All Chapters of エリート御曹司に買われた花嫁は、やがて唯一の光となる: Chapter 11 - Chapter 20

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11

 所長からの電話を切った後、美月はしばらくその場に立ち尽くしていた。受話器を握る手に、じっとりと汗が滲んでいる。「やっぱり麗華さんだわ。他に思い当たることがないもの。なんて卑劣なことを」 予想していたとはいえ、直接的な悪意に背筋が凍る。しかし、同時にふつふつと怒りが湧き上がってきた。(でも、こんなことで私が辞めると思ったら大間違いよ。これはもう、ただの『人助け』じゃない。私自身の戦いでもあるんだから) 彼女の心に、恐怖と共に確かな闘志が灯る。美月はこの一件を、ひとまず自分の胸に収めておくことに決めた。これ以上、翔吾の悩みを増やしたくはなかった。 その数日後、美月は食材の買い出しのために、高級デパートの地下食品売り場を訪れていた。活気のある売り場で新鮮な野菜を吟味していると、ふいに背後から声をかけられる。「あら、奇遇ね」 振り返ると、そこには上質なビジネススーツに身を包んだ麗華が、作り物めいた笑みを浮かべて立っていた。彼女の華やかなオーラに、周囲の客たちがちらちらと視線を向けている。「こんなところで使用人のような真似を。……言っておくけれど、翔吾さんの隣に立てるなんて本気で思わないでちょうだい。この前の電話はただの挨拶代わりよ。身の程を弁えないと、痛い目を見ることになるわ」 その声は低く、周囲には聞こえない。だが剥き出しの敵意に、美月の全身は強張った。(怖い……。でも、ここで怯んだら、あの人の思う壺だわ)「ご忠告、ありがとうございます。ですが、私は自分の仕事に誇りを持っておりますので」 毅然と、しかし丁寧な口調で返せば、麗華は一瞬だけ不快そうに眉を寄せたが、すぐに余裕の笑みを浮かべてその場を去っていった。 美月が買い物を終え、デパートの出口に向かっていた時のこと。前から歩いてきたスーツ姿の男が、わざとらしく彼女に強くぶつかった。「あっ!」 衝撃で、持っていた買い物袋が破れた。買ったばかりの卵や牛乳が、アスファルトの上に無残に散らばる。 転んだ拍子に手を擦りむい
last updateLast Updated : 2025-08-20
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12

 デパートでの一件の翌日から、美月の日常に新しいルールが加わった。ペントハウスから一歩でも外に出る際は、必ず目立たないように女性の警備員が同行するようになったのだ。「翔吾さん、本気で私を守ろうとしてくれてる。ありがたいけど、なんだか申し訳ないな」 常に誰かに見守られている状況は、安全であると同時に、少しだけ息苦しい。何より、自分の存在が彼にこれだけの負担をかけているという事実が、美月の心を重くしていた。 その日の夜。仕事を終えて帰宅した翔吾が、珍しく書斎へ直行せず、リビングにいる美月のもとへやってくる。 その手には、小さなブランド名の入った紙袋があった。彼はどこか気まずそうに視線を逸らしながら、その紙袋を美月に無言で突き出す。「外出時、何かあった時に、すぐに連絡できるようにしておけ」 美月が恐る恐る中を開けると、そこには最新式のスマートフォンと、バッグチャームにもなる洗練されたデザインの防犯ブザーが入っていた。 ロマンチックな贈り物ではない。けれど、彼女の安全を第一に考えた、あまりにも彼らしい、不器用で実直な優しさだった。「こ、こんな高価なもの、いただけません!」「これは経費だ。君の安全は、俺の『契約』の最重要事項だからな」 彼は『契約』を言い訳にするように早口で言うと、そそくさと書斎に引っ込んでしまった。 その夜の夕食は、初めて二人がダイニングテーブルで共に取ることになった。翔吾が、リビングで食べることを自ら提案したのだ。静かだが、以前のような張り詰めた空気はない。 美月は、彼の不器用な贈り物に勇気をもらい、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。「翔吾様」「前にも言ったが」 彼女の言葉を遮るように、翔吾は苦笑しながら顔を上げた。「婚約者なのだから、様付けはやめてくれ。人がいない時でも、慣れておいた方がいい」(そ、そうだった。婚約者、なんだったわ、私たち) 契約のことを思い出し、頬が熱くなる。小さく咳払いをして、言い直した。「翔吾さんは、どうして、そんなに『温かい
