All Chapters of 燃え尽きても、君を想う: Chapter 11 - Chapter 20

23 Chapters

第11話

大地は拳を強く握りしめ、歯を食いしばって使用人を怒鳴りつけた。「勝手なことを言うな!クビになりたいのか?」「本当なんです、川村さん!」使用人は涙ぐみ、言い続けた。「昨日は美優さんが『サプライズを準備したい』と、私たち使用人に休みをくれました。私が出て行くとき、彼女がドアを内側から施錠するのを見ました。それで......それで火が出たんです!」大地の瞳孔が一瞬で収縮した。「それを知っていながら、なぜ早く知らせなかったのか?」「昨日の夜、ずっと川村さんに電話もメッセージも送りました。でも......出なかったんです」大地の胸が締めつけられるように痛んだ。そうだ、昨夜は琉那をあやすため、使用人からの電話を無視していた。それが原因で、美優を火の中から救い出すチャンスを逃したのだ。もし、あの時すぐに気づいていれば......美優は死ななかったかもしれない。「美優......」大地は唇を震わせ、信じられない思いでふらつき、数歩前へ出たが、視界が揺らぎ、膝から崩れ落ちそうになった。「川村さん!」使用人が慌てて支えた。「どうかお気を強く......もう亡くなった人は戻らないんです!」その言葉は、大地の心に鋭い刃のように突き刺さった。美優を失った現実を受け入れられない。頭の中には、雪山での光景がよみがえた。あの時、雪に埋もれていた美優を見たはずだ。自分は「必ず戻って助ける」と約束した。彼は拳を強く握りしめ、胸の痛みに息が詰まるような感覚を抱えながらも、使用人を押しのけた。「信じない......あの骨は美優のじゃない。彼女はまだ、俺を待ってる!」大地は再び警戒線をくぐり抜けた。消防士たちが止めようとしたが、「川村大地と申します!」と名前を出されると、誰も強く止められなかった。別荘の火はすでに収まり、危険はなかった。だが、彼を待っていたのは絶望だけだった。大地は煙の中を必死に探した。焼けた家具に触れ、手を火傷しても気づかない。使用人は涙をこらえながら訴えた。「川村さん、もう探しても無駄です。美優さんの遺骨は外にあります。これ以上自分を責めないでください!」大地は何も答えず、狂ったように寝室やクローゼット、書斎を探し回った。あの骨は使用人のものかもしれない
Read more

第12話

「拓弘、今すぐそのニュースの録画を見せろ!」大地は友人の福岡拓弘(ふくおか たくひろ)の家に駆け込み、そう叫んだ。だが、リビングにいたのは友人だけではなかった。母の真由美(まゆみ)、父の雅彦(まさひろ)、そして琉那までもがそこにいた。大地は驚き、眉をひそめた。友人はため息混じりに言った。「ごめんね、大地。この手を使わなきゃ、君は来なかっただろう?」大地はすぐに状況を察した。「......俺を騙したのか?」その時、真由美が立ち上がり、彼に歩み寄りながらため息をついた。「大地、明日はあなたの結婚式よ。我が家はもう招待状も出してしまったし、たくさんの人が出席するの。美優が死んだからって、式を中止にするわけにはいかないわ。ちゃんと結婚して。私たちの顔に泥を塗らないで」大地は信じられないというように母を見つめ、苦笑しながら冷たく言った。「母さん......美優がこんなことになっても、家のメンツの事しか考えないのか?」真由美は表情を固くし、言い放った。「彼女はもう死んでしまったのよ。生きている人間は前に進まないといけないのよ」「彼女は死んでない」大地は頑なに首を振った。「きっと生きてる。俺は彼女を探し出す。彼女以外の誰とも、結婚なんかしない!」その言葉に琉那が泣き出した。「川村さん、私、知ってました。大地が私を選ばないって......私はただの遊び相手。あの頃、失明した大地さんを一生懸命に支えたのは私。でも、大地さんの心には、長谷川さんしかいないんです。彼が私の事を要らないと言うなら、死んだ方がマシよ!」そう言うなり、彼女は壁に頭を打ち付けようとした。真由美はすぐに使用人に命じて琉那を止めさせ、叱りつけた。琉那はその場でしくしく泣き、ようやく大人しくなった。次に雅彦が厳しい声で命じた。「大地、明日の結婚式は予定通り行う。花嫁が誰かなんて関係ない。川村家が約束を反故にすることは許されん!」大地は眉間に深い皺を刻み、拒否しようと口を開きかけたが、雅彦の命令で、彼はそのまま車に押し込まれ、宅に連れ戻されてしまった。式が終わるまでは自由を与えないつもりらしい。これまでも、大地は川村家の操り人形のように生きてきた。もしこの窮屈な家から逃げたくなければ、あの3年間、行方をくらませ
Read more

