All Chapters of 最初から最後まで: Chapter 21 - Chapter 30

37 Chapters

21

「ハサンといろいろ話をしてる間に、全部飲み終えちゃった。ごちそうさまでした」「また来てください。今度は違う味でご提供しますよ」 空になったカップを受け取りつつ、立ち上がるであろうアンジェラに手を差し出し、補助してあげた。「優しくてジェントルマンな店員さんがいることも、友達に話しておくわね。ありがとう、ハサン」「またのご来店をお待ちしております」 頭をさげてアンジェラを見送り、踵を返して店に戻りかけた瞬間だった。「きゃっ!」 その悲鳴に驚き、慌てて振り返ったら、通りを歩いていたアンジェラが、うつ伏せで倒れ込んでいるのが目に留まる。あまりのショックに力が抜け落ち、持っていた空のカップを落とした。「ふらふら歩いて、俺の邪魔をすんじゃねぇぞ、コラ!」 赤ら顔の中年男性が怒鳴りながら、アンジェラに蹴りをいれるという、信じられないことをやらかしたことで、僕は走ってふたりの間に割り込む。「やめてください! 彼女は妊婦さんなんですよ」「そんなの知ったこっちゃねぇ。コイツが俺にぶつかってきたのが悪いんだ」「酷い……」 腕の中に抱きとめたアンジェラはブルブル震えていて、怯えているのが嫌というくらいにわかる。「妊婦だかなんだか知らねぇけど、ムダに目立ってしょうがない姿をしてるくせに、ここら辺を歩くんじゃねぇ!」 怒りにまかせて僕の背中を蹴ったあと、ふらつく足取りで傍にあるバーに入った中年男性。危害を加える人物がいなくなったことに安堵し、アンジェラに声をかける。「アンジェラ、大丈夫?」 相変わらず体を震わせる彼女の顔色は、さっき一緒に喋ったときとは違い、ものすごく真っ青だった。「ハサンどうしよ……。お腹がすごく痛い」「もしかして――」「まだ産まれちゃいけないのに、破水したみたい……」 辛そうに両手でお腹を押さえるアンジェラの膝裏に腕を差し入れ、ゆっくり立ち上がった。「急いで病院に行こう。どこにあるか教えて!」 振動を与えて産まれたら困るので、揺らさないように早足で歩きつつ、苦しげなアンジェラの道案内のとおりに進んだ。「結構遠いな。建物が見えてるのに」 駆けだしたい気持ちを抑えながらまっすぐ進んで行くと、この町で一番大きい病院の建物が目に入ったのに、そこに行き着くまであと少し歩かなきゃダメだった。「アンジェラ、具合はどう? アンジェラ?」
last updateLast Updated : 2025-09-18
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22

☆☆彡.。 待合室の椅子に腰かけ、両手を組んでアンジェラの無事を祈り続けた。こうして祈ることしかできない自分の不甲斐なさを感じていたら、どこからともなく医者らしき人が出てきて、僕の前に立ちはだかる。彼の着ている白衣が目に眩しい。 僕を見下ろす妙齢の医者の視線の冷たさに、恐るおそる話しかけた。「……なにか?」「アンジェラ様をお連れした方とは、貴方でしょうか?」 どこか緊張を含んだ口調で話しかけられたことで、自然と体に力が入る。「はい。彼女がウチの店でジュースを飲んだ後に、見知らぬ男とぶつかり、今回のことになったので、僕が病院までお連れしました」「本当に貴方の仕業じゃないんですね?」「違います、僕じゃありません!」 慌てて椅子から立ち上がり、医師らしき人に反論した。同じくらいの身長なので、嫌でも目線がかち合う。猜疑心を滲ませたまなざしがぐさぐさ突き刺さり、反論しかけた言葉が宙を舞った。「私はこの病院の医院長です。アンジェラ様は、当病院の職員と結婚しているわけですが――」(医院長がアンジェラに『様』をつけている時点で、彼よりも偉い人と結婚したことがわかったけど、それよりも困ったことになったぞ……) てっきり平民だと思ったアンジェラが、自分よりも地位のある身分だったのも驚きだったが、ジュース売りの商人である僕がアンジェラに危害を加えていないことを立証する手立てがない事実に、頭が混乱していく。「貴方がアンジェラ様に、暴行をおこなっていないことを証明できますか?」「それは、あの……。