All Chapters of 離婚したら元旦那がストーカー化しました: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話

文太郎にはもともと出演予定の映画が2本あり、それぞれ池上監督の『遥かなる和悠へ』と、鈴木安成(すずき やすなり)監督の『母なる海』だ。両監督の実力は互いに引けを取らず、脚本もどちらも良かった。文太郎はどちらにしようか迷っていたが、清香と承平のスキャンダルが報じられた後、すぐに池上監督の映画に出演することに決めた。『母なる海』は華星プロダクションの出資作品で、ヒロインはすでに清香に内定していると噂されていた。文太郎はもともと清香に特に興味はなかったが、鈴木監督の『母なる海』を断ったのは、共演相手がスキャンダルに巻き込まれるのを避けたかったからだ。万一何かのトラブルで映画の公開に影響が出たら困るのだ。文太郎はもう既に清香を嫌悪するようになっていた。3年前から、文太郎は郁梨が結婚していることを知っていたが、相手が誰かは知らなかった。そして今日、承平を見て初めて理解した。郁梨の夫である折原社長は、郁梨を大切にしないばかりか、他の女性とも不適切な関係を持っている。文太郎はようやく理解した、郁梨がなぜ再び演技を始めたのかを!だから、文太郎が承平に好意的な態度を取るなんてもってのほかだ!「郁梨さん、大丈夫か?」文太郎は心配でたまらなかった。さっき承平があんなに強引に郁梨を引っ張ったのに、承平は少しも気遣いを見せない。この3年間、郁梨はどれほどの惨めな思いをしてきたのだろう!「大丈夫です、文さん。早く帰ってお先に休んでください」文太郎は返事をせず、不安に襲われていた。自分が帰った後、承平が郁梨に暴力を振るうのではないかと恐れていた。承平は文太郎が郁梨を見る目が気に入らなかった。承平は郁梨の腰を抱き、自分の方に引き寄せると、夫としての立場で文太郎に感謝の言葉を述べた。「吉沢さん、妻を送って頂きありがとうございます。もう家に着いたので、安心してお帰りになさってください」承平の言いたいことは、詰まるところ文太郎はさっさと帰れ、ということだ!文太郎も手強い相手で、すぐさま言い返した。「ちょっと待ってください?折原社長は中泉さんとお付き合いされていると思っていたので、郁梨ちゃんがどうしてあなたと一緒にいるのか聞こうかと思っていたところです」郁梨「ちゃん」?承平の表情は明らかに険しくなってきた。「どうやらネットのニュースは
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第32話

「登、僕も他の人を好きになりたいよ。郁梨ちゃんが結婚したと知ってから、3年間努力してきた。結果は見ての通り、成功しなかった」この言葉を口にした時、文太郎は無力感に襲われていた。文太郎は本当に努力した。3年間郁梨に会わず、自分からも連絡せず、生活から完全に消していたが、文太郎は郁梨を忘れることができなかった。登は困り果てたように額に手を当てた。「ちなみに郁梨さんのこと、どれくらいの間片思いしていたのですか?」「5年だ」「5年ですか?5年の間も告白しなかったのですか?それとも告白して失敗されたのですか?文太郎さんに対する態度を見る限り、郁梨さんは文太郎さんが好きだと言うことを知らないように見えますが、どうでしょうか?」文太郎はうつむきながら言った。「郁梨ちゃんは知らないね」登は理解できなかった。「ずっと片思いだったのですか?我らが大スターが、たった一人の女性に5年もの間片思いをしていたということですか?」こんな話、信じられるか!文太郎は、5年前の出来事に思いを馳せながら、話し始めた。「郁梨ちゃんには一目惚れしたんだ。最初は僕を恐がっていたけど、話していくうちに打ち解けていった。多分僕のような有名人は気難しい性格だと思ったんだろうね」文太郎は美しい思い出に浸るかのように、思わず口元がほころんだ。「登、君にはわからないだろうな。郁梨ちゃんは僕が出会ってきた女性の中で最もピュアで、最も美しい女性なんだ。