All Chapters of 本当はあなたを愛してました: Chapter 31 - Chapter 40

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治療 ①

治安隊が到着すると、ルーカスは馬車へと運ばれた。 私も後に続いて乗り込む。 馬車は治安隊所有のもので、御者も騎士服を身に纏っていた。 車体には特別な印があり、怪我人などを護送していると一目でわかる。 緊急を要すると察して、周囲が避けてくれる。 どのくらいの道のりかは分からないけれど、渋滞に巻き込まれることなく進めそうで安心した。 車内に一緒に乗り込んで来たのは、中年の精悍な顔立ちの男性だった。 鍛えられた体格の男性なので、威圧感がある。やましいことがあるわけではないけれど、一緒の空間にいるだけで萎縮してしまう。事件性の可能性があると言われていたこともあり、疑われているのではないかと勘繰ってしまう。 そんな気持ちを悟られないように、ぎこちなく挨拶を交わす。 「宜しくお願いします。」 「あぁ」 元々寡黙な方なのか、もしくは私が疑われているからなのか、それ以上言葉を交わすことはなかった。その時は。 御者の掛け声と共に馬車は動き出した。徐々にスピードを上げていく。 診療所の先生は、私を信じて話してくれた。 その信用に応えたい。きっとルーカスは元気になる。そしたら、その時はルーカスと一緒にお礼を伝えに行きたい。 エミリオにも相談しないと。 手に力が入り、診療所の紹介状に皺ができる。 いけない、大事なものなのに。 丁寧に皺を伸ばすと、斜め掛けした小さな鞄の中に入れた。 あら? 何だろう 鞄の中には、被っていたスカーフと財布とハンカチしか入れてなかったはず。 スカーフを入れた時には気づかなかった。鞄の底に、折り畳まれた紙が入っていた。 おもむろに広げると、三人の絵が描かれていた。 かろうじて、人間と分かるイラストだった。三人ともにっこりと笑っている。身体は棒人間みたいだった。 「ふふ」 カオリが描いたのね。絵を描くのが苦手な所は、私に似たのね。 この小さな子はカオリね。中央にカオリ、左右にエミリオと私。 いつの間にこんな絵を描いたの? こっそりと鞄に入れるなんて。 帰ったらカオリに聞かないと。 ふふふ。今頃何しているかしら。 そうだったわ、何も告げずに出て来たのだった。 カオリが、私を探しているかもしれない。 でも、エミリオは……? エミリオは私がいなくなって、どう思っているだろう。 それに、なんと説明したらい
last updateLast Updated : 2025-08-22
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治療②

大きな邸宅の前に馬車は停車した。 ここが王都の治療院だそうだ。 まるで貴族の邸のようだった。 馬車から降り立つと、早々に紹介状を手渡した。 治安隊の騎士様達と共に、すぐに待合室へと通される。 ルーカスは、精密検査の為に別室へと連れていかれた。 馬車を運転していた騎士が付き添う。 検査が終わるまで、待合室で待機することになった。 先程、心の内を曝け出しこともあり、騎士様との心の距離が、少し縮まった気がする。 検査には時間がかかるそうなので、今のうちにエミリオに連絡することにした。 一言断りを入れて、通信機のある所へと移動する。騎士様は、少し離れた位置で待機している。 小さな声で話せば、聞かれる心配はないだろう。 エミリオは出てくれるだろうか。 変な噂が広まってからというもの、いたづら通信がかかってくることもあった。 通信機を切っている日もある。今日は切っていなかったはず。 出てくれたとしても、私と会話してくれるだろうか。 震える手で、通信機に自宅の番号を入力した。 数回の呼び出し音が鳴ったあと、そろそろ切ろうかと悩んでいると、声が聞こえた。 「はい、どちらさまですか?」 「……エミリオ? 私。お願い切らないで!大切な話があるの」 「リナ……、帰って来てから直接話せばいいだろ」 「ちょっと遠くまで来ているから。今日、遅くなると思う。だから、カオリに━━」 「ご家族の方いらっしゃいますか?ルーカスさんのご家族の方は?」 スタッフの呼び声が聞こえて、慌てて返事をする。検査には時間がかかるのではなかったの?予想より早い呼び出しに胸騒ぎがする。 「ごめんなさい、エミリオ、遅くなると思う。だから、食事の準備できなくてごめんなさい。カオリとどこかで食べてきてもらえる?」 「リナ、今、どこにいるの? 今の声……ひょっとして、ルーカスさんと一緒なの? まさかとは思うけど、違うよね?」 「今……診療所にいるの。ルーカスが……倒れてしまって、それで診療所に」 「ルーカスさんが? それは、心配だね……。でもなんでリナが一緒にいるの? そもそも、倒れたことをどうして知っているの? 今日二人で会っていたの? それに、家族の方と聞こえたけど? いつからリナは、ルーカスさんと家族になったの? 俺はリナの何なの? 」 「違う!違うのエミ
last updateLast Updated : 2025-08-22
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選択