周りに誰もいませんでしたし、ぶつかった人物は知らない人でした。僕の無実を証明するためには、その人を捜すしかありません」「もっと詳しく話を教えていただきたいので、ちょっとこちらに来てください」 言いながら医院長が僕に腕を伸ばしたタイミングで、脱兎のごとく駆け出した。「待ちなさい! 誰か、その男を捕まえてくれ!」 患者がひしめく待合室が功を奏し、人混みに紛れて、うまいこと逃げることに成功した。 大きな病院の建物を背にしながら、時々振り返りつつ、走って店に戻る。もうここでは商売することができないので、急いで撤収をしなければならないと考えた。 息を切らしながら、店を出した通りに着いたところで、足がピタリと止まってしまう。遠目からでもわかる、店内が荒らされた様子にショ
last updateLast Updated : 2025-09-19
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「ドリーム、ありがとう……」 馬よりは遅いけど、僕が走るよりは断然速いドリームの足に感謝しつつ、街外れまで駆け抜ける。小一時間ほどで、隣町との国境沿いまで来ることができた。 峠の傍にある森の中に身を隠すことにし、あてのない状態でしばらく奥へと進んでみる。自分が生まれ育った砂漠地帯から離れていくに従い、緑地帯が増えていくことを羨ましく思った。 砂漠にいた頃は日差しのキツさにうんざりしたけれど、こうして森の中の木漏れ日の下で浴びる日差しは、とても優しく感じる。まるで傷ついた心を癒してくれるような、柔らかい光だった。 閑散とした森の中で人の気配を探ってみたが、なにも感じなかったので、ドリームの首元を撫でながら話しかける。「ここで一旦休憩しよう。ドリーム、喉が渇いただろう? 走りっぱなしだったもんな」 よいしょとドリームから降りて、荒れ放題の店内に入り込む。 華奢な調理器具は壊されたが、大型のものには手をつけられていなかったことがラッキーだった。水を溜めているタンクから割れていない食器に水を注ぎ入れ、疲れているであろうドリームの前にそれを置いてやる。 ドリームは長いまつげを上下させながら僕の顔を見、大きなあくびをしたあとに、勢いよく水を飲みだした。「さて、これからどうやって生活していこうか……」 美味しそうに水を飲むドリームの姿を見つつ、自分も本当はなにかを口にしたかったが、そんな気になれなかった。 裏の仕事は、誰に見られることなくやり遂げることができたのに、表の仕事でこんな目に遭うとは夢にも思わなかった。 あの状況下、医院長から逃げた時点で、僕はアンジェラに危害を加えたお尋ね者になっただろう。それを解消するために、アンジェラにぶつかった中年男性を見つけ、彼らの前に突き出せば僕の無実が証明される。「捜すしかないか、あの中年男性を――」 チラッとしか見ていないが、服装と顔の特徴は覚えている。中年男性がアンジェラとぶつかったあとに入っていったバーに行き、男のことを訊ねてみようと考えた。「ドリーム、ちょっと出かけてくる。ここで待っていてくれ」 食器に水を足してドリームの足元に置いたら、いきなり髪の毛を咥えられた。「ちょっ、ドリーム放してくれ! 痛いじゃないか」 まるで行くなというように、ぐいぐい引っ張る。「ドリーム、僕はどうしても行かなきゃ
last updateLast Updated : 2025-09-20
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24

☆☆彡.。 ドリームが見つからないように、街から外れた林の中の木に括りつけた。 ドリームが大人しく待てるように声かけをしてから、フード付きのケープを纏って、店があった場所へ急ぐ。この時点で既に夜になっていたので、その場所には誰もいなかったが、バーを示す看板に明かりが灯されていることで、営業しているのがわかった。 フードを目深に被り直してから、中年男性が入ったバーの扉を思いきって開ける。こじんまりした店内は、カウンター席とテーブル席に分かれていて、テーブル席だけに客が数人たむろしていた。 迷うことなくカウンター席の真ん中に腰かけてから、店主に話しかける。「すみません。