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花は月に眠れず

花は月に眠れず

By:  佐伯進奈Kumpleto
Language: Japanese
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17Mga Kabanata
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森下真理(もりした まり)は、幼い頃に佐藤家へ引き取られた。 義兄の佐藤陽翔(さとう はると)は、誰よりも彼女を甘やかし、守ってくれる存在だった。 養父母に隠れて、二人は七年もの間、恋人同士として過ごしてきた。 「誕生日になったら、真理にプロポーズする」 そう陽翔は約束してくれていた。 けれど、その日。 真理は偶然、彼と友人たちの会話を耳にしてしまう。 「彩乃が『結婚するまではダメ』って言うから、陽翔さん、欲求不満で死にそうなのに、一度も触れてないんだってな。 でも真理は勝手に体を差し出してきた。都合のいい道具だろ?タダより安いもんはないぜ」 下品な笑い声が続いた。 そして誰かがからかうように尋ねた。 「なぁ、陽翔さん。彩乃と結婚しても、養妹とこっそり続けるんじゃないんすか?」 一瞬の沈黙。 次に響いたのは、低く嗤うような声だった。 「そんなわけないだろ。彩乃は純白なんだ。汚したくない」 その一言は、真理の胸を鋭く切り裂いた。 息が詰まり、足元が揺らぐ。 けれど声を出すこともできず、ただ静かにその場を後にした。 ......泣くことさえ許されない気がした。 すべてを呑み込み、真理は決めた。 海外の戦場へ向かおう。 国境なき医師として、命を懸けて人を救うんだ。 彼の人生で脇役にされるくらいなら、舞台を降りる。 これからは、自分の物語のために生きよう。 その知らせを知ったとき、陽翔は狂ったように、彼女を探し始めることになった。

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Kabanata 1

第1話

森下真理(もりした まり)が成人したばかりの時、義兄の佐藤陽翔(さとう はると)と、禁断の果実を摘んでしまった。

昼間は「お兄ちゃん」と素直に呼ぶのに、夜になるとベッドの上で「あなた」と声が枯れるまで言わされた。

許してもらえるのは、いつも朝方になる頃だった。

二人の秘密は七年も続いた。

リビング、浴室、キッチン......家の隅々まで、すでに痕跡でいっぱいだ。

ある日の午後。養父母が寝室に入った途端、真理は大きな窓の前で陽翔に押し倒された。

白いワンピースを腰まで乱され、身体の距離は一瞬でなくなった。

「......やだ、聞こえちゃう......」

震える声でそう言うと、陽翔は唇を歪めた。

「何を怖がってるんだ。こっちの方が、ずっとスリルあるだろ?

ほら、いい子だ。お兄ちゃんは、お前のその声が一番好きなんだよ」

その瞬間、強烈な快感に襲われ、真理の思考は真っ白になる。声を上げる代わりに、必死に陽翔の肩に噛みついた。

けれど、本気では噛めない。ただ、甘えるように歯を立てるだけだった。

世間での彼は、佐藤グループの冷徹な若き社長。

「妹を溺愛する兄」として名を馳せている。だが真実を知るのは、真理ただ一人。

彼がどれほど強い欲を抱え、どれほど多彩な方法で彼女を狂わせるか......それを知るのは彼女だけだった。

必死に応える真理の姿に、陽翔は眉をひそめ、低く息を洩らす。「......やっぱり、お前は最高だ。お兄ちゃんはお前なしじゃ生きられない。なぁ、真理。永遠に俺だけを愛してくれるだろ?」

頬を染め、蕩ける視線で彼を見つめる真理。二十数年、彼はずっと自分の一部だった。

昔から兄妹だった。けれど、この先は......