last updateLast Updated : 2025-08-21
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13

 ある朝のこと。いつもの時間になっても、翔吾が寝室から出てくる気配はなかった。彼の心身に疲労が溜まっているのは、美月もよく知っている。ゆっくり寝かせた方が良いと思って、しばらく様子を見ていた。 しかし昼近くになっても、物音一つしない。ただならぬ不安を覚えた美月は、意を決して彼の寝室のドアをノックした。中から聞こえてきたのは、弱々しく、苦しげな声だった。 慌てて部屋に入ると、翔吾がベッドの上でぐったりとしていた。その顔は赤く上気し、呼吸も荒い。美しい額には汗で髪が貼り付いている。普段の人を寄せ付けない完璧な城壁が、もろくも崩れ落ちた瞬間だった。「大変……! すごい熱。これはただの風邪じゃないかもしれない。すぐに病院へ連れて行かないと!」 契約も婚約者のふりも、すべてが頭から消し飛ぶ。美月はすぐに行動を開始した。タクシーを呼び、ほとんど意識のない彼を支えながら、都内のプライベートクリニックへと向かった。 待合室で落ち着かない時間を過ごした後、医師から告げられた診断は「極度の疲労とストレスによる高熱」。点滴を受け、少しだけ顔色が戻った翔吾と共に、美月はペントハウスへと戻る。 車中、翔吾は美月の肩に寄りかかったまま、浅い眠りに落ちていた。彼の重みと体温を感じながら、美月は「自分がこの人を支えなければ」という思いを強くした。 ペントハウスに戻り、翔吾をベッドに寝かせると、美月の献身的な看病が始まった。 氷枕を替え、汗で濡れたパジャマを着替えさせ、消化の良いお粥を作っては、少しずつスプーンで口へと運んでやる。その一連の動きは、かつて祖父母を看病した時と同じ。無駄がなく、愛情に満ちたものだった。 翔吾は熱にうなされて、悪夢を見ていた。孤独、プレッシャー、そして幼い頃の記憶。冷たい暗闇の中を一人で彷徨っていると、不意に、ひんやりと心地よいものが額に触れる。誰かの優しい手だ。 その感触に安心をして、悪夢は遠ざかっていった。   夜が更けて、窓の外で雨音がする頃。翔吾はふと意識を取り戻し、薄目を開けた。 熱はずいぶん下が
last updateLast Updated : 2025-08-22
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 数日後、翔吾が珍しく険しい表情で美月に告げた。今週末、鳥羽グループが主催するチャリティーパーティーに出席する必要がある、と。「父や有栖川家への牽制のため、我々が順調な婚約者であることを周囲に見せつける必要がある。これは重要な『業務』だ」 彼はあえて『業務』という言葉を使い、あくまで契約の一部であることを強調した。「パーティー!? 私が、翔吾さんの隣に? 無理、絶対に無理ですよ!」 庶民である自分が、きらびやかな社交界に足を踏み入れる。想像しただけで、血の気が引く思いだった。麗華のような、ああいう場所が似合う女性が立つべき場所に、私が立つなんて。「無理なものか。これから準備するぞ」 翔吾は美月を高級セレクトショップへと連れて行った。店内には、美月が見たこともないような美しいドレスが並んでいる。その雰囲気に圧倒され、彼女が当たり障りのない地味なデザインのドレスを手に取ると、翔吾は無言で首を横に振った。 彼が店員に一言二言囁くと、奥から一着のドレスが運ばれてくる。派手さはないが、ラベンダー色のシルクが上品に輝く、清楚で美しいドレスだった。 美月が恐る恐るそれに着替えて試着室から出ると、スマートフォンを眺めていた翔吾がふと顔を上げる。 そして――彼の時間が、止まった。 翔吾の目の前には、まるで変身を遂げたかのような美しい女性が立っていた。 いつものプロフェッショナルな家政婦としての美月も、翔吾は密かに尊敬している。 看病してくれた時のような、愛情と優しさに満ちた彼女に恋をした。 だが、蝶が羽化するような劇的な変化は彼の胸に突き刺さった。 遠慮がちに伏せられた睫毛がいじらしい。緊張のためか上気した頬は、美月の初々しい魅力を彩っている。ほっそりとした体を包むドレスは、体のラインをほんの少しだけ強調して、意外にスタイルがいいと示していた。 翔吾の驚きに見開かれた瞳が、すぐに我に返ったように逸らされる。よく見れば頬が赤い。 彼のその一瞬の表情を、美月は見逃さなかった。頬が熱くなり、心臓がとくん、と大きく跳ねる。「&hellip
