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第7話

Author: 梨亜子
その一方で。

響矢は目を細め、和奏を見つめる瞳は、ひたすら陶酔の色に染まっていた。

「本当に綺麗だ」

「やっと君の顔を、自分の目で見ることができた、和奏」

抜糸を担当した看護師は、その言葉を聞いて笑顔で言った。

「奥様は、この間ずっとあなたの看病のために、病院に泊まり込みそうな勢いでしたよ。本当に羨ましいご夫婦ですね!」

和奏は当然のようにその言葉を受け入れた。

だが響矢は、なぜか胸の中に言いようのない違和感を覚えていた。

手術をしてから今日まで、名ばかりの妻である心羽は、一度も病院に顔を見せなかった。

そんなに彼を疎ましく思っているのだろうか?顔を見るのも嫌なくらい、冷酷なのだろうか?

響矢は苛立ちから、薬指にはめていた指輪を勢いよく外した。だが指輪をゴミ箱に捨てようとした瞬間、その手は突然止まった。

和奏は響矢の心の葛藤を見抜いたように、わざと苦しそうな表情を浮かべた。

「響矢、私は時にああいう役を演じることがあっても、それはあなたの治療のためだったって分かってるわよね?決してあなたに何かを強要するつもりはないの。もう病気も治ったし、目も見えるようになった。私もそろそろお暇する時ね」

そう言うと、彼女はバッグを手に取り、今にも出て行ってしまいそうな素振りを見せた。

響矢は慌てて彼女の腕を掴み、きっぱりと言った。

「違う!和奏、俺には君しかいないんだ!心羽は俺に何の真心もない。そんな相手に、どうして俺が未練を残す必要がある?安心して、今すぐ家に帰って、彼女と離婚する!」

響矢は急いで退院の手続きを済ませた。だが、家のドアを開ける寸前、彼は突然動きを止めた。

だが、この間の心羽の冷たい態度と、和奏の献身的な看病を思い出すと、彼は深呼吸をし、意を決して家のドアを開けた。

響矢が自分の目で、心羽との家を見るのは初めてだった。何年も住んだ家なのに、彼にとってはどこかよそよそしく感じられた。

だが心羽は家にいなかった。テーブルの上には薄く埃が積もっており、まるで長い間誰も住んでいないかのようだった。

電話をかけてみても、電源が入っていないというメッセージが流れるだけだった。

響矢は理由も分からず、急に不安になった。彼は必死に胸の内の苛立ちを抑えつけ、冷静になるよう自分に言い聞かせた。

コップを手に取った時、彼は何かに気が付いた。響
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