Semua Bab 花は月に眠れず: Bab 1 - Bab 10

17 Bab

第1話

森下真理(もりした まり)が成人したばかりの時、義兄の佐藤陽翔(さとう はると)と、禁断の果実を摘んでしまった。昼間は「お兄ちゃん」と素直に呼ぶのに、夜になるとベッドの上で「あなた」と声が枯れるまで言わされた。許してもらえるのは、いつも朝方になる頃だった。二人の秘密は七年も続いた。リビング、浴室、キッチン......家の隅々まで、すでに痕跡でいっぱいだ。ある日の午後。養父母が寝室に入った途端、真理は大きな窓の前で陽翔に押し倒された。白いワンピースを腰まで乱され、身体の距離は一瞬でなくなった。「......やだ、聞こえちゃう......」震える声でそう言うと、陽翔は唇を歪めた。「何を怖がってるんだ。こっちの方が、ずっとスリルあるだろ?ほら、いい子だ。お兄ちゃんは、お前のその声が一番好きなんだよ」その瞬間、強烈な快感に襲われ、真理の思考は真っ白になる。声を上げる代わりに、必死に陽翔の肩に噛みついた。けれど、本気では噛めない。ただ、甘えるように歯を立てるだけだった。世間での彼は、佐藤グループの冷徹な若き社長。「妹を溺愛する兄」として名を馳せている。だが真実を知るのは、真理ただ一人。彼がどれほど強い欲を抱え、どれほど多彩な方法で彼女を狂わせるか......それを知るのは彼女だけだった。必死に応える真理の姿に、陽翔は眉をひそめ、低く息を洩らす。「......やっぱり、お前は最高だ。お兄ちゃんはお前なしじゃ生きられない。なぁ、真理。永遠に俺だけを愛してくれるだろ?」頬を染め、蕩ける視線で彼を見つめる真理。二十数年、彼はずっと自分の一部だった。昔から兄妹だった。けれど、この先は......ふと不安が胸を刺し、真理は動きを止めた。「......ねぇ。いつになったらお義父さんたちに話すの?最近、あなたにお見合いを勧めてるじゃない」途端に陽翔の表情が曇った。だがすぐに彼女の唇へ優しい口づけを落とし、囁いた。「俺の誕生日が終わったら言うよ。その方が、きっと受け入れてもらいやすい」確かな答えに、真理の胸の中は一気に明るくなる。その夜、二人は何度も愛を確かめ合い、同じ頂へと昇りつめた。事が終わると、陽翔は当たり前のようにティッシュを渡してくれる。ズボンを履き終えた彼のスマホが鳴り、画面をちらりと見た後
Baca selengkapnya

第2話

ボランティアは真理の履歴書を見終えると、慌てたように電話をかけてきた。受話器越しの声は震えていて、驚きが隠せない。「冗談じゃないですよね?あんな名門の医科大学を出たのに、国内の大病院じゃなくて......あんな過酷な場所で、国境なき医師団に参加するんですか?アルディアは今、戦争中です。状況は混乱していて、常に命の危険があります。ちょっとでも気を抜けば、そのまま帰ってこられないかもしれません。本当に、それでも行くんですか?」真理はまっすぐに答えた。「子どもの頃からの夢なんです。ずっと諦められなかった夢でした。これまでは国内に、離れたくない人がいました。でも、今は......もういなくなったので」一瞬の沈黙。やがて相手の声は熱を帯びる。「......ありがとうございます。心から歓迎します。あなたの勇気と献身に、国際医療の仲間として感謝します」そして、彼らは真理に日程表を送った。出発は一週間後。ちょうど、陽翔の誕生日の日だった。待ち望んでいたはずの日は、今や別れの日に変わった。かつては一番近しい存在で、誰よりも大切な人。けれどこれからは、太平洋の向こうの二度と会えない他人になる。電話を切った真理は、その場に座り込み、しばらく動けなかった。赤く腫れた目元の涙を拭って立ち上がり、浴室へ向かった。タオルで肌をこすり、必死に陽翔の痕跡を洗い流そうとした。ふと脚の間にぬるい感覚がした。視線を落とすと、鮮やかな赤が広がっていた。......よりによって、生理が来たのだ。真理は昔から重い生理痛に悩まされてきた。ひどい時には意識を失うほどだ。鎮痛剤を飲むと、枕元のカレンダーに赤い丸で出発日を囲んだ。深夜。痛みにうなされて寝返りを打つと......部屋の扉がそっと開いた。陽翔だった。スタンドライトの薄明かりの中、彼はすぐにカレンダーの印を見つけた。スマホを枕に置き、にやりと笑って首筋に顔を埋めた。「お兄ちゃんの彼女になるの、待ちきれないのか?」息が止まり、真理の瞳に再び涙がにじんだ。ようやく気づいたのだ。......自分は彼と恋人とするようなことを散々してきた。なのに、一度も「彼女」と呼ばれたことはなかった。陽翔はその思いに気づくこともなく、大きな手をスカートの奥へ滑り込
Baca selengkapnya

