All Chapters of 浮き草の愛: Chapter 11 - Chapter 20

瑛舟は感情を抑え、何事もなかったかのように振る舞って家に戻った。家のドアを開けると、知綾が嬉しそうに彼に飛びついてきた。瑛舟の体が一瞬こわばり、リビングを見ると、林平と美月もそこにいた。「瑛舟、いい知らせよ！」知綾は彼を抱きしめながら、目を輝かせて言った。「私の病気は誤診だったの！もう大丈夫……」瑛舟の長い指がそっと彼女の髪を撫で、深い瞳の奥に複雑な感情がちらついた。「本当に誤診なのか？」「間違いない！」林平は興奮した様子で検査報告書を瑛舟に差し出した。「知綾は良性腫瘍ができていただけで、切除すれば問題ない。誤診した医者ももうクビになった」瑛舟はうつむいたまま報告書をじっと見つめた。しばらくして顔を上げ、尋ねた。「このことは亜眠に伝えたのか？」林平は一瞬、顔を強ばらせた。そのとき、美月が立ち上がり、瑛舟の前へ歩み寄った。「ちょうど瑛舟に相談しようと思ってたの」彼女は言葉を選びながら、少し困った表情で言った。「知綾とすでに婚姻届を出して、結婚式も挙げた。彼女の体も良くなった。だから、亜眠とは……」瑛舟は美月をじっと見て、淡々と反問した。「つまり、亜眠とは縁を切れと言いたいか？」美月は驚きを隠せなかった。どう言えばいいか迷っていたその瞬間、瑛舟はあっさりと言い放った。「いいだろう」空気が一瞬静まった。誰も瑛舟がこんなにあっさり同意するとは思わなかった。知綾は飛び上がるほど喜んだ。「瑛舟、本気なの？」彼女はつま先立ちで瑛舟の顔を両手で包み込んだ。「本当に亜眠を諦めて、私を選んでくれるの？」瑛舟は彼女の腰に手を回したが、表情は変わらなかった。「俺たちはもともと正式な夫婦だ」彼は彼女の目を見据えて言った。「昔、亜眠と結婚したのも、知綾のためだった」知綾はその言葉に心臓が激しく跳ねた。本当は瑛舟の子供を授かってから病気のことを告げようと思っていたが、朝の電話が悪い予感を呼んでいた。瑛舟が突然、診療記録を求めてきたのだ。彼は他の専門家に診てもらうと言ったが、彼女はそれがただの建前だとわかっていた。瑛舟は疑いを抱き始めているかもしれない。だから彼女は美月と相談し、瑛舟が調べる前に誤診だと伝えることに決めた。「瑛舟が決めたなら

美月はすぐに知綾の失踪に気づいた。連絡が取れず、仕方なく部下に車を用意させ、京極グループへ瑛舟を探しに向かわせた。ところが、乗車した直後に部下に薬を盛られて意識を失ってしまった。気がつくと、彼女は人里離れた断崖絶壁の上にいた。両手両足はきつく縛られ、一歩でも踏み出せば奈落の底へ落ちる状況だった。「義彦（いさひこ）、何をしてるの！」美月は顔を青ざめさせて叫んだ。部下は冷たく言った。「知綾さんとあなたがやったことは、京極社長はすべて知っています。あなたが彼女に崖から落ちる芝居をさせたことも」美月は驚き目を見開いた。「義彦は私の部下よ。どうして瑛舟の味方をするの？」部下は苦笑した。「確かに十年間、あなたに忠誠を尽くしてきました。しかしその十年間、あなたは私に何を与えてくれましたか？」「……」「母が重病のとき、あなたは見て見ぬふりをし、母の医療費をネタに私を脅しました。今度は息子が病気になり、それを利用して私に汚い仕事を押し付けました……」部下の目は冷たく光った。「もうこれ以上、屈辱を耐える必要はありません！」「義彦、義彦、そんなことをしては……あっ！」言い終わらないうちに美月は突き落とされた。彼女の骨は岩にぶつかり、痛みで息を呑んだ。痛みが引いたあと、彼女は上の部下を睨みつけ、怒りを込めて言った。「覚えてなさい、帰ったら林平にあなたを粉々にしてもらうわ！」しかし部下は冷笑した。「陸野社長は今、自分の身を守るのに必死で、あなたに構っている暇はありませんよ」……同時刻、京極グループ。林平は会議室に座り、曇った顔をしていた。瑛舟が何かに取り憑かれたかのように、一夜にして陸野グループとのすべての取引を断ち切り、陸野グループの資金繰りは非常に悪化していた。彼は瑛舟に会いに行ったが、アシスタントに追い返され、「社長は今は時間がない」と言われた。「いったい何がそんなに大事で、俺という舅より重要なんだ！」その言葉が終わるやいなや、会議室のドアが開いた。瑛舟は冷ややかな足取りで入ってきた。彼は林平を一瞥し、口を開いた。「陸野社長は資金繰りのことで訪ねてきたのか？」相手が平然とした様子に、林平は腹を立てた。「瑛舟、いったい何を考えてる！また知綾とちゃんとやっ

