All Chapters of 離婚したら元旦那がストーカー化しました: Chapter 21 - Chapter 30

100 Chapters

第21話

またこのパターンか郁梨!郁梨の口調は淡々としているのに、口にした言葉はなぜか承平をどうしようもなくさせる。承平はカッとなった。「郁梨!」郁梨は一体いつからこんな風になったんだ?清香が戻ってきたことが郁梨に刺激を与えたのか?それともこれが郁梨の本性なのか?従順で優しくて、賢かった妻はどこへ行ってしまったんだ?郁梨はイライラしながら承平を急かした。「結局できるの?できないの?」承平はまさか自分が仕方なく妥協する日が来るとは思ってもみなかった。「わかったよ、ダメだなんて言えるか?」郁梨の顔に、ようやく笑みが浮かんだ。まだ顔色が青白かったが、その笑顔はやはり美しかった。承平は少し見とれてしまい、ふと郁梨が美人ぞろいの映画学院の中でも、学院一の美少女として名を馳せていたことを思い出した。こんな美しい女性が芸能界にいれば、例え中身がなくても、顔だけで十分売れるのに、ましてや郁梨の演技は非常に優れていた。郁梨の処女作であり、唯一の出演作でもある映画は、あの有名な池上監督が務め、その映画で郁梨は助演女優賞まで受賞していた。ただその時の郁梨はすでに承平の妻であり、郁梨の人気に火がついたことで、自身の結婚の件が暴かれることについて、例え可能性がわずかであっても、承平は決して望まなかった。そこで、折原夫人は働く必要もないし、自分の妻が表舞台に出るのは好ましくないといったことを理由に、郁梨を受賞式にも行かせず、その後一切演技の仕事もさせなかった。承平はふと、母親の蓮子の言葉を思い出した。郁梨は承平のために自分のキャリアを犠牲にしたのだ、これは紛れもない事実だった!そう考えた承平は、納得せざるを得なかった。郁梨が演技をしたければさせればいい、家で悶々として性格まで変わってしまうよりましだ。「まずは家でしっかり療養しろ。スタジオや専属マネージャーの手配もする。華星プロダクションには撮影予定のいい作品がいくつかあるはずだ。回復したらすぐに撮影に参加できるよう調整しておく」郁梨の笑顔が、徐々に消えていった。さすがビジネス界で名を馳せる折原社長だ。こんな短時間で郁梨が再び世間の注目を浴びられるように、承平はその道筋さえも丁寧に整えてやったのだ。夫人としての立場でいるからこそ得られた待遇を、郁梨は光栄に思うべきなのだろうか?
Read more

第22話

映画学院時代の郁梨のクラスメイトや同級生が今や芸能界でうまくやっているのはさておき、かつて郁梨は池上監督との間でとある約束を交わした。ただ、相手がまだ覚えているかどうかはわからない。まず電話をかけてみたらどうだろう?郁梨はフットワークが軽いので、思いついたらすぐ行動に移すタイプだった。郁梨の携帯はまだ二階の寝室にあるはずで、郁梨は立ち上がって階段を上ろうとしたが、数歩進んで何かを思い出したように、振り返って承平を見た。「あなた、まだそこに突っ立って何してるの?仕事に行かなくていいの?それと、釈明声明の件も早く処理して」郁梨はそう言うと二階の寝室へ消え、承平は一人呆然としたままリビングに残された。郁梨は今、「突っ立って」なんて言葉を自分に使ったのか?生意気にもほどがある!——隆浩が承平に会った時も戸惑っていた。折原社長は実家のお屋敷に戻る前に、今日の全てのスケジュールを延期するよう隆浩に指示していたので、今日は来ないものと思っていたのだ。承平は隆浩のデスクを叩き、隆浩は慌てて手を止め、承平に続いて社長室に一緒に入った。「広報部に連絡し、ネットに流れている噂について、すぐに釈明声明を出して否定しろ」承平はそう言いながら自分のデスクに座り、目を上げると隆浩が呆然と立ち尽くしているのが見えた。「聞こえなかったのか?」隆浩はためらいながら答えた。「聞こえておりますが、折原社長は以前否定しないとおっしゃっていたのに、なぜ今になってこのような指示を?」承平は答えず、ただ意味ありげに隆浩を見つめていた。隆浩は突然自身のキャリアが終わりを迎えるような圧迫感を覚え、すぐに返事した。「折原社長、すぐに広報部に連絡します」広報部責任者は、トップの気まぐれについていくのに疲れており、噂を否定する最適なタイミングは既に逃したと思った。折原グループはこれまで何の声明も出さなかったため、ネットユーザーはこれを黙認したと受け取り、俺様系ワンナイト社長と女神系人気女優のカップリングがたまらないとXでは盛り上がっていた。しかもX上で専用の応援スレまでできていて、わずか半日で30万人のフォロワーを突破したのだから驚きだ!これはつまり、折原グループが二人の関係について釈明声明を出せば、30万人のフォロワーたちは大騒ぎすることに間違い
Read more

