綾人はあの日、学校から戻って以来、魂を抜かれたようにぼんやりとしていた。頭の中を占めるのは澪奈と過ごした日々の断片。現実にあった出来事もあれば、あの日の夢に見た情景も混じっている。彼はしだいに意識が霞むように、どこかうつろになっていった。助手はその様子に不安を覚え、病院に連れて行って数々の検査を受けさせたが、特に大きな異常は見つからなかった。綾人の希望で医師は症状を和らげる薬を処方したが、効果はあまりでなかった。御影家からの呼び戻しの声も、返事をしないまま延ばし続けている。「綾人様、社長から――できるだけ早く御影家へ戻り、家業を継ぐ準備を始めてほしいとの伝言がございました」助手が言葉を選びながら伝える。「俺にはまだ、やり残したことがある。だから戻らない」綾人の声には揺るぎがなかった。しばらくためらったのち、助手は再び口を開いた。「それと……綾人様が澪奈さんの入学通知書をすり替えた、という告発状が届いています。ただ証拠もなく、実際に影響は出ていません」「誰が告発を?」「瑠花です。実名で告発状を書いたそうです」その名を聞いても、綾人は驚かなかった。彼の不幸を焦って願うのは、瑠花以外にいないと知っていたからだ。窓辺に歩み寄った綾人は、往来する人の群れを眺めながら、ふと心を決めた。――一度だけ、帰ろう。助手は彼が都の御影家に戻るのだと思ったが、違っていた。綾人は家族に知らせず、ただひとりで帰るつもりだった。「綾人様、ご一緒しましょうか?今のご体調では心配です」それでも綾人は首を振った。決意は揺らがず、助手も黙って従うしかなかった。こうして彼は再び、澪奈のいた小さな村へ向かった。荷物をまとめるとき、薬は持たなかった。入れたのは着替えを数枚と、大切に胸に抱いていた一枚の写真だけ。それは澪奈にまつわる唯一の品であり、彼にとって何よりも大切なものだった。村に戻ると、綾人は澪奈の部屋に足を踏み入れた。掃除もされず、厚い埃に覆われている。彼は道具を取り出し、根気よく部屋を整えていった。不思議と、青ヶ丘市にいるときは次々と記憶に苛まれたのに、ここでは次第に心が落ち着いていった。風がひとすじ吹き抜け、窓の隙間から小さな紙片が舞い落ちる。拾い上げると、澪奈の筆跡。文字を見た瞬間
Baca selengkapnya