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燃え尽きても、君を想う

燃え尽きても、君を想う

By:  浜辺玖珠Completed
Language: Japanese
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監視カメラの映像で、長谷川美優は10年間付き合ってきた婚約者の川村大地が浮気しているところを見ていた。 画面の中で、彼は見知らぬ女と車の中で情事に耽っていた。 その女はかつて視力を失った川村大地を丸3年も世話していた女だった。2人は美優に隠れて密かに愛し合っていたのだ......

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Chapter 1

第1話

長谷川美優(はせがわ みゆ)は監視カメラの映像で、10年間付き合ってきた婚約者の川村大地(かわむら だいち)が浮気しているところを見ていた。

彼は見知らぬ女と車の中で情事に耽っていた。

男は我を忘れ、女と深く口づけを交わしていた。

甘い空気の中、彼は何度もその女の名を呼んだ。

「琉那、ずっと俺のそばにいてくれ。愛してるよ、琉那......」

西谷琉那(にしたに るな)は、かすかな声で言った。

「でも、来月あなたは美優と結婚するんでしょ? 私、2番目の女なんて絶対嫌よ......結婚、やめてよ、ね?」

大地はとろんとした目で彼女を見つめた。

「たとえ結婚しても、俺とあなたの関係は変わらない。失明していたあの期間、ずっと支え、看病してくれたのはあなただ。誓って、あなたを裏切らない」

琉那が彼にキスを重ねるのを見て、美優は固く指を握りしめた。

昨夜、大地は同じ言葉を彼女にも言ったのだ。

ベッドで抱きしめながら「愛してるよ、美優。一生君を裏切らない」と繰り返していた。

しかし今、車載カメラに映る裏切りが美優の心を激しく揺さぶった。

秘書が写真、行動記録、調査ファイルを机の上に並べた。

「この女性は西谷琉那といい、川村様とは3年の付き合いです。職業は看護師で、皆が川村様が亡くなったと思っていた間、失明した彼を看病していました」

「その後、視力を取り戻した川村様は、彼女を川村家に連れて帰り、今は別荘で家政婦として働かせているそうです。ご両親も、彼女の献身的な看護を高く評価しているようです」

「さらに、川村様の友人たちの間でも、彼女が彼の恋人だと公然の秘密になっています」

秘書が音声データを再生した。友人たちが飲み会で冗談を言い合っていた。

「大地、美優にバレないよう俺らが協力してきたおかげだな? ハハハ、正妻と愛人の両立なんて、さすがだぜ!」

大地は「愛人」という言葉に不快を示し、彼らを叱りつけた。

「その下品な口を閉じろ。琉那は俺のために多くを犠牲にしてくれた。俺は彼女を心から大切にしている」

「でもな、大地。美優だって大事なんだろ? 10年も一緒にいたんだし、君が死んだと思われていた間、美優は狂ったように探してたんだぜ。そんな彼女を裏切って、他に女を囲うなんて......」

大地はしばらく沈黙し、低く言った。

「誰だって、一生で一人の女だけを愛せる保証はない。俺にとっては、二人とも同じくらい大切なんだ。だが、琉那のことを美優に告げたやつは許さない」

音声が途切れると、美優は苦笑しながら涙を流した。

胸が張り裂けそうな痛みで息が詰まった。

10年間の思い出が頭を駆け巡り、怒りと悔しさで全身が震えるのを抑えられない。

彼女と大地は18歳の時から一緒にいた。

両家はもっと古い付き合いがある。

兄の長谷川光太郎(はせがわ こうたろう)と大地は親友で、大地が美優に片思いしていた1年間は散々光太郎に妨害された。

土下座して愛を乞い、車いっぱいのバラを贈り、オークションで一億円のネックレスを落札し......