第13話

翌朝、結婚式は予定通り行われた。大地が目を開けたとき、すでに自分が豪華クルーズ船の上にいることに気づいた。このクルーズは、美優が選んだ会場だった。彼女はロマンチックなものが大好きだった。しかし、純白のウェディングドレスを着ているのは、美優ではなく琉那だった。川村家は琉那の正体を隠すため、彼女にベールをかぶらせていた。招待された客たちは、彼女を美優だと信じて疑わない。「やっぱりネットの火災の噂はデマだったんだな」「長谷川さんは火事で死んだって聞いたけど......」「あの噂はデマだよ、2時間ほどで記事が消えたし、検索しても出てこない。ほら、こうして無事じゃないか」それは真由美が金を使ってネット上のニュースを削除させたからだった。さらに、琉那が3年間も大地を看病し続けたことを知っていた真由美は、「これだけあなたのために尽くしてきた子よ。妻にするのは当然でしょ」と言い放ち、無理やり大地にタキシードを着せ、琉那の前へと突き飛ばした。牧師が甲板に立ち、波音を背に神聖な結婚の誓いを読み上げた。だが大地は、目の前の琉那を見ても気持ちはまるで動かないようだった。拳を固く握りしめ、ただどうにかしてここから逃げ出すことばかり考えていた。しかし、周囲には川村家の警備員が隙なく立ち、彼を監視していた。そのとき、琉那が顔を上げ、幸せそうに微笑んだ。「大地......やっと、私たちは永遠に一緒になれるのね。私、あなたを愛してる。あなたも、私を愛してるでしょう?」大地は眉をひそめ、答えに詰まった。確かに、かつて彼女に「愛してる」と言ったことは何度もあった。だが今、頭にあるのは美優のことだけだ。美優を失った苦しみは、息ができないほどだ。彼女以外は何も考えられない。そして、牧師が二人に指輪を交換させ、正式な夫婦とするその瞬間、大地は動かなかった。琉那も真由美も、不安な顔を見せた。その時、突然クルーズの婚礼スタッフがDVDを掲げて叫んだ。「長谷川さんからこのDVDが届きました!『式場で必ず流してほしい』と!」「......美優から?」大地は愕然とした。彼女は生きているのか?言葉を発する間もなく、スクリーンには映像が映し出された。そこには、大地と琉那のあまりにも親密な写真が次々と...
Read more

