所長からの電話を切った後、美月はしばらくその場に立ち尽くしていた。受話器を握る手に、じっとりと汗が滲んでいる。「やっぱり麗華さんだわ。他に思い当たることがないもの。なんて卑劣なことを」 予想していたとはいえ、直接的な悪意に背筋が凍る。しかし、同時にふつふつと怒りが湧き上がってきた。(でも、こんなことで私が辞めると思ったら大間違いよ。これはもう、ただの『人助け』じゃない。私自身の戦いでもあるんだから) 彼女の心に、恐怖と共に確かな闘志が灯る。美月はこの一件を、ひとまず自分の胸に収めておくことに決めた。これ以上、翔吾の悩みを増やしたくはなかった。 その数日後、美月は食材の買い出しのために、高級デパートの地下食品売り場を訪れていた。活気のある売り場で新鮮な野菜を吟味していると、ふいに背後から声をかけられる。「あら、奇遇ね」 振り返ると、そこには上質なビジネススーツに身を包んだ麗華が、作り物めいた笑みを浮かべて立っていた。彼女の華やかなオーラに、周囲の客たちがちらちらと視線を向けている。「こんなところで使用人のような真似を。……言っておくけれど、翔吾さんの隣に立てるなんて本気で思わないでちょうだい。この前の電話はただの挨拶代わりよ。身の程を弁えないと、痛い目を見ることになるわ」 その声は低く、周囲には聞こえない。だが剥き出しの敵意に、美月の全身は強張った。(怖い……。でも、ここで怯んだら、あの人の思う壺だわ)「ご忠告、ありがとうございます。ですが、私は自分の仕事に誇りを持っておりますので」 毅然と、しかし丁寧な口調で返せば、麗華は一瞬だけ不快そうに眉を寄せたが、すぐに余裕の笑みを浮かべてその場を去っていった。 美月が買い物を終え、デパートの出口に向かっていた時のこと。前から歩いてきたスーツ姿の男が、わざとらしく彼女に強くぶつかった。「あっ!」 衝撃で、持っていた買い物袋が破れた。買ったばかりの卵や牛乳が、アスファルトの上に無残に散らばる。 転んだ拍子に手を擦りむい
Last Updated : 2025-08-20 Read more