心臓を差し出すようにして、美優への愛を示した。

大学入試が終わった夏、二人はついに禁断の一線を越えた。

手をつなぎ、キスをし初夜を迎えた。

美優はすべてを彼に捧げた。

誰もが大地が美優を命よりも愛していると信じていた。

彼は彼女が事故で足を負傷した時、自分の皮膚を移植したいと申し出た。

ストーカーに狙われた時は、犯人を突き止め、犬小屋に投げ込んだ。

寮でいじめを受けた時は、「今回は美優の髪の毛一本でも触ったら、人生を潰してやる」と啖呵を切った。

しかし3年前、大地は海外出張の際に飛行機事故に遭った。

誰もが彼は死んだと思っていたが、美優だけは狂ったように探した。しかし、音沙汰はなかった。

彼女は待ち続けた。帰らないなら、死ぬまで待つと決めていた。

そして2か月前、まるで死から蘇ったかのように彼は戻ってきた。

行方不明の3年間について、彼はこう言った。

「この3年の間、失明していて、歩くこともできなかった。みんなにそんな姿を見せたくなかったんだ。治った今、やっとみんなに会いに来た」

美優はその言葉を信じていた。

だが、この3年間、彼は琉那と愛し合い、彼女に溺れていたのだ。

先週、ウェディングドレスを試着した時のことを思い出した。

大地は、美優のドレス姿を見ながら、ぼそりと言った。

「......あいつがこれを着たら、きっと綺麗だろうな」

そうだったのか。

彼と過ごす一瞬一瞬、心の中では琉那のことばかり想っていたのか?

大地、よくも私を裏切り騙したわね!

