All Chapters of 最初から最後まで: Chapter 11 - Chapter 20

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11

☆☆彡.。(昨夜は夢のような出来事だったな――) 注文を受けたジュースを作りながら、昨日のことをつい思い出してしまう。 ふたりきりで過ごすことのできた、最初で最後の夜――好きよと言われただけじゃなく、キスをされて求められた。彼女の口から好きと言われるだけで、僕の理性が蕩けていき、マリカ様がほしくて堪らなくなった。 あのとき雷が鳴らなかったら、最後までシていたかもしれない。「タイミングよく、雷が鳴ってくれてよかったんだ……」 本来なら僕のようなジュース売りが、気安く触れていい相手じゃない。しかも彼女には結婚相手がいるのに、これ以上の好意を絶対に抱いてはダメだ。それがわかっていても、鼓膜に残っているマリカ様の声が、僕の胸を熱くする。 それを打ち消すように、ひたすらジュースを作り続けた。今日にいたっては、いつもよりお客の入りが多かったので、それが仕事に集中するキッカケとなり、とても助かった。 オーダーを受けてジュースを作り、接客するというループを続けているうちに、閉店時間が近づいた。暗くなってきたこともあり、お客もいないので、もう店じまいしようかと【clause】の札を手にしたら、見慣れたお客がこのタイミングで顔を出した。「あ、いらっしゃいませ……」 それは、マリカ様のお付の方だった。僕が手にしている閉店を知らせる札を見て、店に入りかけていた足をとめる。「すみませんっ、もうお店を閉めるところだったんですね」「いや、その、もうお客様がいないので閉めようかと思っていたところでして。オーダー、受けることができますよ」 慌てて背中に札を隠したら、お付の方は安心した顔で入店した。「そうでしたか。実はテイクアウトで、レモンジュースを注文しに来たんです」「わかりました。すぐにお作りしますね」 レモンジュースという単語で、マリカ様にお持ち帰りするのがわかり、すぐに作ろうとカウンターに入った。「実はマリカ様が、今朝から熱が出てしまって」 お付の方のセリフを耳で捉えた瞬間、手にしたレモンを落としてしまった。「もしかして……昨夜濡れて帰ってしまったせいで」「それも原因のひとつだと思うんですが、ここのところお出かけが増えていて、お疲れ気味だったのも事実なんです」「申し訳ございません。そんなことも知らずに、昨夜マリカ様を馬に乗せて連れ出してしまったから」
last updateLast Updated : 2025-09-08
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12

☆☆彡.。 お屋敷に到着後、すぐにキッチンをお借りしてレモンジュースを作った。 店で使う質素なグラスよりも高級でお洒落なグラスに入れるだけで、どこかのレストランで出される飲みものにも見える、僕が絞ったレモンジュース。それを緊張しながら、トレイにのせた。 そしてお付の方に付き添われ、マリカ様の部屋に向かう。(この屋敷はいったい、何部屋あるんだ? 案内されているのは直線だから屋敷の中で迷いはしないけど、間違って誰かの部屋をノックしたりしないのかな?) ドキドキしながら廊下を進むと、奥の突き当たりの部屋の前でお付きの方が足を止め、扉をノックした。だがなんの反応もなく、静まり返ったままだった。「もう一度ノックしてから、中に入ります」 お付の方はそう言って、同じようにノックし、慣れた様子で扉を開けて、中に足を踏み入れる。それに続いて僕も部屋に入った。 天蓋付きの大きなベッドが部屋の真ん中にあるので、必然的に視線はそこに注がれる。だが部屋の主は不在で、ベッドはもぬけの殻だった。「ハサン様、少しお待ちいただけますか? マリカ様を探してきます」 丁寧に僕にお辞儀をしてから、小走りで部屋の奥にある扉にお付の方が向かった瞬間だった。なんの前触れもなくその扉が開き、マリカ様が現れたのだが。「きゃっ!」 僕の顔を見て小さな悲鳴をあげて、すぐに扉が閉じられる。