最初から最後まで

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last updateLast Updated : 2025-10-04
By:  相沢蒼依Completed
Language: Japanese
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☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。 登場人物 ☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。 ♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。

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Chapter 1

1

 目の前は砂漠、背後は若干の緑地帯。そこを行き交う人々を相手に、たくさんの店が商売を営む。

《オアシス》という、やけにあっさりした店名で、細々と果実のジュースを売ってるウチの店もそのひとつ。特に砂漠からやって来る客が喉を潤わせるために、来店してくれる。

 カウンターでオーダーを取って、前払いでお金をいただき、その後ひとつずつ手絞りでジュースを作って、お客様が寛いでいる涼しげな店内に運ぶシステムだった。

「いらっしゃいませー、こちらでメニューをお伺いします!」

 いつものようにジュースを作る手を止めて、お客様がわかりやすいように、右手をあげながら声をかける。

 入店してきたのは、若い女性客ふたり。ひとりは薄地の白いベールを頭から被り、顔が見えないようにほどこしていた。たぶん、お貴族様なのだろう。一般人がたむろする店に出入りするとき、高貴な女性はこうして身元がわかりにくいようにするのが、ここら辺の習わしだった。

「マリカ様、こちらがメニュー表になっているようです」

 カウンターに到着したふたりは、困惑する様子もなく、お付きの女性がリードしてくれるおかげで、店員の僕が声をかけなくても良さそうだった。

「たくさんあるのね。ここのオススメはなにかしら?」

 メニュー表から顔をあげた、マリカ様と呼ばれたお方。ベールの上からでもわかる綺麗な銀髪と、色違いの左右の瞳が印象的で、思わず息を飲んだ。

「店員さん?」

「すみませんっ! オススメはですね、毎日朝市から仕入れている、レモンを使ったジュースになります!」

「それじゃあ、それをひとつくださる? ルーシアも好きなのを頼みなさい」

「ありがとうございます。なににしようかな」

 お付きの女性が、嬉しそうな面持ちでメニュー表をのぞき込みながら迷っている最中に、マリカ様が僕の顔をじっと見つめた。

「店員さんの瞳、とても綺麗ね。宝石のアメシストのよう。だけど色の感じは、バイオレット・サファイアに近いかしら」

 どちらの宝石も見たことのないものなので、こうして褒められても、リアクションに困ってしまった。

「あ、ありがとうございます。そんなふうに褒められたことがないので、なんだかくすぐったいです」

 後頭部を掻きながら照れたら、目の前でコロコロ笑う。ここにいる野郎どもの豪快な笑い方とは真逆な、とても静かな笑い。お貴族様特有のものなのかもしれないが、とてもかわいらしく見えた。

「マリカ様、ルーシアはマンゴーにします!」

「店員さんのオススメとマンゴージュース、よろしくね。ルーシア、お代を。お釣りはチップとして受け取ってちょうだい」

 気前のいいマリカ様とお付きの女性は、奥まった席に腰をかけて、自分たちが来たであろう緑地帯の景色を眺める。緑地帯の奥に都市が形成されているため、砂漠からやって来るお客様と都市からやって来るお客様は、一目でわかるんだ。

