結衣が顔を上げると、その声の主は静香だった。結衣は思わず拳をぎゅっと握りしめる。「先輩、私、何かあなたの気に障ることをした?」「は?笑わせないで」静香の声が一気に尖る。「私はプロの目であなたの踊りを評しただけ。私に気に入られてるかどうかなんて一切関係ない。それとも結衣、あなたは人にに持ち上げられないと受け入れられないの?」静香の言葉の一つ一つが、棘のように結衣の胸に突き刺さった。鈍いはずの彼女でも、そこに怒りが込められているのはすぐに分かった。思い当たる理由は一つしかない。結衣はまっすぐに静香を見据え、落ち着いた声で問いかける。「私が誠と付き合っているから、それが、気に入らないの?」「黙りなさい!」図星を刺された静香は、怒りに任せて手を振り上げる。だが、ちょうどその時、その手を制する声が飛んでくる。「静香、やめなさい!」冷ややかな顔のニナが横から歩み出た。彼女はこのスタジオの創設者であり、静香の成長をずっと見守ってきた師でもある。一部始終を見ていた彼女には、静香がわざと事を荒立てているのが明らかだ。静香はなおも不満げに手を下ろし、結衣を憎々しげににらみつけながら、小さく吐き捨てる。「何がそんなに偉いのよ。私が橋渡ししてあげなかったら、あなたはここに来ることすらできなかったくせに」ニナは鋭い視線で静香を制し、それ以上言葉を吐かせなかった。そして結衣と静香に向き直り、口を開く。「あなたたち二人は、私が見てきた中でもっとも才能に恵まれた子たちよ。確かに結衣は最初、基礎が弱くてそれが短所になっていた。けれど、そのぶん努力で補ってきた。近々、大きなダンスコンテストが開かれるの。どちらを出場させるか考えていたところなのに、こんな言い争いを始めるなんて。踊りで始まった争いなら、踊りで終わらせよう。いまから私がランダムに曲を流す。二人とも踊りなさい。実力で、どちらが上か示すのよ。いいわね?」静香はそれを聞いて、鼻先でせせら笑った。「いいわ。受けて立つ」結衣もまた、小さくうなずいた。ニナは周囲に目配せし、舞台を二人に譲らせると、ランダムに一曲を流し始めた。静香は少しも動じることなく、自信満々で腕を掲げ、そのまま軽やかに舞い始めた。彼女は知っている。結衣には心の壁があり、難しい動
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