ふと不安が胸を刺し、真理は動きを止めた。「......ねぇ。いつになったらお義父さんたちに話すの?最近、あなたにお見合いを勧めてるじゃない」

途端に陽翔の表情が曇った。だがすぐに彼女の唇へ優しい口づけを落とし、囁いた。

「俺の誕生日が終わったら言うよ。その方が、きっと受け入れてもらいやすい」

確かな答えに、真理の胸の中は一気に明るくなる。その夜、二人は何度も愛を確かめ合い、同じ頂へと昇りつめた。

事が終わると、陽翔は当たり前のようにティッシュを渡してくれる。ズボンを履き終えた彼のスマホが鳴り、画面をちらりと見た後、小さな箱を真理に差し出した。

「今日は友達の誕生日なんだ。もう迎えが来てる。俺が帰るまで、いい子で待ってろ」

包みを開け、中身を見た瞬間に真理の顔は真っ赤になった。その様子に、満足したはずの陽翔が再び熱っぽい目を向けた。

「......俺が帰るまで、外すなよ」

命令されれば、逆らうことなどできない。

「......うん」

真理はただ素直に頷くしかなかった。

陽翔が出て行ったあと、ふとソファに財布が置き忘れられているのに気づいた。慌てて車に乗り込み、彼を追った。

胸は高鳴り、心は浮き立っていた。道端の花まで鮮やかに見え、鳥の声さえ自分を祝福しているように思えた。

だが、店の個室の前に着いた瞬間。中から聞こえてきた笑い声が、真理の足を止めた。

「さすが陽翔さんだよな。カーテンも閉めないなんてさ。俺たち全員、腹よりテント張っちまったぜ」

「ほんとほんと。顔もテクもAV女優並み。けど所詮は養女だ。あんなに乱れるなんてな。陽翔さんが本気じゃないから、俺らも楽しめるってわけだ!」

......わざと、見せていた?

真理はその場で硬直した。

耳鳴りがする。胸が苦しくて、呼吸が乱れる。何が本当で、何が嘘なのか......分からなくなっていった。

部屋の中から漏れる笑い声は止まらなかった。

その一言一言が胸を刺し、真理の中で燻っていた疑念に答えを突きつけてくる。「さすが陽翔さん。彩乃のこと、大事にしすぎて手も出せないんでしょ」

「彩乃が『結婚するまではダメ』って言うから、陽翔さん、欲求不満で死にそうなのに、一度も触れてないんだってな」

「けど、俺たちは知ってるよ。陽翔さんは、女遊びが好きなくせに外の女は汚いって嫌っている。便利な発散道具が身近にあるなら、使わなきゃ損だし、十年以上も養ってきてんだ。無駄にはしないさ」

「なぁ、陽翔さんって彩乃と結婚しても、養妹とこっそりこの関係を続けるんじゃないんすか?」

一瞬の沈黙。

次に響いたのは、低く嗤うような声だった。

「そんなわけないだろ。彩乃は純白だぞ。汚したくない」

吐き捨てるような調子。

冷たく、どこか見下す響き。

まるで知らない誰かの声に聞こえた。

足がふらつき、心臓が大きく跳ねる。

けれど体の奥では、まだ陽翔に仕込まれた玩具が容赦なく蠢いていた。

「お前はただの道具だ」と嘲笑うかのように。

視界がにじむんだ。

そして近くから店員の足音が迫ってくる。

見られるのが怖くて、真理は慌てて踵を返した。

情けないほど必死に、その場から逃げ出すしかなかった。

けれど、逃げても記憶は追いかけてくる。

両親を亡くした日。

五歳で孤児になった自分を、父の戦友だった佐藤家の叔父さんがためらいなく引き取ってくれた。

佐藤家の一人息子は「どうしようもない問題児」だと聞かされていたから、真理は最初から肩身の狭い生活を覚悟していた。

だが、初めて会った陽翔は手を引いてくれて、優しく「真理ちゃん」と呼んでくれた。

雷が怖くて泣きじゃくった夜は、朝まで布団のそばにいてくれた。

学校で不良に絡まれた時は、自分の身を張って返り討ちにし、頭に二十針も縫う怪我を負った。

年を重ねるほどに、陽翔は誰よりも格好よくなっていった。

彼を慕う人は星の数ほどいた。

真理もそのひとりだ。

想いを胸に隠し、日記にだけ書き綴る日々。

ずっと、密かに好きでいるだけでいいと思っていた。

十八歳になるまでは。

あの日。放課後に部屋のドアを開けた時、陽翔は真理の日記を開いていた。

責めるような視線。

けれど口から出たのは別の言葉だった。

「やっぱりか。真理も俺と同じで、汚い気持ちを抱えてたんだな」

その日、二人は初めて体を重ねた。

不器用で、けれど狂ったように繰り返された行為。

我に返った時、シーツに残る赤いモノが目に飛び込み、胸が押し潰されそうな後悔に襲われた。

それでも陽翔の一言が、彼女を縛り付けた。

「籍を入れられるようになったら、真理を妻にするよ」

その約束を信じ、何度も繰り返した。

隠し続けた七年。

十八歳から二十五歳まで。

真理はもう、この秘密の関係に疲れ果てていた。

それでも「いつか」と願い続けてきた。

だが今日、すべてが崩れた。

自分は最初から、彼の目に映ってなどいなかった。

ただ、鈴木彩乃(すずき あやの)を「汚さない」ための、代わりの道具なのだ。

理解した瞬間、胸に広がったのは絶望と虚無。もう、何事もなかったように振る舞うことはできない。けれど、これからどうすればいい?

