「ハサンといろいろ話をしてる間に、全部飲み終えちゃった。ごちそうさまでした」「また来てください。今度は違う味でご提供しますよ」 空になったカップを受け取りつつ、立ち上がるであろうアンジェラに手を差し出し、補助してあげた。「優しくてジェントルマンな店員さんがいることも、友達に話しておくわね。ありがとう、ハサン」「またのご来店をお待ちしております」 頭をさげてアンジェラを見送り、踵を返して店に戻りかけた瞬間だった。「きゃっ!」 その悲鳴に驚き、慌てて振り返ったら、通りを歩いていたアンジェラが、うつ伏せで倒れ込んでいるのが目に留まる。あまりのショックに力が抜け落ち、持っていた空のカップを落とした。「ふらふら歩いて、俺の邪魔をすんじゃねぇぞ、コラ!」 赤ら顔の中年男性が怒鳴りながら、アンジェラに蹴りをいれるという、信じられないことをやらかしたことで、僕は走ってふたりの間に割り込む。「やめてください! 彼女は妊婦さんなんですよ」「そんなの知ったこっちゃねぇ。コイツが俺にぶつかってきたのが悪いんだ」「酷い……」 腕の中に抱きとめたアンジェラはブルブル震えていて、怯えているのが嫌というくらいにわかる。「妊婦だかなんだか知らねぇけど、ムダに目立ってしょうがない姿をしてるくせに、ここら辺を歩くんじゃねぇ!」 怒りにまかせて僕の背中を蹴ったあと、ふらつく足取りで傍にあるバーに入った中年男性。危害を加える人物がいなくなったことに安堵し、アンジェラに声をかける。「アンジェラ、大丈夫?」 相変わらず体を震わせる彼女の顔色は、さっき一緒に喋ったときとは違い、ものすごく真っ青だった。「ハサンどうしよ……。お腹がすごく痛い」「もしかして――」「まだ産まれちゃいけないのに、破水したみたい……」 辛そうに両手でお腹を押さえるアンジェラの膝裏に腕を差し入れ、ゆっくり立ち上がった。「急いで病院に行こう。どこにあるか教えて!」 振動を与えて産まれたら困るので、揺らさないように早足で歩きつつ、苦しげなアンジェラの道案内のとおりに進んだ。「結構遠いな。建物が見えてるのに」 駆けだしたい気持ちを抑えながらまっすぐ進んで行くと、この町で一番大きい病院の建物が目に入ったのに、そこに行き着くまであと少し歩かなきゃダメだった。「アンジェラ、具合はどう? アンジェラ?」
Last Updated : 2025-09-18 Read more