「街に帰り着くのは夜中になるだろう。 医師が三日が限界だと言っていた。 彼を助けたいのならば、3日以内には戻って来なければならない。 明後日の早朝、自宅を訪ねる。 どういう決断をするか分からないが、その時教えてくれ。 もし、決意が変わらないのであれば、治療院まで送ろう。」 明後日。実質の猶予は一日。 明日、丸一日、エミリオと向き合わなければ。軽蔑されるかもしれない。それでも、ルーカスの命を救いたい。私の決意は変わらない。 治安隊の馬車で送ってもらえるのならば、安心だ。でも、そこまで甘えていいのだろうか。 「騎士様、お言葉に甘えていいのでしょうか? 治安隊の馬車で送迎していただくなんて、申し訳なくて」 「我々の仕事は市民を守ることだ。今回の件も職務の一環だ。だが、彼の容体が安定したら、色々と聞きたいことがある。その時は協力してくれ」 聞きたいこと? 毒のことかしら。 いったい誰がこんな酷いことをしたのだろう。あの人のことが頭をよぎる。 憶測で話すべきではない。分かっている。分かっているけど。 「サ……」 サラお嬢様のことを調べて欲しいと言いかけて、思いとどまる。 騎士様達が調べてくれるはず。 「何か思い当たることでもあるのか?」 「いっ、いいえ。なんでもありません。あ、あの、旦那様、ルーカスのお父様がどちらにいらっしゃるか調べてもらえないでしょうか?」 「あぁ、そのことなら心配いらない」 ゴーデル商会はそれなりに名の知れた大きな商会。騎士団の伝手で旦那様の隠居先はすぐに調べがつくそうだ。 既に別の隊員が、同意書の手配に向かったそうだ。 それを聞いて安心した。 あまりにも色々なことがあった一日だったので、馬車に揺られながらうつらうつらとまどろんでいた。 意識を取り戻した時は、既に自宅付近に到着していた。 「では、明後日に」 「騎士様、ありがとうございました! あの、お名前を伺ってもいいでしょうか? 改めまして、私はリナと申します。」 「リナさん、私はカインだ。で、馬車を運転しているのがエリックだ。」 カイン様が御者を指差しながら説明をする。 二人の騎士様に深々と頭を下げて、馬車が見えなくなるまで見送った。 深呼吸をして、音をたてないように扉を開けた。 静寂に包まれた室内。 二人共既に寝ているのだろう
last updateLast Updated : 2025-08-22
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決断