 ひとりきりで店を切り盛りしているため、彼女たちを物珍しげに眺める暇もなく、急いで先客のジュースを作るために、精を出したのだった。

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 目の前は砂漠、背後は若干の緑地帯。そこを行き交う人々を相手に、たくさんの店が商売を営む。《オアシス》という、やけにあっさりした店名で、細々と果実のジュースを売ってるウチの店もそのひとつ。特に砂漠からやって来る客が喉を潤わせるために、来店してくれる。 カウンターでオーダーを取って、前払いでお金をいただき、その後ひとつずつ手絞りでジュースを作って、お客様が寛いでいる涼しげな店内に運ぶシステムだった。「いらっしゃいませー、こちらでメニューをお伺いします!」 いつものようにジュースを作る手を止めて、お客様がわかりやすいように、右手をあげながら声をかける。 入店してきたのは、若い女性客ふたり。ひとりは薄地の白いベールを頭から被り、顔が見えないようにほどこしていた。たぶん、お貴族様なのだろう。一般人がたむろする店に出入りするとき、高貴な女性はこうして身元がわかりにくいようにするのが、ここら辺の習わしだった。「マリカ様、こちらがメニュー表になっているようです」 カウンターに到着したふたりは、困惑する様子もなく、お付きの女性がリードしてくれるおかげで、店員の僕が声をかけなくても良さそうだった。「たくさんあるのね。ここのオススメはなにかしら?」 メニュー表から顔をあげた、マリカ様と呼ばれたお方。ベールの上からでもわかる綺麗な銀髪と、色違いの左右の瞳が印象的で、思わず息を飲んだ。「店員さん?」「すみませんっ! オススメはですね、毎日朝市から仕入れている、レモンを使ったジュースになります!」「それじゃあ、それをひとつくださる? ルーシアも好きなのを頼みなさい」「ありがとうございます。なににしようかな」 お付きの女性が、嬉しそうな面持ちでメニュー表をのぞき込みながら迷っている最中に、マリカ様が僕の顔をじっと見つめた。「店員さんの瞳、とても綺麗ね。宝石のアメシストのよう。だけど色の感じは、バイオレット・サファイアに近いかしら」 どちらの宝石も見たことのないものなので、こうして褒められても、リアクションに困ってしまった。「あ、ありがとうございます。そんなふうに褒められたことがないので、なんだかくすぐったいです」 後頭部を掻きながら照れたら、目の前でコロコロ笑う。ここにいる野郎どもの豪快な笑い方とは真逆な、とても静かな笑い。お貴族様特有のものなのかもしれな
last updateLast Updated : 2025-09-02
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☆☆彡.。 ぱっと見、女性にも見える自分の容姿は、男性のお客様から誘われることが多い。減るもんじゃないんだから、店が暇なときは躰を売ればいいだろうと両親に言われたこともある。 今日はそんなお客様が多くてゲンナリしながら、カウンターで店番をしていた。「いらっしゃいませー!」 一度きりになるかと思ったのに、ふたたび現れたお貴族様とお付きの女性。やはりマリカ様の容姿は目立つので、入店した瞬間からほかのお客様が視線を注ぐ。「今日もご来店ありがとうございます」 愛想良くほほ笑みながら、丁寧なお辞儀つきで挨拶した。「昨日作っていただいたレモンジュース、とても美味しかったので、また来てしまいました。ルーシアはどうするの?」 マリカ様は僕にほほ笑んで話しかけたあと、お付きの女性に気を配る。お貴族様だからと横柄な態度をとらずに、誰にでも優しく接する彼女は外見だけじゃなく、中身も美しい人なんだとしみじみ思った。 今まで接してきたお貴族様は、男女問わずに上から目線だった。僕を見下しながら顔にチップを投げつけられたことがあるし、せっかく作ったジュースを運んだ際に、足を引っかけられて転ばされ、作り直しを強要されたこともある。 だからと言って、絶対に文句は口にしてはいけない。この国では権力者に逆らったら最後、店をたたむことに繋がり、最悪物乞いで生活しなければならなくなる。