第14話

彼女はすべてのことを知っていた!大地はその場に立ち尽くし、顔色は真っ白になった。自分の浮気や裏切り、そして卑劣な嘘......すべてを美優に告げたのは、他ならぬ琉那だったのだ。大地は目を血走らせて振り返り、目の前の女を睨みつけ、手を伸ばして彼女の首を激しく締め上げた。「琉那!俺は何度も警告したはずだ、美優に絶対知られるなと!それなのに、全部ぶちまけただけじゃない......彼女を陥れて、俺に誤解までさせた!てめえ!」琉那は息ができず、涙を流しながら必死に懇願した。「大地......あなたは私を愛してるって言ってたじゃない?私、ただ......ただあなたと一緒にいたかっただけなの!」「だが、美優を傷つけたことは絶対に許さない!」大地の目は血走り、指に込める力はさらに強くなる。今にも琉那を締め殺しそうだった。異変に気づいた真由美が慌てて人を呼び、二人を引き剝がした。他の客たちも、この結婚式が茶番だったことを悟り、慌ててクルーズ船を降りていった。大地は憎悪に燃えていた。美優を裏切った自分が許せない。こんな悪意に満ちた女を、自分のそばに置いてしまったことが悔しくてならなかった。「琉那、お前は自分の所業に必ず代償を払うことになる!」大地はそう吐き捨て、甲板の船の錨を掴んで琉那の腰に巻きつけた。「いやあ!」琉那の悲鳴が響いた。だが大地は聞く耳を持たず、彼女を海へ蹴り落とした。錨を上げ下げするボタンを押し続け、琉那を海中から引き上げてはまた突き落とした。数度繰り返した後、琉那はぐったりと意識を失った。真由美は目を見開き、必死に大地を説得しようとした。「今日は結婚式なのよ! こんな騒ぎになってどうするの! あの子は三年間もあんたを看病してきたのよ。せめて命だけは助けてあげなさい!」大地には母がなぜ琉那をかばうのか理解できなかった。だが怒りは収まらず、なおも錨のボタンに手を伸ばそうとした。最終的にスタッフたちが琉那を引き上げたとき、彼女は海水でぐったりと生死の境をさまよっていた。その瞬間、大地の視界がまた暗転した。30分後、大地は病院に緊急搬送され、ベッドに横たわっていた。医師が廊下で真由美と雅彦に説明した。「極度のショックで一時的な失明状態になっていますが。以前にも同じ症
Read more

第15話

大地は驚愕に目を見開き、その瞬間、感情に突き動かされるように視界が急に開けた。「大地......目が......見えるようになったの?」真由美が信じられないというように息を呑んだ。だが大地は母の言葉を聞き流し、助手から受け取った写真に目を走らせた。そこには、美優の姿が次々と映し出されていた。彼女が慈善パーティーに顔を出している場面、業界の他の経営者たちに杯を差し出している場面、そして長谷川家の人々と会社の正面で撮った集合写真を目にした......「美優は......M国にいるか?」大地は喜びと動揺が入り混じった声を上げた。「やはり、生きていたんだ!」そして、助手は言い続けた。「川村さん、ずっとご指示通りに長谷川さんの行方を追っていましたが、長谷川家がまったく動きを見せないのは不自然でした。もし本当に彼女が亡くなっていたら、間違いなく長谷川家は抗議に来るはずです。だから、生きているに違いないと確信していたんです。そしてついに、写真を手に入れました!」大地は感激のあまり指先が震えた。「......すぐにM国行きのチケットを取れ」真由美と雅彦は慌てて止めた。「大地! 美優はそんなことをしてまで、あなたと縁を切ろうとしているのよ。行っても無駄だわ!」「......俺が彼女にひどいことをしたから、どうか......」大地の声は決然としていた。「謝りたい。許しを請いたい。それができるまで、俺は絶対に戻らない」「でも......あなたの目の状態で、今遠出するのは危険よ。今度こそ......失明するかもしれないのよ!」大地は何も言わず、病院を飛び出した。M国までのフライト時間は11時間だった。大地は一睡もできず、目を閉じることすら恐れた。閉じたまま再び暗闇に戻ってしまうのが怖かった。せめて、美優を見つけるまでは。彼の首には、あのお守りがかかっていた。大地はそれを強く握りしめ、心の中で必死に祈った。どうか、彼女に会わせてくれ。飛行機の中で、大地の心は不安にかき乱されていた。美優は会ってくれるだろうか?......許してくれるだろうか?助手が、沈黙を破って口を開いた。「川村さん......この件について、ずっと黙ってきましたけど......今回ばかりは川村さんが間
Read more