last updateLast Updated : 2025-08-22
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 先日のパーティー以来、ペントハウスの空気は以前よりもずっと穏やかだった。翔吾は美月とダイニングで食事を共にするのが常となり、短いながらも言葉を交わすようになっている。 その平穏は、一通の重厚な封書によって破られた。 翔吾の父、恭一郎から届いた、「鳥羽・有栖川 両家懇親パーティー」への招待状。事実上の、翔吾と麗華の婚約披露パーティーだった。「父が、俺と麗華さんの婚約披露パーティーを来週末に開くと通達してきた。俺の意思を完全に無視する気だ」 翔吾の声は低く、怒りに満ちていた。「婚約披露パーティー……」 美月の心臓が冷たくなる。(これで、私の『仕事』も終わりなのかな。翔吾さんは、結局……) 彼との間に芽生えた温かい繋がりが、すべて消えてしまうような喪失感に襲われた。絶望的な状況に、苦々しい表情で黙り込む翔吾。美月は、彼の追い詰められた横顔を見て、自分の心を決めた。(違う。ここで諦めてどうするの。私は、この人を支えるって決めたじゃない)「……そのパーティーに、私も連れて行っていただけませんか」「何を言う」 翔吾が驚いて美月を見た。「あそこは敵陣そのものだぞ。何を言われるかわかったものじゃない。君をこれ以上、矢面に立たせるわけにはいかないんだ」「いいえ」 美月は、静かだが強い意志を込めて言った。「もう、これはただの『お仕事』ではありません。私も、翔吾さんのパートナーですから。……偽物ですけど」 最後の言葉に、少しだけ寂しさを滲ませて微笑む。その覚悟に、翔吾は心を打たれた。彼はしばらく彼女を見つめた後、力強く頷いた。   パーティー当日。会場であるホテルのホールは、前回以上に重苦しく、格式張った空気に満ちていた。翔吾は、美月をエスコートして堂々と会場に現れる。その登場に、会場全体がどよめいた。 壇上の席
last updateLast Updated : 2025-08-23
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 パーティーから数日。ペントハウスでの生活は、先日の波乱が嘘のように穏やかだった。翔吾は美月とダイニングで食事を共にするのが常となり、仕事の話などを少しずつしてくれるようになった。 ある夜、彼が少し嬉しそうに帰宅した。帰りを待つ美月を見て、初めてはにかむような、自然な笑みを浮かべる。(夢みたい。翔吾さんと、こんなふうに笑い合えるなんて) 彼の笑顔に、美月の心は幸福感で満たされる。(ここが、私の『居場所』なのかな……) この幸せが永遠に続けばいいと、彼女は心から願った。   その翌朝。翔吾を送り出した後、美月がリビングを片付けていると、彼女の新しいスマートフォンがけたたましく通知音を鳴らした。何度も何度も鳴り響く。翔吾が入れてくれたニュースアプリからの通知だった。 何事かと画面を開いた美月は、そこに表示された見出しに凍りつく。『鳥羽グループ御曹司を誑かした「シンデレラ家政婦」の正体! 孤独な男を弄ぶ魔性の手口』 記事には、パーティー会場で密かに撮られた美月の不安げな写真と、麗華の自信に満ちた写真が並べられ、悪意のある対比がなされていた。 震える指で記事を読み進める。美月が金目当てで翔吾に近づいたという、完全な捏造記事が書かれていた。天涯孤独という境遇さえも、「同情を引くための武器」と貶められている。亡き祖父母のことまで侮辱するような内容だった。 (ひどい。こんなの、全部嘘なのに! 私のことだけならまだしも、おじいちゃんやおばあちゃんまで……許せない!) 血の気が引き、吐き気を覚えるほどの衝撃だった。 スキャンダルは、瞬く間に世間に拡散された。テレビの情報番組は面白おかしくこの話題を取り上げ、インターネットのコメント欄は、美月を誹謗中傷する言葉で溢れかえった。『やっぱり金目当てか』『家政婦が身の程知らず』『麗華様が可哀想』 顔も知らない無数の人々からの、容赦のない悪意。 買い物をしようと外に出れば、待ち構え
last updateLast Updated : 2025-08-23