彩乃の「結婚前の試用品」として生き続けるのか?

そんなの、絶対に嫌。

震える手にスマホが震えた。

画面には、以前から参加していたボランティアのグループ通知が表示されている。

【国際医療のため、アルディア州への国境なき医師を募集中。帰国時期未定。生命の危険あり】

しばらく無言で見つめ、やがて真理は深く息を吸い、メッセージを送った。

【......まだ応募できますか?】

自分はもともと孤児。

佐藤家に置かれて、生かされてきただけ。

彼の人生ではただの脇役だった。

なら、ここで舞台を降りよう。

これからは、自分自身の物語を生きるために。

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Mga Comments

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松坂 美枝
クズ兄さんのご両親は良い人だった… 戦地でまで修羅場を繰り広げるこいつらはちょっと面白かったのに間女が来たせいでもー
2025-09-08 12:16:30
1
17 Kabanata
第1話
森下真理(もりした まり)が成人したばかりの時、義兄の佐藤陽翔(さとう はると)と、禁断の果実を摘んでしまった。昼間は「お兄ちゃん」と素直に呼ぶのに、夜になるとベッドの上で「あなた」と声が枯れるまで言わされた。許してもらえるのは、いつも朝方になる頃だった。二人の秘密は七年も続いた。リビング、浴室、キッチン......家の隅々まで、すでに痕跡でいっぱいだ。ある日の午後。養父母が寝室に入った途端、真理は大きな窓の前で陽翔に押し倒された。白いワンピースを腰まで乱され、身体の距離は一瞬でなくなった。「......やだ、聞こえちゃう......」震える声でそう言うと、陽翔は唇を歪めた。「何を怖がってるんだ。こっちの方が、ずっとスリルあるだろ?ほら、いい子だ。お兄ちゃんは、お前のその声が一番好きなんだよ」その瞬間、強烈な快感に襲われ、真理の思考は真っ白になる。声を上げる代わりに、必死に陽翔の肩に噛みついた。けれど、本気では噛めない。ただ、甘えるように歯を立てるだけだった。世間での彼は、佐藤グループの冷徹な若き社長。「妹を溺愛する兄」として名を馳せている。だが真実を知るのは、真理ただ一人。彼がどれほど強い欲を抱え、どれほど多彩な方法で彼女を狂わせるか......それを知るのは彼女だけだった。必死に応える真理の姿に、陽翔は眉をひそめ、低く息を洩らす。「......やっぱり、お前は最高だ。お兄ちゃんはお前なしじゃ生きられない。なぁ、真理。永遠に俺だけを愛してくれるだろ?」頬を染め、蕩ける視線で彼を見つめる真理。二十数年、彼はずっと自分の一部だった。昔から兄妹だった。けれど、この先は......ふと不安が胸を刺し、真理は動きを止めた。「......ねぇ。いつになったらお義父さんたちに話すの?最近、あなたにお見合いを勧めてるじゃない」途端に陽翔の表情が曇った。だがすぐに彼女の唇へ優しい口づけを落とし、囁いた。「俺の誕生日が終わったら言うよ。その方が、きっと受け入れてもらいやすい」確かな答えに、真理の胸の中は一気に明るくなる。その夜、二人は何度も愛を確かめ合い、同じ頂へと昇りつめた。事が終わると、陽翔は当たり前のようにティッシュを渡してくれる。ズボンを履き終えた彼のスマホが鳴り、画面をちらりと見た後
Magbasa pa
第2話