第16話

飛行機はゆっくりと着陸態勢に入った。11時間のフライトを経て、大地はついにM国へ到着した。彼は空港を出る前に、美優が好きだったバラの花束を買い、さらに高級ブランド店で彼女が愛用していた香水とジュエリーを選んだ。そして、美優が外してしまったあの指輪も......大地は助手が手配していた車に乗り込み、美優の会社へ向かった。胸の鼓動は激しく早まり、彼は道中、彼女の反応を想像していた。驚きか?嫌悪か?それとも......憎しみか?あるいは、わずかでも懐かしさを抱いてくれるだろうか?彼女は、もしかしたらまだ自分が追いかけて来ることを待っているのではないか。10年という歳月を共に過ごしたのだ。人生に10年がいくつあるというのか?自分が彼女を手放せないのなら、彼女もきっと簡単には忘れられないはずだ。そう思うと、大地の胸に一縷の希望が宿った。車が停まると、彼は服を整え、花束を抱えて会社の正面玄関をくぐった。そして目を見開いた。ロビーには、美優がいた。秘書に仕事の指示を出すその動きは、しなやかでありながらもきびきびとしていた。大地の心臓はドクドクと激しく鳴り始めた。本当に、彼女がここにいる。彼女は生きている!大地は花束を抱えたまま、無我夢中で駆け寄ろうとした。だが、次の瞬間、足が止まった。美優の隣に、若くて整った顔立ちの男が歩み寄り、彼女の髪や襟を優しく直しながら、耳元で何かを囁いたのだ。美優は、その言葉に微笑んだ。あの、かつて自分だけに向けてくれた笑顔を......大地の手に力が入り、抱えた花束がくしゃりと潰れそうになった。胸の奥から嫉妬と焦りがこみ上げ、呼吸が荒くなった。「......美優!」その名を叫ぶと、美優とその男が同時に振り向いた。美優は驚きの表情を浮かべ、思わず一歩後ずさった。そのまま、男の胸の中に収まってしまった。大地は衝動的に美優の手首を掴んだ。「美優!ずっと探していた......君が生きていると、俺は信じていた!」震える声に、必死の想いが滲んだ。美優は強く唇を噛みしめた。あれほど計画的に自分の死を偽装したのに......彼に見つかってしまった。大地は言い続けた。「美優、俺は......俺は謝りにきたんだ。すべて間違っていた
Read more

第17話

美優は、大地の言葉を耳にして、思わず嘲笑したくなった。3年間も浮気を続けていた男が、ここまで追ってきたのは、こんな情けないセリフを言うためだったのか?美優は眉を深く寄せ、嫌悪を隠さずに大地を突き放そうとした。だが、男女の力の差は歴然で、どうしても彼を振りほどけなかった。その時、晋平が大地を強引に押しのけ、美優を自分の腕の中へかばい込んだ。「川村さん、ここは国内じゃない。酒造のM国支社です。これ以上騒ぎ立てるなら、我々は黙ってはいませんよ!」晋平の言葉が、大地の怒りをさらに掻き立てた。大地は、美優と晋平の親しげな距離感に激しく嫉妬し、今にも晋平を焼き尽くしそうな憎悪を込めて睨みつけた。「お前、俺の婚約者から手を離せ」言葉を噛み砕くように吐き出した。「婚約者?」晋平は鼻で笑い、美優に目を向けた。「長谷川社長、『独身です』と公言しましたよね?」美優は無表情のまま、大地を真っ直ぐに見つめ、冷たく言い放った。「ええ、今の私は独身。婚約者なんていないわ」その言葉は、大地の胸に鋭い痛みを走らせた。彼は動揺したように、美優の手首をもう一度握りしめた。「でも......俺たちは婚約しただろ。俺は別れるなんて一度も承諾してない。だから、君はまだ俺の婚約者だ!」声は震え、哀れなほど卑屈に続けた。「全部、俺が悪かった。怒鳴っても、殴っても構わないが......10年の絆に免じて、もう一度だけ......チャンスをくれないか?」その言葉は、美優の心に激しい怒りを呼び起こした。彼女はきつく唇を噛み、冷たく手を振り払った。「改心?何を勘違いしてるの?お前が振り返れば、私が待ってるとでも?」「大地、今さら反省の言葉を並べたところで、どうせ全部が明るみに出たからでしょう?まだ隠し通せていたなら、琉那を捨てるなんて絶対にしなかったはずよ!」大地の瞳が大きく見開かれ、顔色は青ざめた。「そ、それは違う、美優......確かに、俺は迷っていた。琉那は、あの3年間、失明した俺を支え続けてくれた......だから、罪悪感があって......それで」「それで二股をかけた?」美優は冷ややかに言い返した。「それで、彼女が私を挑発し、あざ笑うのを許した?雪山で、私と彼女、どちらを救うか選ばされたとき.....
Read more

