All Chapters of あなたの懺悔に口付けを 離婚後、元夫は私の妊娠検査票を見て発狂した: Chapter 11 - Chapter 20

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失踪……?

いつも冷静な門田が慌てている……。これは珍しい事だった。「何だ?」聞くと門田が言う。「弁護士から連絡が来ました。奥様にお支払いする筈の慰謝料が振り込めないと、そう申しております」(慰謝料が振り込めない?何故、そうなる?)門田が続ける。「そう言われて私からも連絡を取ろうと、奥様……前妻様に連絡をしたのですが、繋がりませんでした。調べてみたところ、前妻様の口座は解約されておりまして、連絡が取れなくなっています」口座を解約している?何故だ。離婚届と一緒に渡した協議書を出す。篠江家として恥ずかしくないように、慰謝料だって破格の筈。協議書にはきちんと篠江杏の口座が書かれている。「人をやって探させましたが、前妻様がどこに行ったのかは分かりませんでした」門田が言う。俺は思い付いて言う。「弟は?篠江グループの系列の病院には居ないのか?」そう聞くと門田が言う。「既に確認しましたが、峰月医師も系列の病院には居ませんでした。どこに行ったのか、全く分かりません」俺は自身のスマホを出し、杏に電話する。呼び出し音すら鳴らずに無情にも自動音声が言う。~この電話番号は現在、使われておりません~そのまま今度は杏の弟の桃李にかけてみる。結果は同じだった。~この電話番号は現在、使われておりません~俺は立ち上がる。「病院に行く」こうなるともうそれしか道が無かった。車の中で考える。杏はどこに行ったんだ?2週間前、彼女には行く宛が無いなら、見つかるまで家に居て良いとそう言った俺の提案を彼女は蹴った。既に行く先を決めていたかのように。家にはもう杏の行く先を示すものは残っていない。(何故、慰謝料を受け取らない?)(俺からの慈悲は必要無いという事か?)イライラが募る。彼女はどうしてこうも俺の心をかき乱すのだろう。頭の痛い問題ばかりだ。「門田」助手席に乗っている門田が俺に振り返る。「はい、龍月様」俺は窓の外を見ながら言う。「例の手紙の主、運転手を見つけ、俺の所に連れて来い」そう言うと門田が頷く。「はい、必ず」3日以内に運転手を捕え、両親の元へ連れて行かなければならない。運転手の口から事の顛末を話させないと両親は納得しないだろう。両親の納得が無ければ、華凜は篠江家に入れない。俺の子を身籠っていたとしても、だ。想定出来る最悪な状況としては、子供だけ産ませて、
last updateLast Updated : 2025-09-09
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責任の所在

俺の号令で集められた人間たち。ここはその病院の中でも、ある程度の広さのある会議室。そして俺の目の前には医師や看護師が並んでいる。その中には院長や桃李の上司の安村も居る。全員が目を伏せ、誰も俺を見ようとしない。俺は全員の顔を見ながら語気を強める。「今回、ここに集められた者たちは峰月桃李と少なからず関係のある者たちだ。」ズキンと頭が痛む。腕を組む。「何故、ここに集められたか、分かるか?」そう聞いても誰も俺と視線を合わせない。端から端まで全員の顔を見ながらゆっくりと歩き、言う。「俺の妻である篠江杏の妊娠……そしてその弟である峰月桃李の退職……」そう言いながら俺はさっき見つけた妊娠検査票を出し、歩きながら全員の目の前に突き付ける。「何故!誰も!この件を俺に報告しなかった!!」俺の声は空気を切り裂き、鋭く響いている。その場に居る全員が俯き、会議室中に恐怖と焦燥が渦巻いている。俺の妻である杏の妊娠……これは重大事項だ。「ここに居る誰も!この件を知らなかったというのか?!」そう聞いても誰も答えず、会議室に俺の怒鳴り声が響くだけだ。「峰月桃李はこの病院を辞めた!彼の行く先について、何か知っている者は居ないのか?!」全員が一様に俯いていて、何も言わない。全員がビクビクしていて怯えている。(誰も何も知らないというのか……?)(いや、そんな筈無い……誰かは何か知っている筈だ……)(杏は、杏はどこに行ったんだ?!)(どうして杏は俺に妊娠した事を告げなかった?)脳裏に突然よみがえる、あの夜の記憶。杏の失望で涙ぐむ顔…そう言えば杏は俺が例の手紙を突き付けた時、子供が居ると、妊娠したと言っていなかったか……?まさか本当に妊娠していたのか……?頭がガンガンと痛みを増す。眩暈を感じて足がふらつく。眩暈のせいで立っていられない。杏はきっと弟と一緒だろう。じゃなければ、峰月桃李がこの病院を辞めるなんて、おかしい。(いや、峰月桃李がこの病院を辞めたのは華凜が手を回したからだ……)(でも峰月桃李は辞表を出したんだろう?だったら華凜の件は関係ない筈……)倒れ掛かった俺を門田が支える。「大丈夫ですか、龍月様」とにかく何か、何か手掛かりを掴まなければ。
last updateLast Updated : 2025-09-10
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二人の誕生日

