☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。 登場人物 ☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。 ♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。
View More目の前は砂漠、背後は若干の緑地帯。そこを行き交う人々を相手に、たくさんの店が商売を営む。
《オアシス》という、やけにあっさりした店名で、細々と果実のジュースを売ってるウチの店もそのひとつ。特に砂漠からやって来る客が喉を潤わせるために、来店してくれる。 カウンターでオーダーを取って、前払いでお金をいただき、その後ひとつずつ手絞りでジュースを作って、お客様が寛いでいる涼しげな店内に運ぶシステムだった。 「いらっしゃいませー、こちらでメニューをお伺いします!」 いつものようにジュースを作る手を止めて、お客様がわかりやすいように、右手をあげながら声をかける。 入店してきたのは、若い女性客ふたり。ひとりは薄地の白いベールを頭から被り、顔が見えないようにほどこしていた。たぶん、お貴族様なのだろう。一般人がたむろする店に出入りするとき、高貴な女性はこうして身元がわかりにくいようにするのが、ここら辺の習わしだった。 「マリカ様、こちらがメニュー表になっているようです」 カウンターに到着したふたりは、困惑する様子もなく、お付きの女性がリードしてくれるおかげで、店員の僕が声をかけなくても良さそうだった。 「たくさんあるのね。ここのオススメはなにかしら?」 メニュー表から顔をあげた、マリカ様と呼ばれたお方。ベールの上からでもわかる綺麗な銀髪と、色違いの左右の瞳が印象的で、思わず息を飲んだ。 「店員さん?」 「すみませんっ! オススメはですね、毎日朝市から仕入れている、レモンを使ったジュースになります!」 「それじゃあ、それをひとつくださる? ルーシアも好きなのを頼みなさい」 「ありがとうございます。なににしようかな」 お付きの女性が、嬉しそうな面持ちでメニュー表をのぞき込みながら迷っている最中に、マリカ様が僕の顔をじっと見つめた。 「店員さんの瞳、とても綺麗ね。宝石のアメシストのよう。だけど色の感じは、バイオレット・サファイアに近いかしら」 どちらの宝石も見たことのないものなので、こうして褒められても、リアクションに困ってしまった。 「あ、ありがとうございます。そんなふうに褒められたことがないので、なんだかくすぐったいです」 後頭部を掻きながら照れたら、目の前でコロコロ笑う。ここにいる野郎どもの豪快な笑い方とは真逆な、とても静かな笑い。お貴族様特有のものなのかもしれないが、とてもかわいらしく見えた。 「マリカ様、ルーシアはマンゴーにします!」 「店員さんのオススメとマンゴージュース、よろしくね。ルーシア、お代を。お釣りはチップとして受け取ってちょうだい」 気前のいいマリカ様とお付きの女性は、奥まった席に腰をかけて、自分たちが来たであろう緑地帯の景色を眺める。緑地帯の奥に都市が形成されているため、砂漠からやって来るお客様と都市からやって来るお客様は、一目でわかるんだ。 ひとりきりで店を切り盛りしているため、彼女たちを物珍しげに眺める暇もなく、急いで先客のジュースを作るために、精を出したのだった。☆☆彡.。 知人に借りた馬に乗り、待ち合わせの時間よりも少しだけ早めに到着したのに、マリカ様が先に来ていて驚いた。 薄闇でもわかる、仕立ての良さそうな漆黒のケープ。ところどころに宝飾品のあしらわれたフードを外した彼女が、嬉しそうに駆け寄ってくる。お付きの方が不安げな顔で、マリカ様のあとに続いた。「ハサン、来てくれてありがとう!」 両手を組んでお礼を述べる彼女の前に降り立ち、お付きの方に話しかけた。「湿度があがっているので、天気が崩れるかもしれません。一時間以内で、なるべく早めに帰れるようにします。だから安心してください」 天候を理由にして早々に帰ることを伝えたからか、お付きの方の表情が幾分和んだ。「それじゃあマリカ様、馬に乗っていただきます。ここに片足をかけて、よじ登ってください。