郁梨ちゃんを守ってあげたい、甘やかしてあげたい、何もかも許してあげたくなる。ほかの誰にも許せなかったことが、郁梨ちゃんにだけは全部、例外になるんだ」登はさらに理解に苦しんだ。「それほど好きなら、なぜ告白しなかったのですか?」「郁梨ちゃんを驚かせたくなかったから」文太郎は静かに郁梨ちゃんを見守っていたのだ。軽々しくプレッシャーを与えられるはずがない。「最初の頃は、僕の身分に怯えていないか心配で、郁梨ちゃんが業界に入ると決めてから告白しようと思っていた。その間、私はできる限りの演技テクニックを惜しみなく教えました。郁梨ちゃんは学習能力も理解力も高く、今日見た通り、優秀な子なんだ」登はうんうんと頷いた。「その後は何かありましたか?」「僕が学校を卒業した後、郁梨ちゃんから連絡があったんだ。池上監督に抜擢されて映画へ
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第33話

郁梨は静かに家に入り、そっと階段を上り、物音立てずに自分の荷物をまとめ始めた。承平は郁梨を引き止めた。「郁梨、今度はなんだ?」郁梨は承平の手を振り払い、静かに言い放った。「別に何も。ただゲストルームに移りたいだけ」「釈明声明を出せば離婚しないって約束したじゃないか?」承平には理解できなかった。承平は既に郁梨の言う通りにしたのに、何がまだ不満なんだ?承平と郁梨の結婚は形だけのものに過ぎなかった。清香がもう戻ってきたから、承平が郁梨と離婚するのは時間の問題だ。結婚を続けているのは、ただ承平の家族のためだけ。郁梨はそのことを理解しており、承平の本性も見抜いていた。だから、自分が泥沼にはまり続けるわけにはいかなかった。承平を愛し続ければ、最終的に郁梨が無惨に見捨てられることは目に見えている。それで?自分はどうなるって?叶わぬ恋に、絶望するのか?それとも何もできずにただ角に身を丸めては、自分を哀れむのか?郁梨は自分の人生がめちゃくちゃになってしまい、悲劇で幕を閉じるなんて望んでいなかった。だから今こそ……早めに見切りをつける時なのだ!「承平、確かにしばらくは離婚しないと約束したわ。でも以前と同じように生活するとは言ってない。今の私たちの関係では、一緒に住み続けるのは難しい。私の気持ちを尊重してほしい」郁梨の言葉はまるで柔らかいナイフのようで、一見殺傷力はなさそうだが、反撃の余地は一切与えない。この無力感は、承平が最近郁梨から感じるようになったもので、もう初めてではない。なぜだ?清香のせいか?それともさっきの男のせいか。承平は眉をひそめた。承平の脳裏に、先ほど文太郎が郁梨を見た時の眼差しが浮かんだ。心配そうな、あの未練たらしい眼差しが!「お前と吉沢さんはどういう関係だ?」「なんでいきなり文さんの話を出すの?」郁梨が話をずらそうとしたから、承平は疑念をさらに深めた。「どうだ?どう説明すればいいかわからないのか?」「説明?承平、あなたどういうつもり?私と文さんの間になにかあるとでも?」郁梨は呆れて笑った。郁梨は承平のために3年間も専業主婦をし、自分の生活圏には承平しかいないのに、ここにきてまだ疑われるとはどういうことだ?「何もないなら、なんで吉沢さんのこと文さんって呼んでるんだ?なんで吉沢さんもお前のこ
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第34話

——部屋を変えたせいか、承平はどうしても眠れず、ごろごろと寝返りを打っていた。その後お腹が空いて、さらに眠れなくなった。承平が眠れなくても、隆浩はぐっすり眠っていた。熟睡していた中、隆浩は承平の電話に起こされてしまった。「折原社長、こんな夜更けに何かご用でしょうか?」隆浩は目をこすりながら、かろうじて答えた。「腹が減った」「はい?」隆浩の眠気は、承平の不可解な一言ですっかり覚めてしまった。承平が腹を減らしたからといって、自分に何の関係があるというのか?こっちは雇われてるだけで、命を売ってるわけじゃないからな。