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All Chapters of すれ違い: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

茂香が陸の腕の中で泣き崩れている頃、若彰の神経もまた、崩壊寸前だった。翌朝になっても、茂香に関する情報は一切入ってこない。茂香は逃げた。結婚式の真っ最中に彼を置いて、逃げ出したのだ。この既成事実が若彰の脳裏に何度も警鐘を鳴らすが、彼はまだ信じられないでいた。茂香はあんなにも彼を愛していたのに、どうして逃げ出すなどというのか?あんなにも結婚式を待ち望んでいたのは、彼を愛していたからではないのか?まさか、すべてが嘘だったとでもいうのか?いや、そんなはずはない。茂香は彼を愛している。でなければ、丸3年もの間、どうして彼の傍に留まる必要があったというのだ?スマホが鳴った。若彰は反射的に立ち上がったが、画面に表示された名前に、瞳から再び光が消えた。「若彰お兄様、大丈夫か?」美波が、慎重に言葉を選びながら尋ねてくる。「何の用だ」若彰の声は氷のように冷たい。今は誰とも話したくない。特に、美波とは。「いいえ......ただ、お兄様がご無事かお伺いしたかっただけで......結婚式のことは聞いた。私、前から言ってたでしょう?児玉さんは良い女じゃないって。彼女のせいで傷つかないでください。幸い、お兄様も彼女のこと好きじゃないから。政略結婚なんて、お兄様には必要ないのよ......もし辛いなら、私が傍にいてあげようか?」美波が言い終わる前に、若彰は一方的に電話を切った。美波の言葉が彼に問いかけた。彼は茂香のことが好きではなかったはずではなかったのか、と自問した。なのになぜ、今、これほど胸が痛む?いつからか、彼自身にも分からなくなっていた。茂香に対して抱いているこの感情が、一体何なのか。毎日欠かさず届けられた朝食からなのか。それとも、あの漫画を贈られた時からか。若彰が茂香を意識し始めたのはいつからか、彼自身にも分からなかった。捜索に送り出した部下たちが、続々と戻ってくる。だが、予想通り、何の成果も得られなかった。3年経って、若彰は初めて、茂香の過去を知ろうとした。部下が差し出した茂香の資料は、たった2枚の薄っぺらい紙だったが、そこには彼女の二十数年の人生が凝縮されていた。読み進めるほどに、彼の手は震えを抑えきれなくなった。茂香は、こんなにも可哀想な人間だったのか。彼は知らなかった。茂香も彼と同じよう
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第12話

若彰はまた後悔し始めた。あの夜、雪が舞い散る中、びしょ濡れの茂香を外に30分も立たせてしまったことを。彼は茂香の部屋を片付けようとしたが、彼女の持ち物があまりにも少ないことに気づいた。たった数着の服。まるで、彼女がここに存在したことすらなかったかのように。「若彰、一体どうしたんだ?茂香さんが昔、お前のために尽くしていた時は見向きもしなかったくせに、今更テーブルをひっくり返してヤケ酒か?さっさと会社に行かないと、あの隠し子に会社を乗っ取られるぞ!」「まさか、本気であの女に惚れたのか!若彰、目を覚ませ!」度胸のある友人が、若彰の手から酒のグラスをひったくり、眉をひそめて言った。若彰はとっくに酔いつぶれていた。朦朧とする意識の中、茂香の顔が見えた気がした。若彰は無意識にその男の手を掴んだ。その目は朦朧としていたが、一瞬でそれが茂香ではないと、美波だと見抜いた。振り払われた美波は、心に寂しさが募ったが、それを表には出さなかった。彼女は恐る恐る若彰を窺い、迎え酒のスープを差し出した。「お兄様、これ、私が作ったの。飲んでみて。飲めば頭のめまいも少しは良くなるわ」若彰の意識ははっきりしなかったが、茂香の献身を思い出した。彼はこの時になって初めて、茂香がどれほど自分に尽くしてくれたかを思い知ったのだ。過去3年間、一日も欠かさなかった朝食。