ボランティアは真理の履歴書を見終えると、慌てたように電話をかけてきた。受話器越しの声は震えていて、驚きが隠せない。「冗談じゃないですよね?あんな名門の医科大学を出たのに、国内の大病院じゃなくて......あんな過酷な場所で、国境なき医師団に参加するんですか?アルディアは今、戦争中です。状況は混乱していて、常に命の危険があります。ちょっとでも気を抜けば、そのまま帰ってこられないかもしれません。本当に、それでも行くんですか?」真理はまっすぐに答えた。「子どもの頃からの夢なんです。ずっと諦められなかった夢でした。これまでは国内に、離れたくない人がいました。でも、今は......もういなくなったので」一瞬の沈黙。やがて相手の声は熱を帯びる。「......ありがとうございます。心から歓迎します。あなたの勇気と献身に、国際医療の仲間として感謝します」そして、彼らは真理に日程表を送った。出発は一週間後。ちょうど、陽翔の誕生日の日だった。待ち望んでいたはずの日は、今や別れの日に変わった。かつては一番近しい存在で、誰よりも大切な人。けれどこれからは、太平洋の向こうの二度と会えない他人になる。電話を切った真理は、その場に座り込み、しばらく動けなかった。赤く腫れた目元の涙を拭って立ち上がり、浴室へ向かった。タオルで肌をこすり、必死に陽翔の痕跡を洗い流そうとした。ふと脚の間にぬるい感覚がした。視線を落とすと、鮮やかな赤が広がっていた。......よりによって、生理が来たのだ。真理は昔から重い生理痛に悩まされてきた。ひどい時には意識を失うほどだ。鎮痛剤を飲むと、枕元のカレンダーに赤い丸で出発日を囲んだ。深夜。痛みにうなされて寝返りを打つと......部屋の扉がそっと開いた。陽翔だった。スタンドライトの薄明かりの中、彼はすぐにカレンダーの印を見つけた。スマホを枕に置き、にやりと笑って首筋に顔を埋めた。「お兄ちゃんの彼女になるの、待ちきれないのか?」息が止まり、真理の瞳に再び涙がにじんだ。ようやく気づいたのだ。......自分は彼と恋人とするようなことを散々してきた。なのに、一度も「彼女」と呼ばれたことはなかった。陽翔はその思いに気づくこともなく、大きな手をスカートの奥へ滑り込
Magbasa pa
第3話
陽翔が取り乱す姿なんて、今まで一度も見たことがなかった。いつも冷静で揺るがない人なのに......真理は時計に目を落とした。まだ夜明けには程遠い。この痛みじゃ、気を失ってもおかしくない。動くのさえやっとだ。けれど、陽翔からのメッセージは止まらない。一通、また一通。言葉は荒くなり、焦りがにじむ。まるで命に関わる大事でも起きたように。真理はとうとう鍵を手に取り、壁にすがって外へ出た。歯を食いしばり、車を飛ばした。病院の入口に着いた途端、待ち構えていた陽翔に乱暴に腕を引かれた。そのとき初めて気づいた。彼の額から血が流れていることに。以前の古傷よりも深く裂け、肉が見えるほどに。「怪我してるじゃない!すぐ治療しないと!」痛みも忘れて彼の手首をつかみ、治療室へ引こうとした。だが陽翔は鋭く振り払った。「俺のことはいい。彩乃が生理中で大出血している。俺の傷は、さっき急いで運んでいる時に花壇にぶつけただけだ。夜勤の医者が足りない。お前が今すぐ手術してやれ」真理の汗が背中を伝う。眉間に深い皺が寄る。......生理で手術なんて、聞いたことがない。それに......彼は命を張ってまで彩乃を守るの?真理の顔から血の気が引いていく。その表情に、陽翔の瞳がわずかに揺れた。何か言いかけた、そのとき......「陽翔お兄ちゃん......痛い......」病室から、か細い声が洩れた。ベッドの上の彩乃。弱り切った顔で、頼りなくこちらを見ていた。陽翔は言いかけた言葉を飲み込み、そのまま病室へ駆け込んでいった。真理はその場に立ち尽くした。心も体も抜け落ち、手足の動かし方すら忘れたみたいに。......看護師長に肩をつかまれるまでは。「ちょっと森下先生、大丈夫?顔色真っ青よ」耳元で、好奇心を隠さない声がささやく。「さっき運ばれてきたあの女の子ね。彼氏のほかに愛人とも遊びすぎて、黄体破裂よ。運ばれたとき、彼氏に『生理の出血って言え』って必死に隠させてさ。『そう言わなきゃプライバシー侵害で訴える』って」横から若い看護師が続ける。「それだけじゃないですよ。この前、うちで処女膜再生手術の予約してました。遊び尽くして、最後は真面目そうな男捕まえるつもりなのでしょうね」真理は普段から
Magbasa pa
第4話