美優は悔しさに歯を食いしばり、涙を拭って秘書に言った。

「このことは彼に絶対に知らせない」

秘書が去った後、美優は兄の光太郎に電話をかけた。

「お兄ちゃん、前にM国の会社を私に任せたいって言ってたよね? あの話、受けるわ」

光太郎は驚いた。

「でも来月に大地と結婚する予定じゃなかったのか? あのポジションを受けるなら3年間は妊娠も禁止だぞ。まさか、結婚をやめるつもりか?」

美優は目を赤くしながら答えた。

「うん、結婚しない。もう彼の為に時間を無駄にしたくない。10日後、M国に行くわ」

電話を切った美優は、待ち受け画面に設定していた、大地の写真も変更し、アルバムの写真もすべて削除した。

あなたがどちらをより愛しているか決められないなら、私が決めてあげる。

もう、私はあなたを選ばない。

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第1話
長谷川美優(はせがわ みゆ)は監視カメラの映像で、10年間付き合ってきた婚約者の川村大地(かわむら だいち)が浮気しているところを見ていた。彼は見知らぬ女と車の中で情事に耽っていた。男は我を忘れ、女と深く口づけを交わしていた。甘い空気の中、彼は何度もその女の名を呼んだ。「琉那、ずっと俺のそばにいてくれ。愛してるよ、琉那......」西谷琉那(にしたに るな)は、かすかな声で言った。「でも、来月あなたは美優と結婚するんでしょ? 私、2番目の女なんて絶対嫌よ......結婚、やめてよ、ね?」大地はとろんとした目で彼女を見つめた。「たとえ結婚しても、俺とあなたの関係は変わらない。失明していたあの期間、ずっと支え、看病してくれたのはあなただ。誓って、あなたを裏切らない」琉那が彼にキスを重ねるのを見て、美優は固く指を握りしめた。昨夜、大地は同じ言葉を彼女にも言ったのだ。ベッドで抱きしめながら「愛してるよ、美優。一生君を裏切らない」と繰り返していた。しかし今、車載カメラに映る裏切りが美優の心を激しく揺さぶった。秘書が写真、行動記録、調査ファイルを机の上に並べた。「この女性は西谷琉那といい、川村様とは3年の付き合いです。職業は看護師で、皆が川村様が亡くなったと思っていた間、失明した彼を看病していました」「その後、視力を取り戻した川村様は、彼女を川村家に連れて帰り、今は別荘で家政婦として働かせているそうです。ご両親も、彼女の献身的な看護を高く評価しているようです」「さらに、川村様の友人たちの間でも、彼女が彼の恋人だと公然の秘密になっています」秘書が音声データを再生した。友人たちが飲み会で冗談を言い合っていた。「大地、美優にバレないよう俺らが協力してきたおかげだな? ハハハ、正妻と愛人の両立なんて、さすがだぜ!」大地は「愛人」という言葉に不快を示し、彼らを叱りつけた。「その下品な口を閉じろ。琉那は俺のために多くを犠牲にしてくれた。俺は彼女を心から大切にしている」「でもな、大地。美優だって大事なんだろ? 10年も一緒にいたんだし、君が死んだと思われていた間、美優は狂ったように探してたんだぜ。そんな彼女を裏切って、他に女を囲うなんて......」大地はしばらく沈黙し、低く言った。「誰だって、一生で
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第2話
大地と同居している別荘に戻った美優は、荷物を片づける気になれなかった。彼女は手に入れたすべての証拠をパソコンに保存した。車の中での動画、大地の音声、そして琉那と抱き合ってアパートから出てくる無数の写真......大地は彼女のために富裕層エリアのアパートまで借り、別荘では自由に楽しめないと恐れて、わざわざ隠れ家を用意していた。写真の中で二人は人目を気にせず抱き合い、溶け合うようにキスをしていた。美優は唇を、血がにじむほど強く噛んだ。さらに昨日の午後に撮られた最新の写真は、富豪たちが集うロイヤルクラブで撮られたそうだ。大地は琉那を抱き寄せ、プールでじゃれ合っている。周囲ではほかのお金持ちたちがシャンパンを片手に笑っていた。そして、美優は立ち上がり、ビキニを手に取ると、階下へ降りて運転手に言った。「ロイヤルタワーまで送って」美優はプールに着く時に、琉那がちょうど水に入ろうとしているところだった。赤いビキニをまとい、白い肌と豊かな胸元が目を引く。水に飛び込むと、大地がすぐに彼女のそばへ泳ぎ寄り、抱き寄せた。二人がキスをしそうになったそのとき、お金持ちの一人が大地に目配せをした。大地が振り向いた瞬間、美優の姿を認め、瞳を大きく見開いた。「......美優!」慌てて琉那を押しのけ、水から上がると美優に駆け寄り、肩を抱いて訊ねた。「どうしてここに?」美優はにっこり笑い、「私も泳ぎたくなったの。......来ちゃいけなかった?」と聞き返した。「いや、大歓迎だよ。一緒に泳ごうか」大地は苦笑いしながら、彼女を休憩室へ連れていこうとした。だが美優は彼の手を振り払い、怯えた顔の琉那を見つめながら大地に問いかけた。「この人は誰?」大地は目を伏せ、即座に答えた。「両親の別荘で働いている家政婦だ。ここで偶然会っただけだよ」琉那はわざと弱々しい声で挨拶した。「長谷川さん......こんにちは」美優は微笑んで、「そう?さっきの距離感、プライベートコーチかと思ったわ」と言った。大地の顔は険しくなり、美優を急かして着替えさせようとした。しかし彼女はすでにビキニを着込んでおり、上着を脱いでそのままプールへ飛び込んだ。この目で、彼がどう動くのか確かめてやったのだ。しばらく泳いでから水面に顔を出