彼女の長い髪はしっとりと濡れていたし、バスローブ姿の時点で、シャワーを浴びたあとなのがすぐにわかった。「ハサン様、もうしわけございません。すぐにマリカ様のお支度を整えますので、もう少しだけお待ちください」 慌てふためいたお付の方は背を向けると、すぐにマリカ様が閉じこもった扉の中に駆け込む。「どうしてここに、ハサンが来てるの?」「マリカ様のために、レモンジュースを作りに来てくださったんです」「どうしましょう、すっぴんを見られてしまったわ。恥ずかしい!」 扉がしっかり閉じられているのに、大きな声でかわされるふたりの会話が筒抜けになっていることは、聞かなかったことにしてあげようと思った。 女性の支度は時間がかかるだろうと思っていたのに、テンポよく会話をかわしていたふたりが、ふたたび部屋に現れる。「ハサン、待たせてしまってごめんなさい。しかもお風呂あがりの姿で失礼するわね」 着替えることなく、バスロー
last updateLast Updated : 2025-09-09
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13

☆☆彡.。 僕の首に両腕を回し、唇を押しつけていたマリカ様が先に顔を離した。両腕に力を込めて、僕ごとベッドの上に横たわる。倒れた衝撃でふわりと目の前に広がるマリカ様の白金髪がすごく綺麗で、思わず目を奪われた。「綺麗だ……」 言いながら一房手に取り、キスを落とす。「色素のない、ただの髪の毛なのに」「なんの色にも染まっていないから、とても綺麗なんだ。僕の髪とは真逆」「ハサンの黒髪の艶は、とても健康的に見えるわ。肌の色と同じね」 マリカ様は僕の真似をして、僕の髪の毛を手に取り、嬉しそうな顔で唇に押し当てる。「僕はマリカの持つ淡い色のどれも大好き。とても目に優しい色ばかりだから。見てるだけで心が癒される」「私は自分の色が嫌いよ。だって家族を不幸にしているんですもの」 悲しげに瞳を揺らしながら告げられたセリフに、僕は眉を顰めた。「どうしてマリカのせいで、家族が不幸になる?」「この国では女は16でお嫁に行くのに、私の妹は18でやっとお嫁に行けたの。弟は結婚相手も見つかっていない状態よ。私のような見た目の子どもが生まれる可能性があるせいで、皆敬遠しているわけ」「そんな……。ちょっと目立つだけじゃないか」「それだけじゃない、体も弱いの。疲れやすくて、すぐに熱を出す。病弱な体はお金だってかかるでしょう?」「マリカ――」 僕はかける言葉が見つからなかった。学のない僕がなにを言っても、すべて意味のないものになりそうな気がしたし、逆に彼女を傷つけるかもしれないと思ったら、おいそれとは口を開けそうになかった。「だから健康的なハサンを見てるだけで、とても羨ましかった。私よりも年下なのにしっかりしていて、お店をちゃんと切り盛りしている姿を、実は遠くから見ていたの」 マリカ様の意外な言葉に目を見開く。「僕を見ていた?」「ええ。私の目には、キラキラしているように映ったわ。いつも笑顔を絶やさずに、お客様と話をしているハサンを見ているうちに、好きになってしまって……」 言いながら、恥ずかしそうに両手で顔を覆い隠す。「マリカが僕を好きになったんだ」「好きだと思ったら、ますますお店の敷居をまたぐことができなくなったの。弱り切った私を見たルーシアが、背中を押してくれたのよ。心残りのないようにしないと、絶対にあとから後悔しますよって、抱きしめながら言ってくれたわ」
last updateLast Updated : 2025-09-10
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14

