啓司は柚葉と生徒たちの後を追い、野外スケッチの場所へ向かった。春の郊外は、花々が咲き乱れ、緑の草原がどこまでも広がり、息をのむほどの美しさだった。生徒たちは鳥のように芝生の上を駆け回り、笑い声を弾ませながら描く題材を探している。柚葉はその中を行き来し、自然の観察や風景の切り取り方を根気よく教えて回っていた。啓司の視線は、ずっと彼女を追い続けていた。まだ許されていない。態度も冷たいままだ。それでも、こうして毎日姿を見られ、声を聞けるだけで、彼にとっては十分だった。たまに柚葉の視線がこちらをかすめると、啓司は慌てて背筋を伸ばし、穏やかな笑みを返す。だが、彼女はすぐに目を逸らした。遠くの山並みの描き方を生徒に説明し終えると、柚葉は次の生徒のもとへ向かう。足元の突き出た石に気づかず、つまずいた瞬間――体が前へ倒れ込んだ。「柚葉!」啓司は叫び、血の気が引く思いで駆け出す。だが、数歩踏み出したその時、稲妻のように横から駆け寄る影があった。その男は素早く柚葉の身体を抱きとめ、自分の体を盾にして地面への衝撃を防いだ。「柚葉、大丈夫か?怪我はないか?」男の声にははっきりとした気遣いがにじむ。柚葉は顔を上げ、その人を認めてぱっと表情を明るくした。「晴臣!戻ってきたのね?」啓司は追いつき、彼女が無事なことに胸をなで下ろす。だが同時に、その呼び方を耳にした瞬間、心臓が強く締めつけられた。目の前の若く端正な顔――こいつが、柚葉に好意を寄せているという朝倉晴臣(あさくら はるおみ)か。しかも柚葉はまだ彼の腕の中にいた。互いに距離を取ろうともしないまま、彼女は心の底から嬉しそうに笑っている。この数日、啓司には一度も見せなかった笑顔を。啓司の拳に力がこもり、嫉妬の熱が胸を焼く。彼は衝動のまま、晴臣を乱暴に突き飛ばした。「お前……俺の妻に触るな!」不意を突かれた晴臣は、よろめいて後方の石に後頭部を打ちつけ、鈍い音が響く。「晴臣!」柚葉は顔色を変え、慌てて彼のもとにかけ寄った。髪の隙間から血が後ろ首へと伝い落ちる。晴臣は後頭部を押さえ、わずかに青ざめた顔で、それでも柚葉を安心させるように微笑んだ。「……大丈夫、心配いらない」柚葉は顔を上げ、怒りを宿した瞳で啓司を睨みつけ
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