第3話

陽翔が取り乱す姿なんて、今まで一度も見たことがなかった。いつも冷静で揺るがない人なのに......真理は時計に目を落とした。まだ夜明けには程遠い。この痛みじゃ、気を失ってもおかしくない。動くのさえやっとだ。けれど、陽翔からのメッセージは止まらない。一通、また一通。言葉は荒くなり、焦りがにじむ。まるで命に関わる大事でも起きたように。真理はとうとう鍵を手に取り、壁にすがって外へ出た。歯を食いしばり、車を飛ばした。病院の入口に着いた途端、待ち構えていた陽翔に乱暴に腕を引かれた。そのとき初めて気づいた。彼の額から血が流れていることに。以前の古傷よりも深く裂け、肉が見えるほどに。「怪我してるじゃない!すぐ治療しないと!」痛みも忘れて彼の手首をつかみ、治療室へ引こうとした。だが陽翔は鋭く振り払った。「俺のことはいい。彩乃が生理中で大出血している。俺の傷は、さっき急いで運んでいる時に花壇にぶつけただけだ。夜勤の医者が足りない。お前が今すぐ手術してやれ」真理の汗が背中を伝う。眉間に深い皺が寄る。......生理で手術なんて、聞いたことがない。それに......彼は命を張ってまで彩乃を守るの?真理の顔から血の気が引いていく。その表情に、陽翔の瞳がわずかに揺れた。何か言いかけた、そのとき......「陽翔お兄ちゃん......痛い......」病室から、か細い声が洩れた。ベッドの上の彩乃。弱り切った顔で、頼りなくこちらを見ていた。陽翔は言いかけた言葉を飲み込み、そのまま病室へ駆け込んでいった。真理はその場に立ち尽くした。心も体も抜け落ち、手足の動かし方すら忘れたみたいに。......看護師長に肩をつかまれるまでは。「ちょっと森下先生、大丈夫?顔色真っ青よ」耳元で、好奇心を隠さない声がささやく。「さっき運ばれてきたあの女の子ね。彼氏のほかに愛人とも遊びすぎて、黄体破裂よ。運ばれたとき、彼氏に『生理の出血って言え』って必死に隠させてさ。『そう言わなきゃプライバシー侵害で訴える』って」横から若い看護師が続ける。「それだけじゃないですよ。この前、うちで処女膜再生手術の予約してました。遊び尽くして、最後は真面目そうな男捕まえるつもりなのでしょうね」真理は普段から
Baca selengkapnya

