美沙子の身体が、ゆっくりと藤並の上から離れた。ぬるりとした感触が、内側から抜ける。熱はもうない。ベッドの上で、藤並は動かなかった。背中にシーツの冷たさが広がっていく。額には汗が浮かび、それがこめかみを伝って流れ落ちた。でも、拭おうとは思わなかった。手を動かす気力すらなかった。美沙子は、濡れた髪をかきあげると、藤並の胸元に手を置いた。指先が、ゆっくりと胸を撫でる。そして、爪が立てられた。微かに、肌に痕が残る程度の圧。けれど、それは藤並にとって、紛れもない「所有の証」だった。「もう、あなたは私のものよ」美沙子が囁いた。その声は甘く、夜の湿った空気に溶けていく。爪がゆっくりと肌を滑る。藤並は何も言わなかった。ただ、天井を見つめていた。天井の模様は、淡いベージュ色の幾何学模様だった。同じパターンが、いくつも並んでいる。それを、ひとつずつ数えることで、心が壊れるのを防いでいた。「一、二、三…」唇の裏側を噛んだ。痛みを感じるためだった。そうしなければ、涙が溢れそうだった。「これが、俺の生きるための役割だ」心の中で、何度も繰り返した。「家のためだ」「父のためだ」「俺は、こうやって生きるんだ」けれど、その言葉は、もう自分の中に落ちていかなかった。胸の奥で、何かがずっときしんでいた。野村のことを思い出した。学ランを着て、無邪気に笑った顔。肩が触れたあの日のこと。あの時、言えなかった言葉が、今も喉の奥に残っている。「あの時、好きだと、言えればよかった」そう思った瞬間、喉が締めつけられた。胸の奥が、ひりひりと痛んだ。けれど、涙は出なかった。泣いてしまったら、何かが崩れてしまう気がした。美沙子は、まだ藤並の胸を撫でていた。その手の動
Last Updated : 2025-07-23 Read more