapter 1

第1話

婚約式の最中、三浦征一郎(みうら せいいちろう)は幼馴染・安田春奈(やすだ はるな)が鬱で自殺を図ったと聞き、私を一人置き去りにして飛び出していった。

去り際に、彼は氷のような目で言い放った。

「これはお前が春奈にした借りだ。お前が安田家に来なければ、春奈は孤立することも、鬱病になることもなかったんだ」

でも、征一郎は知らない。鬱なのは春奈ではなく、私、雨宮亜希子(あめみや あきこ)だということを。

彼が去った後、春奈から勝ち誇ったような動画が送られてきた。征一郎と彼の友人たちが、バーで酒を飲んでいる映像だった。

春奈は彼の胸に寄りかかりながら言う。

「征一郎さん、こんな風に騙して、婚約式に一人ぼっちにさせて、亜希子は怒らないかな?」

「まさか。亜希子がどれだけ征一郎にベタ惚れか、知らない奴はいないだろ。征一郎が指を鳴らせば、すぐにおとなしく戻ってくるって」

「でも、征一郎。婚約式から逃げたんなら、いっそこのまま本当のことにして、春奈ちゃんを嫁にもらっちゃえよ!」

征一郎は眉をひそめた。

「馬鹿を言うな。亜希子は家族がいないんだ。行くあてもない。少しおとなしくなれば、約束通り結婚してやるさ」

「……」

涙で視界が滲み、胸が張り裂けそうで息もできない。

長年征一郎を愛してきたけれど、そろそろ目を覚ますべきだ。

私はあの秘密の電話番号にダイヤルした。

「黒崎さん、結婚の件、お受けします。代わりに、汐見市から連れ出してください」

電話の向こうで少しの掠れた男性の声が沈黙の後、低く響いた。

「わかった。一ヶ月後に帰国する。籍を入れよう」

他の人と結婚すると決めたからには、誤解を生まないように、征一郎の家に置いてある私物は早く回収した方がいい。

自分のものをすべて荷造りし、スーツケースを引いて階下へ降りる。

すると、まさか征一郎たちがもう帰ってきた。入院しているはずの春奈が、彼の胸に寄りかかっていた。

「春奈が酔っている。酔い覚ましのお茶を淹れてやれ」

私は彼らを見ないように、必死に自分を抑えた。

どうせ、これから誰と付き合おうと、私にはもう関係ない。

私が無反応なのを見て、征一郎の視線は次第に冷たくなり、ふと、私が引いているスーツケースに気づいた。

「また何をごねてるんだ?婚約式を欠席しただけだろ。結婚しないとは言っていない。そこまでする必要あるか?」

「ごねてなんかない。征一郎、あなたとの婚約を解消し…」

「荷物を元に戻せ。何もなかったことにしてやる。これ以上騒ぐなら、結婚は取りやめるぞ!」

私は静かに頷いた。結婚の取りやめ、それこそが私の望みだ。

征一郎は私が屈服したと勘違いし、いつものように傲慢な態度で命令した。

「さっさと酔い覚ましのお茶を淹れてこい」

「征一郎、私はこの家の家政婦じゃない」

彼は鼻で笑った。

「じゃあ、毎日お茶を出して、洗濯や料理をしてたのは何だ?家政婦じゃないなら何だ?ただの都合のいい女かよ?」

周りの人間がどっと笑った。

「十年も尽くしてきたくせに、今さら家政婦じゃないとか?わかってるよ、もうすぐ三浦の嫁になるんだろ」

「そうそう、三浦の嫁。正式にその座に就く前に、俺たちの春奈お嬢様のために酔い覚ましのスープを作ってくれないか」

私は深く息を吸った。強烈な屈辱感で全身が冷たくなる。

征一郎と彼の友人たちの目には、私は呼べばすぐ来る都合のいい女なのだ。

でも、もうそんな女でいるのはやめた!