✳︎✳︎✳︎ 「別れがつらくなるから、こっそりと出てきたんです。昨日、十分に話し合いましたから、心残りはありません」 騎士団の馬車が、約束通り早朝に迎えに来てくれた。家の前に一人佇んでいた私は、早々に馬車へと乗り込む。 向かいに座るカイン様が、何か言いたげな眼差しを向けていた。おそらく、見送りが誰もいないことを不思議に思っているのだろう。 深く追求されることを避ける為に、何か聞かれる前に答えた。 悩んだ末に出した結論。 けれど、カイン様に話す決心がつかなかった。親身になってくれたからこそ、怖かった。 自分の決断が間違っていると言われるのではないかと思って……。 衣類を詰め込んだ大きな鞄を足元に置いて、窓からの景色を眺めるように顔を斜めに向ける。 本当は心残りがある。 カオリには、伝えることができなかった。もう二度と会えないのに。 こんな状況……。 幼いあなたには酷でしょう。到底受け入れられないよね。 許せないよね。 こんな駄目な私だけど、許してほしい。 カオリには特別な環境でなくてもいい、ただ普通の環境で育てたかった。 普通… それがいかに難しいことなのか、痛感した。全ては自分の招いたことだけど。 普通こそが、皆が努力を重ねて守っている、特別なのものなのかもしれない。 エミリオは、優しい。けれど、その優しさに甘えすぎていた。 悲劇のヒロインぶって、あなたをずっとずっと傷つけていた。謝ってすむようなことじゃない。 エミリオはカオリへも愛情を注いでくれている。 カオリも父親のエミリオを慕っている。 治療を終えたら、カオリを連れて、エミリオの元を去るつもりだった。 二人を無理やり引き離すことになる。 エミリオは最後まで納得しなかった。 カオリと離れるなんて考えられないのに……。 許してはくれなかった。 治療を終えたら、カオリには私が死んだと伝えると言われている。 エミリオは待っていると言ってくれた。それなのに、自分が許せなくて離れようと決めたのは私。 立ち去るのならば、カオリを巻き込まないでと。 理解できる訳がないからと。 エミリオの言う通りだと思う。カオリのことを思うならば……。 きっと、あの時のルーカスは、こんな気持ちで私を突き放したのね。 全てを手に入れることはできないから。 エミリオは、カオリ
last updateLast Updated : 2025-08-22
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第二部 最終話

「ルーカス!」 ベッドに横たわるルーカスに駆け寄り、手を握る。ルーカスの髪を優しく撫でる。 「ルーカス!うっ…何も…知らなくて…っごめん。ごめんね!ルーカス」 堪えようと思っても、後から後から涙が溢れてきて、何度も言葉に詰まる。それでも、横たわるルーカスに必死に話しかける。 「ルーカス……ずっと苦しかったよね。 すぐに、気づいてあげられなくてごめんね。 こんな状態になるまで、どうして、何も言ってくれなかったの? 言ってくれてたら……、もっと早くに言ってくれていたら……。 大丈夫、今度は、私があなたを助けるから!」 ピクッと、ルーカスの指が反応した気がした。 「ルーカス?ルーカス!わかる?私よ」 ルーカスの瞼が、わずかに持ち上がった。 手を握りしめたまま、ルーカスの顔を覗き込む。 ルーカスの藍色の瞳が私を捉える。その瞬間、ふっと表情がやわらいだ。 「…リ…ナ」 「ルーカス!ルーカス!」 半ば叫ぶように彼の名前を連呼し続けた。 ルーカスの口元がほんのりと動く。 彼の口元に耳を近づけた。 消え入りそうな声が、かすかに聞こえてくる。 「…リ…ナ…あ…い…し…て…る」 その言葉を聞いて、ズキン!っと心臓が跳ね上がる。 心を鷲掴みにされたようだった。 「ルーカス!ごめん……ごめん…… 私……私……」 はっきりとした続きの言葉を、言い出せなかった。 「ルーカスさん、ルーカスさん、聞こえますか? ルーカスさんにそのまま話しかけてください!」 ベッドの周囲では、医師達が機敏に動き回っている。 患者を元気づけて、励ます言葉を続けてほしいとお願いされる。 部屋の隅には、カイン様が心配そうに見守ってくれている。パチリと視線が合うと、「大丈夫だ」と頷き返してくれる。 今は、ルーカスを傷つける言葉を言うべきではない。きっと、エミリオは予想していた。だからあんなことを言ったのね。私がルーカスを見捨てることができないと。 意を決して、ルーカスへと語りかける。 「ルーカス……私も……あいしてる」 痛い…… 口に出した途端、胃が締め付けられるように苦しかった。 私は、ルーカスと同じ気持ちではない。はっきりと分かった瞬間だった。 本心とは違う言葉を口に出したことで、ボロボロと洪水のように涙が溢れてくる。あぁ……そうなんだ……やっと
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第三部 サラ視点(リナが商会を辞めた直後)

