【白鳥さん、もう一度確認させてください。本当に治療を放棄すると決めたんですね?】白鳥心羽(しらとり みう)は一瞬言葉を詰まらせ、スマホの画面を素早くタップした。【ええ、もう治療はしないわ】顔を上げると、涙で視界がぼやけていたが、それでも夫の白鳥響矢(しらとり きょうや)が、今まさに満足げに地面に跪き、篠崎和奏(しのざき わかな)の足に両手を添えているのがぼんやりと見えた。彼の首には黒い首輪が付けられており、リードのもう一端を和奏がそっと握っている。リビングには騒がしいジャズが大音量で流れていたため、響矢は心羽がドアを開けた音に気づいていない。響矢の目には明らかな陰りが見えるが、それでも彼の魂から発せられる敬虔さを隠すことはできていない。彼は和奏の足の甲にそっとキスを落とした。心羽は彼の呟きを読み取った。「俺のミューズ」と。スマホが床に叩きつけられる音が、音楽にかき消された。点灯した画面には、まだ医者とのチャット画面が表示されている。【白鳥さん、余命3ヶ月とはいえ、生きる希望を捨ててはいけません!】今日の午後、彼女は突然の腹痛で病院に行った。まさか自分が膵臓がんで、しかも末期だとは思いもしなかった。心羽はぼうぜんとしながら帰路につき、このことをどう響矢に話すべきか、まだ考えあぐねていた。彼女は響矢が事実を知ったら、自分以上に打ちのめされるのではないかと恐れた。誰もが知っている。響矢がどれほど彼女を愛しているかを。10年前の一目惚れから、2年間の苦しい片思い、そしてあの事故。響矢は迷うことなく心羽を突き飛ばし、その結果、角膜を損傷した。美術の才能を持つ彼にとって最も大切なものを失ったのだ。しかし響矢は、失明した後も一言も不満を漏らさず、当時の心羽を見たときの彼は、まだ目に包帯が巻かれていたが、顔には穏やかな笑みを浮かべていた。「君が無事でよかった」と。だから心羽には、そんな響矢が、彼女を裏切るようなことをするとは想像もできなかった。ましてや、彼女にとっていつも穏やかで上品、原則を重んじ、初めて手を繋いだときでさえ耳まで真っ赤にしていたあの響矢が、このような……卑しい行為をするとは。もともと心羽は治療に協力するつもりだった。それはごくわずかな奇跡に賭けていたからであり、自分が死んだ
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