第23話

折原グループは釈明声明を発表し、清香と折原グループのトップとの恋愛スキャンダルを否定した。この件は芸能界でも経済界でも大きな反響を呼んだ。清香の玉の輿の夢が潰れたと言う者もいれば、折原グループが大々的に露出したのもあり、株価が大きく上昇したことで利益を得たと言う者もいた。清香はスマートフォンの画面をスクロールさせ、手のひらを返したようなネットユーザーたちが、清香を「男に媚びて自滅した」や、「権力者に取り入ろうとしたら、逆に利用された」などとコメントしているのを見ていた。耳を塞ぎたくなるような言葉ばかりで、まるで清香を泥の中に叩き落とそうとしているかのようだった。応援スレにいるファンたちでさえ疑念を抱いており、彼らが推していたカップルは嘘だったのか?と問いかけていた。清香は怒りに任せてスマートフォンを床に叩きつけ、荒い息を立てながら胸を大きく波打たせた。俊明は軽く眉を上げたが、すぐに表情を引き締め、深いため息をついた。「清香さん、あなたと折原社長に一体何があったのですか?まさか喧嘩されたのですか?」俊明は思った、清香もそこまで愚かではないだろうに、承平のようなパトロンを大切にせず、逆に怒らせるような真似をしたのか?清香は白目を剥いて、不機嫌そうに言った。「今日一日承平に会ってもいないし、LINEしても返事なし。どうやって喧嘩するの?」「では折原グループはなぜ急に釈明声明を出したのですか?もう午後になりまよ!」ニュースは朝に出ていたのに、なぜ今になってようやく釈明声明を出したんだ?清香は冷静になり、じっくりと考え直した。突然、清香は俊明を見て言った。「郁梨さんが私が会いに行ったことを承平に話して、私が独断で動いたことを責めている可能性は?」俊明は清香を指さし、同意しながら激しく頷いた。「きっとそれに違いありません。清香さんが行く前から私はやめといた方がいいとお伝えしたのに、どうしても行くと引かなかったので……どうしましょう?」清香はイライラしながら髪をかきあげ、眉をひそめて考え込んだ。「承平に電話する」清香のスマートフォンは壊れていたが、俊明はまるでそれを見越したのか、新しいスマートフォンを取り出し、清香のSIMカードを挿入した。俊明の手際の良さから、俊明が清香をよく理解していることがわかる。なぜなら清
Read more