「店員さん?」「は、はい、なんでございましょう?」 不意にマリカ様に話しかけられて、はっと我に返る。「店員さんのお名前を伺ってもよろしいかしら?」 オッドアイの瞳が、僕の顔をじっと見つめた。左目が金色、右目が銀色。昨日僕の瞳を宝石にたとえてくれたが、彼女の瞳はなににたとえたらいいだろうか。「えっと僕の名前、ですか?」 いきなり名前を訊ねられたことで、なにか粗相があったのかもと心配になる。「私はマリカです」 名字を告げたら誰でもわかるくらいに、有名人なんだろう。だから名前だけ教えてくれた――。「僕はハサンです……」「ハサン、ご両親はハサンが美しくなることがわかっていて、その名前をつけたんですね」「そういうマリカ様は、生まれた瞬間からお姫様のような存在だったのでしょう」 この国で付けられる女性の名前で『マリカ』はそれなりに多い。気品溢れる女王様のようにという意味が込められている。ちな
last updateLast Updated : 2025-09-02
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 店内にいるお客様の視線を一身に浴びているのに、彼女は慣れているのか、まったく気にせずに、お付の方と外の景色を見ながら談笑を続けてくださった。 居心地がよさそうで本当に良かったと安堵しながら、作ったジュースをカップに注ぎ入れ、楽しそうにしているマリカ様に、できたてのジュースを運んだ。「お待たせしました、レモンジュースとピンクグレープフルーツジュースです」 質素な造りのテーブルにコースターを置き、その上に注文を受けたジュースを手際よく給仕する。「ありがとう、ハサン」 柔らかいほほ笑みを唇に湛えるマリカ様に、同じように笑ってみせた。僕の笑い方はお貴族様のように上品なものではないから、ありきたりなほほ笑みになっていると思われる。「あの、マリカ様っ!」 ほほ笑み合ったことで、少しだけ勇気をいただけたので、前日に褒めてもらったことのお返しをしようと話しかけた。「ハサン、なんでしょう?」「マリカ様のこっちの瞳」 言いながら、自分の左目に指を差した。するとマリカ様は、僕がなにを言うのだろうかと興味津々な感じで、食い入るように見つめる。「砂漠で見た満月の色と一緒で、とても綺麗です」 ジュースを絞りながら必死に考えた。己の知っているものは乏しかったが、それでも彼女の持つ瞳の美しさを表現したくて、思いついたものがこれだった。 口にしてみたことにより、マリカ様の瞳とうまく合致すると改めて思った。「砂漠で見た満月?」 目を瞬かせながら反芻された、僕のセリフ。ありきたりなことを言ってしまったせいで、マリカ様に不快な思いをさせてしまったのかもしれない。「申し訳ありません! そこら辺にあるもので、高貴なマリカ様の瞳を表現してしまって!」 お盆を胸に抱きしめたまま、腰から深く頭を下げる。「ハサン、頭をあげてちょうだい。謝る必要ないわ」「でも……」 怖々と頭を上げかけたが、完全にあげきれなくて、体を小さくしたまま前を見据える。僕の目に、マリカ様の満面の笑みが映った。「ルーシア、アナタは砂漠の満月を見たことがある?」 僕ではなく、お付の方になぜか伺う。「見たことはございません。女、子どもだけで砂漠に出ると危ないと言われていますので」「私も見たことはないわ。ハサンはよく見に行くのですか?」 優しい口調で問いかけられたのがきっかけで、しっかり頭を上げた。
last updateLast Updated : 2025-09-02
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悔しさのあまりに、お盆を両手で握りしめても、なにもならないことくらいわかっているのに、せずにはいられない。男の背後で俯いて、悔しさを嘆く僕の耳に、マリカ様の声が聞こえる。 「褒めてくださって、とても嬉しく思います」 「このあとお暇なら、一緒に別の店に行きませんか? もっと美味いものを出すところを、知ってるもんだからさ」 「ちょっとアナタ、マリカ様にたいして、とても失礼な口の利き方っ!」 