ビールをください」「あいよ、ちょっと待ってろ」 店主は洗い物をしている手をとめて、僕がオーダーしたビールを小ぶりのグラスに注ぎ入れる。「アンタ、見慣れない顔だな。どっから来た?」 店内に灯された明かりが頭頂部に反射して、いい感じにてっぺんが光っている店主は、真顔で僕に訊ねつつ、ビールの入ったグラスをカウンターに置いた。「南の砂漠から流れ着いて、ここに来ました。ちょっと聞きたいことがあるんですが」 t  僕の出身地は北の砂漠だったが、身元がわからないようにするために逆の方角を告げた。「聞きたいことってなんだ?」 店内にいるのに、フードを被ったままでいることを指摘しない店主を不思議に思ったが、意を決して中年男性のことを訊ねてみる。「口ひげを生やした、緑色のベストを着ている中年男性を探してます。背格好は僕と同じくらいなんですが」「緑色のベスト? ああ、鉄道関係者か。口ひげを生やしてるって、ズベールが昼間ウチの店に来ていたが」「相当酔っていましたよね?」「ああ。だから酒を飲ませずに水をやったさ」「今日僕の店で、財布を落としたんです。届けたいんですが、住んでいるところがわかりますか?」 サラッと嘘を重ねて、真実味を増した僕のセリフを聞いた店主は、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。「住んでるところはわかってる。アイツはツケで飲むんで給料日になったら、自宅に徴収に行くんだ。ちょっと待ってろ」 親切な店主は住所だけじゃなく、地図まで書いて僕に渡してくれた。「アイツの財布の中身なんて、たいして入っていないだろうに。優しいのな」「困ったときはお互い様です」 もらったメモ紙
last updateLast Updated : 2025-09-21
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そのまま中年男性の自宅に向かおうとしたのに、なぜか僕の足は路地裏に進む。数歩進んで壁際に背を預けたら、路地裏の奥にいた猫が驚き、唸りながら暗闇の中で目を光らせた。「僕はなにもしないよ。なにもする気になれない……」 そんなことを言っても猫に通じるハズなく、ひとしきり唸ったあとに、どこかに逃げ隠れた。「アンジェラが亡くなった。赤ちゃんはどうなったんだろ」 そのことを知りたくても知る術はなく、まぶたの裏に昼間楽しくお喋りした様子が自然と流れる。もう彼女の笑顔が見れないことに、胸がしくしく痛んだ。(とにかくまずは、中年男性のズベールさんに会いに行こう。そして事実確認してから、あの病院に連れて行き、僕の無実を証明するんだ!) 滲んだ涙を袖で拭いながら路地裏から出て、ポケットにしまったメモ紙を広げ、外灯の下で眺めてみる。ここからそう遠くない距離に、中年男性の自宅があるらしい。 夜遅い時間に、見知らぬ僕が来訪したら怪しまれることがわかるので、明日の朝に彼が家から出てきたときに話しかけてみようと計画する。「とりあえず、現地に行って確かめてみよう」 地図に示されたとおりに歩くこと10分で、中年男性の家と思しきところに到着した。古めかしくて小さい造りの家の中の明かりは既になく、就寝しているのか、はたまた留守のどちらかだった。 場所の確認ができたので、ドリームを待たせている林まで一旦戻ることにする。仮眠した数時間後に、ふたたび中年男性の家の前に赴き、彼が出てくるのをしばらく待った。 太陽が昇り、どれくらい時間が経っただろうか。中年男性の家の影から様子を窺う僕の目の前に、昨日と同じ格好でズベールさんが現れた。赤ら顔じゃないことで確実に酔っていないのがわかり、安心しながら声をかける。「ズベールさん、おはようございます」 通りに向かって歩き出す背中に話しかけると、驚いたのだろう。首を竦めながらコチラに振り返った。「……アンタ誰だ?」「昨日貴方に蹴られた者です」 ズベールさんに近づきつつ昨日の出来事を告げたら、バツの悪そうな顔をした。「悪かったな、それは」 僕の顔をきちんと見て謝ったが、冷めた口ぶりは謝った感じがまったく伝わってこない。そんな違和感を覚えたからこそ、さっきよりも尖った口調で語りかける。「僕を蹴ったよりも大変なことをしたの、わかってますか?