こんな真夜中なのに、少しはこちらの事情も考えてくれ!「折原社長、どういうことでしょうか?」「えっと……水餃子の茹で方を教えてくれ」承平は冷蔵庫を一通り見回し、自分でもうまく作れそうなものは、郁梨が包んで冷凍しておいた水餃子だけだと判断した。隆浩は完全に目が覚めた。どうやら承平の声には、照れくさそうな様子と、どこか悔しそうな響きがあるようだ。承平は基本少食なはずなのに、どうして眠れないほど真夜中にお腹が空くんだろう?「折原社長、夕食は召し上がらなかったんですか?」隆浩は自分なりに推測した。おそらく奥様がまだ怒っていて、ろくに食事を与えてもらえなかったのだろう。だからこんな真夜中に助けを求めてきたに違いない。「余計なことを聞くな。さっさと水餃子の茹で方を教えろ!」この苛立ちが混じった声からすると、恐らく隆浩の推測は当たっている。まさか承平がこんな目に遭う日が来るとは!なぜかスカッとした気分になるのはどうしてだろう?それはさておき、お腹が空いた件を早く解決しなければ。「水餃子なら、お鍋に入れた水が沸騰したら餃子を入れ、しっかり火を通せば出来上がりです」承平は軽く返事をしてすぐに電話を切った。——昨夜の餃子は一応火も通って食べることはできたが、味は郁梨が作るものとは全く違っていた。郁梨が作る時は、一緒に干エビと溶き卵、海苔も入れてくれるので、風味豊かですごく美味しい。承平の胃袋は既にに郁梨にしっかりと掴まれていた。郁梨の料理の腕は確かで、作る料理はすべて承平の好みにぴったりだった。お腹は満たされたものの、やはりよく眠れず、目を閉じて2、3時間うとうとするのが精一杯だった。朝になり
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第35話

郁梨はすでに池上監督と契約を結び、新作映画『遥かなる和悠へ』に出演することが確定したため、随時仕事の予定が入るようになる。本格的に忙しくなる前にと、郁梨は江城市立まごころ療養院にやってきた。郁梨の母親である琴原如実(ことはら いくみ)がここに住んでいる。郁梨はシングルマザーの家庭で育った。如実から聞かされた話では、郁梨の父が亡くなった後、如実は自分が妊娠していることに気づいた。如実の家族は子供を堕ろして新しい人生を始めるよう勧めたが、お腹に命が宿っていると思うと決心がつかず、如実は結局周囲の反対を押し切って郁梨を産んだという。そのため、如実はいつも「お父さんがいなくて、お父さんの愛を感じられずに申し訳ない」と謝っていた。郁梨にとって如実は完璧な存在で、一つの欠点も見つけられなかった。少なくともいち母として、如実は郁梨を立派に育て上げた。シングルマザーの家庭だったが、郁梨は明るく幸せに成長し、他の子供たちにあって自分にはないものなど何一つなかった。しかし、運命は時に残酷な冗談を飛ばす。あんなに素晴らしい母が、がんと診断されたのだ。それは郁梨が承平と結婚して2年目のことだった。忙しい如実を無理やり連れ出して全身検査を受けさせたところ、すでに末期の胃がんだった。がん細胞は胃のほとんどを覆い、内臓全体に影響を及ぼしていた。道理で如実は頻繁に腹痛を訴え、時には起き上がれないほど痛がっていたのだ。如実は高校教師で、毎日生徒たちのことを考えていた。どうすれば成績が上がるのか、どうすれば良い大学に入れるのか、そればかり考えていた。そのため、如実は毎日忙しく、夏休みや冬休みもほとんど家にいなかった。郁梨は大学時代は寮生活を送り、めったに家に帰らなかった。大学3年生の時に承平と結婚し、あの別荘に引っ越してから3、4年経つが、その間ほとんど如実と会う機会はなかった。如実の顔色がいつも悪いことに気づき、検査に連れて行った時には、もう手遅れだった。如実自身も大ごとだとは気づかず、ただの胃の病気だと思っていた。如実はいつも他人の面倒を見るばかりで、自分のことは二の次だった。この点においては承平は良くやってくれた。郁梨の母の病状を知ると、すぐにこの療養院を手配し、何度か郁梨と一緒に見舞いにも来てくれた。江城市立まごころ療養院は、江城