第24話

承平は再び問い詰めた。「どうして俺が知ってると思うんだ?」清香は一瞬慌てたが、そばにいた俊明が目線で「余計なことを言うな」と清香に注意した。ようやく清香は冷静を取り戻し、それから優しい声で承平に返事した。「郁梨さんがあなたに話してくれると思ったの。最初から隠すつもりはなかったから、LINEで連絡したのもこの件だったの。ごめんね承くん、私、間違ったことしちゃった?その時はただあなたをかばおうと思って……」清香は言葉を濁した。その口調には、悔しさと自責の念がにじんでいた。「もういいよ、次からはやめてくれ」承平は清香が勝手に郁梨に会いに行ったことに不満を抱いていたが、それ以上責めはしなかった。「うん、もうしないから。承くん、私のこと怒らないで」「怒ってない」「じゃあ折原グループの釈明声明は……」「俺が怒っているから釈明声明を出したとでも思ったのか?」清香の言葉を承平は遮った。「お前が郁梨に会ったことすら知らなかったんだ。怒る理由があるか?」清香は承平の不機嫌な口調を察し、しばらく黙り込んだ後、突然泣き出した。「承くん、ごめんなさい。私が一喜一憂しすぎたの。あの釈明声明を見て、つい余計なことまで考えちゃって…怖かったの、承くん、本当に怖かった」清香の嗚咽が途切れ途切れに聞こえ、聞く者の胸を締めつけた。俊明は清香に向かって親指を立てた。実際のところ、清香の顔には一滴の涙もなかった。承平の口調はものの見事に和らいだ。「何が怖いんだ?」「私……あなたに捨てられるのが怖いの」承平はプレッシャーに押し潰されながらも、慰めるように言った。「余計な心配をするな。約束は忘れてない」清香はその言葉を聞き、ようやく安堵した。「承くん、やっぱり私を捨てたりしないよね。じゃあもう邪魔しないから、お仕事頑張って」「ああ」承平が電話を切ると、ようやく清香からのLINEを見れた。承平にLINEを送る人間は少なく、普段連絡を取るのは郁梨と隆浩で、最近になってようやく清香も加わった。だから必然的に、郁梨のトーク画面が承平の目に入った。承平と郁梨のトーク履歴は、清香が戻ってきたあの日で止まったままだった。しかし……もう15時を過ぎているのに、どうして郁梨はまだ夕食は家で食べるか聞いてこないのだろう?承平は眉をひ
Read more

第25話

吉沢文太郎(よしざわ ぶんたろう)は、芸能界史上最年少で2つの賞を総なめした俳優であり、ここ数年の主要な賞も数多く受賞しており、今やトップスターの中のトップスターと言える存在なのだ!文太郎は郁梨の先輩で、大学時代には文太郎は既に全国的に有名だった。本来ならば、二人に接点はないはずだった。初めて出会ったのは大学の演劇部で、その年郁梨は1年生、文太郎は3年生だった。郁梨はあくまで学ぶ立場として演劇部に入った。入部時、文太郎も部員であることは知っていたが、当時の文太郎はすでに大スターで、映画の撮影で忙しく、演劇に参加する時間などなかった。郁梨は初舞台で、まさかたまたま時間のできた文太郎と共演することになるとは思いもしなかった。あの日郁梨がどれほど緊張したかは容易に想像できる。幸いにも、心配していたようなスター気取りや親しみにくさなどは一切なかった。文太郎はとても紳士的で優しく、そして寛大な心を持った人だった。二人は演劇部で2年間共に活動し、文太郎が卒業するまで、そして郁梨が承平と結婚するまで関係はずっと続いた。文太郎は多忙を極め、一緒に共演する機会も多くはなかったものの、本当に多くのことを教えてくれた。文太郎は演技の合わせ方だけでなく、観客に向き合う心構えも教えた。そのおかげで、郁梨を演劇部の脇役から、自分と共演できるヒロインまでに育て上げた。そして演劇部のヒロインを務めたことで、当時映画学院でキャスティングに来ていた池上監督の目に留まり、池上監督の映画『覇王の国』に出演することになった。——文太郎は帽子とマスクを着けていたが、郁梨は一目で彼だとわかった。背が高く、完璧に近い体型、そして何より彼のあの目。3年ぶりに文太郎に会ったが、その目は当時と変わらず澄み切って輝いており、まるで華やかで複雑な芸能界に文太郎は少しも染まっていないようだった。文太郎はマスクを外し、口元に笑みを浮かべた。「本当に君だったんだ、郁梨ちゃん!」演劇部時代、二人は親しくしていたので、文太郎は「先輩・後輩と呼ぶのはありきたりだから、僕のことは文さん、君のことは郁梨ちゃんと呼ぼう!」と提案し、郁梨はいつも教えてくれる先輩のこの提案を喜んで受け入れた。この「郁梨ちゃん」という呼びかけで、一瞬にして二人は演劇部で昼夜を問わずセリフの練習をして
Read more