補助しますので、お身体に触れますよ」 背の高い馬に乗せるには、上から引っ張りあげるか、こうして下から体を支えて乗せることしか知らない。安全面を考えて、とりあえず後者にしてみたが、なにかあってはいけないので、すぐさま馬に跨る。「ハサン、どこに掴まればいいかしら?」 振り返りながら訊ねるマリカ様の面持ちは、瞳がキラキラしていて、不安そうなものをまったく感じさせなかった。僕がはじめて馬に乗ったときは、その高さに恐れおののいたというのに、彼女は堂々として肝が据わってる。 貴族として常に人の目に晒される身は、隙を見せられないだろうし、いろんな面でプレッシャーなどに強いのかもしれない。「座ってるところに小さな持ち手がありますので、それを両手で掴んでください。それだけだと心配なので、僕がマリカ様の体を後ろから抱きしめて支えます」 説明しながら、マリカ様の腰の辺りに左腕を巻きつけて支えた。互いの下半身がこれで密着するので、必然的に安定感が増す。「それじゃあ行ってきます!」 お付の方に小さく頭をさげたあと、馬の腹を足で軽く蹴って砂漠に向かうべく走らせた。「すごく速い! 夜風がとっても気持ちいい!」 揺れる馬上に臆することなく、実に楽しそうに馬を乗りこなすマリカ様から、甘い香りが風にまじって微かに漂う。花の香りだけじゃない、いつも仕事で使っているフルーツの香りも確実にあって、それがなんなのか知りたくなり、思わず左腕に力がこもった。(甘さを感じさせる香りの中に、柑橘系の香り
☆☆彡.。 みずから、かかわらないようにしていたのに、しばらくすると、お付の方がカウンターに現れた。「あの、すみません」「どうしましたか?」 濡れた手をタオルで拭い、カウンター越しで対応する。マリカ様は、まだあの席に座ったままだった。「さっきの男が、まだ外でうろついていても危ないので、馬車を待たせているところまで送っていただけませんか?」「いいですよ。喜んでお送りします」 にこやかに二つ返事で了承し、お付の方と一緒にマリカ様が待つ席に向かった。僕が現れたのを見、彼女はどこか安堵した笑みを浮かべる。「ハサン、ごめんなさいね。呼びつけてしまって」「いいえ、気にしないでください。さ、お手をどうぞ」 彼女が立ち上がりやすいように手を差し伸べたら、白くて小さな手がやんわりと僕の手を掴む。皮膚に伝わってくる体温がえらく低くて、思わずぎゅっと握りしめてしまった。その瞬間、華奢なつくりをしている指を感じて、握りしめていた力を少しだけ緩める。「ハサンの手、とてもあたたかくて、安心感があるわ」「ありがとうございます。足元に段差があるので、気をつけてください」 彼女の歩幅に合わせて、少しだけ前を歩く。僕の視線の先にはお付の方がいて、馬車を待たせている場所に案内してくれた。「ハサン、お願いがあるの」 僕が立派な馬車を目視したタイミングで、マリカ様が唐突に話しかけてきた。「お願いですか?」 少しだけ背後にいるマリカ様に振り返ったら、握りしめている手が引っ張られ、僕の足をとめた。「砂漠の月を見てみたい」「え?」「ハサンが見た砂漠の月を、私の目で見てみたいわ」 小首を傾げながら色の違う左右の瞳を細めて、僕に頼むマリカ様。まるで小さな子どもがお菓子をねだるような口調に聞こえてしまい、呆気にとられてしまった。「えっと……」「マリカ様、夜の外出は大変危険でございます」 言い淀む僕の傍に、お付の方が駆け寄ってきた。「ルーシア、私に残された自分だけの時間は、あとどれくらいだったかしら?」「そんなことを言われても――」「私がカビーラ様のもとへ嫁いでしまったら、もうこんなふうに外に出られない。鳥かごの中の鳥になってしまうことが、わかっているのよ。その前に、いろんなものをこの目で見てみたいと思っちゃ、ダメなのかしら?」 マリカ様はお付の方ではなく、僕の顔