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第36話

郁梨は如実に、彼らの結婚は愛のあるものだと話し、郁梨が仕事をしないのは、承平が寂しがるからだと伝えていた。郁梨はいつも良いことだけを報告し、こんな病弱な如実に心配をかけまいと気を遣っていた。「そんなことないわ、私たちはとても仲良しよ」「まだ私を騙そうとしているの!」郁梨は如実は頭がよく冴えていることを知っていた。一度気づかれたら、納得のいく説明をしない限り、如実は安心しないだろう。郁梨は真実と嘘を織り交ぜて打ち明けた。「わかったわ、そうそう喧嘩したのよ。でももう仲直りしたわ」「どうして喧嘩したの?」「ちょっとしたことよ。承平が前もって何も言ってくれなかったから、つい怒っちゃったの」「本当?」「もちろん本当よ!今回の喧嘩はちょっとひどくて、承平のご両親とお祖母様まで出てきちゃったの。承平はみんなに厳しく叱られて、私に素直に謝ったわ」このような説明では、高校教師である如実を納得させるのは明らかに難しかった。郁梨が懸命に説明した甲斐もあり、如実はようやく二人が仲直りしたと信じた。母親として、如実はアドバイスをいくつかした。わがままを言わず、ただ自分を犠牲にしすぎないようにと。郁梨は如実の病室を出ると、主治医の緒方先生に会いに行った。「緒方先生」「長谷川さん、ちょうどあなたに電話をしようと思っていたところです。お伝えしたいことがありまして」緒方先生の険しい表情に、郁梨はすぐに緊張した。「緒方先生……」「大変申し訳ありませんが、できる限りのことはしましたが、病状は悪化していく一方です。お母様の病状はあなたもご存知の通りで、2年間も頑張ってこられただけで、もう十分立派です」郁梨一瞬で手足が冷たくなり、体が震えるのを感じた。「緒方先生、母は……あとどのくらい生きられますか?」郁梨はどうやってこの質問をしたのか自分でも分からなかった。言い終える前に、郁梨はすでに涙で溢れていた。緒方先生は急いでティッシュを渡し、ため息をついて言った。「引き続き最善を尽くして治療はしますが、お母様の状態からすると、正直なんとも申し上げられません。1、2ヶ月かもしれないし、半年以上なのかもしれません。長谷川さんにお伝えしたいのは、何かあった場合にすぐに連絡が取れるように、常時携帯の方を気にかけて頂けると助かります。そうすれば
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第37話

郁梨は声を詰まらせ、言葉もろくに出ず、自分の無力さと慌てふためく様に打ちのめされていた。「郁梨ちゃん!」突然、郁梨は大きな手で肩を抱かれた。郁梨はぼんやりと目の前の人を見つめた。涙を拭い落とすと、視界が徐々に鮮明になっていった。「文さん?」「うん、ここにいるよ。もう大丈夫だよ」郁梨は文太郎がなぜここにいるのか、なぜちょうど自分のそばに現れたのか分からなかったが、この瞬間、郁梨は確かな温もりと安心感を抱いていた。学校の演劇部に入ったばかりの頃、手足がガチガチになるほど緊張していた郁梨に、文太郎は「大丈夫、僕がついてるから」と声をかけてくれた。今回もかけられた「大丈夫」の一言は、演劇部にいた時と同じように、人を安心させるものだった。「文太郎さんと長谷川さんは先に行っててください。後は私がなんとかしますので」登は急いで駆けつけ、二人に小声で伝えた。文太郎は登と目を合わせた後、すぐに郁梨と現場から離れようとした。しかし、ここは江城市内で一番賑やかな繁華街エリアで、当然人目にもつきやすい。そのため、軽い接触事故によって交通渋滞も起きてしまい、あっという間に周りに人だかりが出来た。文太郎が郁梨をハイヤーに乗せる前に、既に誰かが文太郎のことを気付いていた。「吉沢文太郎だ!本当にあの吉沢文太郎だ!」この一言を聞いて、見物していた人たちは次々にスマホを取り出し、文太郎と郁梨に向けてシャッターを押し始めた。