〜リナが商会を辞めた後からのお話です〜「今日の紅茶は、なんだか苦いわね…」これ以上飲む気分ではなくなったので、カップをソーサーへと戻す。先程までそこに座っていたリナの顔が脳裏をよぎった。なんともいえない感情が、心に漂う。リナの表情は悲壮感?いえ、違うわね。あれは軽蔑の眼差しかしら。最後は、私を正面から見ようともしなかったわね……。全く手がつけられていない紅茶に、視線が引き寄せられる。その綺麗な紅い色が、ある人を思い出させる。慕っていた紅い髪の持ち主を。リナの出て行った扉を、穴が空くのではないかというほどに、ただただ見つめていた。本当にこれで良かったの……?ううん、それは愚問ね。まぁ、なるようになるわねきっと。今日も仕事に取りかからないと。片付けのためにカップを持ち上げようとしたのと、誰かが扉をノックしたのが同時だった。いつもならそつなくこなせるのに、今日に限っては、ノックの音に驚いて手を滑らせてしまった。「あっ」カップが倒れて、紅茶がテーブルの上を流れていく。勢いよく流れていた紅茶が、テーブルの淵で失速する。ギリギリの淵で止まってくれたら、これからも上手くやっていける。と、何の根拠もないげんかつぎみたいなことを考えて、成り行きを見守っていた。きっと大丈夫。紅茶は、テーブルの淵に止まっていたように見えたけれど、1滴、2滴、3滴と床下へと落下していく。その都度カーペットに跡をつけていく。まるで、これからの自分の未来へ翳りがさすように感じられた。「なんだ、中にいたのか、サラ?」「ルーカス? あぁ、ごめんなさい、ちょっとぼんやりしていて……」「君でもぼんやりすることがあるんだね」ルーカスは布巾を取ってくると、淡々とテーブルを拭いていた。「リナが、商会を辞めたわ」ピクッと動きを止めたのは一瞬で、すぐに何も聞こえていなかったように再開する。そんなルーカスの態度に、無性に腹が立った。その腹立たしさは、ルーカスに対してなのか、はたまた、去って行ったリナに対してなのか、自分に対してなのか、分からない。どうしようもない感情が込み上げてくる。「聞いてるの? 今なら、まだ間に合うわ。」「間に合う?はっ、君の口からそんな言葉がでるとはね」「あら、ルーカスにしては、めずらしく突っかかってくるのね?私の口からって、それどういう意
last updateLast Updated : 2025-08-22
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ダーニャ

結局目が冴えてしまて、昨日はよく眠れなかった。 朝一に手紙を出すように託していたので、朝食後早々に馬車へと乗り込む。 昨夜のうちに、ルーカスへの書き置きは残しておいた。 「お嬢さま、顔色が優れません。診察を受けた方が良かったのではありませんか?」 「いいえ、大丈夫よ。ちょっと、眠れなかっただけだから。それよりもマリ、本当に一緒に行くつもりなの?長旅になるわよ」 「お嬢様、私は、お嬢様の専属侍女です。どこまででもお供致します。」 「ふふふ、頼もしいわね。でも、もうすぐ私は、あなたのお嬢様ではなくなるわ。」 「そんな寂しいことをおっしゃらないでください。もうすぐお嬢様のお傍を離れなければいけないことは、分かっています。 この結婚が、お嬢様にとって最善だということも。だけど…」 マリは、ブランケットを私の膝に優しく掛けながら、納得がいかないとつぶやいていた。 「お嬢様、ルーカス様とお話しにならなくてよかったのですか?」 「えぇ、ロバート(ルーカス父)には伝えてあるから。」 お義父さまと呼ぶべきだったかしら。 「ルーカス様は、確かに、素敵な方ですけれども……うちのサラお嬢様の方が断然素敵ですし。そもそも、お嬢様とご結婚出来るなんて幸せ者です。皆に羨ましがられて当然です。 それなのに、ルーカス様のあの態度は如何なものでしょうか。お嬢様に対して、素っ気なさすぎます。」 「ふふ、マリ、そこまでにしておきなさい。 あなたには教えたでしょう?ルーカスにはね、想い人がいるのだから。」 「だとしてもです。きっとその方なんかより、サラお嬢様の方が素敵に違いありません!」 マリの言葉が心地よくて、ついウトウトと瞼が重くなる。 ダーニャお姉さまの暮らしていた国までは、馬車で1週間かかる。急を要することもあり、父に相談すると馬車と護衛も手配してくれた。途中休息しながらと考えると、滞在して、帰り着くのは約1ヶ月くらいかしら。 私の方が素敵ねぇ、 本当にそうかしら? リナ、あなたはどうして出ていったの? ✳︎✳︎✳︎ 「サラ!サラ!こんな所にいたのね。探したわ、ねぇこっちに来て。紹介したい人がいるの」 「エミリアお姉さま、待って」 「あぁ、もう可愛いんだから!サラはまるで天使のようね。手を繋いでいきましょう」 優しい笑顔。一番上のエミリアお姉さ
last updateLast Updated : 2025-08-22
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異国