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第3話
琉那は水中で浮き沈みを繰り返し、大げさに騒ぎ立てて、人たちがざわめき始めた。やがて琉那が潜ったまま浮かび上がらなくなると、誰かがプールに飛び込んだ。大地は素早く潜り、琉那を抱きかかえて引き上げた。美優はその光景に息を呑んだ。大地は心配そうに琉那を地面に寝かせ、タオルをかけて人工呼吸をした。琉那は咳き込みながら目を開き、涙を滲ませて言った。「川村さん......長谷川さんが私たちの関係を誤解してるみたいで......さっき、ずっと私の頭を水に押しつけて、溺れさせようと......」大地は一瞬、疑うような目で美優を見た。その視線に、美優の胸は裂けるほど痛んだ。彼がこんな目で自分を見るのは初めてだった。「まずは彼女を休憩室に連れて行ってやってくれ」大地は係員に指示し、美優の方へ歩み寄った。「美優、今日は機嫌が悪いのか? 家政婦に八つ当たりするなよ。あとで一緒にジュエリーでも見に行こう、な?」「私は彼女を押さえつけていない」美優は驚きながら言った。「彼女の言葉を信じて、私を信じないの?」「信じてるさ。君は一番大切な人だ」大地は美優の腰を抱き寄せ、唇を重ねた。「ただ、君に笑顔でいてほしいんだ。くだらない奴のせいで気分を悪くしてほしくない。......もうやめよう。夕食を一緒に食べて、それから帰ってゆっくりしよう」彼は頬にキスしようと顔を近づけた。しかし美優は顔を背けた。言葉を返す前に、大地のスマホが鳴り、彼は少し距離を取って電話に出た。女性の声が微かに聞こえた。戻ってきた大地は、「ごめん。会社から急ぎの用件だ。少し行ってくる。君は先に帰っていて。すぐ戻るから」とお詫びした美優は何も言わず、頷いた。30分後、着替えを済ませた美優が休憩室を出ると、通りかかったトイレの中から物音がした。足を止め、耳を澄ませると、大地の声が聞こえた。「泣くなよ。あなたは俺の宝物だ。ちゃんと大事にしてるだろ? すぐ駆けつけただろう?」琉那の声が拗ねた。「でも、さっきは長谷川さんと長く一緒にいたじゃない。私がトイレで待ってるって電話したから、やっと来てくれたんでしょ......あっ、大地、優しくして......」「琉那、こっち向いて......抱きしめて......」やがてトイレから漏れる声は
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第4話
その後の数日、大地は美優の体をとても気遣っていた。熱がぶり返すのを恐れてか、何件もの仕事をキャンセルして、家で彼女に付き添った。だが美優は心の中で冷たく笑っていた。罪悪感から、まるで一途に見えるふりをしているだけ。彼が求めてくるたびに、美優はうまく理由をつけて拒んだ。そしてその晩、大地は彼女のためにキャンドルディナーを用意した。二人が付き合い始めてから、ちょうど10周年の記念日だった。花束やネックレスよりも、この特別な日を意味あるものにしたいと、大地は美優を自分の所有するクルーズ船に連れ出した。美優が現れると、お金持ち仲間とそのパートナーたちがクラッカーを鳴らして祝った。「10周年記念日、おめでとう!」大地は美優の肩を抱き、額にキスを落とした。「美優、これから10年後も、20年後も、50年後も、今日のようにずっと幸せでいよう」その言葉と同時に、海の上に大輪の花火が打ち上がった。夜空に「I」「love」「you」の3文字が輝き、美優の胸は複雑な思いでいっぱいになった。周囲の人々が囃し立てていた。「キスして!」大地は顔を近づけ、美優に口づけた。情熱的に、腰に手を回した。しかし美優は、彼が琉那にも同じことをしていると思うと、思わず顔を背け、あたかも恥じらっているように装ったが、内心は嫌悪でいっぱいだった。大地は笑った。「10年経ってもまだ照れるのか?本当に可愛いな」だが、視線の先に家政婦の格好をした琉那の姿が見え、美優は一瞬固まった。大地は言った。「彼女は川村家で一番優秀な家政婦だ。今日は特別に君のために給仕してもらうことにした」琉那はワイングラスに赤ワインを注ぎ、微笑んだ。「どうぞ」美優は唇を引き結び、黙って受け取った。大地はステーキを丁寧に切って彼女の皿に載せた。次の料理が運ばれる前、美優のスマホにビザ手続きの通知が届いた。大地に気づかれぬよう、席を立って船首へ向かい返信を打った。そのとき、背後からサービス係たちの会話が聞こえた。「琉那、さっきの花火、あなたのためだったんだろ?今日は誕生日だし」美優の心臓が強く打った。琉那は得意げに笑った。「もちろん。あのクルーズ船も彼が私のために買ってくれたの。船の名前も、私の名前が入ってるのよ」「
