「お嬢さん、うちの妻、もう年でね。座席券が取れなくて困っているんだ。少し座らせてもらえないだろうか?」澪奈はぼんやりと目を開けると、目の前に立つ年配の男性が、隣の女性を指さして話しかけているのが見えた。バスを降りて間もなく、少し疲れていたが、二人の年齢を思えば澪奈は迷わず頷いた。「どうぞ。座ってください」そう言って荷物を抱え、すっと立ち上がると通路側へ身を寄せた。窓の外を流れる景色を眺めながら、澪奈は心が軽くなるのを感じていた。これが彼女にとって初めて乗る長距離列車だった。移動は少し長く感じられたが、目に映る風景はどれも新鮮で、大学生活への期待が自然と胸にふくらんでいく。二十分ほど経ったころ、先ほどの年配の男性がやって来て声をかけた。「お嬢さん、戻って座っていいよ。座席、追加で取れたから」澪奈が席に戻ると、二人の座席はちょうど彼女の向かいだった。しかも、座席の上には色とりどりのお菓子が置かれている。思わず目を見張る澪奈に気づき、年配の女性が笑みを浮かべて言った。「これね、うちの青ヶ丘の名物なの。よかったら食べてちょうだい。さっきは席を譲ってくれて本当にありがとうね」「いえ、少し立っていたかっただけですから」澪奈は照れながら遠慮したが、女性はすぐに菓子包みを差し出した。「遠慮しないで、ほら、受け取って」その好意を断ることはできず、澪奈は素直に受け取った。女性は気さくで、すぐに会話が弾んだ。澪奈が青ヶ丘市の大学に進学することを話すと、孫の真緒も同じ大学に通っていると教えてくれた。もしかしたら顔を合わせることもあるかもしれない、と。澪奈はにこやかに耳を傾けながらも、特に気に留めることはなかった。大学は広く学部も多い。同じ学科でもなければ、知り合うことはほとんどないだろうと思った。列車が駅に着くと澪奈は礼を述べて二人に別れを告げ、荷物を抱えて大学の受付へと向かった。壮大な門の前に立ち止まり、澪奈は一瞬、ぼうっとした。胸の奥に前世の記憶がふとよみがえる。――願いどおり綾人と結婚したが、思い描いた幸福は訪れなかった。毎日絶え間ない家事に追われ、子どもの世話に明け暮れ、裕福な奥様のような暮らしとはほど遠い日々。綾人も子どもたちも口には出さなくとも心のどこかで自分の学の浅さを見下して
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