第26話

まさかこんな偶然があるなんて!「そうじゃなくてね」文太郎は楽しげに笑った。「契約しに来たんだ。郁梨ちゃん、どうやら僕たちは共演することになりそうだ」共演!なんてラッキーなんだ!でもさっき私はちょっとバカだったかも?先輩のような大スターは、オーディションなんているわけがない。文太郎先輩に出演してもらえるだけで十分すごいんだ。興行収入への影響力は、芸能界では伝説となっているんだから!「さあ、ぼーっとしていないで、先に入ろう」郁梨は我に返り、「はい」と返事をして、文太郎の後について行った。郁梨はもういい大人なのだから、迷子になるはずもないのに、文太郎は心配そうに何度も振り返り、郁梨が自分に追いつき、一緒に並んで歩くまで確認した。登は空気を読み、二人の後ろに下がりながら、大スターの後姿を見てこっそり笑っていた。——義明は郁梨が文太郎と一緒に来たのを見て、見間違えたかのように思わずまばたきした。「池上監督、やっと会えましたね!」登が義明と握手をした時、義明はようやく自分は見間違っていないことを確認した。「世良さん、吉沢さん」義明は二人と握手し、郁梨に尋ねた。「郁梨さん、あなたと吉沢さんは?」「文さんとはロビーで偶然会って、一緒に上がってきたんです」義明は混乱した。「文さん?」郁梨は笑って説明した。「池上監督、私と文さんは同窓生なんです」義明は納得した。確かに、郁梨と文太郎はどちらも映画学院の出身だ。しかし……同期でもないのに、なんでそんなに仲が良いのか?すぐに文太郎がその謎を解いてくれた。「同窓生だけでなく、学校の演劇部で2年間一緒に活動していました」「そうだったのか!」義明は俄然やる気になった。「共演経験があるなんて素晴らしい、これで擦り合わせの期間も省ける。実は吉沢さんがヒロインが新人だと知ったら、迷惑と感じないのか心配していたんだ」「私はもちろん問題ありません」郁梨は驚いた表情を見せた。「池上監督、私がヒロインを演じるんですか?」「そうだ、何か問題でも?」郁梨は慌てて首を振った。「私には問題ありませんが、プロデューサーさんたちは首を縦に振ってくれるでしょうか?」「それならご心配なく、私の映画のキャスティングはいつも私が決めています。それに、吉沢さんをお招きできたのですから、プ
Read more

第27話

義明は適当にページをめくり、脚本を郁梨に手渡した。「まず大まかなあらすじを話そう。『遥かなる和悠へ』はタイムスリップドラマで、主人公は現代を生きる歴史学研究者だ。彼は和悠時代のとある史記に強い興味を持っている。それは恵暦3年7月から恵暦4年5月にかけて繰り広げられた、霜月原と久津里の戦いについてだ。この戦いで一人の将軍が歴史から抹消された」文太郎が演じるのはこの将軍、沖駿之助(おき しゅんのすけ)という人物だ。もともとは輝かしい戦功を挙げた英雄だったが、この戦いを境に裏切り者として扱われ、最終的には葬られる場所もなく、史記からも抹消されるはめになった。史記に記された駿之助の生涯は簡潔な記述しかないが、そこにはこの将軍が反乱軍の娘に恋をし、彼女のために情状酌量を求めたことが裏切り者の汚名を着せられた原因だと記されている。戦場における恋は、そもそもが残酷なものだ!郁梨が演じるのは、まさにその反乱軍の娘である。駿之助最愛の人、黒川英羅(くろかわ えいら)だ。英羅は決してお嬢様などではなく、数多の勇士と同じく、戦場で敵を討つ女将軍だった。二人の出会いは、戦場だった。郁梨が試演するこのシーンは、まさに初めて二人が出会う場面だ。駿之助は和悠時代にタイムスリップした途端、自分が戦場にいることに気づいた。気を取り直す間もなく、敵の女将軍に地面にたたき落とされる。駿之助は全く太刀打ちできず、女将軍の猛攻に押され続け、最終的には長槍を喉元に突きつけられ、捕虜となった。郁梨は脚本を閉じた。「池上監督、文さん、私は準備ができました」この時点での郁梨は、まだか弱い可憐な女性だった。義明は文太郎を見た。文太郎が頷くと、義明も合図した。「じゃあ始めよう」義明がそう言った直後、郁梨は脚本を置き、長い髪を高々と掴み上げ、ポニーテールに結い上げた後、文太郎に深々とお辞儀をした。「文さん、では失礼します」上体を起こすやいなや、郁梨からはもはや可憐さは消え、凛とした勇ましさがみなぎっていた。文太郎も即座に役に入り込んだ。「来い!」この瞬間、二人は本当に戦場にいるかのようだった。英羅は長槍を手にし、駿之助の首筋に向かって真っ直ぐ突きつけ、冷たい殺気が走った。時を超えてこの世界へやってきたばかりの駿之助は、その鋭い気配に思わず目を細め
Read more