ちょうどその時、春奈が目を覚ました。甘えた声でからかった。

「亜希子にそんなこと言わないで。家に帰って鬱になっちゃったらどうするの」

「馬鹿言え。あいつの鬱病がフリだって知らない奴はいないだろ。全部春奈の真似してるだけだ。でも、いくら真似したって、征一郎はあいつを愛さない!」

再び周りから笑い声が響く。

もう耐えられない。私は背を向けてその場を去った。

背後から、征一郎の自信に満ちた声が聞こえた。

「賭けるよ。亜希子の強情は二日も持たない。明日には泣きながら結婚してくれって頼みに戻ってくるさ」

私は一瞬足を止め、心の中で静かに呟いた。

――今回は、一生賭けるよ。

安田家に帰宅後、征一郎の祖父・三浦義男(みうら よしお)から電話があった。

「亜希子ちゃん、あの馬鹿ものがしでかしたことは聞いたよ。あいつに謝罪させる!もっと盛大な結婚式をやり直そう!」

「おじいさま、もういいんです。私、征一郎との婚約を解消したいんです」

話を聞いた途端、征一郎の祖父は戸惑っていた。

「意地を張るんじゃない。亜希子ちゃんが征一郎を想う気持ちはわしが一番よく見ている。あんなに愛しているのに、一時的な意地で結婚を取りやめるなんて、後で後悔するぞ」

「おじいさま、征一郎は私を愛していません。無理やり挙げた結婚式に意味なんてありません」

三浦おじいさまは普段から私にとても良くしてくれた。遠くに嫁いだらもう会えなくなるかもしれないと思うと、思わず笑顔を作って冗談を言った。

「万が一、彼が式当日に逃げ出したら、今よりもっと惨めじゃないですか。今、婚約を解消した方が、お互いの面子を保てるかもしれません」

三浦おじいさまは何かを察したように笑った。

「事情はわかった。安心しろ、外の女たちは、わしがきちんと整理させるから!」

私が返事をする間もなく、電話は一方的に切られた。

苦笑いを浮かべた。断ち切れるはずがないよ。

征一郎を十年愛してきた。彼も春奈を十年愛してきた。

誰もが私が征一郎をどれだけ愛しているかを知っている。彼自身でさえ、それを私の弱みだと思い込み、いじめてきた。

もしかしたら、この間違った関係は、とっくに終わらせるべきだった。

翌日、まだ眠っていると、征一郎からの電話で起こされた。

彼の声は怒りに満ちていた。

「亜希子!じいさんに俺の悪口を吹き込んだな?昨日はあんなに気高く振る舞っておいて、結局は助けを求めに行ったのか?お前と結婚しないのが怖いだけだろ!

言っておくが、俺と結婚したいなら、春奈を目の敵にするのはやめろ!

