私は、神谷怜司(かみや れいじ)に離婚届を差し出す時に、彼はタブレットで綾野かんな(あやの かんな)の卒業用ドレスを選んでいるところだ。電話越しに、少女の甘えた声が聞こえてくる。「お兄ちゃん、夜の帳を下地に、星を散らしたようなドレスがほしいの。あの夜、二人で見た流星群みたいにロマンチックなのがいい」「いいよ、ゆっくり探そう。合うのがなければ仕立てればいい。うちのお姫様が満足するのが一番だろ」怜司は相手を甘やかすようにあやし、私が差し出したものを見もしない。最後のページにぱらりとめくって、署名だけ落とす。二人のいちゃつきが終わって、彼がテーブルの水を取りに行くついでに、ようやく一瞥する。一瞥しただけで、彼は鼻で笑う。「凪(なぎさ)、最近は気が強いな。病院に付き添わなかったくらいで、離婚なんて言い出すのか」なぜいけないの?あの日、私は生理で体調が悪かったのに、彼は無理に私を連れて山頂のリゾート山荘へ向かった。夜になって私は発熱した。病院へ連れて行ってと頼む私を、彼は山の中腹に置き去りにした。「ここから歩いて十分下った先に、24時間の診療所がある。自分で薬を買って飲め。急用がある、先に行く」熱が39.8度まで上がった私が、真夜中にどうやって一人で下山するというのか。彼が去った直後、私は熱で意識を失った。後になって知った。彼の「急用」は、かんなと流星群を見に行くことだった。「やるやらないの問題じゃない。もう切り出してる」私は落ち着いて靴を履き替え、家を出る。彼の詰問なんて意に介さない。「署名したなら――神谷社長、市役所へ回して手続きを進めて」怜司がほっとして同意すると思っていたのに、彼は不意に怒り出す。「凪、俺が行けないとでも思ってるのか。その時になって後悔するな」後悔なんてありえない。私はひらりと手を振ってドアを閉め、車でアトリエへ向かう。彼の言葉の含みなんて、考える気はない。最近、新しくオーダーメイドのドレスを受けていて、片づけ終えるころにはもう夜だ。スマホに怜司からメッセージが入る。【心苑(しんえん)に来い。裁縫道具を持ってこい】離婚はもうカウントダウンだ。私は彼のために自分の時間を犠牲にはしない。――が、さらに通知が続く。【来ないなら、離婚届を出す当日に俺
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