悔しさのあまりに、お盆を両手で握りしめても、なにもならないことくらいわかっているのに、せずにはいられない。男の背後で俯いて、悔しさを嘆く僕の耳に、マリカ様の声が聞こえる。 「褒めてくださって、とても嬉しく思います」 「このあとお暇なら、一緒に別の店に行きませんか? もっと美味いものを出すところを、知ってるもんだからさ」 「ちょっとアナタ、マリカ様にたいして、とても失礼な口の利き方っ!」 「ルーシア、いいのよ」 お付の方が腰をあげて声を荒らげた瞬間、マリカ様は手をあげてそれを制した。男はチッと舌打ちして、お付の方を見下ろす。 僕同様に、悔しそうな表情をしたお付の方が椅子に座ったのを確認したあと、マリカ様が凛とした声で告げる。 「私はアスィール・カビーラ様との婚姻を控えている身なので、ご一緒することは叶いません」 「か、カビーラ様との……大変失礼いたしやした!」 慌てふためいた男は、頭を何度もへこへこ下げてから、僕の前から立ち去った。それは当然だろう。カビーラ様といったら、この国で知らない者はいない王族の親戚筋で、大地主のひとり。睨まれたりしたら、それこそひとたまりもない。 大きな壁になっていた男がいなくなったことで、マリカ様と話すことができるのに、カビール様との婚姻の話を聞いてしまった手前、これ以上の接触を控えなければならなかった。 「ハサン……」 僕をいたわるように見つめながら、優しく名を呼ばれたけれど、小さく頭を下げてその場をやり過ごし、急いでカウンターに戻る。 僕はしがないジュース売り。マリカ様のようなお貴族様と親しげに会話をしてしまったことが、そもそものあやまりだった。 (これ以上、かかわっちゃダメだ。マリカ様に迷惑がかかってしまうかもしれない) カウンターにある流しで、俯きながら必死に洗い物にいそしむ。マリカ様の存在を感じないように、何度もコップを磨いたのだった。
店内にいるお客様の視線を一身に浴びているのに、彼女は慣れているのか、まったく気にせずに、お付の方と外の景色を見ながら談笑を続けてくださった。 居心地がよさそうで本当に良かったと安堵しながら、作ったジュースをカップに注ぎ入れ、楽しそうにしているマリカ様に、できたてのジュースを運んだ。「お待たせしました、レモンジュースとピンクグレープフルーツジュースです」 質素な造りのテーブルにコースターを置き、その上に注文を受けたジュースを手際よく給仕する。「ありがとう、ハサン」 柔らかいほほ笑みを唇に湛えるマリカ様に、同じように笑ってみせた。僕の笑い方はお貴族様のように上品なものではないから、ありきたりなほほ笑みになっていると思われる。「あの、マリカ様っ!」 ほほ笑み合ったことで、少しだけ勇気をいただけたので、前日に褒めてもらったことのお返しをしようと話しかけた。「ハサン、なんでしょう?」「マリカ様のこっちの瞳」 言いながら、自分の左目に指を差した。するとマリカ様は、僕がなにを言うのだろうかと興味津々な感じで、食い入るように見つめる。「砂漠で見た満月の色と一緒で、とても綺麗です」 ジュースを絞りながら必死に考えた。己の知っているものは乏しかったが、それでも彼女の持つ瞳の美しさを表現したくて、思いついたものがこれだった。 口にしてみたことにより、マリカ様の瞳とうまく合致すると改めて思った。「砂漠で見た満月?」 目を瞬かせながら反芻された、僕のセリフ。ありきたりなことを言ってしまったせいで、マリカ様に不快な思いをさせてしまったのかもしれない。「申し訳ありません! そこら辺にあるもので、高貴なマリカ様の瞳を表現してしまって!」 お盆を胸に抱きしめたまま、腰から深く頭を下げる。「ハサン、頭をあげてちょうだい。謝る必要ないわ」「でも……」 怖々と頭を上げかけたが、完全にあげきれなくて、体を小さくしたまま前を見据える。僕の目に、マリカ様の満面の笑みが映った。「ルーシア、アナタは砂漠の満月を見たことがある?」 僕ではなく、お付の方になぜか伺う。「見たことはございません。女、子どもだけで砂漠に出ると危ないと言われていますので」「私も見たことはないわ。ハサンはよく見に行くのですか?」 優しい口調で問いかけられたのがきっかけで、しっかり頭を上げた。