第4話

真理は無理やり鎮痛薬を飲み込むと、そのまま手術室に入った。いつもなら三十分もかからない手術が、今回は二時間もかかった。ようやく彩乃が危険を脱したとき、真理はすでに限界を超えていた。扉が開くと、廊下を落ち着きなく歩き回る陽翔の姿が目に入る。張り詰めた糸がぷつりと切れ、真理の体は揺れた。差し伸べた手は、彼に届かない。陽翔は振り返ることなく、担架で眠る彩乃に駆け寄った。一瞥さえ与えずに。真理はその場に崩れ落ち、頭を床に打ちつけた。鈍い音とともに血が額から伝う。看護師の声は遠く、霞の向こうで陽翔の背中がどんどん小さくなっていった。......目を覚ますと、病室のベッドにいた。周りには誰もいない。点滴は抜かれ、テープの跡がじんじんと痛む。それでも体は少し楽になっていた。服を整え、真理は彩乃の病室へ向かう。看護師の話では、陽翔は一晩中そばに付き添い、今は朝食を買いに出ているという。病室に入ると、ちょうど彩乃が目を開けた。ゆっくりと笑みを浮かべる。「昨日はありがとう」けれどその笑みの奥に潜む軽蔑は、あまりにも鋭かった。「でもね、何を言っていいかダメなのか、わかってるでしょ?陽翔が愛してるのは私よ。私はいずれ佐藤家に嫁ぐの。あなたも、余計なことはしない方がいい。妹は妹よ。分をわきまえないと。もし知られたら、下品だって笑われるわよ。兄を誘惑するために恥も捨てたってね」真理の拳が震え、血の気が引いていく。「......何を話してるんだ?」低い声が空気を裂いた。振り返れば、陽翔が扉に立っていた。会話はすべて聞かれていた。だが彼は、何事もなかったように袋を机に置いた。視線を逸らし、ぎこちなく笑う。その瞳に宿るのは、真理への気遣いではなく、彩乃を庇おうとする迷いだった。......そうか。今ここで何を言っても、私が嫉妬に狂ったみっともない女にしか見えない。彩乃はすぐに、弱々しくも可憐な笑顔を浮かべた。「ねえ、あなた。ちょうど妹さんにお礼を言ってたの。命を助けてもらったから。ほんと、私って身体が弱いわ......たかが生理なのに、こんな騒ぎになっちゃって」陽翔は彼女の髪を耳にかける。指先は優しく、その眼差しは甘い優しさで溢れる。「じゃあ、これからは
Baca selengkapnya

第5話

三日後、彩乃は退院した。その日、真理は院長に辞表を出した。「えっ、辞めるのか?」院長は目を丸くした。「君、ここは家から近いし、両親や兄のそばにいられるからって言ってただろう?主任医師に推薦しようと準備もしてたのに......考え直さなくていいのか?」卒業してから、いくつもの大病院から声がかかった。けれど真理はすべて断った。......陽翔のそばにいたくて。だが結局、距離はどんなに近くても、心には一歩も踏み込めなかった。ならいっそ、海の向こう、二度と会えない場所へ行けばいい。日にちは冷たく進む。さらに三日。その間、陽翔は一度も家に帰らなかった。だが彩乃のSNSには毎日のように姿を見せた。海辺でカモメに餌をやり、パワースポットで名前を書いた錠を掛け、お菓子を食べるために千里を駆ける......どう見ても恋人同士。熱に浮かされたカップルそのものだ。真理は画面を黙って眺め、ひとつずつ「いいね」を押していった。そして携帯を置き、ライターを手に取る。青春のすべてを書き残した日記帳に火を点けた。......けれど忘れていた。共通の友人には「いいね」が全部見えることを。翌朝。朝ごはんを食べに降りていくと、消えていたはずの陽翔が、もう席についていた。真理を見るなり、牛乳を注いで差し出した。真理は受け取らず、黙って椅子に腰を下ろした。視線を合わせることはなかった。重たい沈黙を破ったのは、陽翔の母だった。「真理。院長から聞いたわよ。仕事辞めたって?」箸を持つ陽翔の手が止まった。驚いた顔で真理を見た。ここ最近、彼の心は彩乃にばかり向いていた。昔なら服を一枚買うのにも相談してきた真理が......こんな大事な決断を一言も告げずにいたなんて。真理は何も説明せず、適当な言い訳で話を終わらせた。食事を済ませると部屋に戻り、黙々と荷造りを始めた。これからは、異国の地に赴き、自分で自分の身を守るしかない。服を畳んでいると、背後から腕が回された。陽翔だった。熱い吐息が首筋をかすめる。混じるのは焦りと不安。「真理......誰かに何か聞いたのか?」あの日の出来事が胸をえぐる。けれど真理はただ衣服をたたみ終え、そっと腕を振りほどいた。「何のこと?私に
Baca selengkapnya

