All Chapters of そよ風の中、また君に: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

涼太は我に返り、反射的に答えた。 「馬鹿言うな!」 友人たちの疑わしい視線に、冷たく言い放った。 「言っただろ、俺がこんなことするのは玲奈の推薦のためだ。確かに葵は就職するって言ったが、まだ推薦リストは確定してない。気が変わらないとも限らないだろ。だから今は関係を維持して、許してもらわなきゃいけないんだ!」 この言葉は、友人たちに向けただけではなかった。 自分自身に言い聞かせるためでもあった。 そうだ。 玲奈のためだ。万が一に備えてのことだ。 きっとそうに違いない。 しかし友人たちは納得していないようだった。 「涼太、ただ許してもらうだけなら、あんなに殴る必要なかったんじゃ……山田家はもう涼太の家に連絡して……」 「うるさい!」 涼太は我慢の限界で遮った。 前方を見上げ、表情はさらに険しくなった。 「葵は?まだ来ないのか?」 話しているうちに、正午になっていた。 涼太は、葵が自分が炎天下で何も食べずに待っているのを見て、きっと耐えきれずに来ると考えていた。 しかしまだ彼女の姿は見えない。 何通もメッセージを送ったが、返信は一つもない。 漠然とした不安が胸をよぎり、涼太はもう一度メッセージを送ろうとした。 その時、スマホが振動した。 見下ろすと、葵からのメッセージだった。 目を輝かせ、急いで開いた。 そこには―― 【行かない】 【涼太、私たち、もう別れよう】 涼太の体が硬直した。 その間も友人たちはべらべらしゃべり続けていた。 「涼太、葵さんよりまず山田家の対応をした方が……山田家は涼太の家には及ばないけど……おい、涼太!どこ行くんだ!」 しかし涼太はもう聞いていなかった。狂ったように走り去った。 涼太は女子寮に駆けつけた。 「葵!」 下から叫んだ。 「葵、降りてきてはっきりさせろ!別れるってどういうことだ!」 今の涼太には本当に怒りがこみ上げていた。 葵は昨日のことで怒ってふてくされているだけだと思っていた。まさか別れを切り出すとは。 控えめで優しい葵が、自分を見て赤面していた姿を思い出すと、彼女から別れの言葉が出るなんて信じられなかった。 しかし同時に、葵は穏やかそうに見えて、一度言ったことは必ず実行
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第12話

涼太の表情が一変した。「寮を出た?」 「ええ」寮母は怪訝そうな目をした。「彼氏さんでしょう?知らなかったの?彼女は早期卒業して、もう寮を出ていきましたよ。昨日は学校の宿泊施設に泊まっていたようですが……あら!どこへ行くの?」 涼太は寮母の話を最後まで聞かず、宿泊施設へ向かって走り出した。 フロントで葵の部屋番号を聞こうとした瞬間、清掃員が話している声が聞こえた。 「今朝、入口のゴミ箱で何を見つけたかわかる?」 清掃員は大げさに箱を取り出し、興奮気味に続けた。 「ダイヤモンドのネックレスだよ!これ、本物かな?偽物かな?」 見覚えのあるジュエリーボックスを見て、涼太の顔色が変わった。 箱を奪い取って開けると、中には輝くダイヤのネックレス。彼はよろめきながら後ずさった。 間違いない。彼が葵に贈ったネックレスだ。 つまり葵は本当に心を固め、彼を許す気など毛頭なく、贈り物まで捨てたということか?それに黙って卒業し、学校を出ていった? 放心状態の涼太をよそに、清掃員は興奮してネックレスを取り返した。 「何するんだ!私が拾ったんだから、たとえあなたが落としたとしても、もう私のものだ!」 涼太は相手にする気もなく、また葵に電話をかけた。 だが電源は切れたまま。 胸に広がる不安を抑えきれず、彼は校舎へ葵を探しに向かった。 金融学科の教室に着くも、葵の姿はなく、代わりに彼女のルームメイトたちがいた。 涼太は彼女たちの腕を掴んだ。 「葵がどこにいるか知ってるか?」 ルームメイトたちは驚いたように涼太を見た。 「知らないの?葵はもう海外に行ったわよ。今日の飛行機で」 涼太の表情が凍りついた。 「何だって?海外?葵が海外で何をするんだ?」 ルームメイトたちは涼太の反応にますます怪訝そうな表情を浮かべた。 「本当に知らなかったの?葵は前にM国のS大学院から合格をもらっていて、留学するんだよ」
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第13話