春奈はお前のせいで鬱になったんだ、もう十分に可哀想だろう!これ以上調子に乗るな。

お前が春奈にした借りは、一生かかっても返せないんだぞ!」
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第1話
婚約式の最中、三浦征一郎(みうら せいいちろう)は幼馴染・安田春奈(やすだ はるな)が鬱で自殺を図ったと聞き、私を一人置き去りにして飛び出していった。去り際に、彼は氷のような目で言い放った。「これはお前が春奈にした借りだ。お前が安田家に来なければ、春奈は孤立することも、鬱病になることもなかったんだ」でも、征一郎は知らない。鬱なのは春奈ではなく、私、雨宮亜希子(あめみや あきこ)だということを。彼が去った後、春奈から勝ち誇ったような動画が送られてきた。征一郎と彼の友人たちが、バーで酒を飲んでいる映像だった。春奈は彼の胸に寄りかかりながら言う。「征一郎さん、こんな風に騙して、婚約式に一人ぼっちにさせて、亜希子は怒らないかな?」「まさか。亜希子がどれだけ征一郎にベタ惚れか、知らない奴はいないだろ。征一郎が指を鳴らせば、すぐにおとなしく戻ってくるって」「でも、征一郎。婚約式から逃げたんなら、いっそこのまま本当のことにして、春奈ちゃんを嫁にもらっちゃえよ!」征一郎は眉をひそめた。「馬鹿を言うな。亜希子は家族がいないんだ。行くあてもない。少しおとなしくなれば、約束通り結婚してやるさ」「……」涙で視界が滲み、胸が張り裂けそうで息もできない。長年征一郎を愛してきたけれど、そろそろ目を覚ますべきだ。私はあの秘密の電話番号にダイヤルした。「黒崎さん、結婚の件、お受けします。代わりに、汐見市から連れ出してください」電話の向こうで少しの掠れた男性の声が沈黙の後、低く響いた。「わかった。一ヶ月後に帰国する。籍を入れよう」他の人と結婚すると決めたからには、誤解を生まないように、征一郎の家に置いてある私物は早く回収した方がいい。自分のものをすべて荷造りし、スーツケースを引いて階下へ降りる。すると、まさか征一郎たちがもう帰ってきた。入院しているはずの春奈が、彼の胸に寄りかかっていた。「春奈が酔っている。酔い覚ましのお茶を淹れてやれ」私は彼らを見ないように、必死に自分を抑えた。どうせ、これから誰と付き合おうと、私にはもう関係ない。私が無反応なのを見て、征一郎の視線は次第に冷たくなり、ふと、私が引いているスーツケースに気づいた。「また何をごねてるんだ?婚約式を欠席しただけだろ。結婚しないとは言っていない
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第2話
電話が切れた後、私はしばらく呆然としていた。誰もが私が春奈をいじめたと思っている。真実は何であろうか、誰もが気にしていなかった。両親が事故で亡くなった後、私は多額の賠償金を持って叔父・安田健一(やすだ けんいち)の家に引き取られた。居候の身だとわきまえ、叔母・安田美智子(やすだ みちこ)と春奈の機嫌を損ねないよう、細心の注意を払いながら過ごしていた。でも、どんなに頑張っても、その母娘は私を好きにはなってくれなかった。叔父は、征一郎が私の許嫁で、彼が私を守ってくれると言った。私はそれを信じ、一日中彼の後ろをついて回り、彼のカバンを持ち、宿題を手伝った。まるで征一郎の影のように。しかし、私が征一郎と親しくすることが、春奈の怒りを買った。彼女は手首を切るフリをして自殺を図り、人々の同情を集めた。征一郎でさえ、彼女の味方だった。「学校ではお前が春奈を孤立させ、家では彼女の両親の愛情まで奪おうとしている。そんなに彼女が気に食わないのか?一日中俺にまとわりついて、そんなに愛に飢えているのか?春奈が鬱になったのは、お前が原因だ」そんな時、春奈はいつも、他の人には見えない角度で挑発的な視線を送ってきた。学校で、私は誰にも必要とされない孤児で、安田家が親切心で私を拾ってくれたから、彼女の言うことを聞くべきだ、と皆に言いふらしたのは春奈の方なのに。