「ルーシア、いいのよ」 お付の方が腰をあげて声を荒らげた瞬間、マリカ様は手をあげてそれを制した。男はチッと舌打ちして、お付の方を見下ろす。 僕同様に、悔しそうな表情をしたお付の方が椅子に座ったのを確認したあと、マリカ様が凛とした声で告げる。 「私はアスィール・カビーラ様との婚姻を控えている身なので、ご一緒することは叶いません」 「か、カビーラ様との……大変失礼いたしやした!」 慌てふためいた男は、頭を何度もへこへこ下げてから、僕の前から立ち去った。それは当然だろう。カビーラ様といったら、この国で知らない者はいない王族の親戚筋で、大地主のひとり。睨まれたりしたら、それこそひとたまりもない。 大きな壁になっていた男がいなくなったことで、マリカ様と話すことができるのに、カビール様との婚姻の話を聞いてしまった手前、これ以上の接触を控えなければならなかった。 「ハサン……」 僕をいたわるように見つめながら、優しく名を呼ばれたけれど、小さく頭を下げてその場をやり過ごし、急いでカウンターに戻る。 僕はしがないジュース売り。マリカ様のようなお貴族様と親しげに会話をしてしまったことが、そもそものあやまりだった。 (これ以上、かかわっちゃダメだ。マリカ様に迷惑がかかってしまうかもしれない) カウンターにある流しで、俯きながら必死に洗い物にいそしむ。マリカ様の存在を感じないように、何度もコップを磨いたのだった。
last updateLast Updated : 2025-09-02
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☆☆彡.。 みずから、かかわらないようにしていたのに、しばらくすると、お付の方がカウンターに現れた。「あの、すみません」「どうしましたか?」 濡れた手をタオルで拭い、カウンター越しで対応する。マリカ様は、まだあの席に座ったままだった。「さっきの男が、まだ外でうろついていても危ないので、馬車を待たせているところまで送っていただけませんか?」「いいですよ。喜んでお送りします」 にこやかに二つ返事で了承し、お付の方と一緒にマリカ様が待つ席に向かった。僕が現れたのを見、彼女はどこか安堵した笑みを浮かべる。「ハサン、ごめんなさいね。呼びつけてしまって」「いいえ、気にしないでください。さ、お手をどうぞ」 彼女が立ち上がりやすいように手を差し伸べたら、白くて小さな手がやんわりと僕の手を掴む。皮膚に伝わってくる体温がえらく低くて、思わずぎゅっと握りしめてしまった。その瞬間、華奢なつくりをしている指を感じて、握りしめていた力を少しだけ緩める。「ハサンの手、とてもあたたかくて、安心感があるわ」「ありがとうございます。足元に段差があるので、気をつけてください」 彼女の歩幅に合わせて、少しだけ前を歩く。僕の視線の先にはお付の方がいて、馬車を待たせている場所に案内してくれた。「ハサン、お願いがあるの」 僕が立派な馬車を目視したタイミングで、マリカ様が唐突に話しかけてきた。「お願いですか?」 少しだけ背後にいるマリカ様に振り返ったら、握りしめている手が引っ張られ、僕の足をとめた。「砂漠の月を見てみたい」「え?」「ハサンが見た砂漠の月を、私の目で見てみたいわ」 小首を傾げながら色の違う左右の瞳を細めて、僕に頼むマリカ様。まるで小さな子どもがお菓子をねだるような口調に聞こえてしまい、呆気にとられてしまった。「えっと……」「マリカ様、夜の外出は大変危険でございます」 言い淀む僕の傍に、お付の方が駆け寄ってきた。「ルーシア、私に残された自分だけの時間は、あとどれくらいだったかしら?」「そんなことを言われても――」「私がカビーラ様のもとへ嫁いでしまったら、もうこんなふうに外に出られない。鳥かごの中の鳥になってしまうことが、わかっているのよ。その前に、いろんなものをこの目で見てみたいと思っちゃ、ダメなのかしら?」 マリカ様はお付の方ではなく、僕の顔
last updateLast Updated : 2025-09-02