☆☆彡.。 疲れ果てて眠るマリカ様を置き去りにして、僕は屋敷を出た。自分の家に帰るまでに、ややしばらく歩かなければならない。 真っ暗闇の街中を歩いているうちに頭の片隅で、さっきの光景がぼんやりとまぶたの裏に浮かぶ。『ハサン、ありがとう。これで心置きなくカビーラ様の八番目の妾として、輿入れすることができるわ』「八番目の妾なんて、そんな……」 僕はベッドから起き上がり、気だるげに横たわりながら微笑むマリカ様を見下ろした。『私には普通の結婚なんて、どう考えても無理だもの。そうでしょう?』 ほほ笑んでいるのに、悲しそうなそれを目の当たりにして、僕はなにも言えなくなってしまった。(僕が力のある貴族だったなら――あるいはこの国の王族なら、彼女と結婚することが可能なのに)「なんで僕は、しがないただのジュース売りなんだよ……」 悲観して泣き出しそうになり、慌てて目元を袖で拭った。するとシャツの裾を横から強く引っ張られる。なんだろうと思い、引っ張られたほうを向くと、そこには小さな男の子が僕を見上げていた。「なんでこんな夜更けに、小さなコが?」 疑問が口をついて先に出てしまったが、それどころじゃない。男の子の前にしゃがみこみ、話しかけてみる。「君どうしたの? 迷子?」「おまえには俺が、子どもに見えるのか」 そう言った男の子の声は、妙に低いものだった。目をつぶって聞いたら、成人男性の声に聞こえるくらいに低い。だけど――。「どう見たって子どもでしょ。僕がこうして膝をつかなきゃ、顔を合わせられないんだし」 男の子は僕と同じような浅黒い肌で、髪は明るい茶色。瞳も髪色と同じような色味をしていた。服装も僕が知ってる近所の子どもと変わらない、ペラペラの布生地でできたものを着ている。裾がボロじゃないだけ、まだマシだろう。「俺は人によって見え方が違うんだ。おまえの話しやすい相手が、ガキだったってことなんだ」「君はいったい……」「俺は人の願いを叶えることのできる力がある。泣きながら暗い顔したおまえは、なにを欲しているんだ? 金や権力、名誉、地位か?」「大人をからかって遊んじゃダメだよ」 こんな夜更けに小さな男の子がいることもおかしいが、訊ねられた言葉もどうかと思った。「からかってなんていない。これを見ろ」 そう言った男の子は、両腕を上にあげる。すると背中か
last updateLast Updated : 2025-09-11
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15

「おまえに俺の力を分け与えるには、エネルギーが必要なんだ。その養分が人の命になる」「人の生命なんて奪ってしまったら、その人が死んでしまうじゃないですか!」 当たり前のことを言ったのに、天使様は冷ややかに笑いながら、ご自分の胸に手を当てて僕に語りかける。「それだけ、この俺の力が絶大ということだ。欲しくはないか? もれなく好きな女と、希望のところに飛んでいくことができるぞ?」 男の子の瞳が茶色から赤い色に変わり、僕の目を引きつけた。(どうしてだろう。このコから目が離せない――)「ハサン、俺の仲間になれ。愛するマリカを手に入れたいだろう?」「君は……なんで僕の名前やマリカの、ことを……」 天使様は赤い色の瞳を隠すように、糸目になる。「それは天使様だからさ、なんでもお見通しだってことだ。天使様は優しいからな、かわいそうなおまえの恋を叶えてやりたいと思うのは、当然のことだろう?」「僕の恋――」「おまえの恋を成就させるために人の命を奪うなど、どうってことはない。とりあえず、大きな通りに出るぞ。ついて来い」 天使様は羽を隠し、僕の利き手を掴むと、急ぎ足でメインストーリートに向かった。すると向こう側の角から、足のおぼつかない酔っ払いのおじさんがタイミングよく出て来た。「おまえはここで、俺のすることを見ていろ」 男の子は僕と繋いでいた手を放し、小走りでおじさんのもとに向かう。おじさんは男の子の存在にすぐに気付き、その場に立ち止まる。「こんなべっぴんが俺に用とか、アレだろ? いいことしてくれんのか?」「喜べ、いいことしてあげてもいいぞ」 おじさんの目には、男の子は女性に見えているのがセリフでわかったのだが、僕の目にはどう見ても、天使様は男の子にしか見えない。「ぐひひひ、今すぐそこの物陰でいいことしてもいいんだぜ、だから安くしろよ?」「安くしてあげるから、この眼を見ろ」 横顔からもわかる男の子の瞳が赤さを増し、おじさんを魅了した。すると次の瞬間にはおじさんは足元から崩れ、ゴム人形のように力なく倒れてしまった。「ハサン、こっちに来い」 振り向いた男の子が僕を呼んだので、急ぎ足で向かうと、倒れているおじさんの口から、真っ白な煙がゆったりと出始める。「この煙が魂さ。そのまま見ていろ」 天に向かって出続ける煙が僕の目の高さになったら、光り輝く丸い