鬱病になった時、最初に気づいたのも春奈だった。私の診断書を見て一瞬固まり、その後、涙が出るほど大笑いしたのを覚えている。「亜希子、あんたこんなことで鬱になるなんて、本当に役立たずね。どうりで親に捨てられるわけだわ。マジで笑える!」翌日、彼女は私の薬を盗んだ。そして皆に、私が彼女を孤立させたせいで、自分が鬱病になったと告げた。それ以来、征一郎は私が春奈に借りがあるのだと思い込むようになった。征一郎が真実を知った時、どんな反応をするのだろう?気分転換に、松井佳苗(まつい かなえ)を呼び出した。佳苗は私のたった一人の親友で、私が遠くに嫁ぐことも彼女にだけ打ち明けていた。「やったじゃない!亜希子、やっとあのクズ男から離れられるのね!」佳苗は興奮して私を抱きしめ、泣きながら笑った。「とっておきのお酒を全部持ってくるから、今日はとことん飲もう!」「亜希子、やけ
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第3話
一度だけでもいいから、征一郎に一目会いたくて、頭を下げたこともあった。でもその時、彼は春奈を抱きしめながら、キスをしていた。征一郎は冷笑しながら、「もう春奈を真似するな。どんなに真似しても、彼女の髪一本にも及ばない」と吐き捨てた。私は必死にその屈辱の傷を隠そうとした。しかし、征一郎はすでにそれを見抜いていた。彼の目に一瞬の疑いが浮かんだ。そして、すぐに怒りに満ちた表情に変わった。「とっくに言ったはずだろう?手首に描いた傷を消せって!どういうつもりだ?春奈を皮肉っているのか?いつからそんなに性悪になったんだ?」彼の冷たい詰問に、もう傷つかないと思っていたはずの心が再び痛んだ。――征一郎、もうあなたを愛さないように、本当に頑張っているのに。でも、愛には慣性があることを忘れていた。「これは描いたものじゃない、これは――」「亜希子っ!」突然、春奈が前に出て私の手を引き寄せ、可哀そうに私を見つめた。「私が鬱病だって分かってるのに、どうしてこんなひどいことをするの?」「春奈に謝れ!」他の人には見えない場所で、春奈の指が私の傷口を力いっぱい押さえつけていた。鋭い痛みが走り、まだ癒えていない傷口から血が滲み出る。思わず力任せに振りほどいた。「やめて!」春奈の目に一瞬、見抜けないほどの勝ち誇った笑みが浮かんだ。「亜希子、私を鬱にさせても、あなたを責めなかったのに。どうしてこんな風に扱うの?」征一郎の怒りはさらに強まった。「こんなに頑固なら、俺たちの結婚式も中止だ!」「いいわ」私は涙をこらえて適当に頷いた。「征一郎、もうあなたとは結婚しない」春奈は慎重に征一郎の腕に絡みついた。「征一郎さん、ごめんなさい、全部私のせい。亜希子に謝りに行った方がいいかな?本当に意地を張って結婚しないなんてことになったら、どうしよう?」征一郎は、私が去る方向を冷ややかに見つめていた。「亜希子は少し前に、俺の気を引くために、お前の真似をして自殺までしたんだ。そんな女が、俺と結婚しないわけがないだろう?」地面に落ちた数滴の赤い血が、征一郎の目を引いた。そこは、亜希子がさっきまで立っていた場所のようだ。彼女、怪我をしていたのか?戻ってきた佳苗も地面の血痕に気づき、泣きそうな声で抱き合って
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第4話