酔いつぶれた後の、あのスープ。吹雪の中で迎えに来てくれた姿。そのすべてが、茂香だった。俺は、なんてことを!俺は、自分に尽くし、心から愛してくれた人間を、自らの手で追い出してしまった......それに対して、俺がしたことは何だ?閉所恐怖症の茂香を真っ暗な部屋に閉じ込め、美波が茂香の顔を叩くのを、黙って見ていた......挙句の果てには、美波に茂香の手を折らせた。茂香はあんなにもピアノを愛していたのに!俺は、茂香にとっての死神そのものだ。いつの間にか、若彰の頬を涙が伝っていた。俺は茂香のそばにいる資格などない。もしかしたら、彼女の不幸の根源は、すべて俺だったのかもしれない。茂香を見つけ出さなくては。そして、謝るんだ。彼女に、俺のそばに戻ってきてもらおう。若彰は心の中で密かに誓った。もう二度と茂香を傷つけたりしない!もし茂香が今回戻ってきてくれたら、今回のことは水に流
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第13話

今や、町中の巨大スクリーンが、美波の独りよがりの言葉の数々を繰り返し映し出していた。そのどれもが、彼女の若彰に対する恋心を、隠すことなく物語っていた。世論はあちこちで飛び交い、「柏原家の禁断の恋」という見出しが、ネットのトレンドトップに躍り出た。町中では、誰もがこの件について議論していた。その中でも、ある投稿が広く拡散された。【お兄様と婚約したあのクソ女が来た。だから何よ!いつか必ず、あいつを破滅させてやる。あんな女はお兄様に相応しくない......】【自分のお兄様を好きになるのは普通よね?普通のはずよね。だってお兄様、あんなに格好いいんだもの。どうしたらお兄様に気づいてもらえるかしら?】続いて、美波が茂香を盗作で告発した件も、再び掘り起こされた。すぐに誰かが、茂香がその曲を初めて演奏した時期が、美波が動画で主張した作曲時期よりも前であることを突き止めた。さらに、事情通の誰かが、どこからか若彰と茂香の間の出来事を知り、若彰が茂香をどのように扱ってきたかを、一つ一つ詳細に暴露した。若彰は苦虫を噛み潰したような顔で、ネットの情報を見た。美波のいわゆる「片思い日記」は、彼に吐き気を催させた。彼は心の中で、これまでの出来事をすべて繋ぎ合わせた。どうりで、美波が茂香にあれほどの悪意を抱いていたわけだ。そして彼は、美波が茂香を何度も傷つけるのを許してしまったのだ!血の繋がった、自分に恋する従妹のために、茂香をあれほどまでに深く傷つけてしまった。すべてが間違っていた。若彰は思った。最初から、何もかもが!若彰が、美波に好かれていたという事実に愕然としている間に、他の問題が次々と彼に襲いかかった。若彰のライバルである、柏原家の隠し子がこの機を逃すはずもなく、この件を大々的に煽り立てた。一瞬にして、若彰の評判は地に落ち、それに伴い、柏原グループの株価は激しく乱高下した。若彰は取締役会から出てきたばかりで、その顔色は人を殺しそうなほど真っ黒だった。彼はオフィスで、手当たり次第に物を叩き壊したが、それでも気が晴れなかった。あの古臭い連中が、彼に社長の座を降りろだと迫り、そして、あの筋の通らないクソガキに会社を継がせようとしていた。許さない、絶対に許さない!すべてが白日の下に晒された時、各方面の勢力が水面下で蠢き始め
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第14話

茂香のこの数日の体調はかなり良くなったが、時折、夜中に涙を流すこともあった。朝霧陸は胸が痛む思いでそれを見ていたが、どうすることもできず、ただ茂香の傍に寄り添い、安心感を与えることしかできなかった。「陸、またどこかへ行ってしまうの?」深夜、茂香はまた悪夢にうなされ、陸の腕の中で体を丸めて涙を流した。「行かないよ。もう二度と君の傍を離れない。いい子だ、茂香......」陸は独占欲の強い様子で茂香を抱きしめ、優しい声で彼女をあやした。戻ってきてからの数日間で、彼はあの時の事故を徹底的に調べ上げていた。