last updateLast Updated : 2025-09-12
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16

「その石は、持ち主の心の色を表す。おまえの心が綺麗だという証拠だな」「天使様、僕はこの石を使って、人の命を奪わなければならないんですか?」 彼の持つ能力と同じものを授けられた時点で、自分がそれをしなければならないことを察した。「それがおまえに課せられた対価だからな。やらないと俺の能力を授けることができない」「ちなみに、何人の命を奪えばいいのでしょうか?」 思いきって訊ねた僕の顔を見上げた男の子は、してやったりな顔をする。「千人だ」「!!」 ひとりやふたりじゃないことくらいわかっていたが、千人なんていう途方もない数に、頭がくらくらした。「数え間違いがないように、箱にカウンターをつけてやる。安心しろ」「千人なんて、そんなに人を殺めるなんて……」 手の中にある石を見ながら弱音を吐くと、男の子は大きなため息をついた。「まったく。天使の翼はお安くないんだ、それくらいわかるだろう?」 男の子は僕の両手を引っ張り、強引に跪かせてから、首にチョーカーを巻きつけた。「おまえの浅黒い肌に赤い色が映えて、とても似合ってる」「…………」「やらなければ一週間後、この石がおまえの命を奪うだけさ」「えっ?」 耳を疑う事実に、男の子の顔をまじまじと見つめてしまった。「当然だろ、この石は俺の能力を持ってる。つまり、エネルギーを欲しているということなんだから」「そんな――」 力なくその場に座り込んだ。ショックが大きすぎて、目の前が真っ暗になる。「せいぜい人の命を奪って、長生きすることだな」 カラカラ笑った男の子が、後ずさりしながら闇の中へと消えていく。僕は声を出すこともなく、彼がいなくなったなにもない空間を、漫然と眺めた。首に巻かれたチョーカーは緩いハズなのに、自分の首を締めているように感じる。(このまま誰も殺めることなく、一週間後におとずれる、己の死を待つべしなのか? それともマリカと新天地で暮らすために、このあと千人殺めまくる日々を送る……) 考えながら、利き手で石を握りしめた。氷のようなひんやりした冷たさを持つ赤い石を自身の熱であたためるように、ぎゅっと握る。「マリカ――」 僕が天使の翼を持ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。カビール様の妾になって、疲れきったマリカ様を連れ出してあげると手を差し伸べたら、きっと彼女は喜んでついて来てくれる
last updateLast Updated : 2025-09-13
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☆☆彡.。 両親の暮らす見慣れた質素なテント前に到着したのは、夜明け前だった。いつものように中に入ると、テントの隅っこで仲良く並んで寝ている姿が目に留まる。 僕はチョーカーを首から外しながら、ベッドの上に横たわる彼らに近づいた。「父さん、起きて。父さん!」 声をかけながら体を強く揺さぶると、眠そうな顔で僕を見上げる。「んあ? なんだこんな夜更けに」「これを見てほしいんだ」 考える隙を与えずに、目の前に赤い石を見せつけた瞬間、父さんは苦しげな顔をしながら胸元を押さえて、そのまま白目を剥いて絶命する。やけにあっさりした死を目の前にしたせいか、妙に落ち着いていられた。「母さん、起きて大変だ。父さんが変なんだ」 今度は隣で寝てる母さんの体に手をかけて、ゆさゆさ揺り起こす。「うるさいね、まったく。父さんがどうしたんだい?」「これを見て……」 起き上がって眠そうに目を擦る母さんの顔の前に、赤い石を掲げた。隣で死んでる父さんを見る前に、母さんは必然的にそれを見ることになる。 すると父さんと同じように胸元を握りしめ、くたっとベッドに倒れ込んだ。やがてふたりの口元から白い煙が出てきて、光り輝く真っ白な玉になった。 