第18話

光太郎は、煙草を指でつまみながら前に出てきた。彼は美優の前に立ちはだかり、晋平に会議室へ向かうよう合図を送ると、大地を上から下まで冷ややかに見据え、嘲るように笑った。「国内じゃもう結婚まで済ませたんだってな。よくも俺の妹にまだしつこく絡めるもんだな?」「光太郎、それは誤解なんだ。頼む、昔みたいに美優に俺のことを少しだけでもいいように話してくれ。あの時君が俺を許してくれたから、美優と一緒にいられたんだ!」光太郎の表情が一気に険しくなり、低く言い放った。「俺の人生での一番の過ちは、あの時お前と美優をくっつけたことだ!もしお前がこんなクソ男だと分かっていたら、妹の10年も無駄にさせるなんて絶対許さなかった!」大地は恥ずかしそうに顔をそらした。光太郎は冷笑した。「お前のことは、美優から全部聞いた。これ以上付きまとうなら、お前を社会的に抹殺してやる」そう言いながらスタッフたちに視線を送り、彼らは無言のまま、大地に退室を促すようなジェスチャーをした。大地は拳を固く握り締めたまま、どうしようもなく会社を後にした。だが立ち去る直前、こっそり小型カメラを会社の入口カウンターに仕掛けていった。彼女の顔を一目見られるなら、監視という手段でも構わない。美優が会議を終え、ロビーのソファに腰を下ろして一息ついていると、晋平がコーヒーを差し出しながら、そっと彼女の肩を優しく揉んだ。大地はモニター越しにその光景を見つめ、嫉妬と怒りに歯を食いしばった。「社長、今夜は僕がマンションまで送りますよ。あの元カレにまだ絡まれたら危ないですから」晋平がそう言うと、美優は苦笑しながら首を振った。「晋平、結構だわ」だが晋平は彼女の手を取り、真剣な目を向けた。「社長、僕の気持ちはまだお伝えできていないのでしょうか。岡本家の力があれば、M国で会社を立ち上げることなど容易いことです。ですが、僕は何年もお待ちしておりました。大地と別れるその日を、ずっと。社長のそばで、ただの秘書であっても構いません。これからもずっと、社長を支え、そしてお守りしたいのです」美優は手を振り解こうとはせず、俯きながら静かに言った。「......もう少しだけ時間をくれる?まだ心を整理しきれてないの」晋平は言葉を続けた。「僕はすべて見てきました。大地は社長を
Read more