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第5話
美優は痛みに息が詰まりそうだった。身体が船首に激しく打ち付けられた。船の錨は落ちきらず、ロープは彼女の身体を容赦なく引きずり、甲板に叩きつけた。一度、二度、三度......内臓が震えるほどの衝撃を受け、視界が霞み、意識が遠のく中、琉那が少し離れた場所で勝ち誇った笑みを浮かべているのが見えた。そこへ大地が駆けつけ、叫んだ。「美優!」彼が錨のボタンを止め、美優はやっと解放された。力なく甲板に倒れ、そのまま気を失った。次に目を覚ましたとき、美優は病室のベッドにいた。ベッド脇で大地が心配そうに見下ろしている。「美優、大丈夫か? 本当に驚いたよ。どうしてあんな不注意なことを......錨のボタンに触れたんだ?」美優は弱い声で問い返した。「そんなこと......誰が言ったの?」「琉那が全部話してくれた」大地はため息をつき、「船首で偶然会ったらしい。君が彼女に挨拶されなくて腹を立て、平手打ちした拍子にボタンを押してしまったって」と言った。あまりの話に、美優は呆れた。「そんなことを......信じるの?」大地は視線を伏せて言った。「監視映像も確認した。確かに君が彼女を叩いていた」美優は言葉を失い、ただ大地を見つめた。その時、琉那が頬にガーゼを貼って入ってきた。怯えたふりをして、涙ぐみながら言った。「長谷川さん、全部私が悪いんです。私がちゃんとご機嫌を伺わなかったから......申し訳ございません」そう言って膝をつこうとした。大地は反射的に彼女の手首を掴んで止め、抱き起こした。「そんなことしなくてもいい」その目には優しさが滲んでいた。そして美優に向き直った。「美優、俺がきちんと叱っておくから。少し待っていてくれ」美優はその様子を黙って見つめるしかなかった。大地は芝居がかって琉那を押し出し、外では少し強く押すふりまでして見せた。だが、美優がスマホの小型カメラを開くと、映ったのは全く別の光景だった。それは彼女が大地の服に忍ばせていた隠しカメラの映像だった。大地は琉那の涙を拭いながら、優しく囁いていた。「泣くなよ。君が泣くと、俺は心が痛いよ」琉那は甘えた声ですすり泣っていた。「全部私が悪いの、もう二度と長谷川さんを怒らせないから......お願い、
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第6話
深夜、美優は一人で別荘に戻った。ビザの手続きが完了した今、急いで荷物をまとめて出発の準備をしなければならない。大地との写真が入ったフォトフレームをすべて箱に投げ込み、彼が贈ったアクセサリーや、交際当初に書いてくれたラブレター、そしてあの裏切り除けのお守りまでも一緒に放り込んだ。部屋の電気が突然ついた。大地が帰ってきていた。目の前の光景に眉をひそめ、「美優、何をしてるんだ?」と問いかけた。「もういらない」美優は視線すら向けなかった。大地は箱から裏切り除けのお守りを取り出し、愕然とした。「これは俺が君に贈ったお守りだろ?どうしてこれまで捨てるんだ?」大地の顔に不安が走った。「俺が何かして君を怒らせたのか?病院から急に居なくなったから、心配したよ。探しても見つからないから、家にいるんじゃないかと思って......美優、何があった?」美優は冷たい目で見返した。「本当に、あなたは私のことを心配してるの?」大地は言葉を続けようとしたが、スマホの通知音が鳴った。画面を見た瞬間、眉間に皺が寄った。そして、美優の頬に手を触れて宥めるように言った。「機嫌を直せ。話は後でゆっくりしよう。今から会社に行く用事がある。すぐ戻るから」彼が背を向けて出ていくのを見送った美優は、乾いた笑いを漏らした。そうね、大地。あなたの心はもう半分別の女に持っていかれているのよ。でも構わない。すぐに、そんな演技をしなくて済むようになる。私は去るわ。あなたと琉那が好きなだけ一緒にいられるように。その夜、美優は一睡もできなかった。翌日の午後、疲れた様子の大地が帰宅すると、「美優、今夜は母さんの誕生日だ。早めに出発してパーティに行こう」と言った。足の傷はまだ痛むが、大地の母にはよくしてもらっていた美優は、出席を断ることができなかった。会場は市内で有名な早雪亭。商業界の人が顔をそろえ、川村家の別荘の使用人たちも総出で仕えていた。琉那は大地の母の腕に手を添え、客たちに笑顔を振りまいている。「美優ちゃん、あと4日で大地と結婚ね。結婚したら、琉那を別荘に送るから、きっと良く面倒を見てくれるわよ」大地の母は、琉那の手を取り嬉しそうに笑った。琉那は恥ずかしそうに俯いた。美優は黙ったまま、用意した誕生日プレゼントを大地の