last updateLast Updated : 2025-09-22
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26

「貴方が蹴った妊婦さん、お亡くなりになったそうです……」「ぅ、えっ?」「傍で見ていた僕が、彼女を病院に運びました。そしたら僕がやったんじゃないかって疑われてしまって」「お、ぉおお俺は知らねぇ! やった覚えがない。だから俺は無関係だ!」 すごすご後退りして僕から距離をとったと思ったら、走って逃げようとした。寸前のところで彼が着ている緑色のベストの紐を慌てて掴み、遠くにいかないようにする。「ちくしょう、放しやがれ!」「この石を見てください」 怒りにまかせて、彼の目の前にいつも使ってる赤い石を見せて、その命を一瞬で奪った。生気を失ったズベールさんの体は力が抜け落ち、僕が掴んでいる紐を手放すと、道端にうつ伏せで倒れ込む。 記憶のない彼を病院に突き出したところで、僕の無実を証明できる気がしなかったのと、無責任なセリフを聞いたことに苛立ち、勢いだけでその命を奪ってしまった。 両親の命や、これまで殺めた人達については、なんの感情を抱くことなく、手にかけることができた。だからこうして、感情にまかせて人を殺したのは、生まれてはじめてだった。「パパ、お弁当忘れてるよ~」 ズベールさんの家から、少女が声をかけながら出て来る。僕の足元に倒れている人物が自分の父親だとわかった瞬間、持っていたお弁当をその場に落とした。「パパっ! どうしたの? パパ!」 駆け寄って抱き起こし、彼の体をゆさゆさ強く揺する。「お兄ちゃん、パパはどうしてこんなことになってるの?」「いきなり倒れたんだ。驚いて動けなかった、ごめん……」 感情がこもらないセリフを告げると、少女は半泣きしながらズベールさんに声をかける。「パパ、起きてよ。目を覚まして!」(このやり取り、さっきズベールさんが僕にしたのと同じものじゃないか……)「病院に連れて行こうか?」 無駄なことだとわかっていたが、少女の涙に胸が痛み、思わず口からついて出た言葉だった。「貧乏人が病院なんて行けるわけないじゃない。病気になったら死ぬしかないの。もうおしまいなんだよ」 僕が住んでいたところだけじゃなく、ここも同じことを知り、なんだか虚しくなった。「だったら貧乏人がひとりもいなくなったら、お貴族様はどうなると思う?」「お兄ちゃん?」「彼らができないことを、僕ら貧乏人がやっているから、この国の生活が成り立っているのに
last updateLast Updated : 2025-09-23
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☆☆彡.。 平然と人々を殺める僕を、ある組織が捜しているなんて、まったく知らなかった。 以前は誰にも見つからないように、悪人だけ殺していた僕が殺人鬼に変貌してからは、人目を気にせずに手をかけていたので、組織としては見つけやすかったに違いない。 殺気を完璧に消して僕の背後に近づき、いとも簡単に拉致して、組織の根城に連れられてしまった。 寒々とした空間の中、目隠しされた状態で、椅子に括りつけられた僕。周囲を取り囲むように、人の気配がたくさんある。当然だが、赤い石のチョーカーも取りあげられた。武器のない丸腰で、いつ殺されるかわからず、不安が体を支配しているせいで、ガクガク震えてしまう。「こっ、ここはどこですか?」 人の気配がありすぎて、どこに向かって喋ったらいいのかわからず、首を動かしながら話しかけた。「君はどうして、たくさんの人を殺してるの?」 男性にしては、やけに高い声質だった。正面から聞こえてきたそれに反応し、顔をしっかり向ける。「この世の中に絶望しているからさ。病院にもかかれない貧乏人を殺したところで、悲しむヤツらはいないだろう?」 虚勢を張るために笑いながら答えると、周囲から大きなため息が漏れ聞こえた。「あー、それわかるな。私も今現在の国々の情勢については、とても絶望しているよ。力のないものは、自動的に淘汰されていくしね」「国々の情勢?」「私たちの組織は依頼人に頼まれたら、国をまたいで仕事をしているからね。あちこち飛び回ってる関係で、嫌でもその国の情勢を知ることになる」「私たちの組織とは?」 