第19話

翌日、競売会場にはすでに大勢の人々が押し寄せてきていた。大地が会場に足を踏み入れたとき、美優はすでに最前列の特等席に座っていた。その隣には晋平が、今にも彼女の肩に寄りかかりそうな距離で座っていた。大地は怒りに燃え、迷わず競売札をつかんだ。ワインが紹介されると同時に、解説を待たずして高らかに札を上げた。「一億円!」いきなりの高額入札に会場がどよめいた。最前列の美優も思わず振り返り、その顔が大地であるとわかるや否や、眉間にしわを寄せた。彼女は晋平に耳打ちし、晋平もすぐさま応札した。「一億二千万!」「一億四千万!」大地はすかさず競り返した。金額は次々と吊り上がり、ほかの参加者の入り込む余地がなくなった。晋平が「二億円!」と声を張り上げたとき、会場は大きなざわめきに包まれた。だが、大地は表情ひとつ変えずに札を高く掲げた。「六億円!」会場は騒然となり、ざわめきが爆発音のように広がった。美優は両手をぎゅっと握り締めた。これ以上、誰も競り上げることは不可能だとわかっていた。彼女が逡巡するその間に、晋平は美優の顔色を気にしすぎて落札のタイミングを逃してしまった。司会者の槌が三度鳴った。「六億円で落札!こちらの方が、今夜、長谷川社長とディナーの権利を獲得されました!」大地は待ちきれない様子で立ち上がり、スーツの裾を整えて礼儀係に案内され、特別室で美優を待った。二人きりになれるかと思うと、大地の心は激しく震え、落ち着かなかった。やがて、美優が部屋に入ってきた瞬間、大地は即座に自分のジャケットを脱ぎ、彼女の肩に掛けた。「エアコンが効いて寒いから、これを羽織って」大地は優しく声をかけた。だが、美優はその外套を無造作に椅子へ置き、無言でテーブルに座ると、一枚の契約書を差し出した。「この売買契約書にサインして。ワインの登録権は君のもの、六億円は私のものよ」大地は中身も見ずに署名した。美優は薄い笑みを浮かべ、契約書を回収し、赤ワインを注いで彼に手渡した。二人でグラスを合わせ、一口で飲み干した。「これでディナーは済んだわ。私はこの後、別の予定があるから」美優は席を立とうとした。大地は慌てて彼女の前に立ちはだかり、懇願した。「美優!一度だけ俺の話を聞いてくれ!琉那との関係はもう切った。
Read more

第20話

再び目を開けたとき、美優は自分が見知らぬ部屋にいることに気づいた。両手と両足は固く縛られ、体はベッドの上に固定されていた。必死に身体をよじっても、まったくほどける気配がなかった。そのとき、低い声が耳元に落ちた。「やっと目を覚ましたんだな、美優。君はもう3日も眠ってたよ」美優はその声の方向へ素早く視線を向けた。そこには大地が椅子に座っていた。彼の顔はひどくやつれ、目の下に深い影が刻まれ、長い間眠っていないことが一目でわかった。「大地、ここはどこ?どうして私をここに連れてきたの?一体、何を考えてるの!」美優は怒りを込めて叫んだ。「ただ、君と一緒にいたいだけだ」大地は美優をじっと見つめた。「安心しろ、誰もここを見つけられない。この家は俺が買ったんだ。M国の中心から遠く離れた場所で、ここには俺たち二人だけ。誰も邪魔できない」美優の目が恐怖に見開かれた。大地は、彼女を監禁しているのだ。それは冗談でも脅しでもない。大地の真剣な表情と執念に満ちた瞳が、美優の背筋を凍らせた。彼を刺激すれば何をしでかすかわからないと感じて、美優は言葉を飲み込んだ。大地は小さく首をかしげ、困惑したように言った。「美優......君は俺を怖がっているのか?どうしてそんな目で俺を見るんだ?」美優の心臓は激しく鼓動していた。部屋の重いカーテン、床に散らばるミネラルウォーターのボトルから見ると、この3日間、大地は片時も彼女のそばを離れなかったのだろう。まるで、彼女が瞬きをするだけで消えてしまうとでも思っているかのように。その狂気じみた執着が、美優の恐怖をさらに煽った。大地がベッドのそばに腰掛け、彼女の頬に手を伸ばすと、美優は嫌悪感に震えた。だが、逆らえば彼を怒らせるかもしれない。美優は仕方なく、ぎゅっと目を閉じて歯を食いしばった。大地はそっと彼女の頬を撫でた。その指先は微かに震え、声は絶望を帯びていた。「君はもう俺を嫌っているんだろう?俺を見るのも嫌なんだな......でも、それでいい。もう飛行機のチケットは取ってある。一週間後には君を連れてここを出る。そして、島で結婚しよう。誰も俺たちの過去を知らない場所で、一生幸せに暮らすんだ」美優はついに堪えきれず、怒声を上げた。「お前は狂っているの!」彼女の言葉を聞いて
Read more
PREV
123
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status