銀色の高級車が静かな山道をゆっくりと走り抜け、一軒の別荘の前で静かに停まった。郁梨はゆっくりと目を開けた。「着いたの?」「うん、着いたよ」彼女は携帯の時刻を見て、思わず「やっぱり遠かったんだ」と思った。出発したのはまだ六時前だったのに、もう七時になっている。郁梨は窓の外に目をやり、思わず表情を驚きに変えた。車は広々とした庭に停まっていた。庭には手間のかかる花壇などはなく、一面に美しく整えられた芝生が広がっていた。その奥には、三階建てのヨーロピアンスタイルの別荘。自邸のようで、天井も高く、都心の高級住宅よりもずっと広々としていて、どこか心を解きほぐすような快適さがあった。この別荘には、三年前に一度来たことがある。あのとき、承平は自分名義の不動産をすべて彼女に見せて、気に入ったものを一つ選んで婚約後の住まいにしようと言ってくれた。郁梨は最終的に、今ふたりが暮らしている家を選んだ。承平はきっと、彼女があのシンプルで控えめな家を気に入ったのだと思っているに違いない。けれど本当は、彼女が一番好きだったのは、目の前にあるこの別荘だった。静かで、まるでこの世の喧騒とは無縁の桃源郷のようだった。郁梨は、こんなふうに都会の喧騒から離れた生活に、昔から憧れを抱いていた。けれど現実的ではなかった。ここから都心までは、車で一時間以上かかる。郁梨自身は、別に構わなかった。仕事もしていないし、出かける時間が長くなろうと気にすることはない。けれど、彼女が気にしたのは承平だった。あれほど多忙な人間が、もし毎日往復に二時間以上もかけて通うことになったら、どれだけしんどいか。だから彼女が選んだのは、決して一番シンプルで控えめな家ではなく、折原グループに一番近い家だった。今ふたりが住んでいるその家から会社までは、車で十数分。たとえラッシュの時間帯で渋滞しても、せいぜい三十分あれば着く。移動時間を削れば、そのぶん承平は少しでも長く眠れるし、体も休められる。たぶん、もうあの頃から、そういうふうに思いやるのが習慣になっていたのだろう。当時の彼女は、せいぜい承平の見た目に惹かれて、ほんのり好意を抱いていただけだった。それでも、もうすでに人のことを考えて動ける人間になっていた。母からいつも言われていた。人として生きるなら、ちゃんと自分のためにも誰かのためにも動ける人
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