「桜丞(おうすけ)、苺果(いちか)、早く支度をしなさい」二人ともはーいと返事をして、急いで支度をしている。今日は二人を連れてお出掛けの日。「桃李おじちゃんも来るんでしょう?」苺果(いちか)が聞く。「えぇ、来るわ。二人と一緒にお出掛けするのを楽しみにしているのよ」そう言うと二人ともが微笑む。「桃李おじちゃん、大好き!」そう言う二人に微笑んで、自分も支度をする。今日は二人の子供の誕生日。二人がこの世に生まれた日だ。私の出産は双子の妊娠の為、大変だった。けれど、優秀な医師である桃李が手を尽くしてくれたお陰で無事に産む事が出来た。桃李はずっと私の傍に居て、妊娠中もずっと私を支えてくれた。双子の育児は大変だった。片方が泣けば、もう片方も泣く。それでもいつも桃李が時には桜丞(おうすけ)を、時には苺果(いちか)を抱っこしたり、ミルクをあげたりしてくれて、助けてくれたのだ。姉と弟、二人三脚でここまで来た。外で車のクラクションが鳴る。「桃李おじちゃんだー!」二人はそう言って窓の方へ行く。窓から見ると桃李は大きめの車から降りて来る。「さぁ、桃李おじちゃんの所へ行こう!」私はそう言って、二人を連れて玄関を出る。「桃李おじちゃん!」そう言って二人ともが桃李に抱き着く。桃李は二人ともを抱き留めて、その腕に抱き上げる。「桜丞、苺果」桃李はそう言って楽しそうに微笑む。「桃李、車、どうしたの?」そう聞くと桃李が笑う。「借りて来たんだよ。今日は特別な日だからな」今日は街の大きな商業施設に行く予定だった。二人に誕生日のプレゼントを買う為だ。「桃李おじちゃんが欲しいものを買ってやるぞー」運転しながら桃李がそう言うと、二人ともが零れ落ちそうな程の笑みで言う。「わーい! やったー!」この街の商業施設はそれまで私が住んでいた首都の南陽市(なんようし)に比べたら小さいけれど、それでもこの子たちが満足するだけのものは置いてある。何事も目立たず、それでいて人が少な過ぎる所はダメだ。私が双子を妊娠しているせいで病院を見つけるのにも苦労した。何故私が隠れるように暮らしているか?それはあの篠江グループの御曹司、そして私の別れた元夫の篠江龍月が私を探していると風の噂で聞いたからだ。何故、別れた後で、彼が私を探しているのか、全く分からない。もしかしたらご両親の事故の事で気
last updateLast Updated : 2025-10-11
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御曹司と会長からのメッセージ