両親は事故で亡くなり、遺言一つ残す暇もなかった。残されたのは、ただ数冊の手描きの設計図だけ。それが、私に残された唯一の思い出の品だった。もちろん、取り返さなければ。征一郎との婚約解消も早くはっきりさせないと。もうこれ以上、彼に苦しめられたくはない。だから、療養中に自分の持ち物を整理することにした。征一郎がここ数年でくれたプレゼントは、すべて一つの箱に詰め、今度返すつもりだ。手の中のうさぎのぬいぐるみを見て、思わず自嘲気味に笑った。耳は歪んで縫い付けられ、口元は糸がほつれていて、その姿は滑稽で醜い。でも、これを特別に大切にしていた。なぜなら、これが征一郎がくれた最初のプレゼントだったから。彼が自分の小遣いで買ってくれた。後になって知ったことだが、彼の小遣いで買えた正規品は一つだけで、それは春奈に贈られた。そして、私がもらったこれは偽物だった。でも、その時の私は全く気にせず、プレゼントをもらった喜びに浸り、宝物のように十年間、ベッドの脇に飾っていた。他には香水のサンプル、これは征一郎がくれた十八歳の誕生日プレゼント。残念ながら、これも春奈へのプレゼントのおまけだった。プレゼントの中で一番古いのは万年筆。それは征一郎が学生時代に使わなくなったもので、私はそれを大切に家にしまっていた。これまでずっと、彼のすべてを注意深く集めてきた。征一郎が私の救いだと、ずっと信じていた。そして、最後に気づいた。今まで経験したすべての苦難は、彼がもたらしたものだった。今、ようやく目を覚ました。再び征一郎の家のドアを叩いた。彼はまだ寝巻きの姿で、眠そうな顔をしている。私だとわかると、彼は軽く鼻で笑った。「亜希子、度胸がついたな?今回は三日も我慢してから謝りに来たのか」私は唇を噛みしめ、静かに言った。「謝りに来たんじゃない」彼は少し眉を上げた後、私が持っている箱に目を向けた。「プレゼントまで用意して、まだ強がってるのか?亜希子、いつになったら春奈のように好かれるようになるんだ?」征一郎は軽々とその箱を奪い取った。開けた瞬間、中身の見慣れた品々に表情が一瞬硬直した。「どういうつもりだ?」「あなたからもらったものは全部返す。私が来たのは、この家に置いてあった本を取りに来ただけ。私にとって大
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第5話
そのシャツはとても短く、太ももまでしか隠れていない。その格好は、普段は清純でおとなしい春奈を、より一層誘惑的に見せていた。征一郎の表情に一瞬の動揺が浮かび、慌てて言い訳を始めた。「昨日は遅くまで遊んで、雨も降っていたから、春奈を一人で帰らせるのが心配で、ここで泊めたんだ」私は自嘲気味に笑った。見抜けなかった自分が馬鹿だった。彼も昨夜、雨が降っていたことを知っていたんだ。そして、女の子が一人で帰るのは危険なことも。ただ、私が彼の気遣う相手ではなかった、それだけのこと。「そうよ、亜希子。私たち、何もなかったの」春奈は軽く襟元を引っ張り、わざと私に首筋のキスマークを見せつけた。その時、私の心は意外にも静かだった。ただ頷くだけ。「私の本は?」征一郎は数秒固まり、驚愕の表情で私を見つめた後、怒りに任せて私の肩を掴んだ。「どういう意味だ?」彼は不満そうに私の目を睨みつけ、問い詰めた。「なぜ怒らない?なぜ前みたいに大騒ぎしないんだ?」「あなたの望み通りじゃないの?」彼はしばらく私の目を見つめ、ようやく納得したように言った。「どうやら、婚約式の件で、お前も本当におとなしくなったようだな。俺からのプレゼントは持って帰れ。もうごねるなよ。結婚式は予定通り行うから」征一郎とこれ以上話す気も失せ、背を向けて自分の本を探しに行った。しかし、それはバルコニーのゴミ箱の中に捨てられていた。昨夜の大雨で、もうすっかり濡れてボロボロになっていた。母が残してくれた唯一のものなのに。こんな扱いをされるなんて。「ごめんね、亜希子。誰もいらないゴミだと思って、捨てちゃったの」春奈の口調は挑発に満ちていて、わざわざ「誰もいらないゴミ」という言葉を強調した。その瞬間、私は我慢できず、怒りに目が赤くなった。あれは母が生前の心血を注いだものなのに!私は彼女に飛びかかり、襟首を掴んで問い詰めた。「どうして私のものを捨てるの?母が残してくれた唯一のものなのよ。私に聞きもしないで、どうして勝手に捨てられるの?」春奈は怯えて叫んだ。「征一郎さん、助けて!」征一郎は強く私の腕を引っ張った。「もういいだろ、やり過ぎだ。春奈はそれがお前の母さんの形見だと知らなかったんだ」彼の力は強く、私は背後の鉄の柵に投げ飛ば