僕の周りを取り囲む人の気配で、かなりの人数がここにいるのがわかるのだが、誰も物音をたてずにその場にいるせいで、ハッキリした人数の把握ができない。組織と言っているんだから、それなりの人数がいるだろう。「依頼された人物を確実に抹殺する、殺し屋集団とでも言っておこうか」「そんな殺し屋集団が僕を捕らえて、どうしようというのです?」 殺し屋集団というセリフで、背中に嫌な汗が伝う。どうあがいたって、逃げられる気がしない。「今言ったろう? 依頼された人物を、絶対に殺さなきゃいけないって。これが結構大変なんだ。計画通りにいかないのが常だから」「…………」(計画通りにいかないのは理解できる。悪人に狙いを定めて手をかけようとしたら、かなりの確率で邪魔
last updateLast Updated : 2025-09-24
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28

「悪いねぇ。なにが起こるかわからないから、君に目隠ししているんだ。窮屈だろうが、我慢してくれ」(てっきり組織の人間の顔が見えないようにしているだけかと思ったのに、僕の目が光るなんて驚き――)「君の能力は、ほかになにかあるのかな?」 交渉相手が近づき、僕の顎を掴んで上向かせた。「素直に答えると思いますか?」「私が君の立場なら、同じく答えないね。奥の手は、とっておくものだ」「奥の手なんて、僕にはありません。赤い石がないと、なにもできないんです」 キッパリ言いきった僕の顎を掴む手に力が入り、痛いくらいに握られた。「質問を変えよう。この魔石はどこで拾ったのかな?」「拾ったんじゃないです。とある男の子から貰って」「グラマラスな美女じゃなく?」 間髪おかずに返事をされたことで、3年前に出会った男の子が話した、あのときのことを思い出した。『俺は人によって見え方が違うんだ。おまえの話しやすい相手が、ガキだったってことなんだ』 男の子のセリフがきっかけとなり、思い当たることを訊ねてみる。「貴方は赤い石の持ち主について、ご存知でしょうか?」「君と同じように、この石を使って人を殺しているところに、偶然遭遇してね。残念なことにメンバーが何人か殺されてしまった。そういった経緯があったから、いい感じで相手を痛めつけてしまって、魔石のことを詳しく聞き出すことができなくなってしまったんだ」 自分以外に赤い石を使って人殺しをしている人物がいた事実に、ひゅっと息を飲む。「私たちと似た組織が、君らのような一般人に魔石を渡してその力を使わせ、なにか実験でもしていたのか? うーん、その男の子はいくつぐらいだった?」「みた感じ5、6歳くらいです」「子どもは惑わしやすい。親に言われて動いていたのか――」 ブツブツ喋っていると思ったら、いきなり視界が開けた。「リーダー、危ないッスよ!」 左横からかけられた声に、リーダーと呼ばれた短い金髪の若い男が微笑み、僕を緑色の瞳で見下ろす。「彼が嘘をついてるように見えなかった。だから、信じてみようと思ってね。私を殺せるならやってみてくれ」「あの石がないと、なにもできません」「わかった、信じるよ」 僕は綺麗な緑色の瞳から視線を外さずに告げた。こんなことで信じてもらえるかわからなかったが、最初のときよりは緊張感をといてくれたよ
last updateLast Updated : 2025-09-25
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☆☆彡.。 組織のメンバーになって、2年の月日が流れた。黒い箱に浮かびあがった人数は、やっと999人。残りあと一名で、僕の背中に天使の翼が生える。 最初から殺害する人数を告げていたこともあり、今回の暗殺をもって、組織から抜けることになっていた。(二年間在籍した関係で組織の内情を詳しく知ってるから、消される可能性がある。背後に気をつけなきゃな――) 組織のメンバーになってから、暗殺者としての教育を受けることができたことで、以前よりもスムーズに人に手をかけることができた。ほかには身分を偽って、貴族に雇ってもらうことで、屋敷に忍び込むのも、随分と楽になった。 今回のターゲットは、黒い噂のある王族と癒着しているという貴族の暗殺だった。 