☆☆彡.。 ぱっと見、女性にも見える自分の容姿は、男性のお客様から誘われることが多い。減るもんじゃないんだから、店が暇なときは躰を売ればいいだろうと両親に言われたこともある。 今日はそんなお客様が多くてゲンナリしながら、カウンターで店番をしていた。「いらっしゃいませー!」 一度きりになるかと思ったのに、ふたたび現れたお貴族様とお付きの女性。やはりマリカ様の容姿は目立つので、入店した瞬間からほかのお客様が視線を注ぐ。「今日もご来店ありがとうございます」 愛想良くほほ笑みながら、丁寧なお辞儀つきで挨拶した。「昨日作っていただいたレモンジュース、とても美味しかったので、また来てしまいました。ルーシアはどうするの?」 マリカ様は僕にほほ笑んで話しかけたあと、お付きの女性に気を配る。お貴族様だからと横柄な態度をとらずに、誰にでも優しく接する彼女は外見だけじゃなく、中身も美しい人なんだとしみじみ思った。 今まで接してきたお貴族様は、男女問わずに上から目線だった。僕を見下しながら顔にチップを投げつけられたことがあるし、せっかく作ったジュースを運んだ際に、足を引っかけられて転ばされ、作り直しを強要されたこともある。 だからと言って、絶対に文句は口にしてはいけない。この国では権力者に逆らったら最後、店をたたむことに繋がり、最悪物乞いで生活しなければならなくなる。「店員さん?」「は、はい、なんでございましょう?」 不意にマリカ様に話しかけられて、はっと我に返る。「店員さんのお名前を伺ってもよろしいかしら?」 オッドアイの瞳が、僕の顔をじっと見つめた。左目が金色、右目が銀色。昨日僕の瞳を宝石にたとえてくれたが、彼女の瞳はなににたとえたらいいだろうか。「えっと僕の名前、ですか?」 いきなり名前を訊ねられたことで、なにか粗相があったのかもと心配になる。「私はマリカです」 名字を告げたら誰でもわかるくらいに、有名人なんだろう。だから名前だけ教えてくれた――。「僕はハサンです……」「ハサン、ご両親はハサンが美しくなることがわかっていて、その名前をつけたんですね」「そういうマリカ様は、生まれた瞬間からお姫様のような存在だったのでしょう」 この国で付けられる女性の名前で『マリカ』はそれなりに多い。気品溢れる女王様のようにという意味が込められている。ちな
目の前は砂漠、背後は若干の緑地帯。そこを行き交う人々を相手に、たくさんの店が商売を営む。《オアシス》という、やけにあっさりした店名で、細々と果実のジュースを売ってるウチの店もそのひとつ。特に砂漠からやって来る客が喉を潤わせるために、来店してくれる。 カウンターでオーダーを取って、前払いでお金をいただき、その後ひとつずつ手絞りでジュースを作って、お客様が寛いでいる涼しげな店内に運ぶシステムだった。「いらっしゃいませー、こちらでメニューをお伺いします!」 いつものようにジュースを作る手を止めて、お客様がわかりやすいように、右手をあげながら声をかける。 入店してきたのは、若い女性客ふたり。ひとりは薄地の白いベールを頭から被り、顔が見えないようにほどこしていた。たぶん、お貴族様なのだろう。一般人がたむろする店に出入りするとき、高貴な女性はこうして身元がわかりにくいようにするのが、ここら辺の習わしだった。「マリカ様、こちらがメニュー表になっているようです」 カウンターに到着したふたりは、困惑する様子もなく、お付きの女性がリードしてくれるおかげで、店員の僕が声をかけなくても良さそうだった。「たくさんあるのね。ここのオススメはなにかしら?」 メニュー表から顔をあげた、マリカ様と呼ばれたお方。ベールの上からでもわかる綺麗な銀髪と、色違いの左右の瞳が印象的で、思わず息を飲んだ。「店員さん?」「すみませんっ! オススメはですね、毎日朝市から仕入れている、レモンを使ったジュースになります!」「それじゃあ、それをひとつくださる? ルーシアも好きなのを頼みなさい」「ありがとうございます。なににしようかな」 お付きの女性が、嬉しそうな面持ちでメニュー表をのぞき込みながら迷っている最中に、マリカ様が僕の顔をじっと見つめた。「店員さんの瞳、とても綺麗ね。宝石のアメシストのよう。だけど色の感じは、バイオレット・サファイアに近いかしら」 どちらの宝石も見たことのないものなので、こうして褒められても、リアクションに困ってしまった。「あ、ありがとうございます。そんなふうに褒められたことがないので、なんだかくすぐったいです」 後頭部を掻きながら照れたら、目の前でコロコロ笑う。ここにいる野郎どもの豪快な笑い方とは真逆な、とても静かな笑い。お貴族様特有のものなのかもしれな
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