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第6話
征一郎の家を出た後、雨に濡れた設計図を見ながら、心はきゅっと締め付けられた。母が残してくれた最後のものも、守れないの?全部私のせいだ。征一郎が私のものを大切にするはずがないと知っていたのに、彼の家に置いておいた私が馬鹿だった。数日後、修復の専門家に連絡を取った。彼はしばらく眺めた後、復元の見込みはあると言い、半月後にまた取りに来るように言った。ここ数日、胸に覆いかぶさっていた雲が、一気に晴れたような気がした。あと半月で、汐見市を永遠に離れられると思うと、自然と足取りも軽くなる。安田家に戻ると、春奈が友人たちを連れて私の寝室の前に立っていた。中を覗くと、私の持ち物がめちゃくちゃに荒らされているのが見えた。「ごめんね、マルがどうしてもあなたの部屋に入りたがって、止められなかったの」彼女はコーギーを抱きながら、つまらなそうに謝ってきたが、少しも反省の色はなかった。でも、そんなことに構っている余裕はなかった。彼女の友人の一人が、私の日記帳を手に取り、読み上げ始めた。「六月七日。今日、征一郎が彼の上着で、私のズボンについた恥ずかしい染みを隠してくれた。彼の匂いはすごくいい香りで、ドキドキが止まらなかった!」「今日、征一郎がまた春奈と話してた……寂しい……私だけのものになればいいのに」「七月二十三日。征一郎は私の婚約者。いつか彼と結婚するんだって思うと、すごく幸せな気持ちになる」「征一郎が今日、私と話してくれなかった。心が張り裂けそうに辛い」「……」必死に隠してきた少女の恋心が、こんな風に悪意を持って人前に晒されるなんて。しかも、征一郎を諦めようとしている、まさにこの時に。「やめて!お願いだから、もう読まないで!」私は泣き叫んだけど、みんなの笑い声にかき消された。誰一人、私の気持ちなんて気にしてくれない。「亜希子、気持ち悪くない?そんなこと日記に書いてるとか」「つまり、とっくの昔から三浦さんを狙ってたんだな!」「三浦さんが春奈に優しすぎるのが気に入らないんでしょ?嫉妬ってやつ?」耳を塞いでも、彼らの声は悪魔の呪文のように鼓膜を攻撃し、痛みは胸の奥まで広がっていく。逃げ場もなく、まるで全裸でさらし者にされているような羞恥と痛み。「もういいだろう、やめてやれ」征一郎が優しい笑みを浮か
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第7話
突然、胸の奥に燃えるような怒りが込み上げてきた。また「おとなしくしろ」って!安田家に来てから、私はずっと春奈に譲ってきた。それでも彼には足りなかったらしい。勝手に婚約式から逃げるという自作自演で私を罰した。今度は、友人たちが私の日記を勝手に見てプライバシーを侵害するのを許している。ただ、若い頃に間違った人を愛してしまったというだけで、私の真心はこんな風に踏みにじられなければならないの?「どいて!征一郎、あなたとは結婚しない!あなたが大嫌い!」私は狂ったように彼を叩いた。征一郎は痛みに耐えきれず私を手放した。「何怒ってんだよ?俺が大嫌い?目が見えないとでも思ってるのか?お前の日記にはしっかり書いてあったぞ!あれ、全部嘘だったのか?」私は日記帳を奪い取り、震える手でそれを引き裂こうとした。若き日の恋心もろとも、引き裂いてしまいたかった。でも、その日記帳はとても分厚く、指を切ってしまったのに、びくともしない。征一郎は再びそれを奪い取り、私がつけた折り目を丁寧になでつけた。「お前は本当に狂ったんだな!」春奈がタイミングよく前に出て、私を指差して言った。「亜希子、ただの冗談じゃない。そこまできれることはないでしょ?私だって鬱病だけど、あなたみたいに冗談が通じないわけじゃないわ」その言葉を聞いた瞬間、私はふと冷静になった。征一郎に何を言っても無駄だ。どうせ彼は永遠に春奈の味方なのだから。「征一郎、私はもうあなたを愛していないし、結婚したくもないだけ」征一郎は鼻で笑った。