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☆☆彡.。 知人に借りた馬に乗り、待ち合わせの時間よりも少しだけ早めに到着したのに、マリカ様が先に来ていて驚いた。 薄闇でもわかる、仕立ての良さそうな漆黒のケープ。ところどころに宝飾品のあしらわれたフードを外した彼女が、嬉しそうに駆け寄ってくる。お付きの方が不安げな顔で、マリカ様のあとに続いた。「ハサン、来てくれてありがとう!」 両手を組んでお礼を述べる彼女の前に降り立ち、お付きの方に話しかけた。「湿度があがっているので、天気が崩れるかもしれません。一時間以内で、なるべく早めに帰れるようにします。だから安心してください」 天候を理由にして早々に帰ることを伝えたからか、お付きの方の表情が幾分和んだ。「それじゃあマリカ様、馬に乗っていただきます。ここに片足をかけて、よじ登ってください。補助しますので、お身体に触れますよ」 背の高い馬に乗せるには、上から引っ張りあげるか、こうして下から体を支えて乗せることしか知らない。安全面を考えて、とりあえず後者にしてみたが、なにかあってはいけないので、すぐさま馬に跨る。「ハサン、どこに掴まればいいかしら?」 振り返りながら訊ねるマリカ様の面持ちは、瞳がキラキラしていて、不安そうなものをまったく感じさせなかった。僕がはじめて馬に乗ったときは、その高さに恐れおののいたというのに、彼女は堂々として肝が据わってる。 貴族として常に人の目に晒される身は、隙を見せられないだろうし、いろんな面でプレッシャーなどに強いのかもしれない。「座ってるところに小さな持ち手がありますので、それを両手で掴んでください。それだけだと心配なので、僕がマリカ様の体を後ろから抱きしめて支えます」 説明しながら、マリカ様の腰の辺りに左腕を巻きつけて支えた。互いの下半身がこれで密着するので、必然的に安定感が増す。「それじゃあ行ってきます!」 お付の方に小さく頭をさげたあと、馬の腹を足で軽く蹴って砂漠に向かうべく走らせた。「すごく速い! 夜風がとっても気持ちいい!」 揺れる馬上に臆することなく、実に楽しそうに馬を乗りこなすマリカ様から、甘い香りが風にまじって微かに漂う。花の香りだけじゃない、いつも仕事で使っているフルーツの香りも確実にあって、それがなんなのか知りたくなり、思わず左腕に力がこもった。(甘さを感じさせる香りの中に、柑橘系の香り
last updateLast Updated : 2025-09-03
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7
 馬上で抱き合い、見つめ合った状況――そのままマリカ様に顔を寄せれば、キスできてしまう距離感に胸がドキドキした。 絡まる視線に導かれるように、意を決して僕が顔を動かしかけたら、マリカ様は逃げるように正面を向く。「あとどれくらいで、目印のところに着くのかしら?」 拒否されたことはショックだったが、それを感じさせないように口を開くしかなかった。「……あと5分ほどで到着します。もう少し馬を走らせますね」 目的地まで進ませるべく、僕はふたたび馬の腹を一蹴りして、あえてなにも喋らずに、まっすぐ前だけを見据えながら馬を操った。だけど左腕で抱きしめているマリカ様の存在を、どうしても消すことができない。 重なり合っている部分から伝わる彼女の体温と、風に乗って香るいい匂いを感じるたびに、すぐ傍にいることを実感してしまう。(マリカ様とはまだ2回しか逢っていないし、話だってそんなにしていない。それなのにどうしてこんなにも、彼女に惹かれてしまうんだろう) 確かにマリカ様の容姿はとても美人で、誰が見ても目を奪われる。はじめて見たときは息が止まってしまうくらいに、甘い衝撃を受けた。 光り輝く銀髪の下にある色違いの瞳の美しさに、物腰の柔らかい話し方は、彼女の優しい性格を表していて、お貴族様だとわかっていても、気安く話しかけてしまいそうになったくらいに、親近感を覚えてしまった。 そこにつけ込んだんじゃないけど、昨日よりも自分から話しかけてしまったし、こうして一緒に出かけることができた。 さっき僕がキスしようとして、顔を動かしたときに、マリカ様が慌てて逸らしたのは、カビール様との婚姻の関係があったからだろう。ジュース売りの若造となにかあったりしたら、せっかくの縁談がダメになってしまうだけじゃなく、彼女の両親の監督責任にもなってしまう。 本来ならこうして夜に、見ず知らずの男と出かけているだけでも、かなり危険な行為だ。婚姻前の自由を満喫するためとはいえ、羽目を外していると思う。 マリカ様の立場を考えてる間に、目印になっている小高い丘が目に留まった。「そろそろ到着します。疲れてませんか?」「大丈夫よ、とても快適だったわ。ハサンは乗馬が上手なのね。安心して乗ることができました」「もしかしてマリカ様は、馬に乗ったことがあったんですか?」「2回だけ乗ったことがあるわ。だけど子ど
