原川徹(はらかわ とおる)からの電話を受けたあと、私、吉戸美愛(よしと みあい)は心を焦がすようにして彼のレース会場がある山頂へと急いだ。冬の山道は凍りつき、滑りやすく、到着が10分以上も遅れてしまった。ようやくキャンプ地の近くに辿り着いたとき、彼の友人たちの声が耳に飛び込んでくる。「美愛はどうなってんだよ。まさか遅刻するなんて。今の賭け金は、俺にとっちゃ一か月の生活費なんだぞ」「徹さん、まさか美愛、お前が彼女を賭けに使ったのを知ってて、わざと遅れて来たんじゃないだろうな?」ちょうど駆け寄ろうとしていた私は、その言葉に足を止めた。賭け?いったい、どんな賭け?徹はレーシングカーのボンネットに腰掛け、無関心な笑みを浮かべて言った。「だからどうした?たとえ俺が彼女を賭けの道具にしたと知ったところで、どうせ尻尾を振って駆けつけてくるさ」仲間のひとりが眉をひそめて問った。「本当にそんな馬鹿がいるのか?他人の一言のために、冬の零下の寒さを三時間も歩いて山を登るなんて」すぐ横の男が彼の肩を叩きながら笑った。「いやいや、そう言うなって。美愛は本当に馬鹿なんだよ。子どもの頃、交通事故で頭をやっちまってさ」「は?じゃあ徹さんは、そんな馬鹿に何年も追いかけられて、気持ち悪くならないのか?」徹はタバコに火をつけ、煙を吐きながら逆に問い返した。「お前ならどうだ?馬鹿に追いすがられて、気持ち悪くないか?」「うわぁ……考えただけで鳥肌立つわ」大袈裟な仕草に、仲間たちは一斉に笑い声を上げた。私は必死にスマートフォンを握りしめた。そこには、三時間前に徹から送られてきたメッセージが表示されている。【怪我をした。秋明山(しゅうめいざん)の頂上。三時間以内に来い】その一言のために、私は病院のベッドから生理痛を我慢して這い出し、三時間かけて山道を歩き続けてきたのだ。だが、耳にしたのは、彼の心の底からの本音だった。募っていた心配は、瞬時に霧散した。下腹部を締めつける痛みも、胸を抉る痛みに比べれば取るに足らない。そのとき、誰かが私に気づいた。徹は眉を上げ、慌てる様子もなく私を見据え、ゆっくりと歩み寄ってきた。最初に口にしたのは、冷酷なひと言。「美愛、遅かったな」両手をポケットに突っ込んだまま、私の苦し
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