いや、そもそも事故などではなかった。彼の車は細工されており、その黒幕は美波だった。彼の愛する茂香に苦痛を与えたすべての原因は美波なのだ。当時、美波はプロジェクトのことで夜を徹して働く若彰を不憫に思い、陸の部下を買収し、陸が乗る車のブレーキに細工をさせた。そして陸はちょうど山に用事があり、崖を通過する際に車が制御不能になり、崖から転落したのだ。その時から、茂香は底なしの奈落へと突き落とされた。このすべての出来事の元凶は、美波だったのだ。彼の瞳は暗く沈んだ。茂香がこの3年間に受けたすべての苦しみ、彼は寸分違わず返してやる。柏原家の当主はすぐに若彰を呼び出した。趣のある書斎の中央で、若彰は背筋を伸ばして跪いていた。「大事なことは何もできず、結婚一つまともにできないとは!」「児玉家の娘はあんなに良い子だったのに、どうしてあの子を追い出したんだ?」茶碗が若彰の足元で砕け散った。彼は頭を垂れ、打ちひしがれた様子だった。そうだ、茂香はあんなに良い子だったのに、なぜ茂香を追い出してしまったのだろう。おそらく彼自身も、いつ茂香を愛し始めたのか、分からなかったのだろう。この傲慢で身勝手で愚かな部分が、このような結末を招いてしまったのだ。もし若彰が、後にこれほど茂香を愛することになると知っていたなら、彼は決して茂香とあんな不愉快な始まり方をしなかっただろう。彼は息もできないほど胸が締め付けられ、茂香がかつて彼のためにしてくれた一つ一つのことを思い返した。思い出が彼を打ちのめし、どうしていいか分からなかった。彼はそのまま書斎で3日間跪き続けた。最初は茂香が戻ってくると確信していたが、今では徐々に自分を疑い始
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第15話

「彼は死んだわ。でも、児玉茂香には『システム』がついてる。彼女があなたに近づいたのは、目的があったからよ。あなたと結婚すれば、朝霧陸は戻ってくる。そういうこと全部、『システム』の仕業よ。児玉茂香はあの朝霧陸のためだったの」美波は真剣に語っていたが、よく見ると、その唇は震えていた。陸が戻ってきた。最も恐れるべきは美波自身だ。何しろ、犯した罪は、陸が調べようと思えば、いとも簡単にすべてが明らかになるだろう。彼女はすでに海外へ行くつもりだったが、どうしても若彰に一度会わずにはいられなかった。「なぜ、お前が『システム』のことを知ってるんだ?お前も俺を騙しているんじゃないだろうな」若彰は目を細め、殺気立っていた。美波は身をすくませた。「友達から聞いたの。彼女も、『システム』から任務を与えられた経験があるって。私がしたことは、すべてあなたのためなのよ、お兄様......もう、あの女を好きになるのはやめて。彼女は、あなたのことなんて、これっぽっちも好きじゃないんだから!」「嘘じゃないわ、お兄様。信じられないなら、今すぐ見に行けばいい。死んだ人間が、どうして戻ってくるの?これも全部、児玉茂香の仕業なのよ!」美波がその後、何を言ったか、若彰の耳には入っていなかった。彼が分かったのは、茂香が今、濱城市にいることだけを知った。彼は自嘲気味に笑った。茂香のことを理解しているつもりでいた。あれほど長く茂香を探していたのに、彼女が棲波田市を離れていたとは思いもしなかった。陸だろうが、システムだろうが、どうでもいい。彼は今でも、美波が自分を騙していると思っている。丸3年もの間、茂香が彼に何の愛情も抱いていないはずがない!陸がもしかしたら、ただのちょっとした縁のある兄のような存在なのだろう、と若彰は思った。「お兄様......3年前、朝霧陸を殺したのは私よ。あなたにプロジェクトを取らせるためだったの。彼の車に細工をさせたから、彼は崖から落ちたのよ。私、もうすぐ行かなくちゃ。これを免じて、最後に一度だけ、抱きしめてくれない?一度だけでいいから......」美波は目を赤くして涙を流し、若彰を見る目には懇願の色が満ちていた。彼女は、若彰が少なくとも、邪魔者である陸を殺すのを手伝ったことで、少しは昔の情を思い出してくれるだろう、せめて一度くら