涼太の顔からさらに血の気が引いた。 「大学院?彼女は進学しないって言ってたはずだ」 ルームメイトたちはきょとんとした。 「葵は国内か海外か迷ってたけど、数日前に海外進学を決めたの。あなたたち仲良かったじゃない?話してなかったの?」 別のルームメイトも口を挟んだ。「そうよ、昨日あなたが謝りに来たのは、出国前に仲直りするためだと思ってたわ」「え?私たち、葵は今朝グラウンドであなたと和解してから空港に向かうものだと思ってたんだけど…違うの?」 ルームメイトたちは困惑した表情を浮かべたが、涼太は完全に我に返っていた。 彼は振り返ると狂ったように駐車場へ走り出した。 S大学のある都市行きの便は、ここからなら1日1便だけ。 あと30分で離陸だ。 涼太は狂ったように信号無視を繰り返し、空港に到着した。 「M国S市行きのチケットをくれ!」 カウンターの係員は怪訝そうな目をした。 「搭乗手続きはもう締め切られています。購入できません」 涼太は予想していた答えだが、それでも怒鳴った。 「いくらでも払う!とにかく入国審査を通せ!人を探すんだ!」 係員はさらに困惑した。「でも飛行機はもう離陸しましたよ。探しても無駄です」 涼太はその場で凍りついた。 涼太はどうやって学校に戻ったのか覚えていなかった。 適当に車を停め、放心状態でグラウンドに戻り、日が昇ってから沈むまでただ座り続けた。 最初は野次馬が涼太の周りに集まり、葵の到着を待っていた。 しかし次第に、葵が現れないことが明らかになり、見物客は減っていった。 囁き声が聞こえる。 「イケメンが振られたって?彼女ずっと来てないらしい」 「海外に行っちゃったんだって……本当にフラれたみたい」 人々が噂をしているが、涼太は気にも留めない。 ただ座り続けている。 何を待っているのか自分でもわからない。 葵はもう飛行機に乗って去ってしまったとわかっているのに、それでも頑なに待ち続けている。 心の中では様々な考えが巡る―― なぜ葵は突然留学を決めたのか? あの夜、友達に彼女を預けたことが原因で、怒って飛び出したのか? 違う。 涼太はすぐにその考えを否定した。 葵は以前からオファーをもらっていたが、留学の準備は2日で決め
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第14話

涼太は一瞬呆然とした。 顔を上げると、中年の男が玲奈に絡んでいるのが見えた。 涼太はすぐに怒りが込み上げた。 「何してやがる!」 駆け寄ると、一言も聞かずに男を掴み、顔面に拳を叩き込んだ。 玲奈は慌てて涼太を引き止めた。 「涼太、落ち着いて!この人は……私の父よ」 涼太の動きが止まり、信じられないように玲奈を見た。「父親?」 玲奈は恥ずかしそうにうつむいた。 そばで玲奈の父親も涼太に気づき、慌てて口を開いた。 「そうそう、私は玲奈の父です。あなたが早川家の若様ですね?いやあ、噂には聞いておりました。私たちは家族同然ですから、これはまさに『喧嘩して仲良くなる』ですね!」 玲奈は冷たく言い放った。 「早く帰って!」 父親は娘の大事を台無しにしないよう、ニヤニヤ笑いながら去っていった。 涼太は玲奈を見つめ、戸惑いながら聞いた。「本当に父親なのか?」 玲奈はうつむいたまま頷いた。 「うん」声はかすれていたが、最終的に打ち明けた。 「父は幼い頃から母に暴力を振るっていて……母は私が5歳の時に家を出た。その後父は罪を犯して刑務所に入って、最近出所してからずっと私に付きまとっているの」 これまで涼太に話したことのない過去だったが、もう隠し通せないと悟ったのだ。 玲奈は涼太を見上げた。「どう?もう私を見下してるでしょう?」 涼太はようやく我に返った。「馬鹿言うな。親がどうであろうと、お前とは関係ない」 玲奈は軽く笑った。「あなたは想像以上に優しいのね」 涼太が呆然としていると、玲奈が続けた。 「以前はあなたにふさわしくないと思って、一緒になる勇気がなかった。でももう全てを打ち明けたわ。あなたが私を嫌わないなら……涼太」 玲奈は勇気を出して言った。「私たち、よりを戻さない?」 涼太はその場で凍りついた。 玲奈の笑みが薄れた。「やっぱり……私の生い立ちが気になるの?」 「違う」涼太は即座に否定した。「お前の生い立ちなんて気にしない。ただ……」 涼太の言葉は突然止まった。 自分でもどうしてかわからなかった。 以前なら玲奈がよりを戻したいと言ってくれるのを待ち望んでいたはずだ。 なのに今実際に言われても、なぜか全く嬉しくない。 「ただ……」涼太は口を開いた。「
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第15話