下働きとして雇われている身ゆえに、ターゲットの貴族は、僕の顔を知らない。だがここで雇われているという証になるバッジを胸に付けて屋敷の中を彷徨いているので、誰も僕のことを気にとめなかった。 時刻は真夜中、見回りしている者以外、就寝している時間帯になる。うまいこと見回りの目をかい潜り、貴族の寝室に音もなく忍び込む。 明かりは当然消されているので、あらかじめ持っていた蝋燭に火を灯して、手元を明るく照らした。貴族が寝ているベッドに近づき、肩を強く揺すって起こす。「旦那様、大変でございます。起きてください」「んん……なんだ、こんな夜更けに」「こちらをご覧ください」 考える隙を与えないようにすべく、貴族の顔の前に赤い石を見せつけた。寝ぼけ眼でそれを見た瞬間、彼は一気に白目を剥き、ベッドに倒れ込む。 間髪おかずに隠し持っていたナイフを取り出し、貴族の胸に目がけて振り下ろした。暗殺組織に加わってから、暗殺したという痕跡を残すように命令されているので、こうしてターゲットにナイフを突き刺している。 やがて貴族の口元から白い煙がふわふわ出てきた後に、光り輝く白い玉が形作られた。それと同時に999という金文字が浮かびあがっている黒い箱が、僕の足元に現れる。 音のなく蓋が開いた刹那、白い玉が勢いよく吸い込まれたあとに、蓋が閉じられる。1000という数字が金色から白い色に変化し、目が開けられないくらいに眩しく発光した。「わっ!」 片手で目元を隠しても、明るさがわかるなんて、相当光っている証拠だろう。(すべてを飲み込んでしまうくらいに
last updateLast Updated : 2025-09-26
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30

(こんな醜い姿でマリカに逢いに行ったら、拒否されるに決まってる……) 理想郷を作るために、たくさんの人を殺めたのが、この姿になったのはそのせい? そもそも僕はどこで間違った? 天使の翼でマリカを迎えに行って、ふたりで暮らすのに良さそうな土地で、静かに余生を送るはずだった。そのためにお金だって、たくさん貯めた。「こんな悪魔みたいな姿、誰も受け入れてくれないだろ」 蝋燭の明かりに照らされているせいか、鏡に映る姿は妙に不気味さが際立っていた。自身の姿なのに、嫌悪感を覚える。「マリカに逢いたい。そのために僕は頑張ってきたのに、どうして……」「ヒッ!」 背後に人の気配を感じて振り返ると、見覚えのある人物が僕を見て後退りする。ソイツの手に小さなナイフが握られていたことで、組織が僕を消そうと寄越した暗殺者なのが、一目でわかった。「僕を殺しに来たんだろ? それで刺してみろよ」 蝋燭台を床に置き、後退りする暗殺者に向かって歩を進める。しかしその距離は一向に縮まらない。僕が進むと、暗殺者は体を震わせながら後退した。「いけないなぁ。組織に頼まれたのに、無様に逃げ帰るのか?」 言いながら素早く距離を詰めて、暗殺者の首を掴み、指先に力を込めた。鋭い爪が容赦なく皮膚にめり込む。そこから勢いよく血が吹き出し、暗殺者は絶命した。 僕が殺さなかったら、別の誰かが暗殺者を殺めただろう。組織としては、失敗は許されないものだから。 暗殺者をその場に放り投げ、血に濡れた片手を貴族の布団で拭った。人を殺すという恐ろしいことをしているのに、トラウマに陥ることなく、平然と手にかけることができたのは、千人という馬鹿みたいな数をこなしたせいだろう。 ひとえに天使の翼を手に入れるためだけに、無我夢中でおこなっていたのだが――。「これ、見せかけじゃなく、飛ぶことはできるのか?」 翼を動かそうと頭の中でイメージしてみたのに、ピクリとも動かない。「どうしたらいいんだ。羽ばたいてみせろよ」 困惑しながら口にした瞬間、小さく翼が動いた。「そうだ、もっと羽ばたけ」 まるで耳でもついてるみたいに、命令したらそのとおりに動いた。 バルコニーに出るべく大きな窓を開け、空を見上げる。もう少しで満月になりそうな大きな月が、これでもかと夜空を明るく照らした。「あの月に向かって飛ぶぞ!」 月に指を
last updateLast Updated : 2025-09-27
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