✳︎✳︎✳︎ 遠い異国の地、ドリス国に到着したのはもうすぐ正午になろうかという頃だった。 宿の手配を済ませると、2人の護衛とマリと共にダーニャお姉さまの邸へと向かった。 他の者達には自由時間を与えてある。 黒い喪服に着替えると、改めて哀しみが襲ってくる。 「お嬢様、場所を確認してきました。ここから遠くありません。こちらです」 宿の者に道を尋ねてきたマリの案内で、私達はダーニャお姉さまの邸宅へと向かう。 「マリ、花を購入してから行きましょう」 「お嬢様、追悼式には間に合いますでしょうか?」 「いいえ 考えてもみて、もう1週間もたつのだもの。とっくに終わっているわ。お姉さまの最後のお姿は見れなくても、墓前にせめてお花をお供えしたいわ」 「そうですよね…遠い道のりでしたね あ、お嬢様こちらではないでしょうか 呼び鈴を鳴らしてきます」 レンガ造りの建物が並んでいた街中とは違い、この辺りは異国の雰囲気を感じられなかった。 門の造りなど自国と変わらない。 この辺りは、ドリス国出身以外の者達が住んでいるのかもしれない。 そんなことを考えながら周囲を見回していると、にぎやかな声が聞こえてきた。 「呼び鈴の返事がありません」 「あちらから声がするわ。ちょっと行ってみましょう」 「あ、お嬢様お待ちください」 声のする方に進んで行くと、泣いている赤ちゃんを囲んで人だかりができていた。 「ふぎゃぁー、ふぎゃぁ」 「おー、よしよし、いい子だ、よーしよーし」 「あ、旦那様、そんなに揺らしては危のうございます」 「そ、そうか、どうすればいい?」 「あ、あの、失礼致します」 振り向いたのは若い男性だった。 自分と同じくらいの年代だろうか。 その男性は、背中まで流れるようなまっすぐなシルバーの髪を一つに束ねていた。中世的な顔立ちで不覚にも綺麗だと思った。 赤ちゃんを抱いている姿も可愛らしくて、マリに声をかけられるまで思わず見惚れていたほどに。 「あ、呼び鈴を鳴らしたのですが…」 慌てて意識を戻して説明を始める 「気づかずに申し訳ございません」 執事と思しき人物が赤ちゃんを男性から預ると、何やら言葉を交わした後に赤ちゃんを連れて去って行った 「あなた方は?」 服装の乱れを整えた男性に向かい、深呼吸をしてから挨拶をする。 「申
last updateLast Updated : 2025-08-22
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デボラ