春執は西園寺グループの後継者である。その家族は巨大な国際海運グループを掌握していた。彼がこの船に乗ったのは、各港の運営状況を現地で視察するためだった。ある晩餐会で、春執は亜眠に目を留めた。その時、亜眠は隅の席で静かに座り、細く長い指をキーボードの上で軽やかに動かしていた。周囲の華やかな雰囲気とはまるで異なっていた。春執は無理に話しかけず、さりげなくウェイターにオレンジジュースを彼女のもとへ届けさせ、バーの端に寄りかかって彼女の仕事ぶりを静かに見つめていた。もともと二人に交流があったわけではなかった。しかしその日、酔っ払いが騒ぎを起こし、亜眠を襲おうとした際に、春執がそれを制止し、そこから二人は親しくなった。その時、春執は亜眠が小説家であることを知った。「何を書いてますの？見せてもらえます？」彼は少し身を乗り出し、長い指をソファの背にかけながら、控えめに亜眠のパソコン画面の端を見つめていた。距離を保ちながら尋ねた。亜眠は指を止め、首をかしげて彼を見ると、突然微笑んだ。「もちろんいいですよ」彼女は原稿を春執のメールに送った。それから春執は丸二日姿を消した。亜眠は自分の小説が退屈で、彼が興味を失ったのかと思っていた。だが、彼は出版契約書を持って戻ってきた。「君の小説がとても気に入りました。出版に投資したいです。興味ありますか？」それは亜眠にとって初めて、自分の文章が誰かに大切にされていると実感した瞬間だった。彼女は喜んで承諾し、それから春執との関係はより親密になった。……春執は片手をポケットに入れ、欄干にもたれかかった。海風が彼の鋭い輪郭を撫で、眉のあたりに深い影を落としていた。「読者ミーティングの会場はすでに準備済みだ。これからずっと君のそばにいるよ」亜眠は一瞬戸惑った。海鳥の鳴き声と潮騒が耳をかすめた。乱れたマフラーを整え、小さな声で言った。「春執、ありがとう」春執は低く笑い、欄干を軽く二度叩いた。「友達だから、そんなこと言わないさ」……船が港に着くと、亜眠は地元のホテルに泊まり、二日後の読者ミーティングの準備を進めた。だが彼女は、これから起こる波乱をまだ知らなかった。読者ミーティング当日、亜眠はシンプルな白いワンピースを身にまとい、出版会社が丁寧に