真理は無理やり鎮痛薬を飲み込むと、そのまま手術室に入った。いつもなら三十分もかからない手術が、今回は二時間もかかった。ようやく彩乃が危険を脱したとき、真理はすでに限界を超えていた。扉が開くと、廊下を落ち着きなく歩き回る陽翔の姿が目に入る。張り詰めた糸がぷつりと切れ、真理の体は揺れた。差し伸べた手は、彼に届かない。陽翔は振り返ることなく、担架で眠る彩乃に駆け寄った。一瞥さえ与えずに。真理はその場に崩れ落ち、頭を床に打ちつけた。鈍い音とともに血が額から伝う。看護師の声は遠く、霞の向こうで陽翔の背中がどんどん小さくなっていった。......目を覚ますと、病室のベッドにいた。周りには誰もいない。点滴は抜かれ、テープの跡がじんじんと痛む。それでも体は少し楽になっていた。服を整え、真理は彩乃の病室へ向かう。看護師の話では、陽翔は一晩中そばに付き添い、今は朝食を買いに出ているという。病室に入ると、ちょうど彩乃が目を開けた。ゆっくりと笑みを浮かべる。「昨日はありがとう」けれどその笑みの奥に潜む軽蔑は、あまりにも鋭かった。「でもね、何を言っていいかダメなのか、わかってるでしょ?陽翔が愛してるのは私よ。私はいずれ佐藤家に嫁ぐの。あなたも、余計なことはしない方がいい。妹は妹よ。分をわきまえないと。もし知られたら、下品だって笑われるわよ。兄を誘惑するために恥も捨てたってね」真理の拳が震え、血の気が引いていく。「......何を話してるんだ?」低い声が空気を裂いた。振り返れば、陽翔が扉に立っていた。会話はすべて聞かれていた。だが彼は、何事もなかったように袋を机に置いた。視線を逸らし、ぎこちなく笑う。その瞳に宿るのは、真理への気遣いではなく、彩乃を庇おうとする迷いだった。......そうか。今ここで何を言っても、私が嫉妬に狂ったみっともない女にしか見えない。彩乃はすぐに、弱々しくも可憐な笑顔を浮かべた。「ねえ、あなた。ちょうど妹さんにお礼を言ってたの。命を助けてもらったから。ほんと、私って身体が弱いわ......たかが生理なのに、こんな騒ぎになっちゃって」陽翔は彼女の髪を耳にかける。指先は優しく、その眼差しは甘い優しさで溢れる。「じゃあ、これからは
Magbasa pa
第5話
三日後、彩乃は退院した。その日、真理は院長に辞表を出した。「えっ、辞めるのか?」院長は目を丸くした。「君、ここは家から近いし、両親や兄のそばにいられるからって言ってただろう?主任医師に推薦しようと準備もしてたのに......考え直さなくていいのか?」卒業してから、いくつもの大病院から声がかかった。けれど真理はすべて断った。......陽翔のそばにいたくて。だが結局、距離はどんなに近くても、心には一歩も踏み込めなかった。ならいっそ、海の向こう、二度と会えない場所へ行けばいい。日にちは冷たく進む。さらに三日。その間、陽翔は一度も家に帰らなかった。だが彩乃のSNSには毎日のように姿を見せた。海辺でカモメに餌をやり、パワースポットで名前を書いた錠を掛け、お菓子を食べるために千里を駆ける......どう見ても恋人同士。熱に浮かされたカップルそのものだ。真理は画面を黙って眺め、ひとつずつ「いいね」を押していった。そして携帯を置き、ライターを手に取る。青春のすべてを書き残した日記帳に火を点けた。......けれど忘れていた。共通の友人には「いいね」が全部見えることを。翌朝。朝ごはんを食べに降りていくと、消えていたはずの陽翔が、もう席についていた。真理を見るなり、牛乳を注いで差し出した。真理は受け取らず、黙って椅子に腰を下ろした。視線を合わせることはなかった。重たい沈黙を破ったのは、陽翔の母だった。「真理。院長から聞いたわよ。仕事辞めたって?」箸を持つ陽翔の手が止まった。驚いた顔で真理を見た。ここ最近、彼の心は彩乃にばかり向いていた。昔なら服を一枚買うのにも相談してきた真理が......こんな大事な決断を一言も告げずにいたなんて。真理は何も説明せず、適当な言い訳で話を終わらせた。食事を済ませると部屋に戻り、黙々と荷造りを始めた。これからは、異国の地に赴き、自分で自分の身を守るしかない。服を畳んでいると、背後から腕が回された。陽翔だった。熱い吐息が首筋をかすめる。混じるのは焦りと不安。「真理......誰かに何か聞いたのか?」あの日の出来事が胸をえぐる。けれど真理はただ衣服をたたみ終え、そっと腕を振りほどいた。「何のこと?私に