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第16話

だが、若彰は忘れていた。茂香の体調を悪くさせた張本人が誰なのかを。彼の瞳から再び光を奪ったのは、茂香の後から出てきた、上着を手にした陸の姿だった。距離が離れすぎていて、若彰には二人が何を話しているのか聞こえない。ただ、茂香が心底楽しそうに、満面の笑みを浮かべているのが見えた。二つのえくぼが、ずっと頬に浮かんでいた。それは、茂香が彼と一緒にいた時には決して見せなかった笑顔だった。陸は満面の笑みで、茂香に上着を着せてあげた。その動作は親密で心地よく、二人はバルコニーの傍に座ってお茶を飲んでいた。まるで時間がそこで止まってしまったかのようだった。若彰は、目が痛くなるほど見つめ、自嘲気味に笑った。再び顔を上げると、陸の鋭い視線とぶつかった。陸は若彰を見下ろし、その瞳には侮蔑の色が宿っていた。恋敵を前にして、若彰もまた引くわけにはいかなかった。彼は顔を上げ、軽蔑するように陸を見つめ、わずかに残った気力で彼に対峙した。だが、すぐに陸は視線を逸らし、可愛らしく笑う茂香へと目を向けた。最愛の人が目の前にいるのに、なぜストーカーまがいの変質者などを見る必要があろうか。彼はまだ病気ではないのだ。ちょうど部下から電話がかかってきて、美波の件は片付いたと告げられた。陸は何事もないかのように頷きながら、茂香が何度も注ぎ足してくれた茶碗をそっと受け取った。若彰は寂しげにその場を去り、茂香が育った場所を何度も何度も巡った。彼は自分が棲波田市で生まれたことを恨みさえした。もし、茂香と共に育っていたなら、今とは違う状況になっていたのだろうか?翌日、若彰は早起きした。彼はシャツ、ズボン、腕時計......と、入念に身なりを整えた。茂香に良い印象を残したかったのだ。鏡に映る、まるで孔雀が羽を広げたような自分を見て、若彰はようやく満足げに家を出た。高級団地の警備は厳しく、若彰は今回、団地の入り口で足止めを食らった。彼は門前で苛立ちを募らせたが、頑固な警備員にはどうすることもできない。茂香が毎日決まってジョギングする時間になり、若彰は焦って、今にも塀を乗り越えて入りたい衝動に駆られた。突然、若彰の頭に閃きが走り、彼は手際よく秘書に連絡した。若彰はこの団地に住宅を買うつもりだった。この一戸建ては14億円ほどの価格だったが、若彰
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第17話

「茂香、まだ俺に怒ってるのか?俺が悪かった。美波も、海外に送った。俺を見てくれ、頼むから。昔は俺が悪かった。こんなにも誰かを大切に思うなんて、初めて知ったんだ。一緒に戻ってきてくれないか?俺たちの結婚式は、まだ終わってないんだ」彼は二重の人垣越しに、遠くから茂香を見つめ、その瞳には懇願の色が満ちていた。茂香は気を落ち着かせ、淡々と言った。「若彰、私には私の生活があるし、あなたにはあなたの生活がある。どうかご自愛ください。以前のことはもう気にしていないし、謝る必要もない。もう行ってください」彼女は若彰が一体何をしに来たのか知りたくなかった。だが、今、朝霧陸が戻ってきた以上、彼女にはもう何の未練もない。最善の結果は、若彰が空気を読んで立ち去ることだった。だが、どうやら若彰はそんなに簡単に諦めるような男ではなかった。若彰の手にあるバラの花束は、この時、ひどく皮肉に見えた。彼は無理に笑みを浮かべ、平静を装って言った。「茂香、システムのこと、朝霧陸のこと、全部知っている。俺は気にしない。もう一度やり直さないか?朝霧陸はお前の兄だということは理解できる。以前のことは、俺が悪かったと分かっている。だから、俺にチャンスをくれないか?」「あの時のことは償う。俺が馬鹿だったんだ。今になって初めて、ずっとお前が好きだった、ずっとお前を愛していたと気づいた。俺が傲慢すぎたせいで、お前を傷つけてしまった。もう一度、お前を信じてくれないか、頼むから......」