last updateLast Updated : 2025-09-04
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「ハサン、こっちに来て、私の話を聞いてちょうだい」「ですが――」「貴方とこうして過ごせる、最後の夜になるんですもの。お願い、傍にいてほしいわ」 色違いの瞳が寂しそうに細められる。そんな顔を見たくなかったので、急いで隣に移動したら、左腕に細い腕が巻きついた。その瞬間、マリカ様の胸の柔らかさが直に伝わってきて、否応なしに下半身が落ち着かなくなった。「あたたかくて癒されるハサンの体温を、こうして近くで感じていたい」「マリカ様……」「ふたりきりのときは、マリカって呼んで」 上目遣いで強請られたセリフだったが、おいそれとは呼べそうにない。彼女はお貴族様だけに、畏れ多い気がした。「ねぇハサン、ここまで連れて来てくれたお礼をあげる。跪いてちょうだい」 甘さを含んだ声で告げられたとおりに両膝を砂の上につけて、マリカ様を見上げた。ちょうど三日月が雲に隠れかけて、辺りが薄暗闇になりかけるときだった。 月が影ったせいで、立っているマリカ様の表情がわからない。そんな彼女の顔がゆっくり近づき、やがて僕の唇にしっとりとした唇が押しつけられる。「んっ!」 時間にしたら、ほんの僅かなものだったのかもしれない。それなのに、このときはすべての動きがスローモーションに感じた。押しつけられる唇の感触やぬくもり、離れていくマリカ様の顔や頬の赤さ加減もハッキリわかるくらいに、動きがゆっくりだった。「私のはじめてを、ハサンにプレゼントしたかったの。だからあのとき、顔を背けてしまって」「マリカ……」 マリカ様の唇の感触が残る口が、彼女の名前を自然と告げる。「貴方が好きよハサン。私の持っていない色を身につけてる貴方が大好き」「僕の色?」 お貴族様のマリカ様が持っていない僕の色とはなんだろうと、頭の隅で考えてしまった。「健康的な小麦色の肌と艶のある黒い髪。煌めきを宿す紫色の瞳をはじめて見たときは、心が震えたわ。だからまた逢いたくなって、お店に通ってしまったの」 マリカ様は僕の頬に触れながら、愛おしそうに目尻を指先で撫でる。「そんな……褒められるほどのものじゃないです」「私ね、失敗したなと思ったの。ハサンの瞳を宝石にたとえてしまったこと」「僕は嬉しかったです。あんなふうに褒められたことがありません」 大抵は僕の中性的な見た目を、口にされることのほうが多い。マリカ様のよう
last updateLast Updated : 2025-09-05
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「じゃあ私はブドウつながりということで、ワインにしておこうかしら」「あ、確かに。赤っぽいけど、もとはブドウだから――」 なんとはなしに頭の中で、グラスの中に注がれたワインを思い浮かべた。「ハサンの瞳の煌めきには、ワインは負けてしまうけどね」 マリカ様の反対の手が、優しく僕の頭を撫でる。たったそれだけのことなのに、ドキドキしていた心が落ち着きを取り戻す。そのおかげで、アイデアがひらめいた。「それじゃあワインにたとえてくれたお礼に、僕からもプレゼントしていいですか?」 提案しながら立ち上がり、僕の頬に触れてるマリカ様の手を優しく掴んで、甲にキスを落とした。「ハサン、もっとほしいわ」 とても小さな呟きだった。だけど彼女の呟きを遮るものはなにもなく、すんなり僕の耳に届いてしまった。「マリカ、なにを――」「わかってるくせに、そういうことを聞くの?」 