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第6話
東豪ビルに着いた瞬間、真理の目に飛び込んできたのは、人だかりだった。十階の窓際に、彩乃が今にも落ちそうに身を乗り出している。少し離れたところには陽翔。必死に言葉を投げかけていた。二人とも、一歩間違えれば命を落とすだろう。眉をひそめた真理の耳に、陽翔の親友の声が届く。「彩乃の......その、写真がネットに流れたんだ。で、聞いたら『真理が陽翔を奪うために画像を捏造した』って。そう言い張って飛び降りるって......」顔を上げると、陽翔が必死に手を伸ばしていた。「俺は真理にお前を傷つけさせない。結婚したら、あいつは家から追い出す。二度と関わらせないから」真理の胸に冷たいものが落ちた。彼は急いで『妹』と線を引いた。「本当......?やっと信じてくれたの?」彩乃が涙に濡れた目で手を伸ばす。「ずっと信じてるよ。お前のために全部片づける。真理のことも含めて」陽翔は必死に頷き、目に憐れみを浮かべた。その姿を、真理は下から見上げていた。最後に残っていた小さな火も、冷たい水を浴びせられたように消えていく。背を向けようとした瞬間......彩乃の足がもつれ、体が宙に落ちた。人々の悲鳴が響く。次の瞬間、陽翔が躊躇なく飛び降りた。彼女を抱きしめ、共に落ちていく。十階から。粉々になってもおかしくない高さだ。それでも、彼にとって彩乃は命より大事だった。間一髪、設置されたエアマットが二人を受け止めた。その時だった。群衆の中から彩乃の友人が真理を指差した。「この女よ!自分の兄に色目を使って、挙げ句に彩乃さんを陥れようとしたのよ!」怒りの声が一斉に湧く。誰かが拾ったレンガを投げつけた。「恥知らずの女!」「不倫女、死んじまえ!」ゴン、と鈍い音。真理の頭に衝撃が走り、世界が真っ白になる。頭頂にべったりとした感覚。手で触れると、赤く染まった。地面が揺れ、視界が歪む。意識が遠のく寸前、陽翔の親友が叫んだ。「陽翔!真理が......」けれど陽翔は、彩乃を救えた安堵に浸っていた。かすかに名前を聞いた気がしても、振り返れば何も見えない。その隙に真理は血を押さえ、最後の力で人混みを抜けた。家に戻り、簡単に傷を処置した。リビングに座り、じっと家を見回
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第7話
エアマットのおかげで、陽翔と彩乃は軽い擦り傷で済んだ。病室で、彩乃は陽翔の手をぎゅっと握りしめ、震えが止まらなかった。陽翔はその背中を優しくさすり続けた。「大丈夫だ。ネットの写真も噂も全部消した。もう誰もお前を傷つけられない」その言葉に、彩乃はようやく肩の力を抜いた。だが陽翔の胸には、得体の知れないざわめきが渦巻いていた。理由はわからない。ただ落ち着かない。考えをまとめる間もなく、唇に一瞬だけ温もりが触れた。すぐ離れていったが、確かに彩乃がキスを落としたのだ。顔を伏せた彼女の頬は赤い。「陽翔......この一件で確信した。やっぱり、私が結婚したいのはあなたよ。結婚しよう」突然の言葉に、陽翔は思わず体を引いた。「......どうしたの?嫌なの?」不満げな声が返った。陽翔自身も理由はわからなかった。ただ、胸の中の何かが一気にざわめき、混乱の中で浮かんだのは真理の姿だった。彼は笑って誤魔化した。「いや......結婚は人生の大事な節目だ。ちゃんとした形でやらないとな」昔、真理を誤魔化したとき何度も使った言葉だ。思わず口をついて出ていた。彩乃は一瞬ぽかんとしたが、すぐにくすっと笑う。