若彰が言い終えるのを待たず、茂香は穏やかな声で遮った。「誤解しないで。陸は、私の愛する人よ」若彰の笑みが凍り付き、信じられないといった様子で言った。「冗談はやめてくれ、茂香......」陽光が茂香の顔にまだらに降り注ぎ、その瞳は一層魅力的だ。だが、茂香の言葉は、若彰を奈落の底へと突き落とした。「冗談なんかじゃないわ。朝霧陸は私の愛する人。私があなたに近づいたのは、彼を蘇らせるためだけよ」「その近づきには目的があったから。その点は謝るわ。でも、あなたが私にしたこと、あなた自身が一番よく分かっているはずよ」「柏原若彰、もうお互い様だ。二度と私を邪魔しないで。行ってちょうだい」若彰は諦めようとしない。彼は頑なに言葉を続けた。彼は茂香が自分に感情を抱いていると頑なに信じ込んでいた。
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第18話

一方の美波は、ワゴン車に揺られながら廃墟となった倉庫へと連れて行かれた。残りの人生はもう長くないだろうと悟っていた。陸が戻ってきたのだ。最初に始末されるのは間違いなく美波だ。だが、それでもわずかな望みを抱いていた。もしかしたら、若彰が自分の失踪に気づいて、探しに来てくれるかもしれない、と。残念ながら、そんなことはなかった。美波は2日間何も食べておらず、空腹で朦朧としていた。排泄物が散乱した床は、彼女自身も受け入れがたいほど吐き気がする光景だった。その時、すらりと背の高い人影が倉庫に入ってきた。入ってきた男は目元一つ動かさないが、見る者に十分な威圧感を感じさせた。来客の顔をはっきりと見た途端、美波の目は大きく見開かれた。「朝霧陸......お願い、許して、お願いだから......」美波は力なく命乞いをした。相手の顔すらまともに見えないほどだった。「俺が君を許す?君は俺の茂香を許したのか?」陸の声はゆっくりとしており、ヘビのように美波の体に巻き付くようだった。陸が目配せすると、そばにいた二人の用心棒が、有無を言わさず美波を押さえつけた。「ピアノが弾けるんだろ?」「その手、折ってしまえ」氷のように冷たい声が、死神のように美波に死刑を宣告した。彼女は激しく抵抗したが、無駄だった。すでに力尽きていたにもかかわらず、激しい痛みは彼女に悲鳴を上げさせ、涙が顔中に流れ落ちた。朦朧とした意識の中で、若彰の姿を見たような気がした。3時間にわたる拷問で、美波は見る影もないほど変わり果てていた。傍らの用心棒は陸の命令を待っていた。陸は2階から彼を見下ろし、その瞳には何の感情も宿っていなかった。「燃やせ」簡潔な一言が小鳥遊美波の瞳から生気を奪った。彼女は、これで終わりだと思った。手際の良い部下が、素早く火をつけた。炎は激しく燃え盛り、その中の暗闇と罪悪を、完全に焼き尽くしていく。若彰が打ちひしがれている暇もなく、柏原家の当主から一本の電話がかかってきて、彼を棲波田市へと呼び戻した。「お前は柏原家の顔に泥を塗った!今すぐ戻ってこい!なんだ?柏原家の何十年もの蓄えを、お前の手で台無しにするつもりか!」若彰はこの時になって初めて知った。彼がここ数日離れていた間に、美波が失踪し、柏原家のいくつかの大型プロジェクトが悪
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第19話

柏原家の隠し子、今の柏原家の次男。「なぜ、お前がここにいる?」若彰は不機嫌な顔で目の前の男を見つめた。「兄さん、まだご存じないんですか?父さんが言いましたよ、僕もこれから会社経営に加わるって。児玉さんの件は、兄さん、まだ片付いてないんでしょう?この間、僕が代わりに会社の仕事を手伝いますから、安心して児玉さんを追いかけてください」柏原隼人は涼しい顔で笑っており、一方の焦燥に駆られた若彰とは鮮明な対比をなしていた。「必要ない!隼人、まさか自分が柏原姓を名乗れるとでも思ってるのか」隼人はこのような言葉にはとうに慣れており、頭から湯気が出そうなほど激昂している若彰を落ち着いた様子で見つめ、ただ一言だけ言った。