第28話

この時、郁梨はまだ文太郎のシャツの襟を荒々しくつかんでいた。「わあ!」突然、登が感嘆の声を上げた。これは小道具を使わない演技なのに、郁梨は指を槍に見立て、これほどの迫力を演じられるとは、実に素晴らしい!義明はまだ二人の演技に酔いしれているようで、登が声を上げてからようやく我に返り、興奮して拍手を送った。「完璧だ、文句のつけようがない!あなたたち二人は最高のコンビだ!」義明は郁梨を見つめ、惜しみない賛辞を贈った。「郁梨さん、あなたの演技は相変わらず素晴らしいですね!やはりあなたを見込んで正解でした!」3年前に初めて共演した時、義明は郁梨の演技がは素晴らしいと感じていた。現場での撮影はほぼ一発OKで、セリフと表情のコントロールに関しても滅多にミスがなかった。新人としてはかなり珍しい才能だ!だからこそ、郁梨が「もう演技はしない」と言った時、義明は残念に思い、「もしまた演技をしたい時があれば、いつでも連絡してくれ」と郁梨に約束した。郁梨のような才能ある俳優が埋もれてしまうのはなんとも勿体無い!「池上監督、そんなに褒めないでください。私なんてまだまだです」郁梨はそう言うと、文太郎のシャツの襟から手を離した。「先輩、ごめんなさい。服を皺だらけにしちゃいました」文太郎は自分の襟を整えながら、笑顔で答えた。「大丈夫。こんな素晴らしい演技が見られたんだから、少しの皺なんて安いものだよ。郁梨ちゃん、君には驚かされたよ」「私……本当にこれで大丈夫ですか?」郁梨は三年間演技から離れていたので、自信が持てなかった。「うん、君の演技はとても良かった」文太郎は褒めた。それを見た義明が一番嬉しかった。このご時世、ここまで満足できる主演男優と女優を見つけるのは簡単ではないのだ!「郁梨さん、時間もまだ早いし、ついでに契約書にもサインしてくれませんか?終わったらみんなで食事に行って、お祝いしましょう」「それは…」郁梨は文太郎を見た。先輩は多忙なはずでは?夕食の時間、文太郎は空いているだろうか?義明もそのことに気づいた。「ああ、嬉しすぎて吉沢さんのご都合を聞くのを忘れていました」文太郎は笑った。「どんなに忙しくても食事をする時間くらいはあるよ。それに池上監督と後輩と共演できるんだから、これはお祝いするべきだ」「それではそういうこと
Read more