そうだ、恋人同士の小さなことですら細やかにしてくれる人が、結婚をただ口で済ませるはずがない。きっと大きなサプライズを用意しているに違いない。「うん、待ってるよ」陽翔はその意味を深く考えず、布団を掛け直した。「ゆっくり休め。あとでまた来る」返事も聞かず、足早に病室を出て行った。それでも、頭の中は混乱したままだった。苛立ちを振り払うように、親友グループにメッセージを送る。【飲みに行くぞ】カラオケの個室はすぐに賑やかになった。歌う者、騒ぐ者、踊る者。だが陽翔だけは隅に座り、黙々と酒をあおっていた。グラスを満たそうとした瞬間、隣の仲間に瓶を奪われた。「陽翔さん、何か悩みでも?酒で忘れようとするなんて」すぐに別の声が割り込んできた。「悩みなんて一つだろ。彩乃をどう嫁にもらうかってな」笑い混じりに続く声。「だってさ、彩乃はお前のために飛び降りまでしようとしたんだぞ?まだプロポーズしないのかよ?それとも、あの『妹』の真理が嫉妬するのが怖いんか?」...
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第8話
陽翔は、両親にどう説明すればいいのかわからず、とりあえず言い訳でその場をやり過ごした。両親が去った途端、廊下で耳をそばだてていた親友たちがどっと押し寄せた。「すげぇな、陽翔さん。両親があそこまでオープンだとは。兄妹でもオッケーとか」「オープンすぎだろ。でも相手が違うんだよな。陽翔の心はもう彩乃でいっぱいなんだから」「だな。近いうちにゴールイン間違いなしだろ」「おいおい、まだ何も決まっちゃいないって」陽翔は笑いながら拳で彼の肩を軽く小突いた。笑い声が広がったが、彼自身はまったく笑えなかった。酒を少し流し込むと、彼は早々に帰ると言い訳してその場を抜けた。帰り道、ふと目に入ったのはブライダルジュエリーの店。気づけば足が勝手に中へ入っていた。ショーケースの中、月の形を模したリングに目を奪われた。小さなダイヤで縁取られた弦月。淡い光を放っていた。「これ、見せてもらえます?」店員が丁寧に差し出す。「お客様、お目が高いですね。こちらは新作で、『ひとりを照らす月』を象徴しています。きっと意味に惹かれたのでしょうね」陽翔は何も言わず、指輪を手に取った。サイズも悪くない。......よし。カードを出そうとした瞬間、横から伸びてきた手がそれをさらった。彩乃だった。彼女は嬉しそうに自分の指にはめてみた。「やっぱり!ずっと待ってたけど来ないから!ここでサプライズ用意してくれてたんだね。これ、私にプロポーズするためのものでしょ?」......だが次の瞬間、指輪が関節で止まり、入らなかった。彩乃は顔をしかめ、あっさり店員に渡した。「サイズ合わないわ。もっと大きいのにして」ちょうどそのとき、彼女の携帯が鳴った。電話を切ると、陽翔の頬に軽く口づけして言う。「看護師が回診に来るから、私もう戻るね」もう一度指輪に目をやり、頬を染めて駆け出していった。店員がリングを片付けようとすると、陽翔が制した。「いや、それでいい。これを買います」外に出ると、スマホを取り出し真理のチャットを開く。【明日、俺の誕生日だ。来てくれ】そう打ったが、送信前に全部消した。明日という日を、彼女が忘れるはずはない。言わずとも来てくれる。そう信じてる。胸ポケットに指輪のケースを押し込み、深
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第9話