もう男なんて懲り懲りだった。特に御曹司なんて、それが誰であっても変わらない。傲慢で自分の信じたい事しか視界に入らない。この海原有起哉もそうだ。出会った時からこの男・海原有起哉も傲慢だった。海原グループの権力をかざし、この世の何でもが自分の好きに出来ると思っている。仕事の都合上、何度も会ってはいるが、個人的なお付き合いは今までずっと断って来た。幸いなのは私が務める会社・関麗(せきれい)グループの会長が海原グループの会長とも渡り合える人物だった事もあって、特に大きな問題にはなっては来なかった事だ。「ママ―! 僕、これにするー!」桜丞がそう言って、大きなクマのぬいぐるみを持って来る。「これで良いのか? 桜丞」桃李がそう聞く。桜丞は笑って言う。「うん! 僕、これにする!」桜丞は昔から柔らかいものが好きだった。「ママ―、私、これにする!」そう言って苺果が駆けて来る。手にはキラキラとした魔法のステッキを持っている。「お! 魔法のステッキじゃないか」桃李がそう言って、しゃがむ。「こんなに素敵な魔法のステッキを持つんだから、苺果も桜丞ももっともっとおめかししないといけないな!」桃李はそう言って私を振り返り、言う。「姉さん、俺から二人に服をプレゼントするよ」私は笑って言う。「じゃあ、素敵な服を着たら、美味しいものを食べに行こう」帰り道、たくさん遊んで疲れた二人の子供は車の中でぐっすり眠ってしまった。私と桃李は一人ずつ子供を抱き、マンションに入ろうとしていた。「杏ちゃん!」そう呼ぶ声。その声だけで声の主が分かる。海原有起哉だ。海原有起哉は私たちのところまで駆けて来ると大きな声で言う。「待ってたんだよ、ずっと」私は溜息をついて言う。「海原さん、大きな声、出さないでください」そう言いながら私は腕の中の愛しい我が子を見る。「これからこの子たちを寝かせないといけないんです」海原有起哉はそんな私に言う。「子供なんて、その、隣の奴に任せれば良いじゃないか」海原有起哉の言う、隣の奴というのは私の弟の桃李の事だ。私は海原有起哉の顔を見て言う。「私の子たちを“子供なんて”と言う方とは、お付き合い出来ません。そこを退いてください」私にそう言われた海原有起哉は、自分の失言を自覚したようだ。けれどすぐに立ち直って言う。「子守が必要なら俺が手配するよ
last updateLast Updated : 2025-10-12
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会長室で

翌朝、子供たちを会社にある保育施設に送り、出社する。入り口で社員証をかざそうとした時だった。「峰月さん」そう声を掛けられて振り向く。そこには関会長の秘書の泉崎(せんざき)さんが居た。「泉崎さん」私は泉崎さんに向き合い、お辞儀する。「おはようございます」そう言うと泉崎さんが微笑む。「おはようございます」泉崎さんは私に先に行くように促し、先を譲ってくれる。「どうかされましたか?」そう聞くと泉崎さんが笑う。「関会長が峰月さんをお待ちするようにと」そう言って私をまるでエスコートするように歩く。「関会長が私を?」そう聞くと泉崎さんが微笑む。「はい」(どうして関会長の秘書の泉崎さんを寄越したんだろう?)そう思いながら私はエレベーターホールまで来る。「こちらへどうぞ」そう促されたのは役員しか乗る事の出来ないエレベーターだ。泉崎さんはICチップの入った専用カードをかざして、エレベーターの扉を開く。会長室まで案内され、中に入ると関会長が立ち上がる。会長のすぐ近くには数人の役員まで居る。「峰月くん」私は会長に挨拶する。「おはようございます、関会長」そう言うと関会長が微笑む。「あぁ、おはよう」関会長はそう言って私に椅子を勧めてくれる。その椅子に座る前に私は手に持っていた袋を会長に差し出す。「あの、会長。昨日はありがとうございました。これはほんのお礼です」会長は私が差し出した袋を受け取ろうとしたけれど、その間に手を挿し込んで来た人が居た。私の所属している部署の部長である西住(にしずみ)部長だった。西住部長は私の手から袋をひったくると言う。「会長、何が入っているか、分かりません。まずは私が確認を……」そこまで言った時、関会長が言う。「泉崎」名を呼ばれた泉崎さんが西住部長からその袋を取り上げる。そして袋を会長に渡す。「会長……ですがこんな一介の平社員が持って来たものを……」西住部長がそこまで言った時には、関会長は袋を開けていた。「おぉ!これは……!」そう言って関会長は袋から私が昨日の夜、桃李と作った小さなボール状の上げ菓子を取り出す。それを見た西住部長が私を見て言う。「君!会長にこんな物を作って来たというのか!しかも手作りか?会長の身に何かあったら……」そう言った時にはもう関会長はそれを口に放り込んでいた。「会長!
last updateLast Updated : 2025-10-13
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CEO 関陽斗