第29話

宴席で、郁梨は赤ワインを一口だけ飲んだ。文太郎は郁梨はお酒が得意ではないと伝えると、義明はすぐにお店の人にソフトドリンクを頼んだ。「今日は本当に楽しかったです。吉沢さん、郁梨さん、今後のスケジュールは改めて連絡します。世良さん、またお会いしましょう!」「はい、ぜひよろしくお願いします」登は酔っているようで、舌が回らない様子だった。義明は手を振りながら言った。「それでは先に失礼します。皆さんもお気をつけてお帰りください」「池上監督、どうやってお帰りになられますか?」「代行を呼ぶので大丈夫です。心配しないでください」「では、ご自宅に着いたらご一報をください」「わかりました、お気遣ありがとうございます、世良さん」義明は再び手を振り、駐車場の方へ歩いて行った。「私たちも行きましょう」登がよろめくと、文太郎は慌てて支えた。郁梨は登の様子を見て心配そうに聞いた。「文さん、登さんは大丈夫そうですか?」「大丈夫、車で少し眠れば治る。さあ、君を家まで送るよ」郁梨は迷惑をかけると思って、遠慮がちに言った。「私は自分で帰ります。それより登さんを送ってあげてください」文太郎は眉をひそめた。「やはり僕が送るよ。君はお酒を飲んだんだから、一人で帰らせるわけにはいかない」「でも……」「でもなんて言わないで、ほら行くよ」文太郎は譲らなかったので、郁梨は文太郎が既に登を支えて駐車場へ向かっているのを見て、これ以上断れず、おとなしく後を追った。——郁梨は文太郎の送迎車に乗って帰った。車は広く、後部には4つの独立した座席があった。登は前の席で眠っているようで、郁梨と文太郎は後ろの席に座っていた。文太郎は微笑みながら郁梨を見た。「郁梨ちゃん、これから一緒に仕事をするんだから、LINEを交換しない?」「ええ、いいですよ。私の電話番号で検索してください」郁梨は言ったあと気まずくなった。3年も経っているし、文太郎は今や大スターだから、自分の電話番号など覚えているはずがない。郁梨は慌ててこの恥ずかしい状況をなかったことにしようとした。「文さん、先輩は電話番号は変えましたか?」「いや、私は……」「じゃあ私が文さんに電話します。そうすれば私の電話番号がわかりますね」文太郎が言い終わる前に、郁梨は遮り、すぐにスマホを取り出して番号を
Read more

第30話

「車で来なかったの?」折原グループの社長夫人である郁梨は、当然車に困ることはなく、自宅のガレージにはスポーツカーとセダンが一台ずつ停まっていたが、どちらも価格は数千万円もする高級車で、あまりにも目立ちすぎていた。普段の買い物やスーパーへの外出ならどちらを運転しても気にしなかったが、今日は就職の面接のようなものだったので、どちらも不適切だと思い、タクシーで出かけた。「うん」電話の向こうの承平からは苛立ちが感じられた。ただの「うん」だと?「なぜ車を使わなかった?どこに行ってたんだ?」「用事があって出かけてたの。それに今日は少しお酒を飲んだから、運転しなくてもよかったの。でないと不便でしょ?」「酒まで飲んだって?」承平の声は焦りを帯びていた。「郁梨、お前今どこにいるんだ!」「外出中よ」「外出ってどこだ?どの店だ?場所を言え!」承平の命令口調に郁梨は我慢の限界を迎えた。「もう帰る途中よ。何かあるなら家に着いてから話しましょ」そう言うと、郁梨は電話を切った。最初から最後まで、郁梨の口調は冷静で淡々としており、もはや承平の感情が郁梨に影響することはなかった。——承平は電話を切られた携帯を穴が開くほど睨みつけていた。今日はわざわざ早く帰宅して、家に着けば温かい食事が待っていると思っていたが、扉は閉ざされ、家中を探し回っても誰もいなかった。20時になり、ついに我慢できなくなった承平は郁梨に電話をかけたが、話もろくにせずにまた切られてしまった!郁梨が自分の電話を切るなんて!それから30分ほどが経ち、車の音が聞こえた。窓から見ると、黒いマイクロバスが停まっていた。考える間もなく、承平は大股で外へ飛び出した。ドアを全力で開けた勢いは、まるで不倫現場を押さえたかのようだった。——郁梨は文太郎に自宅の入口に停めて欲しかったが、郁梨はお酒を飲んだから、玄関まで送らないと気が済まないと文太郎は言った。お互い遠慮し合っているうちに、車はすでに自宅の敷地内に入っていたため、郁梨は仕方なく折れた。「文さん、家まで送って頂きありがとうございました」文太郎の酔いはすっかり醒めていた。文太郎は冗談めかして言った。「文さんが送くるのは当たり前だろう?礼なんていいよ」「そうですね、ではお言葉に甘えて。文さん、お先に失
Read more
PREV
123456
...
10
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status