第6話

東豪ビルに着いた瞬間、真理の目に飛び込んできたのは、人だかりだった。十階の窓際に、彩乃が今にも落ちそうに身を乗り出している。少し離れたところには陽翔。必死に言葉を投げかけていた。二人とも、一歩間違えれば命を落とすだろう。眉をひそめた真理の耳に、陽翔の親友の声が届く。「彩乃の......その、写真がネットに流れたんだ。で、聞いたら『真理が陽翔を奪うために画像を捏造した』って。そう言い張って飛び降りるって......」顔を上げると、陽翔が必死に手を伸ばしていた。「俺は真理にお前を傷つけさせない。結婚したら、あいつは家から追い出す。二度と関わらせないから」真理の胸に冷たいものが落ちた。彼は急いで『妹』と線を引いた。「本当......?やっと信じてくれたの?」彩乃が涙に濡れた目で手を伸ばす。「ずっと信じてるよ。お前のために全部片づける。真理のことも含めて」陽翔は必死に頷き、目に憐れみを浮かべた。その姿を、真理は下から見上げていた。最後に残っていた小さな火も、冷たい水を浴びせられたように消えていく。背を向けようとした瞬間......彩乃の足がもつれ、体が宙に落ちた。人々の悲鳴が響く。次の瞬間、陽翔が躊躇なく飛び降りた。彼女を抱きしめ、共に落ちていく。十階から。粉々になってもおかしくない高さだ。それでも、彼にとって彩乃は命より大事だった。間一髪、設置されたエアマットが二人を受け止めた。その時だった。群衆の中から彩乃の友人が真理を指差した。「この女よ!自分の兄に色目を使って、挙げ句に彩乃さんを陥れようとしたのよ!」怒りの声が一斉に湧く。誰かが拾ったレンガを投げつけた。「恥知らずの女!」「不倫女、死んじまえ!」ゴン、と鈍い音。真理の頭に衝撃が走り、世界が真っ白になる。頭頂にべったりとした感覚。手で触れると、赤く染まった。地面が揺れ、視界が歪む。意識が遠のく寸前、陽翔の親友が叫んだ。「陽翔!真理が......」けれど陽翔は、彩乃を救えた安堵に浸っていた。かすかに名前を聞いた気がしても、振り返れば何も見えない。その隙に真理は血を押さえ、最後の力で人混みを抜けた。家に戻り、簡単に傷を処置した。リビングに座り、じっと家を見回
Baca selengkapnya

第7話

エアマットのおかげで、陽翔と彩乃は軽い擦り傷で済んだ。病室で、彩乃は陽翔の手をぎゅっと握りしめ、震えが止まらなかった。陽翔はその背中を優しくさすり続けた。「大丈夫だ。ネットの写真も噂も全部消した。もう誰もお前を傷つけられない」その言葉に、彩乃はようやく肩の力を抜いた。だが陽翔の胸には、得体の知れないざわめきが渦巻いていた。理由はわからない。ただ落ち着かない。考えをまとめる間もなく、唇に一瞬だけ温もりが触れた。すぐ離れていったが、確かに彩乃がキスを落としたのだ。顔を伏せた彼女の頬は赤い。「陽翔......この一件で確信した。やっぱり、私が結婚したいのはあなたよ。結婚しよう」突然の言葉に、陽翔は思わず体を引いた。「......どうしたの?嫌なの?」不満げな声が返った。陽翔自身も理由はわからなかった。ただ、胸の中の何かが一気にざわめき、混乱の中で浮かんだのは真理の姿だった。彼は笑って誤魔化した。「いや......結婚は人生の大事な節目だ。ちゃんとした形でやらないとな」昔、真理を誤魔化したとき何度も使った言葉だ。思わず口をついて出ていた。彩乃は一瞬ぽかんとしたが、すぐにくすっと笑う。そうだ、恋人同士の小さなことですら細やかにしてくれる人が、結婚をただ口で済ませるはずがない。きっと大きなサプライズを用意しているに違いない。「うん、待ってるよ」陽翔はその意味を深く考えず、布団を掛け直した。「ゆっくり休め。あとでまた来る」返事も聞かず、足早に病室を出て行った。それでも、頭の中は混乱したままだった。苛立ちを振り払うように、親友グループにメッセージを送る。【飲みに行くぞ】カラオケの個室はすぐに賑やかになった。歌う者、騒ぐ者、踊る者。だが陽翔だけは隅に座り、黙々と酒をあおっていた。グラスを満たそうとした瞬間、隣の仲間に瓶を奪われた。「陽翔さん、何か悩みでも?酒で忘れようとするなんて」すぐに別の声が割り込んできた。「悩みなんて一つだろ。彩乃をどう嫁にもらうかってな」笑い混じりに続く声。「だってさ、彩乃はお前のために飛び降りまでしようとしたんだぞ?まだプロポーズしないのかよ?それとも、あの『妹』の真理が嫉妬するのが怖いんか?」...
Baca selengkapnya

