「五歳のときだ。俺たち、同じ幼稚園に通ってたの覚えてる?」健人の声は少し震えていた。「その頃、両親が離婚して......俺はほとんど口をきかなくなった。家族からは自閉症かもしれないって疑われるほどでな」彼は遠い昔を思い出すように、言葉をゆっくり紡いだ。「幼稚園じゃ、無口だからってみんなにいじめられて、仲間外れにされた。ある日、閉所恐怖症の俺を体育用品室に閉じ込められて......気を失いそうになったとき、ドアを壊して飛び込んできたのが君だった。抱きしめて、泣きながら言ってくれたんだ。『私が守るから』って」健人の目尻が濡れる。「それからは、ずっと俺の前に立ってくれた。誰かが俺をいじめれば、噛みついてでも蹴り飛ばしてでも守ろうとした。先生に親を呼ばれても一歩も引かなくて......『俺をいじめるやつは、誰であろうと絶対に許さないから』って言い張った。だからみんな、二度と俺に手を出さなくなった」彼の声がかすれ、喉が詰まる。「それから......君の両親は事故で......」一瞬、言葉が途切れる。だがすぐに微笑んだ。「でも、こうしてまた一緒にいられるんだ」彼の話は、ほんの少しの嘘を混ぜたモンタージュだった。真理が養子になったことだけ、すっぽり抜け落ちている。胸の奥で何か大事なものを忘れている気がする。だが、無理に思い出そうとすると、頭の奥に鋭い痛みが走った。......だから、もう考えるのをやめた。真理は目の前の男を、幼なじみであり恋人だと信じることにした。その胸に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。「......助けてくれてありがとう」抱きしめられた健人の体が震えた。まるでこの一瞬を、何年も待ち続けていたかのように。腕の力が強まり、時間を止めてしまいたいほどに離そうとしない。......それから一か月。健人は一日たりとも真理の傍を離れなかった。水を運び、包帯を替え、食事の世話する。すべて自分の手で。真理はただ『なんて素敵な人を選んだんだろう』と思った。自分にはこんなに優しい恋人がいるのだと嬉しかった。やがて彼女の傷は癒え、真理はすぐに救援の現場に戻った。不思議なことに、記憶は失っても医者としての手は覚えている。治療の動作は体に刻み込まれていて、自然と動いた。
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