「兄さん、このオフィスは日当たりがいいでしょう?先日、父さんに何気なく言ったら、このオフィスを僕にくれたんですよ。兄さんには、引っ越してもらうことになりますが、ごめんなさいね」若彰は高慢な性格ゆえ、その場では怒りを露わにしなかった。彼は気を落ち着かせ、隼人を睨みつけると、踵を返してオフィスを出た。彼が去ると、隼人は陸に電話をかけた。「朝霧社長、ご協力ありがとうございます。ふふ、朝霧社長がいなければ、こんなにスムーズに会社に入社することはできませんでした......」陸の向こう側の声ははっきり聞こえなかったが、隼人の笑顔は一層輝いていた。電話の向こうの陸は、ちょうど茂香のためにケーキを作ったばかりだった。彼は満面の笑みで、体を丸めて本を読んでいる茂香にケーキを運び、そして傍に座って彼女と一緒に過ごした。暖かな夕焼けの光が窓から陸の横顔に降り注ぎ、陸の長い睫毛に見惚れてしまう茂香。彼女はスマホを取り、陸とツーショット写真を撮ると、そのままSNSアカウントに投稿した。彼女のキャプションはシンプルで、ただ一つのハートマークだけだったが、それはあまりにも多くのことを物語っていた。以前から彼女をフォローしていた多くのファンは、彼女の投稿を見て興奮し、茂香と朝霧陸こそが「お似合いのカップル」だとコメントした。【これ、眼福すぎる!美男美女カップル、もっと日常をアップして!】【まさに天が作ったカップル!ラブラブで永遠に!】【茂香ちゃん、いつまた音楽会を開くの?私、一番にチケット取るから!】......茂香は音
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第20話

若彰が再び顔を上げた時、すでに午前3時だった。彼は、もはや魔が差したような状態に陥っていた。すぐに濱城市行きの航空券を予約した。もう一度、茂香に会いたかったのだ。若彰は本当にこの団地の住宅を買い取った。陸はそれを知っても穏やかな笑顔を浮かべ、大した反応はしなかった。彼がいる限り、若彰が大した波風は立てられないだろう。だが、その日の夜、茂香が彼に言った。「陸、私、若彰に会いたい」陸は眉をひそめ、危機感が彼を包み込み始めた。実は、茂香よりも、彼の方がもっと不安を抱えていた。茂香が彼から離れられないというよりも、突き詰めれば、彼の方が茂香から離れられないのだ。茂香は彼にとって世界で最も大切な宝物であり、誰にも見られないように隠しておきたいとさえ思っていた。「あの三年間は、結局、私が彼を利用したの。もうずいぶん時間が経ったし、きちんと話をしたいの。いいでしょう?」茂香は軽く言ったが、陸は真剣にならざるを得なかった。しばらく考えた後、陸はやはり茂香の望みを叶えることにした。彼女の願いを拒むことなど、彼にはできなかったのだ。彼は若彰をこの世から消し去ることも考えたが、やはり茂香の気持ちを慮った。陸は茂香の鼻を軽くつまみ、からかうように言った。「家には、独り身の男が待ってるのを忘れるなよ」陸は翌日、棲波田市へ用事を済ませに行った。茂香の要求通り、留守番のSPを一人だけ残し、何度も振り返りながら去っていった。若彰は夜通し濱城市へ飛んだ。温かみのある一戸建てには、茂香が庭で花に水をやっているのが見えた。若彰はすでに玄関で一晩中立っていたが、ドアを叩く勇気はなかった。早朝の霧は深く、若彰のまつげには水滴が凝結していた。幼い頃から甘やかされて育った柏原家の若旦那が、これほど卑屈になったのは初めてのことだった。昨夜は実は大雨が降っていたが、若彰は戻らないまま、ずっとそこで立ち尽くしていたのだ。茂香はとっくに若彰に気づいていたが、彼に会いには行かなかった。彼女は若彰がなぜこれほど執着するのか、本当に理解できなかった。叶わぬ恋だからこそ、忘れられないのだろうか?だが、若彰も彼女を愛したことなどなかったはずだ。世の中には、手に入らないものを好む人間が常にいる。今になって後悔するなら、なぜあの時そうしなかったのか?
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