「失礼致します。只今よりサラお嬢様付きとなりましたデボラと申します。何なりとお申し付けください」 初めてデボラに会った時は、少し怖い印象を受けた。 綺麗に切り揃えられたショートボブの髪 、細長の目、微笑むでもなく淡々と要件を述べる言動。 その全てがどこか寒気を感じさせた。 明るく気さくに接してくれるマリとまさに対照的で、本能的に苦手だと思った。 まさかこんなにも長い付き合いになるとは、この時は思いもよらなかった。 「短い間だけどよろしくね。マリがいるから特にお願いすることはないと思うわ」 「サラお嬢様の専属侍女のマリです。邸にいる間宜しくお願いします」 心なしか語気を強めるマリ。 チラっとマリを見るものの、デボラは無反応だった。 マリと友好関係を築くつもりはないとみえる。 もしくは、私の存在が気に食わないのか。 さっそくデボラの案内のもと、ダーニャお姉さまの部屋へと向かう。 デボラは扉の前で立ち止まると、ノックをする。 どなたかいらっしゃるのかしら? ダーニャお姉様のお部屋なのに? 遺品整理でもしているのかしら マリと顔を見合わせた後、不思議に思いながらもデボラと共に入室する。 「静かに」 声がした方に視線を動かすと、ソファーに腰かけて赤ちゃんを抱く女性が、胸元を整えているところだった。 「やっと眠ったところなの。デボラお願い」 その女性は、赤ちゃんをデボラに預けると、「はぁ、疲れたわ」と立ち上がった ゆるやかに波打つ黒い髪が印象的な女性だった。 「あら?初めて見る方ね。ふ~ん」 女性は、サラの髪を指で絡めとるように弄ぶ。 「あの何か?」 「金髪ね、まぁ被らないからいいわ。一応礼儀として挨拶はしなくちゃね。初めまして。メグミよ。東方に住んでいるから滅多に会うことはないと思うけど。もしかしてあなたも出産経験あるとか?授乳のため?」 何の話か分からず絶句していると、デボラが戻ってきて女性を連れ出した。 一人戻ってきたデボラに説明を求めようとしたけれど、「花束はこちらに」 t、とりつくしまもない様子に思いとどまる。 「マリ、花を」 マリから花束を受け取ると用意された花瓶に自ら生ける。 目を閉じて黙祷をする。 「ダーニャお姉様、どうか安らかにお眠りください 花が少し乱れてしまってごめんなさい ダーニャ
last updateLast Updated : 2025-08-22
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お茶

✳︎✳︎✳︎ 翌朝。 いつもなら、私が目が覚める頃を見計らって、ノックの音がするのだけれど、今日は静かだ。 一人で身支度を整え終えたけれど、いまだマリの姿が見えない。 いつもならとっくに来ている時間なのに……。 疲れて寝坊でもしたのかしら。 呼び鈴を鳴らすのを思い留まり、マリの様子を見に行くことにした。 まだ眠っていたら、そのまま休ませておこうと思って。 そっと、扉を開けて中の様子を窺う。 「マリ?起きてる?」 囁くような声でよびかけてみたものの、返事はない。 姿を確認しないと不安だったので、 静かに室内へと入ってみることにした。 「マリ?入るわね?」 ベッドに近づくと、布団が膨らんでいた。マリが寝ていることが窺える。 良かった。昨夜一人残したことが 気になっていたので、姿を見てホッとした。 けれど、安心したのも束の間、 不規則な寝息が聞こえてきて 胸騒ぎがする。 体調を崩したのかもしれない。 ベッドの側まで近付いて、マリの寝顔を見なければ安心できない 「マリ?大丈夫?」 マリの様子がおかしい。 顔面蒼白で呼吸も荒い。 「マリ!マリ!大変、待ってて」 すぐにお医者さまを呼びにいこうとしたものの、寝ているマリからがしっと手首を掴まれた。 冷たい感触に驚きつつも、マリに向き直る。 「マリ?お医者様を呼んでくるわ」 マリは必死にふるふると首を振っていた。 「え?なんて言ってるの?」 マリの声がか細くて聞き取れない。口元に耳を近づけて聞き取ろうとする。 「けて……口をつけ…… だめ……見たこ…ない…お…」 最後まで言い切ることができずに、マリはパタリと脱力する。 「マリ!マリ!誰か来て!早く!」 「失礼致します。どうなさいました?すぐに医師を読んで参ります。」 騒ぎを聞きつけたデボラが、医師を連れて戻ってきた。 診察の結果は、軽い貧血だそうだ。 軽い貧血? 本当に? 何度もしつこく問いかけたけれど、結局他に異常は見当たらないとのことだった。 昨日まで、あんなに元気だったのに……。 今まで貧血になったことなんてなかったわ。 それに、マリのつぶやいた言葉……。 あれは、私に何か伝えたかったに違いないわ。 必死に思い出そうとするものの、よく言葉が聞き取れなかったこともあり、詳細が分からな
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