急にそう言って立ち上がったのは、やはり、と言うべきか、西住部長だった。西住部長は私を一睨みすると言う。「峰月くんはまだ入社して三年余り、課長だなんて早過ぎます」西住部長がそう言うと周囲の役員たちも頷く。彼らは当然だけど、全員が男性で私よりも年上だ。関会長は私から離れ、自身のお席に座る。「しかも彼女はシングルマザーです。お子さんが熱を出したり、流行り病に罹ったら、母親である彼女は仕事を抜ける事も出て来るでしょう。そんな人に責任重大な役職を与えるべきでは無い」西住部長はそう言ってまた私を睨む。「ほぅ……そうか」関会長がそう言う。そして関会長はひと際大きな声で聞く。「お前もそう思うのか?」一瞬誰に聞いているのか、分からなかった。その声のすぐ後、扉が開く。「私はそうは思いません」そう言いながら部屋に入って来たのは関会長の孫息子で、この関麗グループのCEO・関陽斗(せき はると)だった。彼は颯爽と中に入って来ると、立ち上がって意見を述べている西住部長を一睨みすると、私の傍に立ち、言う。「我が社は女性の雇用にも寛容であり、更に女性の活躍も後押ししている会社です。この会社の創業者をお忘れですか?」そう聞かれ、西住部長を筆頭にした役員たちが俯く。それはそうだろう。この関麗グループの創業者は関会長のおばあ様であり、女性だ。更に関陽斗が続ける。「我が社は保育施設、万が一の時の医療体制、仕事のサポートやフレックスタイム制など、社員それぞれに合わせた働き方を提案し、それが実現可能な会社である事は周知の事実の筈。実際に……」彼はそう言って俯いている役員を見ながら続ける。「フレックスタイム制を生かし、出社時間の遅い者や、退勤時間の早い者もこの中には居る筈だが」睨まれた役員たちは誰も顔を上げられない。「シングルマザーだから何だと言うのです?それが仕事の能力と何か関係が?」関陽斗はそう言うと、私を見て微笑み、そして関会長に微笑んで見せる。「異論はまだあるのか?」関会長がそう尋ねると席を立っていた西住部長が力無く座る。「無いようだな」満足そうに関会長がそう言って私を見る。「昇進、おめでとう」関会長はそう言って今度は孫息子の関陽斗を見る。彼は頷くと懐に手を入れて何かを取り出す。「これを」そう言って差し出されたのは役員専用のあのカードだった。「君は
last updateLast Updated : 2025-10-14
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課長のポスト

関陽斗の言う通り、辞令は派手に貼り出されていた。今回のメインは私で、私の居た係長のポストには別の人、そして私が今回就任する課長のポストに座っていた秋山芙美香(あきやま ふみか)は課長の座から下ろされ「降格」となっている。この裁定には周囲も秋山芙美香も、そして私自身も納得の行く人事だろうと思っている。何故なら、辞令と共に貼り出されているのは秋山芙美香がそれまで行って来た不正を暴く告発書だからだ。告発者には堂々と名前も記されている。告発者:関陽斗そう、CEO自身が告発者として名前を出している。そうする事で社内や秋山芙美香自身による反論を封殺する狙いだろう。私が現れた事で周囲は口々に噂をする。「ねぇねぇ、あれ。峰月杏でしょう?」「課長に昇進したっていう人?」「何か噂だと社長の陽斗さんと繋がってるって聞いたけど」「えー!私は会長の愛人だって聞いたけど」「私も見た事あるわ、会長と仲良くランチしてた!」「でもあの人、シングルマザーなんでしょう?」「子供二人居るって聞いたわよ……もしかして陽斗さんの子とか?!」「有り得るよねぇ、もしかしたら二人は密かに結婚してるとか?」「入社してからそんなに経ってないのにこの昇進スピードだもんね、それなら分かるわぁ」(まったく……人の噂話なんて当てにはならないわね)そう思いながら私はその場を後にする。今まで使っていたデスクから、秋山芙美香が使っていた課長のデスクへの移動をする為に、デスク周りを片付ける。私が自分のデスクを片付けて、秋山芙美香が使っていたデスクへ移動をすると、秋山芙美香はまだ片付けの真っ最中だった。彼女は私を見て、恨めしそうに睨み言う。「峰月杏……アンタ、陽斗さんも課長のポストも私から奪おうって魂胆だったのね……」一体、何をどう解釈したら、そういう考え方になるんだろう?秋山芙美香は片付けていた書類や、私物を置き直し、椅子に座ると言う。「私はここを退かないわ。このデスクで仕事をしたいなら、退いてくださいって頼みなさいよ」厚顔無恥とはこの事だろう。自身が不正をして、それが暴かれポストを追われたのに、何を言っているんだろう。それに、ここは別に個室でも無い。課長のデスクは周囲の人間と同じように並べられているだけで、配置が皆と少し離れていて孤立しているだけだというのに。それに仕事なら別に他のデスクでも出来る
last updateLast Updated : 2025-10-15
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隠れた庇護と微かな愛情