涼太は呆然とした。「どうして知ってる?」 さっきのグラウンドには彼と玲奈しかいなかったはずだ。なぜ会話の内容が? 「涼太、お前も不注意だよ」 友人の一人がスマホを振りながら笑った。 「ロックかけ忘れてポケットに入れてるから、誤って発信しちゃうんだよ。さっきもお前からの着信があって、出たら誰も話してないから、また誤操作かと思って聞いてたら、玲奈さんがよりを戻したいって言ってたんだ。まあプライバシーだからすぐ切ったけどな!で、よりを戻してからもう燃え上がったか?ははは」 男たちは笑い合ったが、涼太の顔は青ざめていた。 確かに彼はスマホをいじる癖があり、ロック忘れで誤発信は何度もあった。 ということは以前も…… 涼太は何かに気づいたように、笑っている友人たちを押しのけ、スマホの通話履歴を確認した。 顔からさらに血の気が引いた。 やはり、あの日葵とデートした後、寮に戻る途中で誤って葵に電話をかけていた。 思い出した。あの夜、友人たちに葵を弄んでいると話し、玲奈の推薦枠のためだと認めたのだ。 通話時間を見ると――1時間も続いていた。 葵は全部聞いていたに違いない。 ガチャン。 涼太のスマホが床に落ちた。 つまり葵はあの夜、真実を知って去ることを決めたのか? 「涼太、どうした?」 友人たちは驚いたが、涼太は突然振り返り外へ走り出した。 友人が叫ぶ。 「どこ行くんだよ!」 涼太は歩みを止めない。 「空港だ!」 同時にスマホを取り出し、実家の執事に電話をかけた。 「プライベートジェットを手配しろ。M国へ行く!」
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第16話

涼太が階下に降りた時、一人の友人が駆け寄ってきた。 「涼太!さっき飲みから帰る途中、学校近くの路地で玲奈さんを見かけたんだ!中年男に絡まれてるみたいで……!」 涼太は一瞬呆然とした。 玲奈の父親がまた絡んでいるのか? 足を止めた瞬間、電話の執事が言った。 「坊ちゃま、プライベートジェットの準備には最低3時間かかります」 涼太は我に返った。 「できるだけ早く準備しろ!すぐに向かう!」 電話を切り、友人が教えてくれた路地へ急いだ。 案の定、玲奈と父親がいた。 玲奈の父親が彼女の頬を平手打ちにするのを目撃した。 涼太は怒りが込み上げ、この女殴りのクズを懲らしめようとした。 しかし一歩踏み出した瞬間、父親の声が聞こえた。 「このクソ娘!お前、涼太を落として早川家に嫁ぎ、6千万円くれるって言っただろ?その話はどうなった!」 涼太の足が止まった。 玲奈は頬を押さえ、冷たく言い返した。 「何度言わせるの?涼太とは本当に別れたわけじゃない。ただ彼を手のひらに収めるための手段よ。大学院推薦を目指すふりをして別れたのは、私を完全に手に入れさせないため。そうすれば彼の心の忘れられない存在になれるの。まだ信じられないの?」 涼太は耳を疑った。 玲奈は大学院推薦を望んでいなかった? 別れも推薦も、全て彼を操るための策略だったのか? それなら彼が推薦枠のために葵に近づいたのは何だったのか? 一方、父親は玲奈の言葉につばを吐きかけた。 「そんな言い訳でごまかすな!涼太はあの彼女と別れたって聞いたぞ。ならなぜお前とよりを戻さない?正直に言え!もうお前に飽きたんじゃないか?葵なんて子の方が気に入ったんだろ?」 玲奈の拳がきゅっと固くなった。 それでも冷たく言い放った。 「涼太が葵と別れた理由、知ってる?それも私のせいよ!あの時カラオケで、私が葵に傷つけられたふりをしたから、涼太は怒り狂って友達に葵を辱めさせたの!葵は失望のあまり海外に行ったんだわ!分かった?涼太は私を愛してるのよ!」 涼太の顔はさらに青ざめた。 あの時カラオケで、本当に葵を誤解していたんだ!あの時葵が必死に否定する様子、血の気の引いた顔を思い出すと、涼太の拳が震えた。 いったい何をしてしまったんだ!
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第17話

