氷川家の玄関前で、啓司は乱暴なほどの勢いでドアを叩いた。応じたのは柚葉の母だった。彼女は啓司の顔を見て、怪訝そうに眉をひそめる。「こんな朝早くに……どうしたの?」「お母さん、柚葉はいますか?」啓司は焦りを隠せずに問いかけた。「こんな時間にうちにいるわけないでしょ」その言葉に、啓司の胸が一気に冷え込む。それでも諦めきれず、なおも食い下がる。「じゃあ……柚葉がどこに行ったか、ご存じですか?昨夜、帰れなかったせいで怒らせてしまったみたいで、家に戻ったら彼女の物が全部なくなってたんです。探して、謝らないと……」「昨夜、帰らなかった……?」柚葉の母の表情が一変し、声が鋭くなる。「また外の女と一緒だったんじゃないでしょうね?前にどう約束したか覚えてる?あの女とはきっぱり切るって言うから、私は柚葉には黙って、あなたにやり直す機会をあげたのよ」啓司はうなだれ、悔恨を滲ませた声で言う。「……全部、俺が悪いんです。もう二度としません。だから、柚葉が行きそうな場所を教えてください。彼女なしじゃ……俺は……」「十中八九、浮気がばれたのよ」柚葉の母は怒気を含んだ声で言い放った。「今の柚葉は、あんたになんて会いたくないから姿を消してるの。いい?もし柚葉が離婚すると言ったら、私たちは止めないわ……自分でまいた種でしょ」そう言い捨てると、バタンと音を立てて扉を閉めた。「……柚葉、必ず見つけるから」啓司は踵を返し、その日一日、彼女の行方を探し続けた。知り合いに片っ端から電話をかけても、返ってくるのは首を振る声ばかり。朝から夜まで、何の手がかりも得られなかった。まるで、地上から忽然と消えてしまったかのように。車の中で青ざめた顔のまま、啓司は震える指で柚葉の勤務先の校長に電話をかけた。「もしもし……瀬名柚葉の夫の瀬名啓司です。妻のことで――」言葉を最後まで言い切る前に、受話器から返ってきたのは思いがけない一言だった。「柚葉先生なら、一週間前に退職されましたよ」啓司の手がぎゅっと携帯を握りしめる。……一週間前に退職?じゃあ、前から出て行くつもりで――?まさか……本当に浮気を知ってしまったのか。そんなはずは……いや、どうして……啓司は記憶を手繰り寄せる。この
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