鼻息荒くそう言った秋山芙美香は私を得意げに見ている。「言いたい事はそれだけか」関陽斗がそう言う。その声は驚く程、冷たかった。関陽斗は自身の腕に触れている秋山芙美香を振り払うと、彼女が触れた箇所をまた手で払う。「今回の不正を暴いたのは他の誰でも無いこの俺だ。異論の余地が無い程の完璧な証拠もある。暴いたのがこの会社の社長である俺なのに、それを疑うと言うのか?」そう言いながら関陽斗が手を上げる。関陽斗の秘書の桐山拓海(きりやま たくみ)が関陽斗の手に書類を差し出す。関陽斗はその書類を掴むと、秋山芙美香にそれを突き付ける。「文句があるなら聞こう。だがその前にこの証拠を切り崩す必要があるな、秋山芙美香」そして溜息をついて言う。「今回の不正はそれ程、我が社にとって痛手では無かったから、降格だけで済ませてやろうと思っていたが」そして秋山芙美香を睨み、言う。「反省が無いようだな。しかも我が社のポリシーである平等、公正、挑戦にも不満があるように見受ける」関陽斗は周囲に居る社員たちに向かって言う。「我が社は子供の居る女性にも働きやすい環境を提供し、女性の活躍を後押ししている。そのポリシーに不満がある者は、さっさと辞表を提出しろ」そして秋山芙美香に向き直ると、関陽斗が言う。「秋山芙美香、お前は我が関麗グループには不要の人材だ、辞表を書くと良い」そして私に向き直り、微笑むと言う。「用意した部屋はこっちだ。行こう」部屋はきちんと整備されていて、大きなデスクに大きな本棚、そして小さな一人掛けソファーが二脚に小さなコーヒーテーブル。デスクだけがあるオフィスとは違っていて、私は驚いて関陽斗を見る。関陽斗は微笑んで言う。「これからも峰月くんの活躍、楽しみにしていますね」そう言って秘書の桐山さんと一緒にその場を去って行く。私は自分のオフィスが持てた事に感動し、持って来ていた荷物を解く。午前中は私の個人オフィスに何人もの人間が出入りした。挨拶に来る者、顔を見に来る者、そして牽制しに来る者……その目的は様々で、私はその対応と自身の仕事に忙殺された。夕方になりやっと息をつく。もうこんな時間だ、桜丞と苺果を迎えに行かなければならない。私は仕事を切り上げ、帰り支度をする。「ノック、ノック」ノックの代わりにそう言って、部屋に入って来たのは小早川晴美(こばやかわ はるみ
last updateLast Updated : 2025-10-16
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優しさと傲慢と