一方、玲奈の父親は冷ややかに笑った。 「お前の言う通りならいいが、とにかく言っておく。金持ちに嫁げなかったら、お前をじいさんに売り飛ばすからな!」 父親は罵りながら去ろうとしたが、ふと路地の入口に立つ涼太の姿に気づいた。 凍りついたように止まった。 同時に玲奈も涼太を見つけ、顔から血の気が引いた。 「涼太……?」 涼太は隠れもせず、聞こえないふりもしなかった。かすれた声で問いかけた。 「つまり玲奈、全ては嘘だったのか?」 玲奈の体が震え、言葉を失った。 そばの父親は先に我に返り、「あの……早川家の若様」 「これは全てこのクソ娘の独断で、私には何の関係もありません!どうかおおめに見逃してください!」 そう言うと逃げるように走り去った。 狭い路地に残されたのは涼太と玲奈だけ。 涼太は玲奈を見上げ、再び問うた。 「つまり、最初から大学院推薦なんて目指してなかったんだな?」 玲奈はようやく我に返った。 「ええ」 もはや言い逃れは無意味だと悟ったようだ。 「あなたが好きすぎて、こんな手段を使ったの。卑怯だと思うでしょう?でも私にどうしろっていうの?見ての通りの父親がいる。自分で運命を切り開かなければ、どうやって人生を変えられる?ただ……」 玲奈は言葉を切った。「涼太、あなたを利用したのは本当。でも好きなのも本当。だから……責めないでくれる?」 いつも高飛車な玲奈が初めてこんなにへりくだった。 だが涼太はまるで聞いていないようだった。 「人に騙されるって、こういう気分なんだな」 玲奈はきょとんとした。「何?」 涼太は呟くように言った。 「葵も俺に騙された時、同じ気持ちだったのか」 玲奈の顔から最後の血色が消えた。 涼太が彼女の本性を知った瞬間、二人のことではなく葵のことを考えているなんて。 涼太は我に返り、ようやく玲奈を見つめた。 静かに口を開いた。 「玲奈、お前を責める気はない。ただ……」 言葉に詰まった。 玲奈は苦い笑みを浮かべ、代わりに言った。 「ただ、あなたはもう私を愛していないと気づいた、そういうこと?」
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第18話

涼太は体を震わせ、信じられないように玲奈を見つめた。しかし玲奈はすでに悟ったような表情を浮かべていた。 「実はもう気づいていたわ。葵がいなくなった後、あなたがすぐに私とよりを戻そうとしなかった時、私はもう失敗したと分かっていた。私はあなたを試し、引き留めて、もっと好きにさせるつもりだった。でもあなたが本当に好きな人に出会ってしまったなんて」 玲奈はうつむき、苦々しさに満ちていた。 彼女と涼太の関係は全て計算尽くされたものだった。 しかし葵は違った。彼女は全てを捧げ、戦略なしに全力で愛した。 それでも涼太は彼女を愛した。本当の意味で。 玲奈はまた負けた。成績だけでなく、愛と誠実さでも完敗だった。 「もういいわ」 心が血を流すように痛んでも、プライドは玲奈の頭を高く上げさせた。 「あなたがいなくても、私にふさわしい人は見つけられる」 涙をこらえ、玲奈は去っていった。 一方の涼太は、玲奈の後姿を見送ると、完全に我に返った。 この瞬間、彼はようやく自分の本心に気づいた。 玲奈の言う通り、彼は葵を愛していた。 だからこそ、友人が葵の写真を合成してネットに上げようと言った時、メンツのために同意したものの、実際に写真を見た時は激怒し、あのデブを重症させた。 玲奈が葵に傷つけられたふりをした時、一時の怒りで「好きにしろ」と言ってしまったが、すぐに後悔し、友人が葵に手を出そうとするのを見て、血が逆流する思いがした。 幼なじみの友たちさえ、容赦なく病院送りにした。 その後、葵がはっきりと大学院推薦を目指さないと言ったのに、彼は関係を諦められなかった。 玲奈のため、万が一のためと言い訳したが、本当は葵と別れたくなかっただけだ。 葵に謝罪し、片膝をつき、グラウンドで待った。 全ては心からの行為だった。 しかし気づいた時には遅すぎた。 葵はもういない…… 涼太は突然顔を上げた。 遅すぎるなんてことがあるか? たとえ葵が海外に行っても、それがどうした? 遠距離恋愛だろうが、自分も海外に行こうが、葵がいる限り、必ず取り戻してみせる! その考えに、涼太は視界が開ける思いがした。 外へ駆け出し、車に飛び乗ると、運転手にきっぱりと言った。 「空港へ急げ!」 その頃、M国。
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第19話