その場は、静寂に包まれた。陽翔の瞳に、複雑な色が一瞬よぎった。そして怒りを押し殺すように顔を背け、そのまま立ち去ろうとした。「待ってよ!」彩乃が慌てて彼の服を掴み、声を張り上げる。「真理はもう自分からいなくなったの!邪魔な存在がいなくなったんだから、私たちは幸せになれるはずよ!」「......いなくなった?」陽翔は振り返った。眉間に焦りが滲む。ずっと黙っていた仲間の一人が、おそるおそる口を開いた。「......陽翔さん。言うタイミングがなくて......実は、彩乃が飛び降りようとしたあの日、心配になって俺、勝手に真理に電話したんだ。彼女、ちゃんと来てたんだよ。下で全部見てた。で、彩乃の友達に『愛人だ』って責められて......頭を殴られたんだ。俺は必死で声かけたけど、その時の陽翔さん、彩乃のことで頭がいっぱいで......聞こえてなかった」陽翔の胸が凍りついた。確かに......誰かが自分を呼んだ気はした。振り返ったとき、群衆の向こうに小さな背中があった。頭を押さえ、よろめきながら去っていく姿。だが人混みに紛れ、はっきりとは見えなかった。......あれが、真理だったのか。次の瞬間、陽翔は彩乃の手を振り払い、ホテルを飛び出していた。信号を六度も無視し、車を家の前に急停車させた。玄関を乱暴に開け、真理の部屋へ駆け込んだ。空っぽだった。彼女の物はすべて消えていた。ふと舞い上がった灰が、手のひらに落ちる。指でそっとつまむと、黒い塊になった。視線を追えば、ベランダの隅。燃え尽きた灰の中に、半分だけ残った日記帳が横たわっていた。陽翔は膝をつき、その日記を拾い上げる。最後のページには、書きかけの文字。......【お兄ちゃん】だが、その文字は太い線で消されていた。代わりに残された言葉。【陽翔、もう二度と会わないわ】別れの言葉は、これだけ。彼女の七年間の苦しみと屈辱が、その一行に凝縮されていた。そのとき、両親が慌ただしく戻ってきた。灰の前で泣き崩れる陽翔を見て、すべてを悟った。大切にしてきた養女は、陽翔に傷つけられ、そして追い詰められて去ったのだ。「この馬鹿息子!」母の平手打ちが、彼の頬に叩きつけられる。「殺してや
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第10話
アルディアの難民キャンプ。真理は必死に負傷者の止血を続けていた。爆撃で運び込まれる人々は後を絶たない。足を失った者、腹を破片に貫かれた者......血と叫びが絶え間なく押し寄せてくる。それでも真理は冷静だった。一人で三人分の働きをし、次々と傷を縫い、命をつなぐ。やっとの思いで一息ついたとき、ふと顔を上げる。そこには感謝に満ちた視線が集まっていた。「ありがと......ありがと」拙い母国の言語で繰り返し伝えられる。誰かが親指を立て、彼女を「天使」と呼んだ。その瞬間、真理は初めて知った。誰にも依存せず、自分を必要とされる喜びを。尊敬を勝ち取るとは、こういうことなのだと。負傷者を落ち着かせると、真理は仲間と共に瓦礫の町へ向かう。まだ生きている人を探すために。昨日まで賑やかだった市街地は、今や瓦礫と煙に覆われていた。権力者たちの勝利の代償は、罪なき民の命。真理にできるのは、ただ一人でも多くを救うことだけ。「......お姉ちゃん」突然、聞き慣れた母国の言語が耳に届いた。真理ははっとして振り返た。崩れた壁の陰。小さな女の子が身体を丸め、震えていた。その傍らには......二人の大人の遺体。顔は判別できないほど損傷していたが、きっと彼女の両親だったのだろう。最期の力で娘を隠し、自分たちは逃げられなかったのだろう。真理はゆっくりと手を差し出した。「大丈夫、怖くないよ」女の子は泣きながら彼女の胸に飛び込んできた。「お姉ちゃん......パパとママ死んじゃった......!由衣(ゆい)、怖いよ!」「大丈夫。もう怖くない。お姉ちゃんが守るから」真理はその小さな体を抱きしめ、何度も背中をさすった。そのとき......空に轟音が走る。ドローンの羽音。視線を上げると、爆弾を吊り下げたドローンが真っ直ぐこちらを狙っていた。「走って!」真理は由衣を抱きかかえ、必死に駆け出す。だが周囲は瓦礫ばかり、隠れる場所などない。ドローンは容赦なく爆弾を投下した。次の瞬間、真理は少女を庇って瓦礫の影に身を投げ出す。その上に覆いかぶさり、全身で守った。轟音。大地が揺れ、砂煙が一面を覆う。煙の中、由衣の泣き声が響いた。「お姉ちゃん!血出
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