「あと半月で結婚式だぞ。最後には泣きながら迎えに来てくれって頼むなよ!」彼らが去った後、春奈は得意げな表情を見せた。「言ったでしょ。あなたが好きなものは、全部手に入れるって。あなたが一番大事にしてる征一郎も、あの結婚式もね」「じゃあ、せいぜい頑張ってね」私は背を向けて二階へ上がった。征一郎の連絡先をすべてブロックした。数日後、征一郎は空っぽのメッセージ画面を見て、ひどく苛立っていた。亜希子から一通もメッセージが来ない。随分と強気になったものだ。もしかして、あの日の冗談はやりすぎたか?でも、亜希子が自分のことを好きってことは、周囲でも有名な話。そこまで気にする必要はないだろう?征一郎は思わずメッセージを送
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第8話
結婚式の前日、征一郎は実家の祖父から電話を受けた。「征一郎!この馬鹿もん!亜希子ちゃんがもう婚約を解消すると言っておるのに、まだ結婚式など挙げるつもりか?勝手に大勢の人を招待して、どうするつもりだ?みんなにお前の恥を見せる気か?」征一郎はにやりと笑った。この亜希子、ここまで来てまだ駆け引きを続けるとは。「じいさん、亜希子が俺との婚約を解消するはずないでしょう?今回はじいさんまで説得して嘘に付き合わせるなんて、ますます腕を上げましたね」「この馬鹿者!亜希子ちゃんはとっくに電話でわしに言っておるわ!あの子は何もいらない、ただ婚約を解消してほしいとだけ!お前がしでかしたことを、知らないとでも思っているのか?わしから見れば、亜希子ちゃんはとっくにそうすべきだったんだ!」義男は怒りで髭を震わせた。「勝手にしろ!自分が笑い者になるまで気が済まないんだろう。もう二度と、お前のくだらんことには関わらんからな!」電話を切り、征一郎は上機嫌でグループチャットにメッセージを送り、自分の計画を手配した。明日は友人の野村哲也(のむら てつや)たちが代わりに、迎えに行くことにした。亜希子は自分に会えず、きっと怖くて泣き崩れるだろう。そして、彼が結婚式の会場に現れ、彼女にサプライズを仕掛けるのだ。征一郎は愉快に思った。これで亜希子にはしっかりと教訓を与えられる!二度と自分をブロックしたりしないように。征一郎が去った後、私は以前書いた日記をすべて金庫に入れたが、一冊足りないことに気づいた。おそらく、あの日征一郎に奪われたものだろう。もう征一郎とは関わりたくなかったので、取り返すのは諦めた。数日前に、すでに三浦おじいさまに電話して婚約解消の件をはっきりと伝えていた。しかし、征一郎はそれでもウェディングドレスを送ってきた。そのドレスは豪華なデザインで、六メートルもの長いトレーンがついていた。春奈が好きなスタイルだ。「このドレスは、私が征一郎さんと一緒に選んだの。サイズも私の体に合わせて直したのよ。まさか、征一郎さんが本当にこれを注文するなんて!」春奈は無関心に言ったが、目は完全に自慢の色で満ちていた。「亜希子、まさか私が好きなウェディングドレスを着て、征一郎さんと結婚するつもりじゃないでしょうね?」「しない
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第9話
結婚式の会場で、征一郎は黒のタキシードを身にまとい、花束を手に、ゆっくりとこちらへ歩いてくる新婦を見つめていた。この花束を亜希子に渡したら、きっと感動してまた泣くだろうな、と彼は思った。征一郎は軽く笑った。亜希子がベールで顔を隠しているのは、きっとさっき彼に会えなくて、目を泣き腫らしたからに違いない。結婚式は順調に進み、最後の儀式へと移った。新郎がベールを上げ、新婦にキスをする。征一郎の胸に、ふと期待が込み上げてきた。亜希子のウェディングドレス姿を、まだ一度も見たことがなかった。彼は待ちきれずにベールを引き上げた。「なんでお前が!?」会場の招待客も唖然としていた。新婦は亜希子じゃなかったのか?