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 スキャンダルが報じられた翌日、ペントハウスは美月にとって重苦しい鳥かごとなった。 翔吾は彼女の身を案じ、安全が確保されるまで外出を固く禁じた。彼は書斎に籠り、ひっきりなしに電話をかけ、弁護士や広報チームと対策を練っている。その背中には、これまで以上の緊迫感が漂っていた。 吉報はなかなか訪れない。それだけ麗華のやり口が巧妙だったのだ。(翔吾さんは、私のために戦ってくれている。なのに、私は何もできずに、ただ守られているだけ。なんて情けないんだろう) 焦りと無力感が、彼女の心を苛む。家政婦として人の役に立つことが、美月のプライドだった。しかし、今の自分は翔吾の重荷になっているだけではないか。彼女のアイデンティティそのものが、揺らぎ始めていた。 そんな中、美月のスマートフォンに、派遣事務所の所長から着信が入る。胸騒ぎを覚えながら通話ボタンを押した。「美月さん、本当にごめんなさい」 所長は心から申し訳なさそうに切り出した。「会社の上層部が、今回のスキャンダルを問題視していて。鳥羽様からのお話で最初のクレームは不問になったけれど、会社のイメージを守るためだって。本当に心苦しいのだけれど、今月末で、契約を終了させてほしい、と……」「……そう、ですよね」 覚悟はしていた。電話を切った後、美月は糸が切れたようにその場に座り込む。彼女が誇りを持って築き上げてきた「派遣家政婦・田中美月」という確かな居場所。それが、音を立てて崩れ去った瞬間だった。 しばらく呆然としていた美月だったが、やがて静かに立ち上がる。その瞳には悲しみよりも、ある種の悲壮な決意が宿っていた。彼女は翔吾の書斎のドアをノックし、中へと入った。「翔吾さん。派遣の契約、今月で終わりになりました」 美月は、震えそうになる声を必死に抑えて告げた。できるだけ平静に、何でもないことのように。翔吾にこれ以上の負担をかけないように。「もう、私がここにいる理由はありません。この……婚約の契約も、終わりにしてください。これ以上、あなたにご
last updateLast Updated : 2025-08-24
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 昨夜の翔吾の言葉を胸に、美月は新しい決意と共に目を覚ました。彼の「居場所になる」という約束が、彼女に確かな安心感と力を与えてくれている。 リビングに出ると、翔吾はすでに活動を始めていた。しかし、いつもと様子が違う。会社のスーツではなく、動きやすいが上質な私服姿で、書斎のドアを開け放ち、複数のモニターを前に誰かと激しく電話で議論している。 ペントハウスの空気は、もはや静かな住居のものではなかった。反撃の策を練る、司令部の緊迫感に満ちている。(翔吾さん……。本気で、戦ってくれてるんだ) 電話口の相手に、冷徹かつ的確に指示を飛ばすその姿は、美月が今まで見たことのないもの。冷徹な副社長でも、弱さを見せた男でもない、獲物を狩る獰猛な戦士の顔だった。(私にできることは、この家を守ること。彼が安心して戦えるように、温かい食事と居場所を用意することだわ) 彼女は静かにキッチンへ向かう。心を込めて、滋養のある朝食の準備を始めた。 電話を終えた翔吾が、ダイニングテーブルにつく。美月が用意した朝食を前に、隠すことなく現状を説明し始めた。美月を対等なパートナーとして扱ったのだ。「メディアを動かしているのは、やはり有栖川家だ。麗華さんの父、芳正氏が財務省OBとしてメディアに強いコネクションを持っている。今回の記事は、彼らが意図的に流したデマに間違いない」 彼は続けた。「鳥羽グループの株価も、このスキャンダルで揺さぶりをかけられている。父も、俺に麗華さんとの結婚を再び迫ってきている。……だが、心配するな。すべて計算の内だ」 事の大きさに、美月は改めて恐怖を感じる。これはもう、単なる個人への嫌がらせではない。鳥羽グループの経営を揺るがす、巨大な権力同士の争いなのだ。しかし翔吾の自信に満ちた言葉に、美月は不思議と心が落ち着いていくのを感じた。「麗華さんが仕掛けたのは、イメージ戦略だ。ならば、こちらもイメージで対抗する」 翔吾は、反撃の計画を美月に打ち明ける。「美月、君の力を貸してほしい」「私に、何ができます
last updateLast Updated : 2025-08-24