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第7話
一晩中の緊急措置の末、大地の母はついに命の危機を脱した。美優は張り詰めていた胸をようやく下ろし、涙でぐしゃぐしゃになった化粧のまま、廊下の長椅子に腰を下ろして深く息を吐いた。だが、大地は一言も彼女に声をかけなかった。母親が無事になっても、彼の心には重苦しい感情が残っていた。その時、大地の父が二人に言った。「君たちは先に会場へ戻りなさい。まだ客人たちが待っている。ここは私に任せろ、心配するな」大地は黙って頷き、ちらりと美優を一瞥したあと、先に病室を出て行った。会場へ向かう車内は、ひどい静寂に包まれていた。美優は手を固く握りしめ、言い訳をしても無駄だと悟っていた。あのワインボトルを持っていたのは自分。いくら弁解しても誰も信じてくれない。それでも、大地の態度は美優の心を深く傷つけた。あの時、彼の目には明らかな疑念が浮かんでいた。その視線を思い出すだけで、胸の奥が痛みで締め付けられた。会場に到着し、車から降りた直後、お金持ちの青年の一人が血相を変えて駆け寄ってきた。「大地! 大変だ! 琉那が、酔っぱらった男どもに会場のトイレへ連れ込まれた!」それを聞いた瞬間、大地は狂ったように走り出した。美優も必死に後を追ったが、脚の傷のせいで走れず、やっとのことで現場にたどり着いた時には、大地がトイレのドアを蹴破ったところだった。中では、数人の酔っ払いが琉那を押し倒していた。大地はその男たちを次々と引き剥がし、拳を振り下ろした。何度も何度も、相手の顔が原形を留めないほどに。美優は、大地のこんな凶暴な姿を見たことがなかった。琉那の服は破け、涙ながらに大地の胸へ飛び込んだ。「川村さん......私が悪かったです。もう二度と長谷川さんを責めたりしません。お願いだから、彼女に雇われた人たちを使って、私をいじめないで......」何ですって!?美優の頭が真っ白になった。驚きと怒りで大地を見ると、彼はすでに怒りの表情を浮かべ、問いただした。「美優......君が雇ったのか? どうしてこんなことを?」「大地!」美優は理不尽な疑いに耐えられず、涙をにじませながら叫んだ。「私じゃないよ!」大地の表情が一瞬揺れた。だが、琉那は弱々しい声で言った。「川村さん、私のことはいいです.....
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第8話
その夜、大地は会場に戻らなかった。美優は足が不自由だったが、運転手が客人の送り出しに忙しいので、一人で部屋に座り、窓の外を見つめながら待っていた。脳裏には、かつて大地と過ごした幸せな日々が次々と蘇る。彼女が留学していた頃、彼は飛行機で10時間かけて会いに来てくれた。アパートに入れず、凍える寒さの中で一晩中待っていて、翌日会ったとき、彼の腕にはまだ温かいラテがあった......学校で彼女の悪い噂が流れた時は、会社の数十億円のプロジェクトを後回しにし、弁護士を連れて学校へ行き、噂を流した女子学生たちを一人ずつ法廷に立たせ、ついには彼女たちが美優の前で土下座して謝罪するまで徹底的に戦った。「俺がいる限り、誰も君を傷つけさせない。美優、俺は一生、君に一片の苦しみも与えない」美優は笑った。絶望の果てにある笑いは、涙よりも苦しい。その笑顔には、愛情のかけらもなかった。大地が誓いを破った瞬間から、彼はもう美優の愛する人ではなくなったのだ。美優は夜が明けるまで窓辺に座り続けた。朝になってふらつきながら立ち上がり、運転手を呼ぼうとしたその時、知らない番号からメッセージが届いた。【長谷川さん、雪山の会場のロフトで待っています】美優は、迷った後行くことに決めた。雪山は風が強く冷たかった。ケーブルカーでロフトに着くと、琉那が既に待っていた。琉那は挑戦的な視線を向けて言った。「美優、今日ここに呼んだのは、あなたに現実をはっきり見せるためよ。大地の心が誰に向いているか、あなたが一番わかってるでしょう。潔く身を引いて、彼と結婚するのを諦めなさい」美優は冷たい笑いを浮かべた。「私を蹴落とすために、あれだけのことを仕組んだのね? 船の錨で私を傷つけ、ワインに毒を仕込み、大地のお母さんを陥れ、さらには自作自演の騒ぎまで......琉那、あなたは川村家の奥様になるためなら何でもするね」琉那は得意げに顎を上げた。「そうよ。全部私が仕組んだわ。それがどうしたの? 大地は私を信じ、あなたを信じない。なのに、まだみっともなく彼にしがみつくの?」「結婚してからも、彼が私と寝るのを毎日見守るつもり? あなたとは10年も一緒にいたから、もう飽きてるのよ。でも私は違う」「彼はいつも私を3回以上抱くわ。車の中でも、ホテルでも、あな
