木々の葉が擦れ合う音は、まるで穏やかな囁きのようだ。人々の暮らす村から少し歩いた先、森の入り口にその小屋はひっそりと佇んでいる。 マリーがこの場所を選んだのは、一つには広々とした薬草畑を作る土地が必要だったから。そしてもう一つは、多種多様な恵みをもたらしてくれる深い森へ、すぐに入れるためだった。 昼下がりの優しい光が、彼女の薬草畑に降り注いでいる。ラベンダーの優しい紫、カモミールの可憐な白、ミントの力強い緑。それらはすべて、マリーが丹精込めて育てた、彼女にとって宝物のような存在だった。「よし、今日の分はこれくらいかな」 籠に摘みたての薬草を入れながら、マリーは呟いた。太陽の光を浴びてキラキラと輝く茶色の髪は、作業の邪魔にならないように、きっちりとした三つ編みに結われていた。薬草を慈しむように見つめる瞳は、まるで雨上がりの森の葉のような深く澄んだ緑色。 孤児院を出てこの森で暮らし始めてもう三年。魔法やその他の才能に恵まれなかった彼女にとって、この薬草の知識と調合の技術だけが、たった一つの拠り所だった。 捨てられた孤児であるマリーは、他に生きるすべを持たない。天涯孤独で頼れる人もいない。 だから精一杯生きて行こうと決意した。 籠を手にマリーは慣れた小道を下って村へ向かった。彼女の姿を見つけると、井戸の近くで遊んでいた小さな女の子が駆け寄ってくる。「マリー! この前の薬でママの咳が治ったよ、ありがとう!」「よかった、アンナ。お母さんによろしく伝えてね」 マリーがはにかんで答えると、アンナは嬉しそうに頷いて母親の元へ駆けていった。すれ違った老婆が、皺の刻まれた顔で優しく微笑む。「やあ、マリー。いつもすまないねぇ。あんたは本当に、この村にとって森の天使様だよ」「そんな、エルマさん。天使だなんて、とんでもないです」 マリーは慌てて首を横に振った。「私にできるのは、薬草の力を借りることだけですから」 その言葉に嘘はない。けれど、心のどこかで、本物の奇跡を起こせる治癒魔法使いへの憧れと、そうなれない自分への小さな引け目があることも事実だった。 +++ 夕暮れ時、マリーは自分の小屋に戻っていた。壁一面に並んだ薬草棚、古い薬学書が積まれた机、質素だが隅々まで掃き清められた室内。摘んできた薬草を種類ごとに仕分け、慣れた手つきで天井から吊るしていく。
Last Updated : 2025-08-07 Read more