「ええと、お約束はされてますでしょうか? でなければ、ちょっと……」 有名企業の自動ドアをくぐって直ぐ、受付担当の若い女性が困ったような表情で私をその場に引き止めてきた。 当然と言えば当然の足止めを食らって、どうしようかと迷っている時。偶然にターゲットが数人の部下と共に歩いてこちらに向かってくるのが見えた。 すぐ隣の美人は秘書……だろうか? 上司と部下にしては、随分距離も近いように見える。彼に聞いた通り、きっと軽薄で無責任な男に違いない。 「ああ、もう大丈夫です。今日の私は運が良いみたいなので」「え? あの、お客様!?」 新人であろう受付の女性からの返事も聞かず、私は目的とする人物へと迷いなく向かって行く。 ……この時の自分がちょっとラッキーどころか、完全に幸運の女神に見放されているとも知らずに。 ターゲットの目前に憮然と立ちはだかり、これ以上ないくらいの笑顔を相手に向けた。「あなたが神楽《かぐら》朝陽《あさひ》さん、ですよね? はじめまして、そして……!」「は? え、おいっ!? ……っぐ!」 すぐに標的を殴れるようにと準備しておいた拳を、その男めがけて遠慮なく繰り出した。突然現れた女に殴られることなど予想しなかったであろう、その男性は私の拳を顔面で受け止める羽目になったのだが。 それでも私の怒りはとてもじゃないが納まらない。この男の所為で自分の人生が大きく狂わされたのだと思うと、後二~三発ほど殴らせてもらいたいくらいで。「お、お前はなんてことをしてるんだっ! この男性が誰なのかを知らないのか!?」「いいえ、ちゃんと知ってますよ。神楽 朝陽、この神楽グループの御曹司様でしょう? 最初に名前を確認したじゃない」 コイツの取り巻きか何からしい男が私に真っ青な顔してわあわあ言ってくるけれど、そんなこと知った事じゃない。私がここまでするのにはちゃんと理由がある、これは立派な復讐なんだから。「……へえ、じゃあ貴女は俺を神楽 朝陽だと知ったうえでこの暴挙に出たと? 随分勇気ある女性ですね、面白い」「そう? 私は全然面白くないけれど。こういうのがお好きなら、もっと殴って差し上げましょうか?」 そうは言ったものの、すでに私は数人の男性から身体を拘束されているので実現するのは難しいだろう。 一回だけなのに殴った拳はジンジンと痛いし、ギリギリ
Last Updated : 2025-08-01 Read more