僕の足元に音のなく現れた黒い箱に、ふたつの玉が勢いよく吸い込まれ、蓋がゆっくり閉じられる。漆黒の箱の蓋の上部に『2』という数字が金色で浮かびあがった。「おめでとう、ハサン」「ヒッ!」 背後からかけられた声に驚き、変な音声を出して飛び上がってしまった。恐るおそる振り返ると、男の子がテントの中にいた。「俺の力を引き継ぎ、夢に向けて進むんだな」「僕の夢……?」「めでたい門出に、なにかプレゼントしてやろう。好きなものを言ってみろ、用意してやるぞ?」「用意してやるぞと言われても――」 自分が殺めた両親を前にしてるのに、罪悪感がまったく沸き起こらない。むしろスッキリした感があるのは、これから彼らに虐げられることなく、自由に生きていけることが理由だろう。「僕としては両親を殺した以上、この土地に長居することはできません。外にある店を移動できるように、改造することは可能でしょうか?」 このあと、僕がしなければならないこと――そして自分の夢を叶えるために、人を殺め続けなければならないことなど、頭の中でいろいろ思考する。「おもしろいことを考えた
last updateLast Updated : 2025-09-14
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18

☆☆彡.。 自分の両親を平然と殺した僕が言っても説得力がないけれど、むやみやたらに人を殺めることをしてはいけない。だからこそ、自分の中でルールを作ることに決めた。 まず手をかける人間は、悪人をターゲットにする。その人物を徹底的に調べあげて悪人だと判断したら、誰にも見つからない場所にて、自分のしていることの痕跡を残さないように、躊躇なく殺める。 万が一、その現場を見られたときは、善人でも手をかける。 ラクダに跨り、まったりと移動しながら、いろいろ考えた。残りあと998名の命を手にかけることや、どれくらいの時間がかかるのかを計算しただけで、頭が痛くなった。「まずは、行く先々の地域の果物屋に顔を出して、旬の果物を選んでジュースの試作品も作らなきゃいけないな」 やることの多さもさることながら、ちんたらしていたら、自分の命がチョーカーの石にとられる可能性があるかもしれない恐怖に、体をぶるりと震わせた。 手際よくそれぞれをこなさなければならなかったが、そのことに集中すれば余計なことを考えずに済むことに気づき、そこから集中力が増した。 それと幼い頃から客商売を生業としていたおかげで、どこの土地に行ってもすんなりと馴染めることができた。僕を虐げてきた両親の教育の賜物だけれど、礼を言わなければならない彼らは、もうこの世にはいない。 ちょっとした楽しみは、自分の知らない果物を手にしたときと、ジュースの試作品を手がけるときだった。このわくわくとドキドキは、僕の生きる糧になった。 表家業では明るく人と接しつつ情報を集めながら、ターゲットを選出していく毎日は刺激がいっぱいで、余計なことを考えずに済んだ。 ひとつの土地に居続ける限度を、長くても1ヶ月に決めて、両方の仕事をうまくまわしていったのだった。
last updateLast Updated : 2025-09-15
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☆☆彡.。 月日は流れ、あれから3年経った。果物の搾りたてのジュースを売りながらの旅路は、物珍しさも相まって、行く先々で結構繁盛させてもらった。 店が繁盛する傍ら、その土地の噂話を耳にできるおかげで、手際よく悪人を発見することにも繋がった。しかも悪いことは、大抵集団でおこなわれている。殺める際には苦労するが、想像よりも目標人数へ確実に近づいた。「とはいえ、まだ458人。残り542人を滅するのに、最低3年以上かかるのかよ……」 王族の妾になったマリカが、どんな生活をしているのか――元気に暮らすことができているのか気になっても、忙しさゆえに生まれ育った土地に足を向けられなかった。「お兄さん、そのチョーカーの石すごく綺麗ね。なんの石なの?」 お昼が過ぎて、ちょっとした客の隙間ができたときだった。店先に顔を出したお客様に視線を飛ばした瞬間、ひゅっと息を飲む。 