亜眠は部屋に帰ると高熱を出した。彼女が封じ込めていた記憶が一気に蘇り、彼女を覆い尽くした。その間、春執はずっとそばを離れず、献身的に看病した。深夜、彼女が全身を震わせて寒気を感じると、額に当てるタオルを絶え間なく取り替えた。朝になると、乾いた喉を潤すために、ぬるま湯を枕元に置いておいた。三日後、亜眠の熱はようやく下がった。春執は手に温かいミルクを持ち、彼女の額に手を当てて尋ねた。「調子はどうだ？」亜眠は力なく口元をわずかに上げて答えた。「まあ、まだだるいけど……」口ではそう言ったが、春執には彼女が本当につらいのが分かっていた。彼はこの半年間、亜眠のプライベートを詮索しなかった。昨日、瑛舟が現れたことで、彼女に多くの「秘密」があることを知った。手下に亜眠の過去を調査させたが、調べるほどに驚愕した。彼女は四年前、異母姉の代わりに瑛舟と結婚していた。しかし四年後、知綾が帰国し、瑛舟は亜眠を裏切った。思考を戻し、春執は一通の書類を亜眠に差し出した。「京極が何をしたのかは知らないが、わずか数ヶ月で陸野グループを掌握した。今、会社を君に譲ろうとしている……」「嫌だ、そんなのいらない！」瑛舟の名前を聞いた途端、亜眠は顔色を変え、書類を突き返した。春執は少し眉をひそめた。亜眠が熱を出していた数日間、彼女のうわ言を何度も耳にした。「助けて……」「私じゃない……」それが彼女のトラウマの記憶の現れだと、彼はよく知っていた。彼女はまるでダチョウのように、過去の記憶に触れないように自分を縮こませていた。だが、その傷は決して癒えてはいなかったのだ。「わかった、なら署名しなくていい」春執は書類をしまいながら言った。「しかし、その株式譲渡を拒めば、陸野グループは京極の手に落ちる。これは君の家業だ。簡単に手放すつもりか？」その言葉で、ようやく亜眠は現実に戻った。曖昧だった瞳が徐々にクリアになった。「春執、お願いがあるんだけど……」「言って」亜眠は起き上がり、真剣な顔で言った。「瑛舟は京桜市で絶大な権力を持ってる。もう彼には会いたくない」春執は彼女の本音を読み取った。「俺に彼を潰せってことか？」亜眠は頷いた。母はかつて言っていた。財閥の出身者に

瑛舟の意図的な取り繕いながら、時はゆっくりと流れていた。彼は部下を使い、世の中の宝物をかき集めた。オークションの骨董品からオーダーメイドの服まで、次々と亜眠の前に届けられた。だが今は、どんなに高価な贈り物でも、亜眠の心の奥底に波紋を起こすことはなかった。彼女はいつも一人で庭に座り、膝の上にノートパソコンを置いて、指先で細かな音を立てながらキーボードを叩いていた。瑛舟は最初、これが彼女の単なる暇つぶしだと思っていた。ある日の午後、アシスタントがタブレットを差し出して言った。「社長、ご覧ください……」アシスタントの表情は複雑で、言いにくそうだった。瑛舟が画面を見ると、そこには亜眠が連載中の小説が映し出されていた。ほんの少し見るだけで、彼の顔色は暗く沈んだ。亜眠の書く女主人公は、まるで彼女自身の境遇そのものだった。実はこの日々、彼女は最も残酷な方法で、自分の傷跡を文字に変え、ネット上に公開していたのだ。読者たちは彼女の小説を通して、京極家と陸野家の長年の秘密を知った。結婚式から逃げた知綾、替え玉になった亜眠、そして裏切った瑛舟……「社長、会社は先日大きな打撃を受け、今また世論の嵐に巻き込まれています。このまま制御できなければ、主要な協力先も……」「干渉するな」瑛舟は冷たく言い切った。「これが亜眠の望みなら、俺は協力しよう」アシスタントはそれ以上何も言えなかった。長年瑛舟に仕えてきた彼は、その偏執的な一面をよく知っていた。今のように春執に京極グループを潰させはしないが、亜眠の手で少しずつ壊されていくのを許す。それがおそらく彼の罪を償うための行動だったのだろう。……亜眠の小説はネットで大きな波紋を呼び、京極グループの長年の評判もだんだん崩壊した。株価は急落し、時価総額はほぼ半分蒸発。取締役たちは次々と株を売り払い、撤退した。巨大なグループは一気に混乱の渦に飲み込まれた。瑛舟はただ冷ややかにそれを見守っていた。またある嵐の夜。亜眠が書斎を通りかかると、強い酒の匂いが漂ってきた。ドアを押し開けると、目の前の光景に息を呑んだ。瑛舟はぐったりと絨毯に座り込み、革張りのソファに背を預けていた。高価なスーツのジャケットはぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てられ、白いシャツの襟は大