葵の足が止まった。反応する間もなく、背後から青年が全力で駆け寄ってきた。 距離はそれほど遠くなかったが、涼太はまるで100メートル走のように必死の勢いで走ってきた。 冷たい白い肌が紅潮し、瞳は初めて会った時と同じようにきらきらと輝いていた。 「葵」彼は満面の笑みを浮かべた。「やっと見つけた」 葵はようやく顔を上げ、涼太を冷静に見つめた。 「用事でも?」 平静を保った声、見知らぬ人を見るような眼差し。涼太は完全に呆然とした。 葵のこんな表情を見たことはなかった。 二人が初めて会った時でさえ、葵は先輩としての優しさを少しは見せてくれた。 涼太は胸が締め付けられるのを感じた。 「葵」 高慢な青年は今やへりくだった声で言った。 「謝りたくて来たんだ。ごめん、俺が悪かった」 葵は一瞬驚いたが、涼太は続けた。 「最初から別の目的で近づいたこと、玲奈の推薦枠のために君を騙したこと、いろんな手を使って利用したこと、それに……」 涼太は言葉を詰まらせた。 「あの日カラオケで君を信じず、玲奈を傷つけたと思い込み、それに友達に君を……」 涼太はもう続けられなかった。ただ葵を見上げ、懇願するような目を向けた。 「とにかく、全部俺が悪かった。葵、お願いだ。許してくれないか?」 葵は目の前の少年を見つめ、ついに一瞬の驚きを覚えた。 彼が本当に遥々謝罪に来たとは思わなかった。 ましてや彼の性格で、こんなにへりくだった言葉を口にするとは。 しかし心の動揺は一瞬だけだった。小石が水面に落ちたように、すぐに静まり返った。 「うん」彼女は頷いた。「分かった。許すわ」 その言葉を聞いた瞬間、涼太の目が輝いた。 やはり葵の心には自分がいるに違いない! だからこそ簡単に許してくれたんだ! しかしその喜びもつかの間、葵がまた口を開いた。 「それで、もう行ってもいい?」 涼太は凍りついた。葵を見上げ、気づいた。たとえ許してくれたとしても、彼女の表情は相変わらず冷たいままだった。 涼太は胸がさらに痛むのを感じた。 理解した。葵は口では許したが、心から受け入れていないのだ。 涼太はついに焦り、葵の手を掴んだ。 「許してくれるなら、もう一度チャンスをくれ。もう一度君を追いかけさせて。
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第20話

今の涼太はこれまでにないほどへりくだっていた。 玲奈に対しても、こんなに懇願するような言葉は口にしたことがない。 しかし葵の目には依然として何の動揺もなかった。 ふと見上げると、近くで男の子たちがアメリカンフットボールをしていた。 激しいプレイの最中、ボールが教室のガラスにぶつかり、ガシャーンと音を立てて砕け散った。 周囲から悲鳴が上がる中、葵は静かに口を開いた。 「涼太、あのガラスが見える?」 涼太はきょとんとし、地面に散らばったガラス片を見た。 葵は続けた。 「一度砕けたガラスは二度と元には戻らない。人と人の絆も信頼も同じよ。嘘はつきたくない。あなたに騙されたことで、もう一生あなたを信じることができない。 信頼が失われた二人は友人ですら無理なのに、ましてや人生を共にするパートナーになれる?」 葵の言葉は極めて誠実だった。 実際、彼女は涼太を責めてはいなかった。 長い付き合いの中で、涼太が過保護に育てられた子供だということは理解していた。 金の匙をくわえて生まれ、何不自由なく育ったからこそ、子供のような無邪気さと残酷さを併せ持っていた。 だからこそ、自分の真心を踏みにじるようなことができたのだ。 責めはしないが、だからといって再スタートを切るつもりもない。 たとえ涼太が今、自分の本心に気づいたとしても、それがどうしたというのか? こんな人間が、もしまた飽きたら、同じように彼女を傷つけるのではないか? 人を見るなら最低な部分を見よ――涼太はすでに自分の最低な部分を晒した。彼女は二度と受け入れない。 涼太はその言葉で顔から血の気が引いた。 しかし葵はこれ以上話す気もなく、きっぱりと背を向けた。 涼太は一瞬追いかけようとしたが、足を止めた。 自分が葵を深く傷つけたことを知っている。今しつこくつきまとえば、さらに嫌われるだけだ。 いい。時間はたっぷりある。 1ヶ月でも、1年でも、10年でも、必ず葵を取り戻してみせる。 その後しばらく、涼太は暇さえあればM国に通った。 週末たった2日のために往復20時間以上かけて飛行機に乗ってもいやじゃなかった。ただひたすら葵に会いに行くが、彼女の迷惑になることは一切しない。 朝食を買ってきてアパートの前にそっと置くだけ。
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