峰月杏を初めて見たのは社内のコンペだった。彼女の作ったというデザインは素晴らしく、優秀賞を贈るのに相応しいと思えた。コンペで表彰されていた彼女は周囲の人間からの嫉妬の感情をさらりと躱しながら、上手く立ち回っていたと思う。こんなに優秀な人材がまだ我が社に居たのかと思い、彼女の事を調べさせた。彼女は5年前に東山市に越して来て、双子を出産し、3年前に我が関麗グループに入社した。東山市に越して来るより前の事は現在も調べさせているが、はっきりしなかった。つまりそれは、彼女の産んだ双子の子供の父親は誰か、分からないという事だ。そして一緒に暮らしているのは彼女の弟の峰月桃李。最初は弟だと言って、身分を隠しているのかと思ったが、そうではなかった。峰月桃李は優秀な医師で、小さな診療所で医師として働いている。峰月杏を支えながら。彼ほどの医師ならば大きな病院でも十分に勤められるだけの腕はある。だが峰月桃李は小さな診療所に勤務していた。峰月杏も峰月桃李も、まるで何かから隠れるように暮らしている。(誰かに追われているのか……?)そう考えたけれど、こればかりは本人に聞かないと分からない。そしてそれを聞けるほど、俺たちの仲は深くない。おじい様と彼女は時折、ランチを一緒にしているのを見掛けているが、俺はその中へ入っては行けなかった。それでも彼女が我が関麗グループに居る限り、チャンスはある。◇◇◇お店を出た所で、スーツ姿の男性に声を掛けられる。「峰月杏様でしょうか」急に声を掛けられて少し驚く。「はい、そうですが」子供たちも不安そうに私を見上げている。「私は関陽斗様から、峰月杏様、及びそのお子様方、ご友人をご自宅まで送るようにと言い付かっている者です」そう言って彼は首から下げている身分証のようなものを差し出す。それには関麗グループ 専属運転士と書かれている。役員たちが乗る車の運転士さんのものだ。「関社長が車の手配をしてくれたって事?」晴美がそう言って私を見る。急にどうしたんだろう。どうして関陽斗が車の手配を……?戸惑っていると運転士の方が言う。「乗って頂かないと、私が罰せられます……」そんな運転士の様子を見て、晴美が言う。「乗せて貰おうよ、せっかくだし」晴美は停めてある車を見て、私に耳打ちする。「ご友人って事は私も含まれてるんでしょう?運転手付きの、こんな役員しか
last updateLast Updated : 2025-10-17
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龍月の後悔

龍月視点:「龍月、起きて。もう時間よ」柔らかい声……愛のこもった声で俺を起こすその女性は……ハッとして目が覚める。ガバッと起き上がり、周囲を見渡す。部屋は冷たく、人の気配は無い。俺は溜息をつき、目を押さえながら首を振る。もうずっとこの状態である自分に笑う。ベッドから足を下す。立ち上がろうとして眩暈を感じる。でも誰も俺を支える人間は居ない。身支度を整え、部屋を出る。リビングへ向かう途中、声が聞こえて来る。「龍月がもう起きて来るわ、早く用意なさい」俺はその声を聞きながら、リビングに入る。「龍月」そう言いながら俺に駆け寄って来たのは華凜だ。「おはよう」そう言って微笑み、俺の腕に触れる。「おはよう」そう笑みを作って返すと、華凜が言う。「朝ごはんがもう出来るわ」そう言う華凜に俺は言う。「今日は随分と早くから家に来てるんだな」華凜が少し悲しそうに微笑む。「えぇ、だって今日は……」そう言う華凜に俺は微笑み、華凜の頭を少し撫で、言う。「悪いが仕事が立て込んでる。俺はもう仕事に行く」俺がそう言うと華凜が俺を見上げる。「今日は一緒に居てくれるって約束したのに……」俺は華凜の肩に手を置き、言う。「すまない」家を出ると車が待っている。車に乗り込んで聞く。「何か掴めたか?」そう聞くと秘書の門田が言う。「まだ何も。方々手を尽くしていますが」そう言われて溜息が出る。走り出した車の窓の外を流れる景色を見ながら思いを馳せる。5年前の今日、華凜が流産した。俺の子を宿した華凜を大事に思うあまり、俺は杏に離婚を迫った。杏は抵抗する事無く、離婚に応じ、清々しいくらい潔く出て行った。それ以降、杏の行方は分かっていない。そして。杏が出て行った後、杏の妊娠検査票を発見した。俺は責任を病院の連中に追求し、それでも誰も杏の行方も、杏と一緒に居るであろう弟の桃李の行方も分からなかった。その時の病院の関係者をほぼ全て解雇処分にした。俺が使える力を駆使して杏の行方を調べさせたが、杏はその痕跡を完璧に消し去ったのだ。俺の子を宿した華凜はその後、家に入る事を許されなかった。杏と俺の離婚の切欠になったあの運転手が見つからなかったからだ。俺の両親は杏を信じ、華凜が篠江家に入る事を許さなかった。そして杏との離婚が成立してすぐ、華凜は流産した。俺は俺の子を宿した華凜が流
last updateLast Updated : 2025-10-18
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