第8話

陽翔は、両親にどう説明すればいいのかわからず、とりあえず言い訳でその場をやり過ごした。両親が去った途端、廊下で耳をそばだてていた親友たちがどっと押し寄せた。「すげぇな、陽翔さん。両親があそこまでオープンだとは。兄妹でもオッケーとか」「オープンすぎだろ。でも相手が違うんだよな。陽翔の心はもう彩乃でいっぱいなんだから」「だな。近いうちにゴールイン間違いなしだろ」「おいおい、まだ何も決まっちゃいないって」陽翔は笑いながら拳で彼の肩を軽く小突いた。笑い声が広がったが、彼自身はまったく笑えなかった。酒を少し流し込むと、彼は早々に帰ると言い訳してその場を抜けた。帰り道、ふと目に入ったのはブライダルジュエリーの店。気づけば足が勝手に中へ入っていた。ショーケースの中、月の形を模したリングに目を奪われた。小さなダイヤで縁取られた弦月。淡い光を放っていた。「これ、見せてもらえます?」店員が丁寧に差し出す。「お客様、お目が高いですね。こちらは新作で、『ひとりを照らす月』を象徴しています。きっと意味に惹かれたのでしょうね」陽翔は何も言わず、指輪を手に取った。サイズも悪くない。......よし。カードを出そうとした瞬間、横から伸びてきた手がそれをさらった。彩乃だった。彼女は嬉しそうに自分の指にはめてみた。「やっぱり!ずっと待ってたけど来ないから!ここでサプライズ用意してくれてたんだね。これ、私にプロポーズするためのものでしょ?」......だが次の瞬間、指輪が関節で止まり、入らなかった。彩乃は顔をしかめ、あっさり店員に渡した。「サイズ合わないわ。もっと大きいのにして」ちょうどそのとき、彼女の携帯が鳴った。電話を切ると、陽翔の頬に軽く口づけして言う。「看護師が回診に来るから、私もう戻るね」もう一度指輪に目をやり、頬を染めて駆け出していった。店員がリングを片付けようとすると、陽翔が制した。「いや、それでいい。これを買います」外に出ると、スマホを取り出し真理のチャットを開く。【明日、俺の誕生日だ。来てくれ】そう打ったが、送信前に全部消した。明日という日を、彼女が忘れるはずはない。言わずとも来てくれる。そう信じてる。胸ポケットに指輪のケースを押し込み、深
Baca selengkapnya