幸い二人は事態が収拾不能になる前に車に乗り込み、運転手もタイミングを見計らってその場からすぐ離れた。しばらくして、登から電話がかかってきた。「登、どうなった?」「現場は人でいっぱいだったので、車をぶつけられた運転手とも話し合って、直接警察署に行って対応することになりました。私は長谷川さんの車を運転して今向かっていますので、皆さんも急いで来てください」「わかった」文太郎は電話を切り、郁梨の方を向いた。「警察署で事故の後処理をしてくれる。軽い接触事故だから、そんなに心配しないで」郁梨は既に落ち着いており、軽く頷いた。涙でいっぱいの瞳には、ただただ申し訳なさだけが滲んでいた。「文さん、ご迷惑をかけてしまいすみません」「大丈夫だよ。後は私がうまくやる。さっき君がひどく泣いていたのは、あの運転手に何か言われ
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第38話

【文さんの選択は間違いないと信じてる!】——隆浩は困り果てていた。急上昇トレンドも見たし、バズっているコメントも一通り見た。この件を折原社長に報告すべきだろうか?言ったら仲違いを煽っていることになるんじゃないか?言わなくても折原社長は遅かれ早かれ知ることになるんじゃないか?もういい、やっぱり言おう!「郁梨と吉沢文太郎が?」隆浩がドアをノックして入ると、折原社長が電話しているのが聞こえた。表情からして明らかに不機嫌だった。隆浩は表情を変えずに眉を上げた。どうやら誰かが先に報告したらしい。しかしアシスタントとして、折原社長に関わるニュースを報告するのは職務のうちだ。一体電話の相手はどんなつもりなんだ?電話は清香からだった。清香は常に芸能界の動向に注目しており、文太郎に関するスキャンダルが報じられたら、そりゃチェックするしかないでしょ!清香は目を丸くした。文太郎の隣にいる女の子にとても見覚えがあった。清香は、これは天の助けだと感じた。あの承平はほんの少しの誤魔化しさえも許さない男だ。もしこのことが承平の耳に入れば、郁梨は絶対に無事では済まされない。「承くん、あまり深く考えないで。あなたに知らせたのは、ネットでこんなにも話題になっているから、遅かれ早かれ知ることになると思って、あなたをなだめに来たのよ」「俺をなだめる?」承平は話しながらパソコンを開き、関係する報道について検索していた。「これはきっと誤解よ。郁梨さんとちゃんと話し合って、喧嘩しないようにね」承平はパソコンを睨みつけ、表情が徐々に険しくなっていった。清香の「きっと」という言葉が気に入らなかった。「これは最初からとんだ茶番なんだよ。郁梨と吉沢文太郎は同窓生で、元から知り合いなんだ」電話の向こうで清香は少し間を置き、気まずそうに返した。「あなたも知ってたのね、余計なことを言っちゃったわ。誤解なら良かった。ただあなたを心配して、離婚する時に余計なトラブルが起きないようにと思って」離婚の話題に、承平は返事をしなかった。「『母なる海』の脚本はもう手に入れた?」清香は薄々気づいていた。ここ数日、承平は離婚の話題を避けているようだと。だが清香も特に問い詰めようとしなかった。「ええ、手に入れたわ。でも池上監督も最近新しい映画の準備をしていると聞
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第39話

郁梨は電話に出るため、文太郎を避けて他の場所へ移動した。「郁梨、今どこにいるんだ!」電話が繋がると同時に、承平の怒りに満ちた声が聞こえてきた。「外出中よ」「具体的にはどこだ!」また「外出中」という言葉でごまかそうとするに郁梨に、承平は歯軋りしそうなほどに怒り、詰め寄った。文太郎はまだ警察署の前で郁梨を待っている。郁梨はその様子をチラッと見つつも、眉をひそめながら聞き返した。「どうして聞くの?」「お前と吉沢さんのスキャンダルがもう至る所に広まっているんだ。聞くだけでもダメなのか?」「もうニュースになっているの?」「当たり前だ!」承平は明らかに怒っていたが、郁梨には理解できなかった。