「結城夫人、この献体同意書に署名なさいますか?」 「はい、決めています」 桐原静葉(きりはらしずは)の声には迷いはなく、淡々としていた。 医師も、彼女の余命がせいぜいあと半月だということを知っていた。それ以上は引き止めず、ただ慎重に確認した。「では……結城様とはご相談されましたか?もしご存知なければ、その時は……誰もただでは済みません」 結城修司(ゆうきしゅうじ)が妻を命懸けで愛していることは、誰もが知っていた。彼の許可なく静葉の遺体に手を付けようものなら……静葉は自嘲的に微笑んだ。「心配いりません。きっと……彼も知っているはずですから」 彼女が死ぬその日になって、修司は知ることになる。 臓器提供の記念証明書を持って帰宅すると、慌てて靴を履き替えている修司とばったり出くわした。 彼は彼女の姿を見るとほっと息をつき、すぐに抱きしめて冷たい手を温めながら言った。「静、どこに行ってたんだ?使用人は昼過ぎに出かけたまま戻らないと言うし、ずっと待っていたんだ。今から探しに行こうとしていたところだ。外は雪が降っているのに、風邪を引いたらどうするんだ?」修司の目は心配でいっぱいだった。過去十年間、静葉はこのような彼の激しい愛情に溺れ、抜け出せずにいた。 静葉は美しかった。 正真正銘の美人の顔立ちで、幼い頃からアプローチする人が絶たなかった。 しかしすべて断ってきた。誰がどうしようと、幼馴染の修司にはかなわなかったから。 修司は高校二年生の時に想いを打ち明け、大々的に彼女を追いかけ始めた。 彼女が花火を楽しみにしていると知ると、毎年誕生日には街中で大規模な花火を打ち上げた。 静葉が深夜にインスタで【東のあの店のおでんが食べたい】とつぶやけば、修司は夜中にもかかわらずから市の南側から東側まで車を走らせ、途中で交通事故に遭って足を負傷しても、真っ先に病院に行かず、足を引きずりながら静葉の寮までおでんを届けた。 周囲から天才と称される男が、そんなにも純粋な心で、静葉を四年間も待ち続けたのだ。 そしてついに、静葉も心を動かした。結城家の御曹司と、桐原家の恥ずかしい存在である私生児。 さらに静葉は免疫疾患を患っており、遺伝のリスクがあるため、結城家が二人の交際を許す
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