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第9話
雪の下に埋もれた美優は、意識が遠のく中でも、大地の焦った声をはっきりと聞いていた。「早く掘り出せ!」大地は秘書や周囲のスタッフに叫んだ。「スタッフが、琉那が小屋に来たと言っていた。俺がさっき見た時、彼女は雪の下に埋まっていた。急げ、救え!」スタッフが雪を掘り返しながら言った。「もう一人の女性も一緒に埋まっているようです、たしか長谷川さん......」大地の表情が固まった。「美優も......そこにいるのか?」その言葉の直後、秘書が叫んだ。「西谷さんがいました!まだ生きてます!」大地はすぐさま駆け寄り、意識を失った琉那を抱き上げた。山を下りようとした時、スタッフが言った。「ケーブルカーは一度に一人しか運べません。次に戻るのは午後です。川村さん、本当に先に彼女を下ろしますか?」大地は眉をひそめた。「どういうこと?」秘書が声を上げた。「川村さん、美優さんも埋まっているかもしれません!彼女を助けなくていいんですか?」大地は一瞬迷い、そして言った。「......まず琉那を下ろして。失明していたあの3年間、彼女は命がけで俺を支えてくれた。俺はその恩を忘れられない。美優は......」彼は一言だけ残した。「後で戻って必ず救うから」雪の下で、その言葉を耳にした美優の心に残っていた最後の希望は、音を立てて崩れ落ちた。スタッフは必死で雪を掘り続け、美優を引き上げたときには、彼女の体はすっかり冷え切っていた。上着を脱いでかけてくれたスタッフの腕の中で、美優の抑えていた感情が爆発した。「あああああ!」痛みと怒りと絶望の叫びが、冷たい空気に響き渡った。川村大地!愛し続けるなんて全部嘘だった!私を騙し、裏切った人を絶対に許さない!午後、大地が再び雪山に戻ったとき、美優の姿はすでになかった。入れ替わったスタッフに行方を尋ねると、「長谷川さんなら、すでに帰りましたよ」そう告げられ、大地は慌てて山を下りていった。その頃、美優は別荘で最後の荷物をまとめていた。大地の署名入りの書類をすべて持ち出し、事前に用意したDVDを封筒に入れ、送り先を記して宅配業者に依頼した。明後日が結婚式。その日に必ずホテルにこのDVDが届くはずだ。全ての準備が終わると、美優は病院から持ち帰った
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第10話
「おかけになった電話番号への通話は、お客さまのご希望によりおつなぎできません」大地は険しい表情でスマホを置いた。先ほどから何度も美優に電話をかけているが、つながらない。午後には別荘に戻って確認したが、彼女はいなかった。川村家の私立病院にも行ったが、医者も「来ていない」と言った。そして今は電源が切られている。一体何をしている?まさか、雪崩のとき先に琉那を助けたことを怒っているのか?いや、と大地はすぐに否定した。あのとき美優は意識を失っていた。自分が誰を先に助けたかなんて、聞いているはずがない。だが、連絡が取れないので、不安が募った。着替えをして出かけようとした時、隣で寝ていた琉那が目を覚まし、彼の腕を掴んで離さなかった。仕方なく、大地は彼女を宥めてから使用人に連絡を入れようと考えた。しかし琉那が甘え、電話に出させてくれないまま、気がつけば夜が明け、昼近くになっていた。慌てて飛び起きた大地は、スマホを手に取り、最新のメッセージを確認していた時に、「川村さん!すぐ戻ってください!長谷川さんが......大変なことに!」という情報があった。大地は眉をひそめ、何も言わずに服とズボンを掴んで着替え始めた。琉那が泣きながら引き止めても、今回は一切無視し、美優の別荘へ急いだ。車を飛ばしながらブルートゥース通話で使用人に問いただした。「美優がどうした!?」だが使用人の声は雑音にかき消され、はっきりしない。「川村さん......別荘が......全部......燃えました!長谷川さんが......大火事で......!」途切れ途切れの言葉に、大地の脳裏は真っ白になった。美優が......火事に?たった一晩で、どうして?焦りに駆られ、赤信号も無視して車を走らせた。別荘に着いた時は、そこに警戒線が張られ、消防車が放水を続け、近隣住民が集まっていた。大地はその光景を目にし、心臓が一瞬で凍りつくような感覚に襲われた。車を止め、煙の臭いにむせながら人混みをかき分けた。「ひどい火事だったな。ドアも窓も内側から鍵がかかってて、逃げられなかったじゃないかな」「運が悪いよな、家政婦たちが休みじゃなかったら、全員焼け死んでた」「死んだのは女の人一人だってよ。骨が少しと灰だけが残って、かわいそ
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