第9話

その場は、静寂に包まれた。陽翔の瞳に、複雑な色が一瞬よぎった。そして怒りを押し殺すように顔を背け、そのまま立ち去ろうとした。「待ってよ!」彩乃が慌てて彼の服を掴み、声を張り上げる。「真理はもう自分からいなくなったの!邪魔な存在がいなくなったんだから、私たちは幸せになれるはずよ!」「......いなくなった?」陽翔は振り返った。眉間に焦りが滲む。ずっと黙っていた仲間の一人が、おそるおそる口を開いた。「......陽翔さん。言うタイミングがなくて......実は、彩乃が飛び降りようとしたあの日、心配になって俺、勝手に真理に電話したんだ。彼女、ちゃんと来てたんだよ。下で全部見てた。で、彩乃の友達に『愛人だ』って責められて......頭を殴られたんだ。俺は必死で声かけたけど、その時の陽翔さん、彩乃のことで頭がいっぱいで......聞こえてなかった」陽翔の胸が凍りついた。確かに......誰かが自分を呼んだ気はした。振り返ったとき、群衆の向こうに小さな背中があった。頭を押さえ、よろめきながら去っていく姿。だが人混みに紛れ、はっきりとは見えなかった。......あれが、真理だったのか。次の瞬間、陽翔は彩乃の手を振り払い、ホテルを飛び出していた。信号を六度も無視し、車を家の前に急停車させた。玄関を乱暴に開け、真理の部屋へ駆け込んだ。空っぽだった。彼女の物はすべて消えていた。ふと舞い上がった灰が、手のひらに落ちる。指でそっとつまむと、黒い塊になった。視線を追えば、ベランダの隅。燃え尽きた灰の中に、半分だけ残った日記帳が横たわっていた。陽翔は膝をつき、その日記を拾い上げる。最後のページには、書きかけの文字。......【お兄ちゃん】だが、その文字は太い線で消されていた。代わりに残された言葉。【陽翔、もう二度と会わないわ】別れの言葉は、これだけ。彼女の七年間の苦しみと屈辱が、その一行に凝縮されていた。そのとき、両親が慌ただしく戻ってきた。灰の前で泣き崩れる陽翔を見て、すべてを悟った。大切にしてきた養女は、陽翔に傷つけられ、そして追い詰められて去ったのだ。「この馬鹿息子!」母の平手打ちが、彼の頬に叩きつけられる。「殺してや
Baca selengkapnya

第10話

アルディアの難民キャンプ。真理は必死に負傷者の止血を続けていた。爆撃で運び込まれる人々は後を絶たない。足を失った者、腹を破片に貫かれた者......血と叫びが絶え間なく押し寄せてくる。それでも真理は冷静だった。一人で三人分の働きをし、次々と傷を縫い、命をつなぐ。やっとの思いで一息ついたとき、ふと顔を上げる。そこには感謝に満ちた視線が集まっていた。「ありがと......ありがと」拙い母国の言語で繰り返し伝えられる。誰かが親指を立て、彼女を「天使」と呼んだ。その瞬間、真理は初めて知った。誰にも依存せず、自分を必要とされる喜びを。尊敬を勝ち取るとは、こういうことなのだと。負傷者を落ち着かせると、真理は仲間と共に瓦礫の町へ向かう。まだ生きている人を探すために。昨日まで賑やかだった市街地は、今や瓦礫と煙に覆われていた。権力者たちの勝利の代償は、罪なき民の命。真理にできるのは、ただ一人でも多くを救うことだけ。「......お姉ちゃん」突然、聞き慣れた母国の言語が耳に届いた。真理ははっとして振り返た。崩れた壁の陰。小さな女の子が身体を丸め、震えていた。その傍らには......二人の大人の遺体。顔は判別できないほど損傷していたが、きっと彼女の両親だったのだろう。最期の力で娘を隠し、自分たちは逃げられなかったのだろう。真理はゆっくりと手を差し出した。「大丈夫、怖くないよ」女の子は泣きながら彼女の胸に飛び込んできた。「お姉ちゃん......パパとママ死んじゃった......!由衣(ゆい)、怖いよ!」「大丈夫。もう怖くない。お姉ちゃんが守るから」真理はその小さな体を抱きしめ、何度も背中をさすった。そのとき......空に轟音が走る。ドローンの羽音。視線を上げると、爆弾を吊り下げたドローンが真っ直ぐこちらを狙っていた。「走って!」真理は由衣を抱きかかえ、必死に駆け出す。だが周囲は瓦礫ばかり、隠れる場所などない。ドローンは容赦なく爆弾を投下した。次の瞬間、真理は少女を庇って瓦礫の影に身を投げ出す。その上に覆いかぶさり、全身で守った。轟音。大地が揺れ、砂煙が一面を覆う。煙の中、由衣の泣き声が響いた。「お姉ちゃん!血出
Baca selengkapnya
Sebelumnya
12
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status