どうして人が代わっているんだ?三浦家もずいぶんいい加減だな。征一郎は目の前の新婦に衝撃を受け、彼女の肩を掴んで問い詰めた。「……春奈、どうしてお前が?亜希子はどこに行ったんだ?」「征一郎さん、私……」春奈の顔が少し赤らみ、涙ぐんだ目で征一郎を見つめ、怯えたような表情を浮かべていた。征一郎の前でのイメージを壊したくない。「亜希子がまだ怒っていて、朝早くに家を飛び出してしまったの。お迎えの時間になっても帰ってこなくて、時間が遅れて安田家と三浦家の婚約に影響が出るのが心配で、それで私が……征一郎さん、このことで、私が軽い女だなんて思わないでくれる?」「……思わない」春奈は嬉し涙を流しながら言った。「やっぱり征一郎さんは、いつでも私の味方でいてくれるって信じてた!じゃあ、式の続きをしましょう?」征一郎はまだ衝撃から立ち直れず、目の前の新婦を呆然と見つめていた。頭の中は、なぜか亜希子のことでいっぱいだった。もし他の人と結婚したら、亜希子は悲しくて死んでしまうのではないか?それに、彼女はきっと何か用事があって、結婚式に間に合わなかっただけだ。亜希子の自分に対する執着ぶりを考えれば、どんなことがあっても、這ってでも戻ってくるはずだ!まさか、何か事故でもあったのでは?征一郎はその考えに、冷や汗が流れ出すのを感じ、急に焦り始めた。彼はキスをしようと近づいてきた春奈の唇を押し返した。「いや、春奈、俺はちょっと外に出なければならない!」「征一郎さん!どこへ行くの?」征一郎は返事をせ
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第10話
「じいさん、もう芝居はやめてください。汐見市中を探し回りましたが、亜希子はじいさんに隠されているに違いありません!」義男は、孫が目を赤くして焦っているのを見て、瞬時に嫌な予感を覚えた。この馬鹿もの、心の底では亜希子ちゃんのことを全く思っていないわけではないだろう。残念ながら、亜希子ちゃんは彼に心をすっかり傷つけられてしまった。彼女に許してもらえるチャンスはまだあるのだろうか。「もう結婚したぞ。亜希子ちゃんを見つけてどうするんだ?」そうは言ったものの、義男はスマホを取り出してある番号に電話をかけた。私と蓮司は結婚届を出し、役所を出たところで、ちょうど三浦おじいさまからの電話に気づいた。蓮司もそれを見て言った。「出ておいた方がいい。もうすぐ汐見市を離れるんだろ?」彼は意味ありげに言った。「別れを告げるべき人には、しっかりしないとね」私は頷いた。いずれ三浦おじいさまには結婚したことを伝えなければならないし、今話した方がいい。「もしもし、亜希子ちゃん、どこにいるんだい?何も問題はないかい?」「はい、おじいさま、私は元気です。ただ……」私は唇を噛みしめた。「汐見市を離れるんです」三浦おじいさまの返事を聞く前に、征一郎が大声で問い詰めてきた。「亜希子っ!汐見市を離れてどこへ行くんだ?一体何を意地張ってるんだ?」「私、結婚したんです。夫と一緒に別の都市で暮らすことになりました」「……お前、まだ俺と結婚してないのを忘れたのか?どこに夫がいるんだ?」征一郎がさらに何かを尋ねようとしたが、おじいさまに止められた。「亜希子ちゃん、結婚は簡単なことじゃない。くれぐれも勢いで決めたりするんじゃないぞ」「おじいさま、ちゃんと考えて決めたのです」電話の向こうで少し静まり返った後、三浦おじいさまが言った。「お前のお父さんが育つのを見てきたようなもんだから、少なからず縁があるんだな。もし差し支えなければ、夫を連れて一緒にうちで食事に来ないか?」私は蓮司を見て、彼の意見を求めた。「行きなさい。三浦さんも年長者だ。汐見市を離れるなら、彼に別れの挨拶をするべきだ」「はい、おじいさま。では、明日お伺いします」征一郎もそれを聞いて、軽く笑った。「どこから男を見つけてくるか、見ものだな」私は申
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