承平は自分を愛していないのに、なぜそんなに干渉するのだろうか?自分のメンツが潰れるのが嫌なのか?それしか理由が見当たらなかった。「ニュースを見たなら、私がちょっとした交通事故に遭ったことは知ってるでしょ」承平の口調が急変した。「事故に遭ったんだと?ケガはないのか?」承平がニュースを見た時、郁梨と文太郎の親密な様子にばかり気を取られていたせいか、内容まではしっかり読んでいなかった。承平の思いもよらぬ気遣いに、郁梨は一瞬ぼうっとしたが、すぐに我に返った。ほんの少しの温もりで、再びに奈落の底へ突き落とされるような真似はしないと自分に言い聞かせた。「大丈夫、ちょっとした接触事故なだけ、今処理中よ」「どこで処理してるんだ?」「警察署」「分かった、今すぐ向かう」「来なくていいよ……」郁梨が言い終わらないうちに、承平は電話を切った。——承平が警察署に到着した時には、全ての処理は終わっており、郁梨は相手の運転手と書類に署名しているところだった。この事故は完全に郁梨の過失だったが、相手の運転手は話が通じる方で、処理もスムーズに終わった。ただ、彼らの前に別の事故処理が入っていたため、少しだけ待たされた。承平は隆浩を連れて慌てて駆けつけ、郁梨を見るなりグイッと掴み、全身をくまなくチェックした。動作は決して優しくはなかったが、その目に浮かぶ不安はどうやら嘘ではなさそうだった。「ケガはないか?」「頭をぶつけたのか?」「どこか痛いところはあるか?」承平が立て続けに質問したことに、郁梨はすっかり戸惑っていた。警察官は思
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第40話

「吉沢さんのご厚意は決して忘れませんが、次回同じようなことがあった場合は、どうか見なかったことにして頂きたいです。吉沢さんは数え切れないほどのファンを抱えていらっしゃるお方ですから、何の根拠もなくうちの人があなたのスキャンダルに巻き込まれるのは、あまりよろしくないかと思います」文太郎は唇を噛んだ。「私の不注意でした。ただ折原社長、ご安心ください。ネット上のニュースはきちんと処理いたしますので」「私の不注意?」承平はなぜかその言葉に反応し、含みのある笑みを浮かべて頷いた。「では吉沢さん、後はお任せします」——承平と郁梨は帰りの車の中でずっと無言だった。郁梨は承平が家まで送ってくれたらすぐまた会社に戻ると思っていたが、郁梨の家の中まで一緒ついてきた。郁梨は少し不思議に思った。「あなた……会社に戻らないの?」承平は眉をひそめた。「郁梨、何も説明しないのか?」「何を説明するのよ?」郁梨は、またなぜ文太郎と一緒にいたのかを説明させられるのだろうと思い、少し棘のある言い方をした。「なぜ泣いた?」郁梨は、承平がこの質問をするとは思っていなかった。承平に話すべきだろうか?郁梨はよく考えたが、やはり言わないことに決めた。承平と郁梨の結婚はすでに終わりを迎えている。今のタイミングで母の如実の病状を話すのは、あたかも承平に憐れんで欲しいと願っているかのようだ。郁梨が求めているのは憐れみではないが、かといって承平には与えられない。「別に、ただ泣きたかっただけよ」「泣くには理由があるはずだろ?」承平は明らかにこの答えに不満だった。「言いたくないんだけど、ダメ?」おそらく母の如実の病状や、間もなく家も家族も失う自分を思い浮かんだのだろう。郁梨がそう返事した頃には、もう目が赤くなっていた。だが承平の前では、涙を見せまいと頑なに堪えた。「承平、あなたはもう私と離婚するんでしょ?なんで泣いたかはあなたに関係ないでしょ?」「すぐには離婚しないと言っただろ」「いずれは離婚するんでしょ?」承平は突然言葉を失った。そうだ、いずれは離婚する。承平は清香にそう約束していた。——結局承平は会社に戻った。再び家に着いた時には、もう22時を過ぎていた。郁梨は明かりを残してくれていたが、いつものようには帰りを待っていなかった
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