銀髪の長い髪に、色違いの両目を持つその女性は、ほほ笑みながら僕を見上げた。お腹が大きい姿で、妊婦さんだとすぐにわかったのだが、目の当たりにしたマリカに似た容姿のせいで、問いかけられたセリフに答えられない。「い、いらっしゃいませ……」「お兄さん、私の質問に答えてくれないの?」「えっと、すみません。いただいたものでして、なんの石なのかわからなくて」 チョーカーの石を握りしめながらなんとか答えると、お客様は寂しげにほほ笑んだ。「私の見た目にギョッとしたんでしょ? 慣れるまでみんなそうなの、わかってるから大丈夫」「いえ、あの、僕の知り合いにも同じような方がいらっしゃって、驚いたというか」「えっ?」「懐かしさも相まって、言葉がすぐに出ませんでした。すみません」 頭を深々と下げたら、「謝らないで、私こそ失礼なことを言っちゃったわね」と声をかけられた。「お兄さんのお店、ずっと探してたの。友だちがすっごく美味しいって、教えてくれたから」「そうでしたか。お客様の流れを見て、あちこち移動を繰り返していたので、探すのが大変でしたでしょう?」 頭をあげて話しかけると、お客様は大きなお腹を擦りながら小さく笑う。「ふふっ。ラクダで移動するお店だからゆっくりだろうなぁと思って、散歩しながら探したのよ。見つけることができて、本当にラッキーだったわ」「わざわざ探していただいたお礼に、サービスしますね。なにをご
last updateLast Updated : 2025-09-16
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20

「ありがとう。それでお願いします!」 お客様は、満面の笑みを見せてくれた。(マリカと似た雰囲気を持っているせいか、彼女にすごく逢いたくなってしまったな……)「それでは、はじめましてということで、お代は半額で提供させていただきます」 思いきった提案をするとお客様は嬉しそうに、両手で口元を押さえた。「え? いいの?」「はい。今月いっぱいはここで商売させてもらいますので、是非ともご贔屓のほどよろしくお願いします」 お客様に新鮮なグレープフルーツを見せながらお願いしたら、深々とおじぎをされてしまった。「こちらこそよろしくね。私はアンジェラよ。これ、お代」「ありがとうございます。僕はハサンです。お作りするのにお時間が少々かかりますので、そこにあるパラソルの下でお待ちください」 左手でパラソルを指し示して誘導する。アンジェラは適度に大きなお腹を擦りながらパラソルの下に移動して、椅子に腰かけた。 朝一で仕入れた果物を見ながら、妊婦のアンジェラに良さげなフルーツを見繕い、さっぱりした味を目指して、美味しいジュースを作りあげていく。こういう地味な作業が、実は好きだった。 透明なカップにできたてのジュースを注ぎ、蓋をしてストローをさす。そしてアンジェラのもとに急いだ。「お待たせしました。どうぞ!」 中身が淡いピンク色のジュースを手渡し、お辞儀をしながら一歩退く。「わぁ、見た目も綺麗。ありがとうハサン」 アンジェラはまじまじとジュースを見たあと、ストローからゆっくり中身を飲む。「うん、想像以上にさっぱりしてる。ぐびぐび飲めちゃいそう」「それは良かったです」「あまりの美味しさに、お腹の赤ちゃんがグルグル動いてるわ」 お腹を擦りながら笑うアンジェラの姿に、喜んでもらえてよかったと心の底からホッとした。(こんな日常が毎日、ずっと送れたらいいのに――)「お兄さんは、どこから来たの?」 不意にアンジェラから話しかけられてしまい、一瞬だけ言葉に詰まった。「え、えっとですね、先週まで隣町で仕事をしてました」「隣町って、今噂になってるところじゃない」「噂?」 僕が首を傾げると、神妙な面持ちでアンジェラは説明をはじめた。 「悪徳高利貸しの一家が部下を含めて、屋敷の中でみんな死んでたって。全員が病死みたいな死に方をしてるけど、原因は不明みたいよ」
last updateLast Updated : 2025-09-17
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