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 インタビュー当日。  ペントハウスのリビングは、美月の手によって、モデルルームのような冷たさではなく、温かみのある「家」の空気をまとっていた。さりげなく飾られた花、ローテーブルに置かれた数冊の本、そしてキッチンから漂う焼き菓子の甘い香り。 約束の時間に訪れたのは、翔吾が信頼しているという、女性ジャーナリスト・佐藤と、カメラマンの二名。佐藤は聡明そうな雰囲気の人だった。(どうしよう……。カメラがこっちを向いてる。うまく、話せるかな) 美月の心臓は、緊張のあまり今にも張り裂けそうなくらいに鳴っていた。緊張で固まる美月を見て、隣に座る翔吾が、テーブルの下で彼女の手をそっと握る。その確かな温もりに、美月は少しだけ息をつくことができた。(大丈夫。翔吾さんがいる。私は、本当のことを話すだけ) インタビューは、ジャーナリストの佐藤が、スキャンダル記事の真偽を問うところから始まった。「この記事は、事実無根です。私と美月さんの関係は、金銭で始まったものではありません」 翔吾は冷静に、しかし強い意志を込めて言った。そして、初めて出会った日から今に至るまでの自分の心の変化を、偽りなく語り始める。「彼女は、私が今まで出会った誰よりも、心が温かく誠実な人です。彼女の存在が殺風景だった私の日常を、人間らしいものに変えてくれました」(翔吾さん……。そんなふうに、思ってくれていたんだ) 彼のまっすぐな言葉が、一つ一つ、美月の心に染み込んでいく。嬉しさと愛しさで、涙が滲みそうになるのを必死で堪えた。 佐藤は、次に美月へと視線を移す。「田中さんは、今回の報道について、どのようにお感じになりましたか?」 もう恐怖はなかった。翔吾が隣にいる。彼の真実を守りたい、その一心だけでいいのだ。「私は、ただの家政婦です。シンデレラだなんて、そんな大それたものではありません」 美月は語り始めた。「翔吾さんには、お仕事を通して出会いました。最初は、とても冷たくて、怖い方だと思っていましたが……」 彼女は、翔吾の孤独と疲労に気づき、温か
last updateLast Updated : 2025-08-25
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 インタビュー記事が公開された日の朝。  麗華は、自室である高級マンションの一室で、タブレットの画面を睨みつけていた。そこには翔吾と美月のインタビュー記事と、それに続く好意的なコメントの嵐が映し出されている。『本物の愛』『家柄とか学歴なんて関係ない』『あの家政婦さんを応援したい』 麗華は、怒りのあまりわなわなと震える。手に持っていたティーカップを壁に叩きつけた。ガシャン、という甲高い音と共に、高級ブランドの磁器が粉々に砕け散る。(ありえない……! あんな親なしの家政婦風情の女に、この私が負けたというの!? 世間は揃いも揃って、見る目のない愚か者ばかりね!) プライドをズタズタに引き裂かれ、彼女の心はどす黒い憎悪で満たされる。(翔吾は私のものだった。鳥羽グループの頂点に立つのは、この有栖川麗華だったはず! あんな女に、奪われてたまるものですか!) その時、スマートフォンが鳴った。父の芳正からだった。「麗華! 何てことをしてくれたんだ! お前の軽率な行動のせいで、世論が完全に鳥羽側についたじゃないか。これでは我々の立場が危うくなる。しばらく大人しくしていろ!」「お父様は黙っていてください! これは私の問題です!」 彼女は、父の言葉も聞かずに一方的に通話を切った。父からの叱責が、彼女の焦燥に火を注ぐ。(もう、正攻法では駄目。あの女がいる限り、翔吾は私の元へは戻ってこない。……ならば、あの女を『消す』しかないじゃない) 彼女の思考は、もはや常軌を逸し始めていた。 麗華はドレッサーの奥に隠していた、プリベイトのスマートフォンを取り出した。その画面には、登録名のない番号が一つだけ。ほんの一瞬だけためらった後、決然とした表情で、その番号に電話をかけた。「私よ。仕事をお願いしたいの」 電話の向こうの男は、暴力団関係者。犯罪絡みの仕事を引き受ける、有栖川家の裏の顔だ。  麗華は氷にように冷たい声で続けた。「ええ、厄介払いを。後始末は綺麗にお願いするわ。報酬は弾むから、抜かりなくやってちょうだい」 電話を
last updateLast Updated : 2025-08-25
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