もの欲しそうな感情を宿すマリカ様の色違いの瞳が、僕の中にあるモノを引きずり出す気がした。「マリカが望むことなら、なんだってしてあげる。言って?」「ハサンに、キスしてほしいわ」 切なげな面持ちで僕を見上げるマリカ様のケープの紐を外し、足元に放る。そして腰を落としながら、彼女の耳朶にキスをした。「ぁあっ」 そのまま柔らかい耳朶を食み、ちゅくちゅく音を立てて吸いあげると、マリカ様のいい匂いが鼻に濃く香った。「ハサン、くすぐったい……」 震える声が感じていることを表していたので、今度は細長い首筋に唇を押しつけた。しっとりした肌を味わうように、舌を這わせる。 年の離れた兄たちが物陰に隠れて、彼女と卑猥な行為に及んでいるのを、幼いころ垣間見ていた。まんまそれをしているだけなのだが、どうしたらマリカ様をもっと感じさせることができるのだろう。 細い腰を抱き寄せ、苦しくならない程度にマリカ様を抱きしめる。「……もう終わりなの?」 マリカ様は、僕の胸元に頬を寄せて見上げる。もっとしてほしいと、熱のこもった視線を注がれたが――。「これ以上は、もう駄目です。マリカもわかっているでしょ。僕がマリカを欲しがっていること」 カタチの変わった僕の下半身が、マリカ様の躰に確実に触れている。抱きしめ合えば、嫌でも伝わってしまうそれが恥ずかしい。「大好きなハサンが私のことを欲しがっているなんて、すごく嬉しいわ」 笑
last updateLast Updated : 2025-09-06
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10
 僕からのキスを受けたマリカ様は、体重をかけて体を預ける。そして両腕を僕の首にかけて、キスをさらに深いものにした。 下半身が解放されたことで余裕の出た僕は、目の前にある華奢な躰のラインをなぞるように片手を移動させて、マリカ様の大きな胸に触れる。普段扱っている果物の柔らかさとは明らかに違う、ハリのあるそれを堪能すべく、ゆっくり揉みしだいだ。「ぁ、んっ……」 鼻にかかる甘い声がもっと聞きたくて、マリカ様の口内に舌を忍ばせた。すると僕を待っていたように、マリカ様の舌がやんわり絡んできて、僕の舌をちゅっと吸いあげる。 ビクッと肩を竦めたら、首にかけられていた両腕の力が抜けていき、押しつけられていた唇がゆっくりと離れた。「ハサン、好きよ」 耳の奥に残るマリカ様の声。ちょっとだけ掠れているのに、なぜかそれが鼓膜に焼きついた。(同じように、マリカ様の耳に残る告白がしたい――彼女が忘れないように……)「僕も……。僕もマリカが好き」 ふたたび引き寄せ合うように顔を近づけた瞬間、遠くのほうで雷鳴の音が響き渡る。その物音にハッとして、真っ暗闇の空間を目を凝らして眺めてみる。「ハサン?」 稲光の走り方で、雨雲がコチラに迫ってくることを察し、慌ててしゃがんでみずから落としたケープを拾いあげながら砂埃を払い、マリカ様の肩にかけて紐をきっちり括りつける。「マリカとずっと一緒にいたかったけど、天気が悪くなる前に帰らなきゃ」 言いながらマリカ様の手を掴み、馬をとめてあるところに引っ張りかけたら、その手をぎゅっと握りしめ、無理やり引き留められた。「あと一度だけ。お願い、あと一度だけでいいから、ハサンからのキスがほしい」「マリカ……」「こうして一緒に出かけられるのも、今夜が最後なのよ。大好きなハサンとの思い出を作りたいわ」 どこか泣き出しそうな面持ちで告げられたせいで、急がなきゃというセリフが脳裏から消失する。 黙ったまま腰を曲げてマリカ様の顔に近づき、頬に片手を添えつつ、唇を強く押しつけながらキスをした。(――離れたくない。マリカとこのまま、ずっと一緒にいたい) そんな気持ちを吹っ切ろうと離れかけた刹那、マリカ様の片手が僕の胸を軽く押した。本当に軽く押されただけなのに、僕の足は三歩も後退りする。拒否られたショックが、そういう形になって表れたんだと、頭の中で理解
last updateLast Updated : 2025-09-07
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