マリーは妖しくも美しい「黒百合」を、慎重に布で包んだ。布は薬液に浸して絞ったもの。こうすれば、当面は黒百合の毒が漏れ出る心配はない。 心を満たしていたのは、もはや恐怖ではなかった。人の命とアランの誠意を弄ぶクラリッサへの、氷のように冷たい怒りだった。 迷わずアランの執務室へ向かう。その足取りには、以前のようなおどおどとした様子は微塵もなかった。 執務室では、アランとリオネルが例の噂――騎士団長の婚約者は、得体のしれない薬草で団長の体を無理やり回復させている――について話し合っていた。「失礼します」 ノックもそこそこにマリーが入ってくる。ただならぬ気配に二人は言葉を切った。 マリーは無言で、布に包んだ『黒百合』を机の上に置く。毒草を解説し、クラリッサの狙いが何であるかを説明した。「ひどすぎる! すぐに王家へ突き出して、断罪してもらいましょう!」 リオネルが叫んだが、アランは黙ったままだった。静謐さの中に激しい怒りを滲ませている。彼の青い瞳は、凍てつく冬の湖のように冷たい光を放っていた。「私を狙うだけならいい。だが、マリーに濡れ衣を着せるとは……!」 底知れない怒りを秘めた声音だった。「待ってください」 そんな二人を、マリーの凛とした声が制止した。「ただ突き出しただけでは、彼女はきっと『知らなかった』『良かれと思って贈った希少な薬草に、そんなものが混じっていたなんて』と白を切るでしょう。黒百合はとても珍しい薬草で、たとえ薬師であっても毒性を知る人は多くありません。ただの水掛け論になってしまいます」 マリーは黒百合を手に取り、二人に向き直った。緑色の瞳には、強い決意と薬師としての自信が宿っていた。「この毒は、扱い方によっては最高の薬にもなります。ごく一部の古文書にしか載っていない、幻の調合技術ですが……私ならできます。毒を完全に無効化し、滋養強壮の効果だけを引き出すことが」 彼女は不敵に微笑んだ。「クラリッサ様は、私があなたを毒殺するのを見たいのですよね
Last Updated : 2025-08-13 Read more